Keisuke Hara - [Diary]
2003/06版 その1

[前日へ続く]

2003/06/01 (Sun.) Prophylaxis

昨夜は恒例の月末チェス。 後手、フレンチディフェンス。 序盤の展開のミスを突いて駒得し、 直ちにエンドゲームに転換して勝つ。 執事は自分のスタイルを守ることが大事と力説してゐた。 ちなみに執事に特徴的な手は「謎の防御」である。 こちらから見ても何を何から守つたのか分からないミステリアスな手で、 深い戦略に基いてゐたことが後で判明するときと、 まるで謎のままのときがある。

10時くらいまでゆつくりと寝る。 クロさんに御飯をやつて、自分は紅茶のみの朝食。 昼食は素麺。 午後は講義の準備ノートの作成など。 夕食は、アスパラガスとベーコンのパスタと、 手抜きのミネストローネを作つて食す。 食後にチョコレートケーキと珈琲。


2003/06/02 (Mon.) ここは宿題

九時起床。まだ出張の疲れが残つてゐる模様。 午前中は「確率解析」の勉強を少し。 基本解の滑らかさの問題に向けて Malliavin 共分散行列の 表示など。 早めに出勤して生協食堂でカレーライスを食べ、 正午から M 自主ゼミ。伊藤積分の性質など。 少し早く終わつたので、合間に事務仕事。 続いて卒研 A チーム。色々な連続確率密度。 続いて卒研 B チーム。 Dym-McKean の円周上の熱方程式の章。 1 ページも行かない内に障害にぶつかり、 色々議論の末誰も解決できず、次回までの宿題、 と言ふことにした。

しかし、その後、帰りのバスに乗つた途端に分かつた。 やはり Dym-McKean の本文のままで正しい。 条件も全て使つてゐるし、背理法も完結してゐる。 複数人で議論してゐるときにありがちな現象だが、 全員でシンクロナイズして同じ錯覚にハマつてしまひ、 自明なことが分からなくなることがある。 今回はその典型的な場合だらう。 落ちついて文章を読めば、何の疑問もない箇所であつた。 でもこれがその場で答へられなかつたのは、 ゼミ指導としては格好悪いなあ…

帰宅して、パスタを茹でてカルボナーラと、 作りおきのミネストローネの夕食。 これから、お風呂に入つて、チェロの練習をして、 その後は Williams の原稿の訂正反映作業の予定。


2003/06/03 (Tues.) Richness in anti-symmetry

朝は「確率解析」の勉強。 基本解の滑らかさを示すための準備として、 マルチンゲールの評価不等式など。 午後は「確率過程論」から。 D 微分の随伴作用素としての Skorohod 積分。 続いて「計算機数学」。 確率論の初歩の続き。期待値、分散、チェビシェフの不等式、 大数の弱法則。 休憩時間中は四回生の T 君が質問に来たので対応。 続いて、M ゼミ。 某S田先生の擬似乱数発生器の評価を始めることにして、 まずは感じを捕むための練習として、 多次元一様性をカイ二乗検定と KS 法で調べやうか、 と言ふ方針をたてる。

夕食は自宅で蕎麦を茹でて、月見蕎麦。 食後はチェロを一時間ほど弾いて、 Williams 本の提出稿の訂正作業。現在13章まで提出版完成。 Y 田先生が熱心にチェックを進めてゐるので、 今週中にも終わりさうだ。 作業の片手間にミネストローネにトマトを入れて煮る。

通信戦のトーナメントの6 ゲームがスタート。 思ふところあつて、 先手番の初手は全て Reti オープニング (1. Nf3)。 後手番も非対称性の強い受け方をした。


2003/06/04 (Wed.) The professor professed something

昨日の深夜、何故かシャーロック・ホームズ全集を読み始めてしまひ、 朝寝坊。 (ちなみに「グロリア・スコット号事件」と「マスグレイヴ家の儀式」 を再読。) 朝の勉強は抜きで、慌てて出勤。偶然会つた K 川先生と一緒に生協食堂で昼食。 「江戸を斬る」について色々と教はる。 午後は「積分論 I」から。 加法的集合関数、正集合と負集合、Hahn 分解。 前回アンケートを取つたので一応、 講義時間を少し割いて学生の意見に回答しておく。 (さうせよ、と言ふお上のお達しなので。)

