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2003/6/24 『ハンガリー狂詩曲のこと』

今年のトリのハンガリー狂詩曲2番について、以前機関紙に以下のような文章を書いた。引用すると、『リストの時代、時の支配者ハプスブルグ家が、募兵に応じようとしないハンガリー人の若者に一計を案じ、あるジプシー楽団の演奏にあわせて現役の兵隊さんに踊らせるというミョーなキャンペーンをはじめたのです。「軍隊はこんな風に踊っちゃうくらい楽しいんだぞ!」といいたかったのでしょうか?
このキャンペーンが成功したかどうかは知りませんが、このときのジプシー楽団は、ハンガリーはもちろんロシアやトルコ、ありとあらゆる地方の民謡やダンスをごちゃ混ぜに演奏し、これらは当時「ヴェルブンコシュ〜兵隊徴募ダンス」とよばれ低俗な音楽と見られていたようです。
外来ドイツ系の家庭に生まれたリストは幼い頃これらの音楽に触れ、長じて後、故郷ハンガリーの音楽としてこの「ヴェルブンコシュ」をモチーフとして「ハンガリー狂詩曲」を発表しました。大成功を収めたリストでしたが、死後、生粋のハンガリー人出身のバルトークやコダーイに「これはハンガリー音楽ではない」と否定され批判の的となりました。
時の首相カールマンは「ハンガリーから音楽を取ったら何も残らないこの時期に、リストはハンガリー音楽はジプシー音楽だと世界に印象付けてしまった」と遺体の受けいれに反対しました。
そんなエピソードを知ると、あの何か物悲しげで、過酷な運命に逆らうような力強い冒頭のラッサンや、刹那的で狂躁的なフリスカなど、なにかいわくありげに思えてきます。』

ハンガリー人音楽家に言わせると、ハンガリー音楽はジプシー音楽ではない!(それも特定のジプシー集団の)ということなのであろう。
日本の音楽家が「演歌」こそ日本の伝統音楽だ!と海外に紹介するようなものである。ただ、それを言うなら『ハンガリー舞曲』を書いたブラームスも同じ過ちを犯している。

ハンガリーはゲルマン人の大移動を引き起こした恐怖の集団・フン族のアッティラ王の末裔が建てた国といわれていて、ヨーロッパの国からは半分異民族扱いされてきた。
確かに中国や日本のように姓が先・名前が後だったり、民話に姉妹兄弟の末っ子だけが賢いパターン(騎馬民族特有)が多かったり、うなずけるところがある。
リストも含めブラームスなどゲルマン人の遺伝子の記憶には当時なお東方騎馬民族への畏れがあって、ハンガリーという民族に対して怖いもの見たさのような興味があったのではないか。

一方ジプシーは中世カトリック世界に現れた異教徒集団として、ヨーロッパじゅうを放浪してきた。ジプシーというのは『エジプトの』という意味らしく、そのあたりから来たと思われたのであろう。最近ではどうも古くはインドのあたりで迫害された人々が何世紀もかけて、ヨーロッパに流れていったという説が有力らしい。その風体・音楽はヨーロッパ圏の人々の興味を大いにそそったが、行く先々で激しく迫害された。

ハンガリーとジプシーのつながりは良くわからないが、宗教上の理由などで、当時から領内にたくさんいたのであろう。
ハンガリーを旅行すると今でもジプシー(現在はロマ)がいっぱいるらしい。

ナチスがユダヤ人とともにロマも虐殺したことはあまり知られていないが、そういう歴史的に抑圧された民族の宿命への怒りとかあきらめみたいなものが冒頭のあの重いフレーズに出せればよいと願っている。平和ボケしたわれわれにはちょっと荷が重そうだが。。。

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