Keisuke Hara - [Diary]
2003/11版 その3

[前日へ続く]

2003/11/21 (Fri.) セクシー・情報・複雑性

午前中は講義の準備。 確率論は来週から中心極限定理をするつもりだつたのだが、 良く考えたら特性関数をまだやつてなかつた。 二回分くらい予定が狂つたな…省略してしまふ手もあるが。 昼食は、玉葱と卵の香酢炒め、海苔、漬物、根菜の味噌汁。 午後から休日。 近所の銀行に手続きに行つた以外は、 洗濯をしたり、読書をしたり、書庫の整理をしたり。

読書は「セクシーな数学」(G.J.チャイティン著、黒川利明訳、岩波書店)。 インタビューや講演の記録なので易しい言葉で書かれてゐるが、 非常に刺激的だつた。私にしては珍しく、 かなりゆつくりと読んだくらいである (詰め込まれてゐる情報量が多いと言ふことかも知れないが。) これからの数学の姿についてのチャイティンの思想も、 共感するかどうかは別として、その主張は見かけより深いと思はれる。 それから、私は不勉強で知らなかつたのだが、 ディオフォンタス方程式とプログラム停止問題の同値性、 プログラム停止確率で示される初等整数論のランダム性(*1)、 などの話題は非常に興味深い。 基礎論や、情報理論(?)の分野なのだろうが、 確率論でもこう言ふことに興味を持つた方が良いかも知れない。 現代的な確率論の祖のコルモゴロフ自身は、 まさにこのランダム性と複雑性の問題にも挑戦したが、 その後の確率論の分野からは抜け落ちてゐるやうに思ふ。

*1: どんなプログラムも 0 か 1 かのビット列で表現されるから、 各ビットに独立に 1/2 の確率を与えることで、 全てのプログラムをコイン投げの無限試行列に埋め込むことができ、 プログラムが停止する確率を問ふことができる。 この確率は 0 と 1 の間の実数であることは確かだが、 チューリングによるプログラム停止問題の不可能性から、 その値を知ることは出来ず、 その 2 進法での n 桁目が 0 か 1 かは「ランダム」である。 (しかも、この問は、 n 次二項係数の第 k 項が奇数か偶数かが n, k の各ビット列の一致で判定されることを用ひて、 ディオフォンタス方程式の解が無限個あるか否か、 と言ふ問に翻訳することができる。) とすると、神様にイエス・ノーで答へられる質問が一つできるなら、 人間がすべき質問は、 「プログラム停止確率の二進一桁目は 1 ですか?」 だろうか。だつて、 「数学の問題の半分は人間に解けますか?」と言ふ質問に等しいから。


2003/11/22 (Sat.)

正午近くに起きて昼食は炒飯、漬物、味噌汁など。 午後は読書。 夕方から東京から観光に来た M さんと、 高槻の T 部長を自宅に迎へる。 夕食は食材を調達して、執事も含めて四人で鍋。 私は明日の朝から大阪でシンポジウムなので、 今から早目の就寝。

G.J. チャイティンのサイト


2003/11/23 (Sun.) 一番易しいこと

朝から大阪大学でシンポジウム。 夜は続いて、千里中央の阪急ホテルで、 福島先生(関西大学)の日本数学会解析学賞受賞のお祝ひのパーティ。 確率論プロパーの私としては、 「ディリクレ形式とマルコフ過程」の理論の創始者で、 かつ最も強力な理論の推進者でもあり、 世界中にその研究者が沢山とゐるやうな人に「何を今さら」 と言ふ気持ちがするのを(不遜ながらも)禁じ得ない。 おめでたくも嬉しい受賞であることは勿論だが。 やはり確率論自体が、 他の数学の分野にはまだまだ理解されてゐないのだらうか。 少なくとも(純粋)数学の一分野ではあるやうだ、 と言ふ認識のレヴェルはクリアしたやうだが、 確率論自体が数学として持つ深遠さや、 他の数学の諸分野との密接な関係などの理解が、 一般に得られるところまではまだまだかも知れない。 私などは、少し極端かも知れないが、 ランダム性は数学のほとんどいたるところに遍在する、 とさへ思つてゐるのだが(真面目にそう思つてます)。