1.「難しくて分かりません」について。
「難しくない。実際に、 日本語で出版されてゐるどの積分論の教科書を見ても、 私の講義の方がずつと易しいことがすぐに分かるはずです。 それに大学の講義は、そもそも、 その講義時間中には、完全には理解できないものです。 実際、講義はその数倍の自習時間とのセットのことである、 と(文科省だかによつて)決められてゐるので、 もしストレスなく講義中に完全に理解できてしまつた場合には、 授業料のモトが取れなかつた、と考えるべきでせう」

2. 「定義、定理、証明と理論ばかりの講義なので、試験にどんな問題が出るのか、 単位が取れるのか不安です」について。
「気持ちは分かります。しかし、 これは中学の授業ではないので、 『はいココ大事。試験に出すからなー』なんて恥ずかしくて私には言へません。 私が君達にある理論を紹介し、 それについての私の意見を述べることが講義なのですから。 (その意味では、試験をすること自体がおかしいのですが。) まあ、「ルベーグ積分とは何なのか」が理解できてゐれば、 十分合格できる試験をすると言ふ程度で勘弁して下さい」

講義が終わつて研究室に戻つたら、 シャツを教室に忘れてきたことに気付き、 あわてて取りに行く。次の講義が始まつてゐたが無事回収。 私は講義の後、よく忘れものをする。 懐中時計を忘れて、事務に届けられてゐたこともあつた。 続いて、M1 のゼミ。 今日は会議がなかつたので、久しぶりに早めの帰宅。 夕食はアスパラガスと油揚げのパスタと、 トマト入りのミネストローネ。


2003/06/05 (Thurs.) 夏の白いキャンパスではサングラスは必需品

坊主頭に太いつるのサングラスと言ふ、 どう見てもスジ者の T 山先生と同じバスに乗りあはせた。 あとはごつい金の指輪でもすると完璧。 ステゴロならいつでもかかつて来い、てな感じの気迫である。 大学ヤクザと言ふ言葉もあるが、もちろんかう言ふことを指すのではない。 午後はアクロスで数理ファイナンスシンポジウム関連のミーティング。 その少し前に生協で文房具を見てゐたら、 経済の I 澤先生が爽やかに現れて、 「さつき久しぶりに Y 田先生に会つたら、 すごい痩せてるねー。ダイエットしたんだつて!じゃ」 と爽やかに語つて去つて行つた。 頻繁に見てゐると変化が目立たないが、 Y 田先生は健康のための数キロ以上のダイエットに成功したらしい。 そもそも Y 田先生はスポーツマンで、 今年退職して特任教授になつたと言ふお歳にも関らず、 軟弱な学生よりも三倍はタフと言はれてゐるが、 それがますます強化されたと言へやう。 その後は色々と事務の用事。 生協で UPS を注文したり、書類を書いたり、判子を押したり。

そろそろ毛皮には暑い季節らしく、 自宅に帰るとクロが冷たい床で腹ばいになつてゐた。 夕食はバゲットとトマトスープ。 毎日スープなので少し変化を持たせやうと思ひ、 近所のフランスパン屋「バタバタ」で買つたバゲットの太い所を 輪切りにして、中をくり抜き、卵を割り入れて、 スープに入れて全体にチーズを擦りおろし、 白身が固まるくらいまで一緒に煮る。さらに焼いたパンを付けあはせて、 赤ワインとともに食す。 夜は明日の高校での仕事の準備と、Williams の提出原稿作り。 現在 Part B の終わりまで完成。


2003/06/06 (Fri.) God and Dice

朝は午後の仕事の準備をして、 月見蕎麦を作つて昼食にし、 午後は京都の某高校へ営業に行く。

その途中、電車に乗つてゐて、 ふと停まつた駅で読んでゐた本から顔を上げると、 「かみとばくち」と言ふ駅名で、 一瞬夢の中にゐるのかと思つたが、 すぐ漢字の駅名が目に入つて安心した。 でも、此処こそ全ての確率論、 または量子力学の約束の地では…

そんなこともありつつ営業活動。 私を知る(しかし、それほどは詳しくない)人の中には、 私にそんな仕事をさせて大丈夫なのかと危ぶむ向きもあらうが、 私は常識ある大人なので (本心はどうであらうが)、 「組織の代表者としての公式見解」 による穏健な議論もすらすらと出来るのである。 偶然、他大学の知り合ひの某先生も同じ業務に来てゐて、 「こんな偉い数学者の時間を、(大事な大学の業務とは言へ) こんな仕事に使はせてよいのだらうか」と思つたが、 最近は国立と言つてもどこも忙しいのであらう。

