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2004/1/26『生稲晃子』

1988年2月。高校3年生だった私は大学受験の2日前だというのに、ダイエー熊谷店の屋上に朝から並んでいた。
友人と「うしろ髪ひかれ隊」のミニライブに来ていたのだ。
ライブのあと握手会があった。
工藤静香や生稲晃子、斎藤満喜子と握手をした私は極度の緊張の中で、確かに自分の周囲に桃色のかすみが漂っているのを感じた。受験勉強で疲れていたのだろうか?
そのせいではあるまいが、私も友人も志望校には落ちてしまった。

そんなことはどうでもよいが、あのダイエー熊谷店の屋上から16年。
バブル前夜の幻「おニャン子クラブ」からいったい何人が生き残ったのか?
悄然たる思いだが、現在も第一線として活躍しているメンバーも結構いる。
渡辺満里奈、国生さゆり、特に工藤静香は「平成の完全男子」木村拓哉と結婚するというステイタスを得た。だが、世間(女性週刊誌といったレベルだが)は良くも悪くも「元おニャン子」という冠をつけたがる。やはりこれは一生背負う十字架なのだ。

その点、意外にも全く異色なのが生稲晃子だ。NHK教育TVの「芸能花舞台」を見てみるとよい。彼女はいつのまにか「和服系タレント」というジャンルで不動の地位を築いてしまった。梨園の家元みたいな大物ゲストたちとのやり取りも知的でてきぱきと落ち着いていて和やか。最近の女子アナなど遠く及ばない。

生稲晃子は少なくとも「うしろ髪」のなかでは一番タレント性が無かったように思
う。工藤の歌唱力(?)、斎藤の元気などに比べると、顔はかわいいが自己主張は無く、いつも引っ込んでちょっとおどおどしていた印象がある。
彼女にはどこか、はかなく消えていくB級アイドルの香りすら感じたものだった。

だが、おニャン子時代、強烈な印象が無かったからこそ、彼女は自分の芸歴をリセットでき、相当の経験と修養を積んで今の位置を築いたのだろう。
時代の流れを読んで着実な方向に転進できるクレーバーな元アイドルだったのだ。

過去にこだわるのとしがみつくのは違うし、変革と変節は違うが、私自身、次の16年後も、やはり心から楽しんで音楽していたい・・・・と思う。
(今日が34歳の誕生日なのでふいにそんなことを考えました)

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