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2003/8/11『死んでも指揮棒を・・・』
10日の練習で自分にとってはとんでもない椿事があった。
その日、午後の練習を終え、練習所付近のあるレストランで賛助さんと昼食をとった。何げなく「明太スパ」を注文して食べたのだが、異変は約1時間後に起った。
ドムラの合奏練習が終わる頃から、突然全身に火がついたように猛烈に痒いのだ。鏡で確認すると、なんと顔と腕が真っ赤に、まるで数千匹の蚊に刺されたようにでこぼこに腫れ上がっているではないか!異変に気がついた一部の団員が動揺し、O会長は私の顔をみるなり病院に連絡をとるべく飛び出していった。
私は「明太スパ」にトッピングされていたイカにあたったと直感していた。一年に一度あるかないかだが、イカやエビを食べたあと、手首などが痒くなることが以前にもあったからだ。
それにしてもすさまじいいかゆみとともに、自分では「スチュワーデス物語」時代の風間杜夫ににていると自負している顔が、思わず「あんた誰?」と鏡に突っ込みたくなるほどに変形していく。
しかも、どういうわけか舌まで腫れ上がりうまくしゃべることが出来ない。
こんなことは初めてなので私は正直、練習を中断しようか迷った。第一、若いギャルの団員にこの顔をさらすのは、いくらこの年でも恥ずかしい。
だが、今日は最後の練習である。賛助さんも全員そろっている。ここは練習場の露と消えようとも中断するわけには行かないのだ。
死んでもラッパを離さなかったのは木口小平だが、「桝川大輔は死んでも指揮棒を離しませんでした」と伝説になるともかまわない。うまくいけば文部省唱歌になって永遠に歌い継がれるだろう。
私は、変わり果てた風貌に騒然とする団員を、ろれつの回らぬ舌で叱咤し、練習を強行した。
変形した顔面と私の死をも恐れぬ気迫に団員もビビッたか、この日の演奏は異様なまでに盛り上がり、素晴らしいものであった。そして、夢中になって汗を出しながら振り続けているうちに、蕁麻疹は大部分収まっていったのである。
一緒に明太スパを食べた人は何ともなかったのだから自分の体調に問題があったのであろう。
これを機に不摂生な生活や暴飲暴食は控えることにしたい。
(アレルギー症状は、場合によっては本当に怖いみたいですから、以後は無理をせずに気をつけようと思います)
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