それで思ひ出したが、最近、各大学の先生から、 とにかく(政治的に)忙しい、と言ふ話を聞くことが多い。 私は忙しい大学しか知らないが、昔は違つたらしいし、 そしてその前もずつと違つたらしい。 もしこれが続くやうなら、ひよつとしたら近い内に (と言つても最低でも数十年以上のオーダーで)、 学問や研究の拠点は大学から外に移動するかも知れないと思ふことがある。 教育と研究は長い間、兄弟としてやつてきたが、 いつか教育が研究を見捨てるなら、先に研究が教育を見捨てるかも知れない。

夕食は久しぶりに御飯を炊く。 最近はしばらく水の味がおかしい期間があつたり、 大量にミネストローネを作つてしまつたり、 素麺や蕎麦に逃げてしまつたりしてゐたので、 本当に久しぶりである。 しかし、今日も満足のゆく炊き上がりで、 胡瓜の糠漬と梅干しと葱の味噌汁で美味しくいただく。 米を炊くのはかなり自信が出来てきたなあ…


2003/06/07 (Sat.) 有給休暇なんて貰つたことない

朝寝坊。昼食は炒飯を作り、午後はチェロのレッスン。 沖縄でバカンスの後、京都に立ち寄つたネットワーク屋 N 氏から連絡があり、夜は N 氏と会食。 木屋町の「前豊」で前菜を食べ、この前、 情報の N 尾氏から教へてもらつた三条の寿司屋で食事。 さらに「味味香」でカレー饂飩(豚肉、倍辛)を食べて帰宅。 あひかはらず「味味香」は美味いな。 N 氏は以前の会社に辞表を提出して有給休暇を優雅に取得しながら、 しかもボーナスまで受けとりながら、沖縄でバカンスを過し、 さらに京都で散財して東京に帰る予定とのこと。 しかも次の仕事はネットワークの開発系で決定済みとのこと。 ふざけるな…


2003/06/08 (Sun.) 越境の行方

来週あたりから梅雨らしいが、今日は真夏日。 我が家は二階は日当たりが良過ぎ、一階は悪過ぎるため、 夏は二階で目覚めて一階に降りてくるとひんやりとして気持ちが良い。 朝は軽く Malliavin ノートの作成など。 休暇中の N 氏が居間のソファから東京の自宅のサーバに接続して、 仕事をしてゐるふりをしてゐるので、 最近買つた「計算機プログラムの構造と解釈」 (サスマン/サスマン/エイブルマン著、和田英一訳)を見せる。 興味を示し、何やら PC でメモを取つてゐた模様。

昼食は N 氏とともに河原町の「かねよ」で鰻。 食後、東京に帰る N 氏と別れて帰宅。 N 氏は少なくとも今月一杯は有給休暇を消化しながら、 経済学や経営の勉強をしてのんびり暮らすらしい。 経済は技術者も学んだ方が良い分野の一つだと私も思ふ。 ただ、かう言ふ分野を横断した勉強は、 必要だと本人が実感しない限り、 つまりまだ学生である場合には相当に優秀でない限り、 まるで意味がないと思ふので、 大学教育のカリキュラムとして設置する効果は疑はしいと私は思ふ。 この N 氏のやうに本人の興味に任せるのが正しくて、 システムとして用意すべきでないのではないか。 私自身はそう言ふシステム生まれなので、批判力に乏しいのだが。 午後は少し午睡をして疲れをとつたり、 洗濯などの家事をしたり、のどかな休日。

私が日々の生活にも困つてゐるだらうと心配する実家の両親から、 立派な木箱に入つた古物(ひねもの)の三輪素麺が大量に送られてきたので、 夕食は素麺にする。 面倒なのでいつものやうに冷やしておいた一番だしを、 薄口醤油と味醂で割つただけのつゆで食す。 確かに美味しい…味も違ふが何より歯応へが全然違ふ。 2キロ以上もあるので、一夏分くらいありさうだ。

