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2003/8/25『ドキュメント・ザ・本番』

8月23日、ついに1年で最大のイベント・バッカスマンドリーノ13の本番を迎えた。今回は本番の一日を赤裸々にドキュメント風に追ってみようと思う。

前の晩は指揮の最終的なチェックを終えた後、妻のピック研ぎに精を出す。
準備を整え、寝に着くが興奮して私一人眠れない。
妻は寝入ると同時に左手がスケールを弾き出すのですぐわかる。こうやっていつも夢の中でも演奏しているのだ。闇の中で左手が生き物のように動くのはやや怪談じみている。ぼんやりとみているうちに寝た。

翌朝は渋滞のためやや遅れて会場入り。先についてた皆さんスミマセン。セッティングが始まるが、4年振りとはいえ、いつもながらゼロの広い舞台空間に戸惑う。都心に近いし、好きなホールだが、実際演奏する側にしてみれば、広すぎる空間での音の処理など難しいところだ。
業界の有名人、マンド仙人・知○さんのアドバイスを受けながら、セッティングす
る。なるべくオケを奥に引っ込めて反響版をうまく使いたいのだが、引っ込みすぎは、見た目が変である。実にこの加減が難しい。マンド仙人のおかげで今回はこれで落ち着いたが、今後も中野ゼロ攻略法は研究すべきであろう。

セッティングといえば、ソリストのマイクもなかなかに調整が難しかった。ただ音
量を上げただけでは生音が消えてしまう。生音の微妙なニュアンスを生かしつつ、オケに消されない、厚みのようなものは出せないか?
これもマンド仙人と司会のYASUKOさんに機材と知恵をお借りして工夫する。
結局、ダイナミックマイクで拾った音の中低音を、奏者の真後ろに置いたモニタースピーカーで生音を消さない程度の音量で流すことに落ち着いた。

音量的にはマイク無しとさほど変わらないが、中低音の厚みが出ることによって、生音が押し上げられオケに消されにくくなったのではないかと思っている。まだ、お客さんの声や、録音物を聞いていないから結論は出ないが、良いにしろ悪いにしろ、今後同じような試みのテストケースになるのではないかと思っている。

ハンバーグ弁当の夕食後、開演時間が迫ってくる。一種恐慌状態になり、なぜか急に無意味にしゃべりだすもの、逆に黙るもの、意味もなく脱ぐもの、などが現れる(以上すべてギターパート)。酒を飲むものは昔はいたようだが今はさすがにいない。やがて袖に移動、反響版の隙間から客席に友人を見つけては騒ぐ団員。
お客さん、開演直前は逆に舞台から見られているんですよ?(私の周辺の人間だけだろうか?)

1部の演奏。演奏に関してのセルフレビューはやはり身贔屓してしまうので、演奏者の点描にとどめたい。
まず、1曲目の演奏中とてもおかしいことがあったのだが、ちょっと洒落にならないので、いつか『演奏中の珍ハプニング』とか何とかで時効になってから匿名で発表しよう。

邪馬台のナレーションはbassの夏さん。いきなり舞台を移動したときはびっくりし た。これは今までに無いナレーションでしょう。私の母がこのナレーションを気に入ってしまった。『あの人、よく調べたわね』母はパンフの(作曲者記)に気づいていなかったのである。

2部はドムラコンチェルト。私の胸にはこの曲に一目惚れした日から、今日までの長い道のりが蘇っていた。
憧れの曲だっただけに、今の瞬間、長年の夢が成就していることが信じられなかった。
団員たちも一人残らずこの曲を愛してくれていたように思う。
ソリストと夜を徹して曲想について何度も語り合ったことが思い出される。時には けんか腰に・・そんなことはどうでも良いか。

そしてソリストは今見事に「スラブのこころ」を歌いきっている。何人かの団員の
目が赤く潤み、鼻をすする音さえ聞いた気がした。スリリングな部分もあったが、ソロもオーケストラも思い切り演奏できたと思う。満足してタクトを置いた。

楽屋に戻っていると、なんと、このドムラ協奏曲の編曲者である、私の尊敬する小穴さんとアメデオの大崎さんがわざわざ楽屋までいらしていた。こんなにも光栄なことがあろうか!
しかも演奏について温かいお言葉を頂き、あまりの感激に私は握手しながら「小穴さん!小穴さん!小穴さん!」と叫ぶことしかできず、まともな日本語を発することが出来なかった。

こうなると3部は勇気百倍である。
映画音楽特集も楽しみながら歌いきることが出来た。ボサノヴァ風のムーンリバーで、好き者の奏者がパーカッションをゲリラ演奏したが、パーカッションの人数が思いっきり多すぎるのには笑ってしまった。
私の脂肪を振り回しながらのスウィングはかなり不恰好だったかもしれない。一瞬だけダイエットを決意した。
ハンガリーは冒頭の一人一人の渾身のトレモロに、曲への思いいれが込められていたと思う。最後まで中野ゼロの残響に悩まされたが、(ホールのせいにしてるわけではないんですが)この曲のこの部分は逆に豊かな残響に大いに助けられた。G.Pの残響が予想以上にドラマチックだったと思っている。
最後のバッカナールに限らず、3部を通じてソロを弾いた、新コンマスの千葉君も次第に開き直り、素晴らしいソロを聞かせてくれた。
私の技量不足で、団員や賛助さん、そしてお客様に何度もスリリングな思いをさせてしまった。。。本当に私は未熟者である。
だが、せっかく暑い中、中野までご来場いただいたお客様をがっかりさせたくな
い、という心意気だけはお客様にわかっていただけたと思う。

最後の暖かい大きな拍手で私にはそれがわかった。
そして感動の終演後、団員たちはもうひとつの本番へとなだれ込んでいったのである。
(続編に続く)

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