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2003/6/26 『バナナの涙・・・』

妻がいくつかの高校のマンドリン倶楽部を指導させて頂くことになり、ある高校ではたまたま同行した自分も、要請されたのでおこがましいとは知りながらギターを指導させて頂いた。高校生たちは良く弾けるし、素直だった。自分たちの後にもあらたにマンド人が生まれ続け、自分たちのたどった道に続いていると思うだけでも嬉しく、先が楽しみである。

高校生の指導には苦い思い出がある。大学3年の夏、ある縁である高校のマンドリン倶楽部の顧問から、大学でマンドリンの指揮をやっているなら夏休み中練習を見てくれと要請され、いそいそと出かけた。
大学生だからたいしたことは出来なかったが、基礎練を見たり、合奏をたたいたりと、それなりに頑張った。部員は5−6人だったが、全員女子で、それも頑張ってしまった原因かもしれない。みな素朴でおとなしい感じの子達だった。

指導中、気のせいか尊敬のまなざしのようなものも感じ、いよいよやる気を出して理想に燃えていたある日、練習後、部室の隣室で楽器を整理していると、入ってきた部員たちが私が隣室で聞いているのも知らずダベり出した。
「今日も疲れたよ、クドいんだよアイツ」「暑苦しいよね」「剃り跡が青くてキモイ
よ」「一人で張り切っててかったるいよね、それにさ、アイツの・・・」

これ以上は残酷すぎて書けない。私のマンドリン音楽への熱い理想と情熱は、高校生にとっては、押し付けがましい夏の日のキモい白昼夢にすぎないのか。
涙でよく見えぬまま、私はその場をそっと去った。
それでも夏休み中は指導を続けたが、やはり気分が乗らず、2学期になると理由をつけて行かなくなってしまった。

その後、私が少年犯罪撲滅や少年法改正を求め、体重や年齢による差別撤廃を訴え、社会派マンドリニストとして再出発したのは皆さんご存知のとおりである。

だが、今になってみると私にはわかる。あの年頃の子のああいう言葉は愛情と関心の裏返しであったと。きっと多分。いや、間違いなく。。。

果てしない自問自答のうちに33歳の夏がまた巡ってくるのである。

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