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2003/12/26『青少年音楽祭』

今はもうなくなってしまった青少年音楽祭だが、この前、初対面のある同年代の業界 人と昔の青少年音楽祭の話で盛り上がった。

いまでも、かつての出演者が寄ると語り草になっているのだから、あれはフォーク界 の中津川フォークジャンボリー、ロック界のウッドストックフェスティバルのような マンドリン界の伝説的なイベントだったのであろう。

私は4回しか出演していないが(ギター、うち1回だけローネ)一流のプロの指揮者の先 生(故・山本直純、三石精一、小林先生、斉藤先生、梅田先生、長田先生) にマンドオケを振っていただき、音楽することの楽しさや奏法のアドバイスなどを吸 収させていただいたのだから、本当に貴重かつ楽しい日々であった。

音楽祭のもうひとついいところは、NHKのスタジオで練習をするので、タレントを 間近で見られるところだ。憧れの斉藤由貴が目の前に現れ、失神寸前になったり、榊 原郁恵と廊下で正面衝突したり、エレベーターの中で近藤正彦と一緒になったことも あった。だが一番印象深かったのがなぜかラッキイ池田であった。

あるとき食堂で食べていると隣のテーブルにラッキイ池田がいた。周りに付人もいな いので思い切って話し掛けてみると気さくな人だった。よく覚えていないが関根勤の ビデオの話などしたと思う。終始機嫌が良くハイテンションな人で、「即興で踊りと かできるんですか?」という私のぶしつけな要請に、即興のオリジナルのダンスを無 料でしかも衆目監視のなかで踊ってくれた。あの腰の軽いヤケクソなサービス精神は 今も私が目指す境地だ。

バブル期の狂騒の深夜のセンター街も体験したし、早朝練習のときの朝日のなかカラ スが鳴き交わす抜け殻のような井の頭通りも見た。 何といっても妻と最初に出会ったのも青少年音楽祭のレセプション会場であった。

今思うと音楽以外のいろいろなことを教わったのではと思う。

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