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2004/4/15「編曲、完成!!」
企画ものの編曲がついに終った。。。今年は本当に長かった。1月からテーマを絞り始め、紆余曲折を経てテーマを決定したのが2月前半、すぐにCD集め。決めた曲の編曲許可取りと譜面集め。実際に書き出したのは2月末からである。今年はスイングの名曲メドレーだけに、ノッて来ると勢いでスコア何枚も書き上げる夜もあれば、朝5時まで五線紙の前に座っていても4小節くらいしか書けない夜もあったのである。
ここ数年、書き出す時期は大体同じでも4月の頭には書き上げていたのだが、今年は仕事が忙しかったり、家内のリサイタルの準備もあったりして、久しぶりに写譜を含めて春合宿ぎりぎりの出来となった。
お恥ずかしい話だが、いまどき私のスコアはすべて手書きであり、書き上げてもその後各TOP氏に写付していただくという手間がかかって怨嗟の的となっているので、いいかげんそろそろ楽譜ソフトを使うことをやっと検討し始めた。
だから手書きのスコアは今回が最後かもしれない。手書きは小節のコピーやパート譜別出力等が出来ないので、確かに無駄や手間が多いが、自分でも会心のアレンジ部分を書き込むときは、とても精密な絵画を描いているような幸福な気分になれる。楽譜は絵みたいなものではなかろうか?それがみんな同じのデジタルになってしまうのは少し寂しい。
ところでここ数年の編曲はあるテーマに沿ったメドレー形式というのが多い。自分の場合、全体のおおよその配分やバランスを考えた後、比較的書きやすい曲から部分的に同時に進めていき、最後に1曲につなげて完成する。(思い切った大胆な転調が・・・と好意的にとってくれる人、好きです!)
だから最後にすべての楽譜を順番につなぎ合わせるとき「ノンブル通し」をするのだが、これは私にとって神聖な儀式である。なぜならノンブルさえとおっていれば他人が見てもなんとか演奏できるからである。
今の世の中、何が起るかわからない。交通事故や拉致誘拐、国際謀略に巻き込まれCIAに消されるかも知れないし、突然街角でスカウトされて大スターになるかもしれない。そんな万一のときも、ノンブルが通っていれば、最低限編曲者の責任を果たせるし、たとえ本人死すともその音楽は死せず、演奏は可能だからである。
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