第27条3項 (2002.07.17)
「児童は、これを酷使してはならない。」

サッカーボールは貧しい国の子供たちが一生懸命縫って作っているという報道がありました。
サッカーボールを作る人、そのボールで遊ぶ人 彼らが作ったサッカーボールを買って遊んでいる子供もいるわけで・・・・
たしかに、同年齢の日本では遊び盛りでしょう。
私も、かわいそうだ、遊びたいだろう、したいこともあるだろうにと同情してしまいます。

でもところで、どうしたらいいんでしょうか?
その子供たちが働かなくてもいいように援助しようというのでしょうか?
   
そりゃ無理でしょう、

仮に子供たちが外国の援助を得て、働かなくて良くなったとして、彼らは自分たちの親が一生懸命働いているのを見て何を感じるでしょうか?


誤解を恐れずに言えば、子供たちは働くことによって生きがいを感じているでしょうし、親に対して、家庭に対して自負を感じていることでしょう。

私たちの年代では二人兄弟なんて家庭はありません。
どこでも少なくとも4人兄弟、5人兄弟、多いところでは7人兄弟、8人兄弟なんて珍しくなかったのです。
ですから私が子供の頃は少し上の姉、兄は小さい弟、妹のお守りが『仕事』でした。
私の姉は今でもですが子供のときも背が低く、私の妹をおんぶすると妹の足が地面について回りに笑われたそうです。
でも小さい妹の世話をできるということが生きがいであり、誇りだったのです。
もっと大きい兄・姉は何をしたかというと、本当の『仕事』すなわち農作業とかお店のお手伝い、新聞配達、納豆売り、牛乳配達など『現金収入』があることをしていました。そういったことが日課でした。
そういう時代、私たちは自分たちが不幸だと感じていたでしょうか?

   否です。

私たちはすこしでも親のために、家のためになっているということを感じることが幸せだったのです。
あなた、家族がみんな一生懸命働いているとき、『君は遊んでいていいよ!』といわれたらうれしいですか?

     まさかね!


もうひとつ、
児童は酷使しちゃいかんとありまが、
18条では『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。』とあり、当然 児童も何人に入るでしょうからこの条文でわざわざ記すこともなさそうです。
私は規則でも、手順書でも無駄、冗長(ダブり)は大嫌いです。
プラモデルの組み立て図にダブりの説明があったらあなた?許しますか?

私の私見は、児童を酷使せよということではありません。
児童は教育と受ける権利と同じく、分をわきまえた適正な仕事に参加し家庭と社会の一員として貢献する権利を持っているはずだということです。

ネットで見かけたフレーズですが、スウェーデンで障害者が働いた賃金から相当割合を税金で引かれているのを日本人が驚いたら、その方は『私にも税金を払う権利があります。』と語ったそうです。

そのとおりです。
私たちは税金を払う義務だけではなく、権利があるはずです。

日本の子供たちも『甘やかされるという義務』だけでなく、『適正に躾を受けそして働いて社会に貢献する喜びを得る権利』を持つはずです。

そういう理念から言ってこの条文は不十分で不適切です。




本日のご提案


憲法27条3項改正案
「児童は将来国を支えていく国民である。
家庭と社会と国は力を合わせて児童を育成していかねばならない。」


てなもんでいかがなもんでしょうか?
町で非行を行っている子供を見たら、我々国民はそれを正す権利ではなく、義務を持っています。





ななし様よりコメントをいただきました。(2003.04.08)

第27条〔勤労の権利・義務〕3 児童は、これを酷使してはならない。

第3項の「児童は、これを酷使してはならない」とは、「酷使にならない程度に児童を働かせよ」ということか、はたまた「児童以外の大人たちは酷使しろということ」なのでしょうか?
原文はChildren shall not be exploitedなので、子供は搾取しっちゃならぬということだと思いますが、この条文は勤労の権利・義務をいっている27条にある必要はない。


おっしゃるように斜めに見るといろいろ疑問がありますね。

『shall not』ですから字義通り解すれば『してはならん』でしょう。
反対解釈をすれば『酷使しないなら働かせてよい』のではないでしょうか?

「子供を搾取してはならん」ならば「大人は搾取してもよい」のでしょうか?
国民の権利義務ですから、子供も国民であるということならばここにかかれる意味はありますが・・・

「酷使すること」と「搾取すること」は同じなのでしょうか?
各種翻訳あるいは英語版では「搾取」も多々あります。

グローバル化の現在、日本では当たり前のことですが、「当社は年少者を使って生産していない」と表明することが必要となりつつあるそうです。
ご存知の「ナ○キ」が年少者を使って生産していたなんて非難ボイコットされたことがあります。

時代が変わると自己防衛のためにもこの文言は憲法に必須のようです。

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