パーティのスピーチの中で、 シュワルツ追悼の文章から引用されてゐたのだが、 数学者は自分がやつた一番難しい仕事で評価されたがるが、 実際は一番易しい仕事で記憶される、と言ふ言葉を聞いて、 面白いなと思つた。 数学での偉大な発見の多くは、後から見れば非常に易しい。 つまり数学における「正しい定義」は、 正しいが故に、当然ながら最も自然で一番易しいのである。 しかし、それはなかなか見つからない。


2003/11/24 (Mon.) 湯豆腐

今日の京都は午後より雨。 寝坊して正午近くになつて起床。 昼食は、先日の鍋の材料の残りを使つて湯豆腐など。 午後は DVD で「チャーリーズエンジェルズ フルスロットル」 を観つつ、自宅の PC の環境構築の作業。 夕食はトマトソースを作つて、アラビアータ。

夜、高槻の T 部長が、 先日の鍋のときに使つた電気鍋などを引き取りに来た。 しばらく、分析哲学を肴に議論をした後、 何か思ふところがあつたのか、 ポストモダンなあり方を猛省しつつ帰つて行つた。


2003/11/25 (Tues.) 一日前の国

昼過ぎから緊急の教室会議。 そのため卒研は急拠キャンセル。 会議が意外に早く済んだので、修士のセミナーは通常通り。 ランダムラティスによる暗号系の攻撃。 良く分からないので、 小さな桁数で具体的に、暗号化、復号化、 攻撃などを手計算でやつてみやうとアドヴァイスする。 数学はこう言ふ計算が楽しいんだよねー、 と言ふと、そうですね、頑張つてみます…、 と答へてゐたが、 私が部屋を出ると後から、長い溜息が聞こえて来た。

生協書籍部で「前日島(上、下)」(U.エーコ著/藤村昌昭訳/文春文庫)、 「クルーグマン教授の<ニッポン>経済入門」 (P.クルーグマン、L.E. スヴェンソン著/山形浩生訳/春秋社) などを買ひ、夕方から教授会。 人事の案件が沢山あつて、終わつたのは七時くらい。 偉い人たちはその後さらに学位審議会がある。 荘子にもあるがやはり、人間、偉くなるものではないな…


2003/11/26 (Wed.) 地鶏

午前中は講義の準備。 焼き海苔、梅干し、根菜の味噌汁と清貧の昼食をとつて出勤。 午後は「プログラミング演習」。続いて、教室会議。 今日も結構、長引いて帰宅は八時過ぎ。 帰路の途中で買つた地鶏の肉と、 この前の鍋用の残りの白菜、長葱を使つて、鷄鍋。 今日は間にあつた「相棒」を観つつ夕食。 地鶏と言ふだけあつて、 やたらに固い肉だつたがとても美味しかつた。 その後の雑炊も大変結構でした。

一人鍋だけで出来る、行儀の悪い作法かも知れないが、 私は鍋の後の雑炊なり饂飩なりの味付けをぽん酢でする。 さつきまで食べてゐた器のぽん酢を混ぜるのである。 主な理由は、面倒だから、であるが、 意外に美味しいですよ、ぽん酢味の雑炊も饂飩も。


2003/11/27 (Thurs.) 反省

朝は「確率論」。Bernstein 多項式、特性関数など。 午後は「積分論 II」。具体的に Airy 関数に最急降下法を適用など。 続いて、物理の Y 君の自主ゼミ。フーリエ変換のイントロなど。 夜は今、シンポジウム講演で京都に来ている、 K 大の S 君、T 大の N 君、RIMS の T 師匠と四人で、 河原町で食事。続けて、S 君、N 君と飲みに行き、 現在各大学を吹き荒れる生臭い話をしたり、 数学についての清らかな話をしたりして、 帰宅は 0 時過ぎ。

数学の話を色々して、 嗚呼、もつと私も頑張らねばならないなあ、 学生時代を一緒に過した仲間にも、 ますます差をあけられる一方だなあ、と猛省。


2003/11/28 (Fri.) 隣りの芝生は青い

九時起床。午前中は講義の準備。 昼食は余つてゐた冷や御飯を使つて鷄雑炊。 いつものやうに午後から休日に入る。 少し午睡をして、烏丸に珈琲豆などの買ひ出し。 地鶏を弱火で小一時間ほど炒めた玉葱と和えてパスタにする。 この地鶏は濃厚な味で美味しい。 まだ少し残つてゐるので、明日は煮込みにしてみやう。

