日本国憲法を読んで思うこと(10) 2002.03.04
何回も何回も憲法を読み返していると、いろいろ面白いことに気がつきます。
憲法では国民をどのように記しているか見てみました。
いろいろな表現があるものです。
では、
言葉の定義を決めて文章を作る、それが規格作成の基本じゃよ!
言葉使用回数
・すべて国民
6
・国民
24
・日本国民
8
・何人(なにびと)
19
・個人
2
・勤労者
1
・住民
2
類似と思われるものをまとめて考えていきましょう。
  • すべて国民
  • 国民
  • 日本国民
    「すべて国民」と「国民」は何が違うのでしょうか?
    単数を「国民」、複数あるいは集合として「すべて国民」といっているのでもありません。
    ちなみにこの二つを入れ替えてもまったく意味は変わらないようです。60年前の日本語だって意味が違ったはずはないでしょう。
    私の感じで恐縮ですが、この使い分けは意味がなく統一すべきと考えます。

    「日本国民」としているのは「集合名詞」あるいは「国民全体を表す」場合に使っています。確かに使う場合が統一されています。
    ちなみに英文では、「すべて国民」は「all of the people」、「国民」は「people」、「日本国民」は「Japanese people」「people」「Japanese national」となっており、常に一対一の関係として定義されてはいないようです。
    いずれにしてもこれらの言葉は無造作に使われているという感じは否めません。
    ここは、個人を意味するところは「国民(people)」、集合名詞としては「日本国民(Japanese people)」に統一すべきかと思います。
    但し、10条は国籍を持つという意味で若干異なり、現行の記述でよいかと思います。

  • 何人(なにびと)
    これは日本人でなくとも適用される場合に使われているようです。
    と言いたいところですが、
    22条でいっている国籍離脱と48条の国会議員両院兼務の禁止は日本国民にのみ適用されます。
    要するに厳密な使い分けされているわけではありません。
    私の意見としては、22条と48条は国民という言葉に変更し、その他の条項では現行とおり「何人」が適切かと考えます。

  • 個人
    これは人間としてという意味で、現状で問題なかろうと思います。

  • 勤労者
    「すべて国民は勤労の義務を負う(27条)」といいながら、「勤労者の団結権を認める(28条)」といってますが、こりゃいったい?
    憲法でいっている勤労者と勤労はイコールじゃないんですよね、
    勤労者とはこれまた不適切な日本語であって、本来ならば労働者、すなわち労働の対価として賃金を得る者です。 団結権・団体交渉権を持つ人に勤労者という言葉を使ったのは適切じゃなかったですね。
    28条では平易に「労働者の団結権を認める」と改定すべきでしょう。

  • 住民
    この言葉は地方自治において2箇所で使われています。
    しかし英文ではまったく異なります。
    93条2項では「地域の直接選挙で決める」ということで住民という単語はありません。
    95条では「投票者(選挙人)の多数」であって、これまた「住民」とはいっていません。
    ひとつ分かることは地方自治とは住民による自治ではなく、そこに住んでいる選挙人による自治であるということです。
    国籍に関わりなく、住民が地方自治に参加できるというのは現憲法からでは間違っています。
    もちろん憲法改正すればいいのです。
    住民という言葉は適切ではないようです。
    英訳に合わせて改正すべきです。

日本国憲法は昭和21年11月3日官報にて公布されました。
もちろん日本語で、
しかし、同日憲法英文が英文官報にて公布されました。
この英文は単なる日本国憲法の英訳ではなく、むしろ最後のよりどころとなったようです。
その後長い間、六法全書にも英文が掲載されていたそうであります。
日本国憲法が英語を正(せい)とするなんていわれたらいやな感じですが、意味は英文の方が良しに付け悪しきにつけ理解しやすいというこの現実はいかがなさいましょうか?
憲法を守れと叫ぶ方々、本当に憲法を読んで理解されているのでしょうか?
私はこの憲法の意図をつかむことさえできません。
それを守ろうなんて・・・・・


本日のおさらい

憲法で使われている用語、言葉の再定義が必要です。
しかしながら、再検証するより新たに書き起こした方が早いような気もします。


ひとこと、
ISO9001やISO14001なんていう規格をご存知かもしれませんが、この規格では『shall』がいくつあるか、『記録』がいくつあるか、『文書』がいくつあるかということが重要です。
なぜ重要かって?
それが規格でもっとも大事なことだからです。
要求事項は必達しなくてはならないからです。
要求事項、あるいは規定事項と呼んでもよいですが、何が定めてあるのかがあやふやではいかんともしがたいのではないですか!

憲法はISO規格ほど文言に記された一語一語の重みがないようです。
「趣旨を理解してくれよ!」とか「そんなことも分からんのか?」といわれそうですが、キリスト教の聖書と同じく、書かれた文言のみが意味を持ち、行間を読む必要はまったくない、といいますか、行間に元々意味なんかないんです。

日本国憲法の目次にもどる