大麦から琥珀色の液体ができるまで

大麦から麦芽へ。そして麦汁が生まれる。

モルトウィスキーはその名が示すとおりモルト(大麦の麦芽)から作られる。そして原料として使われる大麦は、殻粒が大きくデンプンが多く含まれる大麦が選ばれる。このデンプンがアルコールを生み出すのだが、まずは糖化(糖分に変える)させる必要がある。そこで、糖化するための酵素、すなわち糖化酵素を得るために大麦を麦芽にするのがモルトウィスキーを作る一番最初の工程となる。


 大麦をスティーブスと呼ばれる水槽に2〜3日入れ水を吸わせ、モルティング・フロアーという広いコンクリートの床に1週間〜10日置かれると大麦は発芽をはじめる。この芽の中にジアスターゼというデンプンを糖分に変える糖化酵素が生成される。
 芽の大きさが殻粒そのものの高さの4分の3程度に伸びたら、その発芽した大麦を乾燥室に移動させる。それにピートと呼ばれる泥炭を焚き熱を加え発芽をストップさせる。この時焚いたピートの煙がウィスキーに独特のピートの香りとスモーキーフレーバーを与えるのである。


 乾燥した麦芽は粉砕器で細かく砕かれ、マッシュ・タンと呼ばれる大型の円筒形の仕込槽(糖化槽)に入れられる。この中で細かく砕かれた麦芽(グリスト)は60度程度のお湯に溶かされ、デンプンが糖化酵素の働きで麦芽糖という糖分に変化し、麦汁(ウォート)が生まれる。出来立ての麦汁は甘い麦のジュースといった味である。この麦汁の味わいは、仕込に使用される水に左右されると言われている。だから、蒸留所は大自然に囲まれた山岳地帯に集中していると考えて良いであろう。


発酵という神秘のドラマ

できあがったウォートはヒートエクスチェンジャーという装置を使い20度前後まで冷やされる。そして、ウォッシュ・バックという発酵槽に入れられ、イースト菌が加えられる。ウォッシュバックにステンレス製のものを使う蒸留所もあるが、大部分は伝統的な木製のウォッシュ・バックを使用している。それは、ステンレス製より木製のほうが保温性がよく微生物が活躍しやすいため発酵液の成分を濃厚にし、香気が高まるからである。そのかわり、後から温度調節ができないという欠点があるらしい。


 摂氏20度で発酵を始めると、イースト菌は糖を食べアルコールと炭酸ガスに分解する。そして分解された炭酸ガスは泡となって沸いてくる。桶には重い木製の蓋がしてあるが、時にはガスの勢いでそれを吹き飛ばすこともあるらしい。この泡は次第にクリーム色に変色し、それに合わせて液面が沈んでいく。


 そのうち、沸いてきた泡は無くなり、液面が鏡のように澄んだ状態になる。そして、水とほぼ同じ程度の比重になったら発酵は終了。これに要する日数は通常2、3日。これでできあがるのがアルコール分6〜8%のもろみ酒(ウォッシュ)である。このころになると乳酸菌により酸味が加わる。この発酵の工程は蒸留所の見学の際に第一の見所となっている。


スチルマンの技術と経験が必要な蒸留

発酵してできあがったウォッシュはポット・スチルと呼ばれる蒸留釜に移される。このポット・スチルの形状は蒸留所によって異なり、それによってできあがるウィスキーに個性が生まれるのである。
 その形状の違いがもっとも大きく現れているのが、スチルの上部。このスチルの上部は白鳥の首のように優美な曲線を描いているのでスワン・ネックと呼ばれている。このスワンネックの形状を細かく分類すると、ストレートヘッド、ランタンヘッド、ボール型、T字シェイプ、ローモンドスタイルなどいくつかの形状がある。


 また、釜全体の形状にもいろいろと種類があるが、一般的に小さい釜で作るといろいろな香りを残し、単純な釜で作ると、ストレートな味わいになるといわれている。
 さて蒸留だが、これはほとんどの場合ウォッシュ・スチルという初留釜を使用した初留と、スピリット・スチルという再留釜を使用した再留の2回おこなわれる。蒸留は水とアルコールの沸点の違いを利用したもので、石炭かガスを使った直火焚きか、スチームのパイプを蒸留釜の中を通して加熱する方法がある。現在では直火焚きだと焦げつくことがあり、内部の洗浄が大変なので、スチームパイプを通す方法が主流となっている。


