バンドのプロフィール
Swing Unlimitedは、ベニ−グッドマン・スタイルのスモ−ル・ジャズコンボで
1930年−40年代のスタンダ−ド・ジャズの名曲を中心に、ミュ−ジカル・ナンバ−、
ラテン・ナンバ−、オ−ルデイズ、など多彩なレパ−トリ−を演奏するジャズバンド
です。バンド名の意味は、落語の「寿限無」からの連想で付けられました。
「寿限無」ならぬ「スウィング限無」すなわち the swing (好きな音楽を聞いた時に
感じる心地好い体の”揺れ”)unlimited(限り無く、いつまでも)というわけです。
メンバーの平均年齢も58才となり、いつしか中年バンドは「熟年」バンドになりつつある。
それでも古き良き時代の音楽 Swing Jazz に賭ける情熱は変わらず、仕事は忙しいが
音楽は”止められない”。いや、それどころか、早く仕事の方を止めて音楽に専念
したい、と(内心)思っている。大御所ベニー・グッドマンも、日本のBGと呼ばれた
日本のスウィング・ジャズコンボ「リズム・エース」を率いて、一世を風靡した鈴木章治も
今は亡く、日本はもとより本場の米国でも貴重な存在となってきたスウィング・ジャズコンボだ
という訳で、おじさん達は「文化遺産の保存」だとばかりに今日も益々張り切っている。
後列左より、小林ゆうじ、小林ようこ、高橋よしたけ、松平つねかず
前列左より、永井ひろと、田口かずお
ピアノ 永井裕人(ながい ひろと)
5才の頃アコーディオンを習い始める。
平和だった時代も次第に戦時色一色にになった頃は、華美な歌舞音曲はご法度、民謡、
軍歌などを演奏していた。昭和20年に敗戦、再び街にジャズが流れ平和な時代となる。
進駐軍放送でラジオからは最新のジャズが絶間なく流れ、ついにジャズの虜となる。
立命館大学軽音楽部でアコーディオン・カルテットを結成、今は亡きジャズギターの
名手藤田正明と一緒に関西の米軍キャンプ回りで稼ぎまくった。卒業後、三菱電機に
入社、田口氏に出会い「Swing Unlimited」の結成に参加した。
ベース 高橋義毅(たかはし よしたけ)
ピアノを7才から佐藤はるみ氏に師事。10才より、大津三郎氏に歌唱指導を受ける。
中学入学時より教会の聖歌隊に入り、毎日曜日に聖歌を歌っていた。その後聖歌隊の
指揮者として2年間活動した。大学ではの野球部で活躍したが肩を壊したため、趣味も
音楽活動に転換し、ハワイアンバンド「トロピカル・アイランダース」に参加、3年間
活動した。その後田口氏からの誘いでスイングジャズ・コンボ「Swing Planets」に参加
した。1965年に日本アイ・ビー・エム(株)に入社後も、野球や音楽活動(ピアノ
トリオ)に参加していた。1981年に田口氏の誘いで、「Swing Unlimited」に参加
した。
ビブラフォン 田口 和男(たぐち かずお)
1942年上海生まれ。小学校時代にクレージーキャッツの石橋エータロー(当時は
音大の学生)に師事し、ピアノ(バイエル)を習う。中学校時代には鈴木メソッドの
バイオリンを習う。高校時代に同級生と一緒にジャズバンドを結成。編成メンバーには
トランペットとスティール・ギターが居る不思議な?バンドで、「線路工夫の歌」
「ティペラリへの遠い道」「5フィート2インチの青い目の女の子」「峠の幌馬車」
「鈴かけの道」などを演奏(当時はピアノ担当)した。
大学1年の時にベニーグッドマン・スタイルのスイング・コンボを結成して大学祭で
演奏。後年、このバンドにベースの高橋義毅、クラリネットの松平恒和が参加した。
1971年、三菱電機(株)入社。1981年、学生時代のメンバー(高橋、松平)と、
会社のメンバー(永井裕人、小林右治)と共に「Swing Unlimited」を結成、以来
ビブラフォン担当の傍らでマネージャー、リーダー役を努めて現在に至る。
現在出向している会社(三菱電機情報ネットワーク(株))での仕事関連もあって、
パソコン・ネットワークに傾倒し、昨年は自身とバンドのホームページをインターネット上に開設した。
クラリネット 松平恒和(まつだいら つねかず)
ピアノを10才から、クラリネットを13才から始める。英国にてピアノと
音楽理論をウオレン・グリーン、クラリネット、アルトサックス、フルートを
パトリック・ディクソンの両氏に師事。クラシックとともにジャズを始め、14才の
ときに中学生仲間たちと「Crystal Space Jassers」を結成。15才で高校バンド
「Davenport Jazz Band」に参加。主にディキシーランド・ジャズを演奏。さらに
16才の時に学習院大学軽音楽部のバンド「Swing Planets」に参加。高橋、田口、
両先輩に出会う。大学時代は「学習院ジャズ四重奏団(GJQ)」を編成。
一方では大学の音楽部管弦楽団の責任者を努め、ファゴットを担当。音楽三昧の
学生時代を過ごした。一流プロバンドからの勧誘も少なくなかったが、1969年に
KDDに入社。1981年に田口氏の誘いにより「Swing Unlimited」結成に参加した。
ドラムス 小林右治
東京工業大学でラテン音楽の楽団「ロス・ガラチェーロス」に所属。卒業後、三菱電機に入社し
て、永井氏、田口氏、と知り合い Swing Unlimited に参加。
スネアドラムのブラッシュ・ワークが絶品の名ドラマー。
会社の「ソシオテック・ウインド・オーケストラ」の一員でもある。
ラテン、フュージョン系のリズムにも造詣が深い。
ボーカル 小林陽子(こばやし ようこ)
北海道出身。ANNエンタプライズでジャズを学び、伊東加代子、ヘンリー倉田に
師事した。その後都内でライブ活動し、京王プラザホテル「コンソート」、横浜バンド
ホテル「シェルルーム」などに出演した。現在は藤沢で定期的にライブ活動し、葉山の
「バレンタイン」にも出演している。横須賀ブルーサウンズ・オーケストラの専属歌手。
Swing Unlimitedとは、年に数回恵比寿ウエスティンホテル、厚木フォーラム246などで
共演している。
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