2004/5/28「峠にて」
わが愛車ダイハツ・ムーブ(軽)は結婚と同時に買ってもう8年、旅行に通勤に毎 日酷使しているが、平地ではスピード・パワーも普通車と遜色なく快適である。
しかしなんとも苦手なのは登りの山道である。
とにかくスピードが出ないのだ。アクセルベタ踏みでも3〜40キロしか出ない。い
や、自分は全然それでかまわないが、必ず後ろに車が渋滞するのだ。後ろからは非常識にもクラクションやら、ひどいのになると暴走族のように空ぶかしして脅してくる。
路肩によけ、先に行かせることもあるが、山道ってもともと法定速度が3〜40キロなのだ。法定速度を守っているのに後ろの車に道を譲る。これっておかしくないだろうか!!
山を登る人には良くわかることだが、上り坂を重力に逆らって登るというのは大変なことだ。
たとえば「峠」という字がある。地形的には単なる山の尾根に過ぎないが、ここを 道が越えると「峠」になる。わかりやすくていい字である。
かつて、旅人たちは2本の足で重い荷を背負い、峠を越えれば後は下りと自らを励ましながら一歩ずつ上ったのだろう。
きつい上りが少しは楽な下りに変わる、「峠」を越える一瞬に万感の思いを込めたはずだ。
「峠」が人生や物事の成就、病状の回復にたとえられるのは、古人がそんな思いを共有していたからだろう。
山道で後ろから煽ってくる人たちを恐る恐るバックミラーで見ると、意外や、暴走 族などではなく普通のおじさんやおばさん、お兄さんやお姉さんだったりする。
彼らはどんな山道も平地と同様に走るのが当たり前なのだ。またそれが出来るパワーの車を皆が皆、持っている。
日本人は100年ちょっと前までどこに行くにも2本の足で歩いてきた。その時代なら足の遅い人に対していたわりの気持ちはあったはずだ。
今は遅い車に乗っているほうが悪いということになっているのではないか。
現代人は発達しすぎたモータリゼーションのおかげで少し傲慢になってやしないか?
私は車の後ろに「大日本憂国青年会」とか「朝青龍が乗っています」というステッ カーを貼ることを真剣に検討し始めていた。 |