 加熱されて気化したアルコールは蒸留釜の首の部分からライン・アームを通り冷却装置に運ばれて冷却され再び液化する。この冷却装置として現在はコンデンサーと呼ばれるものが主流となっているが、昔は水を張った巨大な桶の中の蛇管(ワーム)を通し、時間をかけゆっくりと液化させるワームタブと呼ばれるものを使用していた。コンデンサーを使用したものとワームタブを使用したものでは微妙に味が異なるので現在でも昔の伝統を守ってワームタブを使用している蒸留所もある。こうして得られた液体をローワインと呼んでおり、一回の蒸留でアルコール度数は約3倍になるので、ローワインのアルコール度数は約20%ということになる。ここまでの工程がウォッシュ・スチルを使用した初留である。


 次にできあがったローワインはスピリット・スチルに移され、再留がおこなわれる。その方法は初留と同じであるが、コンデンサーの下にスピリット・セイフと呼ばれるガラスの箱が置かれてあり、コンデンサーによって冷却されて液化したアルコールはこの中を通る。この点が初留とは異なる。
 再留されて流れ出る液体はフォアショッツという最初の部分、ミドルカットという中間部分、そしてフェインツという最後の部分の3つの部分に分類される。この3つの部分のうちフォアショッツそしてフェインツはアルコール度数が不安定であったり不純物が混ざっていたりするため、ミドルカットの部分だけを取り出し次の工程に回す。これらの判別には比重計を用いるが、流れ出す液体をどの段階でカットするかはスチルマンという蒸留職人の技術と経験、そして集中力が必要となる。


 このようにして取り出されたミドルカットはスピリット・レシーバーと呼ばれるタンクにいったん貯められる。そして残ったフォアショッツとフェインツはローワインに混ぜられ次の蒸留の際、再び蒸留される。


使う樽によって味も異なってくる?

蒸留を終えてできあがった酒は無色透明である。スコッチウィスキーは最低3年の熟成が義務付けられているのでこれをスコッチウィスキーと呼ぶことはできない。そこで、この酒のことをブリティッシュ・ファインスピリッツまたはニューポットと呼んでウィスキーと区別している。
 蒸留してできあがった酒の度数は約70度。しかし、樽に詰めるときはこのまま詰めない。だいたい63度前後まで水を加え度数を落としてから樽詰めをする。その理由ははっきりしていないが、こうすることによって樽の成分を引き出しやすくしているらしい。


 次に樽について述べるとしよう。樽は、樫やナラ樫などのオーク材でできている。その種類だが、アメリカンオークでできたバーボン樽やスパニッシュホワイトオークで作られるシェリー樽などが有名である。これらの樽は、一度ほかの酒、例えばバーボン樽はバーボンを、シェリー樽はシェリーを熟成するのに利用した後スコッチを熟成するのに利用している。もちろん、スコッチを熟成した樽を再利用している樽もある。これらの樽を使って熟成されているものをフィルカスクあるいはプレーンカスクと呼んでいる。これらの中でも、シェリー樽を使ったものはほのかにシェリーの香りがし、できあがるウィスキーの色も濃い琥珀色になり、良いとされている。そのため、シェリー樽不足が起きている。そこでMACALLAN蒸留所などはシェリー樽を確保するためにスペインに進出し、スパニッシュオークを使った新樽を自ら作り、シェリー酒醸造業者に無料で提供し、2〜3年のシェリー熟成後返却された樽をスコットランドに取り寄せ使用している。また、これらの樽には容量による違いもある。これらの一覧を以下に示す。


・バット(BUTT) 500リットル前後
・ホグスヘッド(HOGSHEAD) 250〜305リットル
・アメリカンバレル(AMERICAN BARREL) 180リットル前後
・クォーター(QUARTER) 127〜159リットル
・オクタブ(OCTAVE) 45〜68リットル


 さて、樽に詰められた無色透明の酒は、長い年月の間に樽の中で熟成され、まろやかな琥珀色の酒に生まれ変わる。その年月の長いものでは50年も熟成するものもある。ギネスブックにも載っている世界でもっとも高いウィスキーであるスプリングバンク1919年などが50年ものとしては有名である。


 最後に熟成が完了したウィスキーはいったん全てタンクの中に集められ、ミックスされる。それは、同じ樽で同じ年月熟成されたものでも倉庫内の地面に近いところに置かれたもの、天井付近に置かれたもの、壁の近くに置かれたものなどでウィスキーの味が微妙に異なってくるからである。その味をタンクでミックスさせ平均的なものにするのである。この時できあがるウィスキーの度数は熟成された年数によって左右されるが、だいたい50〜55度である。これに水を加えて、40度前後にして瓶詰めするのが一般的である。
 こうしてできあがったウィスキーが市場にでて我々の手に届くのである。

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