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2003/10/6『ビバルディの鼻毛』

平凡社の『日本残酷物語』にあった話だと記憶しているのだが、大正か昭和のはじめ頃、九州の炭鉱町の長屋に、一度聴いた音楽を、アコーディオン、ギター、ヴァイオリン、クラリネットなど、あらゆる楽器で素晴らしく完璧に演奏する男がいたという。あるとき貧乏なので楽器を全部売り払ってしまったのだが、それでも長屋から素晴らしい音楽が聞こえてきたので覗いてみると、水飲み柄杓に弦を張り、竹と馬の尾で弓をつくり、それで玄妙な音楽を奏でていたので(1弦の胡弓のようなものか?)、こいつは天才だということになり、祭りなどに引っ張り出されて演奏したということだが、惜しくも、病気で亡くなったという。

どこか、パガニーニが牢屋で1本弦のヴァイオリンで演奏した話や、ブルハーツの甲 本ヒロトが1本弦のボロギターで作曲していたたぐいの話と類似しているが、私はこういう話が大好きである。
天才はいつも恵まれた、お膳立てがそろった環境に発生するとは限らない。音楽の才能は、ある人種のある階級だけの特権ではないのだ。

あらゆる曲をあらゆる楽器で弾いてしまうという前述の男(あの孔子様も同じ特技の持ち主だったという)のような天才は人種・貴賎を問わずいろいろな場所にいたはずである。初見がだめで、音感もない私にとってはまさにうらやましい才能だ。

だからというわけではないが、私は小学校の音楽の授業はダメだった。小心者の癖にアナーキーな私はリコーダーも歌も文部省推薦のみんなと同じものを押し付けられるのがいやだったのだろうか?

音楽の授業というと、授業中、もっぱら教科書に載っている大作曲家の肖像に落書きするのが楽しみだった。
特にバッハやヘンデルなどバロックの作曲家は、あのカツラや銅版画の軽妙なタッチが災いし、被害を免れなかった。なかでもビバルディは、なんともすっとぼけた軽薄な表情と顔立ちが無性に落書き魂を誘った。友人とお互いに落書きを見せ合っては笑い転げたものだ。

ビバルディも死後はるか、名も知らぬ東洋の小学生に、生まれもつかぬ鼻毛やほっぺの渦巻きを書かれて笑われ、さぞや無念だったろう。

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