夜は色々。講義の準備をしたり、通信チェスの応手を考へたり。 今まで数理ファイナンス方面の人が 「Malliavin 解析の応用として Clark-Ocone 公式より…」、 なんて言ふ度にちよつと驚いてゐたのだが、簡単じやないですか。 次かその次あたりの講義でやることにしやう… チェスは序盤で定跡外れを指されたが、どう咎めるのか分からない。 数日考へた結果、おそらくこうであらう、 と思ふ手はあつたが自分も危険に身をおかねばならないタイプの手なので、 定跡に戻れる可能性の一番高い穏健な応手を選んでおく。 NHK 教育の「N 響コンサート」のマイスキーの特集を視聴。 素麺だけではお腹が空いてきたので、 ガーリックトーストを作つて安ワインを飲む。


2003/06/09 (Mon.) 数学者は徒党をなさない。しかし…

昨日東京に帰つた N 氏からの沖縄土産が朝、宅急便で到着。 七年ものの古酒(クースー)泡盛二本である。多謝。 正午からのゼミは学生が風邪のためキャンセルされたので、 空いた時間を事務用に使ふ。 続いて卒研。連続な確率分布の続き。 続いて卒研 B チーム。円周上の熱方程式の続き。 今日の卒研では、事務からの依頼で、 全学協議会やら私学助成の嘆願書やらの説明をしたりしたが、 一緒に配布されてゐる色々な統計データを読むと、 この数字を数学者の目で真正直に解釈するに、 (そこにつけられてゐる解説とは全く異なつて) 単に「日本には大学が多過ぎる」と言ふ結論が出るだけだと思つた(笑) ところで、なんでそう拡大展開挑戦改革なんだらうなあ… 私は最近、年のせゐか、削れるものなら何でも削れるだけ削りたいが。

Y 田先生から某雑誌の記事のコピーがポストに入つてゐた。 ソヴィエト連邦時代のモスクワ周辺の数学者たちを巡る歴史の紹介で、 かなり血生臭い裏話が満載で面白さうだ。 私が個人研究室のドアにペトロフスキの言葉を書いた紙片を 貼つてゐたりするもので、 興味を持つだらうと思つてくれたのであらう。

夜は Williams の提出原稿作り。 既に Part B までを提出、今日は Part C と補遺が終わつた。


2003/06/10 (Tues.) しかし…生き残るために肩を寄せあうことはある。

曇り時々、雨。 事務室のポストには、また(おそらく) Y 田先生が、 記事のコピーを入れてくれてゐた。 今日は「セール --- 数学界のモーツアルト」と言ふ新聞記事。 たまにポストに入つてゐるこの「Y 田通信」を結構楽しみにしてゐるのだが、 半分がフランス語で書かれてゐるのが難点だ。 Y 田先生は英語よりフランス語の方が得意なのである。 私は第二外国語はフランス語だつたし、 フランス語の論文を無理矢理読んだこともあるし、 (実はポルノ小説の下訳をしたことさへあるのだが(*1)) 今はさつぱり分からない。 ところで、 古い確率論の人は英、仏に加へてロシア語も読むだけは読めることが多い。 かつてソヴィエト連邦が確率論の中心の一つだつたので、 当時はロシア語が読めることが本当にアドヴァンテイジになつたのである。

生協で昼食を取つて、12時30分から講義「確率過程論」。 Skorohod 積分の性質の続き、 Wiener 汎関数の積分表現、Clark-Ocone 公式。 続いて「計算機数学」。中心極限定理とか誕生日攻撃とか。 続いて教授会。終わつたのは6時30分くらい。 さらに学位審議会などもあつたやうだが、下端は退散。 きつと 9 時過ぎくらいまでやることになるのだらう。 私程度のものなら構はないが、 教授達の貴重な時間をこんなことに使つて良いのだらうか、 といつも他人事ながら心配になる。 そして喜多先生(那古野大)のお言葉、 「無能にするために出世させるのさ。 有能な人間は周りがそのままにしておかないだろ? みんなで一緒に無能になろうとしているんだ。 エントロピィ増大の法則さ…」を思ひ出す。

*1: 丘にあるお屋敷で女中がお仕置きを受けるお話で、 朝、目覚めてから長い時間をかけて 身支度をするシーンがほとんどだつた。 ありがち過ぎる内容のため、今では誰のどの作品なのだか不明。 なんとなくイメージは Robert Coover の某作品を もつとゴシックにした感じだつたと思ふ。


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

この日記は、GNSを使用して作成されています。