好奇心なしでは生きられない 2007.10.08

阿刀田高の本に、「ジョークなしでは生きられない」というのがある。
この世に生まれたのは稀有で貴重なこと、そして人生一回きりなら、人は悲しむための生まれてきたはずがない。人は人生を楽しみ幸せになるために生まれてきたはずだ。生きている間に大いにジョークを語り、聞き、楽しまないと生まれてきた甲斐がないと言えるだろう。
では本日は大阿刀田高さんの向こうをはって、「好奇心なしでは生きられない」

人は誰でも子供の時はマニアックなところを持っている。
自動車に興味を持って世界中の車メーカーを覚えてしまったり、電車の形式を覚えたり、駅名を暗記したり、まあ役に立ちそうなことはあまりないが、そういうことの積み重ねが大人になってからの素地になるのだろう。
私は齢60にしていまだになんにでも興味を持つ。私は子供をまだ卒業していないのかもしれない。
とにかく目に入ったもので変だと思ったこと、話をしていて疑問を持ったこと、あるいは以前から不明が解消されないこと・・・などなどについて調べるという性格がある。

以前、家内と電車から海岸が見えそこにはおびただしいテトラポッドが積んであった。延々と何百メートルも。一体何個くらいあったのだろうか?
それはともかく、家内が「あれ一個いくら位するんでしょう?」という。
私にはまったく想像つかなかった。まさか20万円では買えそうはない。百万円といえば妥当なところだろうか?高すぎるだろうか? そんなことを思った。
もちろん、ネットにつながるところにたどり着いたとたんにググッタことは言うまでもない。
疑問はすぐに解消されました。
みなさん、調べてみてください。

私たちは毎日エスカレーターを利用していますよね?
駅、デパート、大きなマンションではエスカレーターのあるところもあるそうです。
よく見てください。駅のエスカレーターはゴムの手すりの下側がふさがっていますが、デパートとかオフィスビルのエスカレーターはガラスが多い。そのガラスの内側、ゴムの手すりの裏側に蛍光灯が付いています。そしてその蛍光灯はエスカレーターの形に曲がっているのに気がついてますか?
そりゃ曲がった蛍光灯といっても珍しくありません。我が家のリビングの天上にだってサークラインは付いています。しかしエスカレーターの蛍光灯の曲がり具合というか曲がっている箇所はエスカレーターによって違っているようなのです。 あるとき、エスカレーターのメンテナンス会社の人に会いました。長年の関心ごとであるエスカレーターの蛍光灯はどうなっているのかとお聞きしました。
「あれはそれぞれにあわせて作るんですよ」とのこと
へえー、大変なことだと感心しました。

ところで、エスカレーターの角度って知ってますか?
これも聞いたことがあります。
エスカレーターはズバリ30度だそうです。しかし駅のエスカレーターは建物に合わせて作るそうです。例えば東京駅 中央線のエスカレーターは急角度です。
最近は踊り場付きのエスカレーターもあります。秋葉原駅などにあります。いったいエスカレーターの踊り場って何のためでしょうか? 私はわざわざ無駄なことをすると思っていました。これは高さによる不安感を解消し、視覚による心理的な圧迫感を緩和するためだそうです。もちろん転倒したり転げ落ちた場合、踊り場で止まるということもあるでしょう。
曲線のエスカレーターもあります。横浜ランドマークタワーとラスベガスのカジノで見たことがあります。曲線にする目的は100%見た目でしょうけれど、製造やメンテナンスが難しそうです。
エスカレーターを水平にした動く歩道もあります。東京駅の京葉線との接続とか、ほとんどのエアポートにあります。これには床面がエスカレーターと同じに金属のものとゴムベルトのものがあります。ゴムベルトのものは足の面がローラー部に来ると上下して気持ちよくありません。なぜゴムベルトなのか?と聞いたことがあります。
転んだとき金属と違い怪我をしないからだそうです。
じゃあエスカレーターは転んでもいいのか?と私は考えてしまいました。
sun.gif
以前も書いたが、テレビ番組でソーラーカーが全国一周をしているのがある。
あなたはあれを見て、なぜ全国の車に太陽電池をつけないのかと思いませんか?
なんでだろうと思わない方は既に好奇心は枯渇しています。そしてその理由を調べようとしない人は好奇心が足りません。
毎月のガソリン代、いや地球の資源枯渇、京都議定書を思えば、ちょっとかっこ悪いくらいは我慢しなくては・・・
でも日本の車メーカーはバカではありません。あんなものつけても意味のないことは明らかだからです。
なぜ意味がないのか調べてみてください。

私は自宅でも会社でもパソコンを使っている。今はOSや仮名漢字変換ソフトがあるので漢字を忘れる。しかしこのパソコンの仮名漢字変換もおもしろい。
誤変換だけでなく、漢字変換の候補を次々と見ていると知らない単語や意味にぶつかり、へえ!こんなのあるんだと勉強になる。辞書のページをめくるのもおもしろそうだが、今の時代としてはスピードが遅すぎる。パソコンで仮名漢字変換をいじっているのは結構勉強になるのではないか?

終末?
週末?

以前、「終末にはなにをするの?」というメールが娘から来たことがある。
おお!とうとう地球は崩壊するのか!最後には家族揃って晩餐を取りこの世に別れを告げようか?なんて思ったわけはない。単に週末が終末に間違えただけである。
金も手間もかからないです。ゲームなんてしているならパソコンの辞書を見ているだけでものすごい勉強になりますよ。

好奇心を持てといわれてもなあ〜という方もいらっしゃいますか?
では初歩的な練習問題をあげましょう。
ほとんどの答えはネットの検索で見つかります。一度調べてみてください。
調べる前に自分で予想することも大事です。どのような根拠でそう考えたのか? それが大事です。そういうことを積み重ねていると、マスゴミの間違った報道、捏造報道などに気が付くようになります。
好奇心があるとなんかいいことあるの?
なんて思われた方も多いでしょう。そうですね、あまり銭金(ぜにかね)にはならないかもしれません。
でも私は好奇心がなければ毎日がおもしろくないだろうと思うんです。
日常生活でも毎日の通勤電車の時刻を変えてみる。路線を変えてみる。乗車する車両を前とか中とか後とか変えてみる。
買い物するスーパーをちょっと足を伸ばして違う店から買う。いつもの床屋でなく隣町の床屋に行ってみる。それによってちょっとおもしろいことが見つかるかもしれません。

私は好奇心が人類の進歩の根源であろうと思う。
単に水を飲むためとか、食料がなくなったからというだけで人類がアフリカから世界中に広がったわけではないと思う。
あの山の向こうには何があるのか? 遠くを見たいので石のうえに立ち、木に登る。そういったことが人類の今を作ったのではないか?
そして人類の危機を打破するのはやはり好奇心だと思う。
好奇心旺盛な私はそう思い込んでいる。 



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