事件から2年が過ぎて
60代男性
忘れる事の出来ない平成7年3月20日午前10時40分頃、病院より息子が爆発事故に巻き込まれた、直に来るようにと連絡を受けた妻と2人で駆け付けました。
息子は心臓停止の状態で救急車にて救命センタ−の方に運ばれベッドの上でした。先生に息子を確認して下さいと言われ間違いありませんと答えると、身内の方には早く知らせた方が良い、もしも生命を取り留めても植物人間になる可能性が高いと言われた時は、言葉も出ませんでした。
夜は妻や弟夫婦を帰宅させ、私は病院の待合室に2晩寝ずに今か今かと連絡を待ちました。 あの苦しみや悲しみは2度と思い出したくありません。
3日目の 朝から息子が苦しまぎれに暴れるので、肺に水が溜り、薬も思う様 に使う事が出来ず、意識を半分に落とし、手足をベッドに縛りつけ、この時も危篤状態が続きましたが、先生方や看護婦さんのお力で一命を取り留めて頂く事が出来ました。
8日目に意識も回復し、15日目に一般病棟に移り3ケ月で退院致しましたが、記憶障害の後遺症にて現在2ケ所の病院に通院しております。 先生方にいろいろとお世話になり、お陰様で良い方に向かってお ります。
私達被害者は、この悲しみや苦しさに堪えて生きていくし かありません。
麻原は動物にも劣る獣だ。この世にいなければこの 事件は起きなかったと思えば思う程残念です。
以上
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