ピアノ物語 2005.07.04
先日ボールペンの話を書いたので、本日はピアノの話をば、
まあ、私の語るバカ話ですから、ピアノが弾けると人生が変るのか? なんていう人生論でもなく、ピアノを使った殺人ミステリーでもなく、もちろんピアノの作り方でもありません。

スヌーピー様、おばQジジイはピアノを弾けるのか?なんてちゃちゃを入れてはいけません。
不肖、おばQジジイ 神に誓って、ピアノなぞ引けません 

「もしも〜ピアノが〜弾けたなら〜♪」 という歌が流行ったのは1981年のこと
もうそんな歌をご存じない方の方が多くなったのでしょうか?
西田敏行の歌がはやる前のこと、娘が生まれて幼稚園にも行かない時でした。
家内が「ピアノの積み立てをはじめたよ」というのです。
 
この言葉を聞いてビックリしましたね。私が生まれてからの暮らしぶりで、自分の家にピアノがあるという状態を想像できませんでした。
piano.gif いったい全体、わたしのような労働者風情がピアノを買ってどうするのですか?
家内が言うには「今の子供は幼稚園にいったならみなピアノを弾けないとダメ」なんだそうです。
私はそういったことには疎いので、そんなものかと信じてしまいました。
そして第二次オイルショック以降の景気低迷期に、自分は酒も飲まなくてもピアノを買うための積み立ては継続していたのであります。
娘はピアノの教室に通うようになりました。家内はいっしょうけんめい送り迎えをしたものです。
やがて積み立てしたお金では全然足りませんので、残りはローンを組んで安いアップライトを買いました。安いといっても当時で40万くらいはしたのではなかったでしょうか?
とんでもない金額です。
娘はピアノの発表会にでるようになりました。そうしますと、着るものも買わないとなりません。
タイヘンナコトデス
娘はその後ピアノにあまり愛着というか執着しなかったようです。高校生頃になると、もう従来の管楽器、弦楽器の時代ではなく、電子楽器の時代となりました。
当時住んでいた家の一階の茶の間に、ピアノは主人顔をして鎮座しておりましたが、娘はキーボードだけの電子楽器を買ってそれを自分の部屋で弾いていました。スピーカーも使えたのですが、近所迷惑になるからと言ってほとんどヘッドホンで聞いていました。

タイに出張していた時、私は毎週自宅に国際電話をかけておりました。
私は愛妻家なのです。
浮気を恐れていたのかもしれません。 
あるとき家内が電話で「あのピアノを親戚にくれていいか?」というのです。
私は即座に答えました「いいとも!厄介払いだ!」
父よもうピアノは卒業したわ ピアノはほしいという方にもらわれていきました。良かったですね。
だってもう娘はピアノを弾きませんし、置いとけば場所をくうし、廃棄物に出せばお金がかかります。
ただでもらっていただけるならハッピー
でも、積み立てからのことを考えるとかなりの無駄使いだったような気がします。
気がするだけでなく、実際にそうですよね?


さて、ピアノの販売台数を見ますと、過去25年・・・減る一方でございます。
piano1.gif
終戦直後のように子供が多くても、貧しければピアノなぞ買いません。そして家が狭いですから買っても置く場所もありません。
やがて国民所得があがり、みなが中流意識を持ち、かつ価値観が多様化していなかったときは小さい子供、特に女の子を持つ家庭ではピアノ・ピアノと草木もなびいたのでありましょう。
でも、子供が減りました。我が家の娘の時代より現在は3割以上減少しています。そして価値観が多様化してきました。習い事もピアノをはじめとする音楽だけでなく、スポーツも、外国語も、その他多種多様となりました。楽器だけ取りましても電子楽器が主流となり、場所も取らず金額もはらなくなりました。
ピアノの世帯普及率は約22%(98年消費動向調査:経済企画庁)でここのところほとんど変化はないそうです。
当然ながら年収によって普及率が異なり、年収1200万円超の世帯では50%を越え、年収550万円以上750万円未満の層では22%、年収がそれ以下ではそれ以下となります。実用というより、ステータスシンボルのようです。
もっとも、ピアノの先生でもなければ実用性なんてなさそうです 
ある人の話では、日本の家庭にある650万台以上のピアノは弾かれないで置物となっているそうです。
日本に比べるとアメリカは人口がちょうど2倍なのですが、ピアノは何倍売れているでしょうか?
なんと同じ数という統計データを見たことがあります。
残念ながら改めて探したのですが見つかりませんでした。
これはどうゆうことなのでしょう?
一説にはピアノはお稽古事としては金額がはりビッグビジネスになるからと日本の国も業界も積極的に推進したということです。インターネットでご確認ください。
ところで、中国では文化大革命(66〜76年)の時、ピアノはぜいたく品という理由ですべて壊されたそうです。
古来より、焚書とか大好きな国だからさもありなん としか言いようがありません。
私もいまでも正直なところ、ピアノはぜいたく品であろうと思っております。もちろん壊してしまえ!なんて論理は理解できませんがね。

私は鉄の女よ
我が愛しきライス国務長官は、名ピアニストなんだそうです。
しかしライス女史のピアノの音でも彼女を毛嫌いする平和主義者の心は静めることはできないでしょう。


本日のはやり歌

ピアノ弾けなくても〜

私はしあわせ〜♪





スヌーピー様からお便りを頂きました(05.07.05)
先日、囲碁友達の一人で高校の大先輩(一回り上)のクラス会(68歳)にゲストで呼ばれました。もちろんギター演奏をする訳ですが、始めは・・・今弾いている、ギターを弾いている僕に・・「ブタ饅どうですか?」と勧める恐ろしい団体さんでしたが・・・・30分もすると・・・・・・とても静かに聞いてくれる団体さんに変化しました。で、終わってから、誰かが「スヌ〜ピさん、68歳からギターを始めても大丈夫でしょうかね?」と聞きます。「もちろんです!」

約1時間の中で、日本の音楽教育の大間違い、テレビのおかげで、正しいことが、間違いで?間違ったことが正しいように伝えられている事実を話しました。ギターは、本来不器用な人の為にある楽器であること。日本人は手先が器用だから、全て手先で解決してしまう特異な性格(本来は全人格の問題なのに、手先の問題に摩り替える・・・・不思議な教育)で68年間だまされている!ってな話をしました。それから、僕の演奏スタイル、実際の音楽に耳を傾けてくれました。その結果・・・・とても静かに、真剣に聞いてくれました。

ピアノは部屋の飾りにはなかなかの物です。ところで、ピアノは本当に楽器でしょうか?

え?!  ピアノが楽器じゃあないの?!  答えは楽器としてのピアノと、楽器みたいなピアノがあるのです。本当のピアノなら、飾りにしていたらピアノの崇りがあります! 日本の教育の間違いはピアノ=楽器と考えていることです。それは、政治家=清く正しい人!  と教えるのと同じです。
音楽に使うピアノ、ギター・・・・楽器と、ピアノみたいなモノとは180度違うのです。私の教室の生徒さんは約2年でほとんどの方が、このことを理解してくれます。すると、世間の見方や、自分の考え方、時には生き方までも変えてしまいます。本物と偽物は180度方向が違うのです。付き合う人間の質が変わるのは言うまでもありません。

佐為さんの意見は、日本人が考えなければならない大事な事実を教えてくれます。それは私にも大きな影響を与えてくれました。でも、本物志向の人間は、事実だけでは納得しないのです!つまり、その人間が本物か?が大事なんです。その意味から、最近の佐為さんの文章には本物を感じるので(生意気ですが、自分の仕事が本物である自信があるので、)読んでいてとても楽しいんです。きっと、力強い味方が付くと思いますよ!

勝とうと思うから苦しい!
これは棋士の方がよく言う言葉です。勝負の世界ですから、勝つ、勝とうとするのは当たり前のようですが、どうも1流の人は違うようです。ただし、これは日本人棋士の話。韓国や中国の棋士は「勝つ!」ことだけにこだわっているようです。 ま、短期的にはウマク行くようですが・・・・・・・・嫌いです。

おお!早速のちゃちゃありがとうございます。と思って拝読したら、スヌーピー様、いやですね〜
私はまじめと赤は大嫌いなんですよ〜
しかし楽器のピアノと楽器ではないピアノがあるという学説は初耳です。
楽器ではないピアノならば、飾っておくことはそれなりに意義があるかもしれませんね。
だって高価な絵皿を飾っておくのとピアノを飾っておくのとは同じくらいの意義があるのでしょうから。庭の池に数百万の錦鯉を放っておくのと似たようなものでしょう?
ところで囲碁から足を洗って何年にもなりますが、碁に凝っていた頃、私が囲碁を打つときの狙いは勝ち負けではなく相手の意表をつくことでした。だって、人生面白みがなくては生きていく甲斐がありませんもの
イチローの内野安打や振り逃げを見ていると、自分が打っていた碁を見る思いです。



あらま様からお便りを頂きました(05.07.05)
ピアノ狂奏曲
娘さんをもつと、どのいえも同じですね。
今もあるのかわかりませんが、10年くらい前に中年以降の男性を対象としたピアノ講座がはやりましたね。
私も、CDなどを買ってきて、娘に見捨てられたピアノで練習しました。
40の手習い。独学なので基本ができてません。
それでも、簡単な曲を一曲だけ完奏できるようになりました。
さて、引越しをすることになり、ピアノを親戚に譲りました。
それからピアノから遠ざかり、ある日ホテルにピアノがあったので、弾いてみようと鍵盤に指をあてたのですが、頭の中は真っ白。
すっかり忘れていることに、ガク然としました。
青年時代に弾いたギターは、今でもなんとかできるのに・・・。
老眼の自覚とともに頭の老化を自覚したときはショックでした。
そういえば、平らなところを歩いていても、つまさきが引っかかります。
過度のアルコールの摂取で、体中の細胞が麻痺してしまったのでしょうか。
それからは、意識して足を上げ、姿勢をタダし、ゆっくり喋るようにこころがけています。
ところで、拙宅で買ったピアノは、使いつづけてくれる主人を捜していまでも親戚中をまわっています。

あらま様
そうそう、思い出しました。西田の歌がはやってからでしょうか?成年男子向けのピアノ教室が大流行でしたね。
シャルウイダンスのあとにダンス教室が大流行したこともありました。
スヌーピー様の説によると、楽器であるピアノと、置物であるピアノがあるそうですから、私たちが買ったのは置物の方であったと諦めましょう。

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