昨夜、S 君たちと飲んでゐたときの清らかな方の話を一つ。 (コルモゴロフ特集のときの「数学セミナー」 の某記事で紹介されてゐたさうだが、原典は不明。)
今、お金が入つた二つの封筒があつて、 片方にはもう一方の二倍の金額が入つてゐることが分かつてゐる。 あなたはどちらかの封筒を選んで、その中のお金を貰ふことが出来る。 選んだ封筒の中身が X 円だつたとしやう。 とすると、もう一方の封筒には、 あなたが受けとる金額 X 円の二倍の 2X 円か、 半分の 1/2 X 円のどちらかが入つてゐる。 その確率はそれぞれ 1/2 つまり 50 パーセントと考へられるから、 他方の封筒の中の金額の期待値は、
(1/2) 2X + (1/2) 1/2 X = 5/4 X = 1.25 X 円となる。
これは自分の封筒の金額 X 円より大きい! あなたは他方の封筒をとるべきだつたのだらうか…


2003/11/29 (Sat.) 複雑な系

九時に目が覚めた。 寝室の外でクロが激しく朝食を求めてゐる聲を聞き流しつつ、 寝床でしばらく数学の問題を考へた。 十時過ぎに寝床から出て、 いつものやうに珈琲を飲み、 Web であちこちの新聞を読む。 昼食はトマトソースの鷄煮込みにパスタ。 午後は膳所にチェロのレッスンに行く。 この時期は先生の方が演奏会等で忙しくて、 お互ひのスケジュールがあはず、 一月ぶりくらゐ。 その後、しばらく SBUX で会計学の本を読みながら休憩。 夕食は御飯を炊いて、粗食。

今回の衛星打ち上げは失敗か… ロケット工学は究極のリスクマネジメントが問はれるし、 その上でどうしても、 失敗の確率がかなり大きく残るものなのではあるが、 (衛星の使用目的の議論は別として)残念なことである。 ちやんと原因の調査をお願ひしたい。

とは言へ、巨大プロジェクトは本質的に複雑系である。 系が巨大なのでどこからでも微少なエラーが発生し得るし、 もし発生すると指数的に拡大されて結果に出現し、 しかも系が巨大なので失敗の確率が少々あつても 利益の期待値が大きく割にあふ。 さう言へば、アメリカでの某宇宙計画失敗の原因が、 プロジェクトに参加してゐる各研究所で、 使つてゐる単位が違つたためだつた、と言ふことがあつた。 メートル法とヤード法の換算の過程でミスが生じたのである。 トホホでマヌケなミスが原因で物凄い大金が一瞬で失なはれた事例として、 挙げられることが多いが、 上の観点からすればそれは間違つてゐる。 その失敗のあり方は系の本質なのである。 きつと、このやうな問題を解決する マネジメント技術の研究が行なわれてゐると思ふが、 どんな成果があがつてゐるのか興味がある。


2003/11/30 (Sun.) ハイ・スタイル

九時ごろ目が覚めた。夢うつつのまま寝床で数学の問題を考へる。 と言つてもシリアスな数学ではなく、 私が「自己記録的過程」 と勝手に名付けたものについてのパズル的な問題である。 朝、寝床で考へるだけなのだが、日々少しづつ進展してゐる。 いつか易しい記事を書くとき等の話の種に使へるかも知れないくらゐで、 まともな論文になるでなし、どこかで知られてゐることであらうし、 ほとんど無駄と言つた所で、まあ、ただの趣味である。 私にはこのやうなことが多過ぎるやうにも思ふが…

段々と意識がはつきりしてきたところで起床。 イラクでの外交官殺害、足利銀行の国有化決定、 と大きなニュースがあつて、 これは特別報道番組の嵐に違ひないと思つて TV をつけたのだが、 普通の休日の昼の穏かさだつた。 意外と冷静な反応で結構なことかも知れない。 昼食は炒飯と白菜の漬物。 炒飯も鍋振りの腕がかなり上がつて、 米粒がぱらつと仕上がるやうになつてきた。 午後は講義の準備。夕食はカルボナーラとワイン。 食後に珈琲(SBUX クリスマスブレンド)とチョコレート。

書庫の整理をしてゐて、ふと 1989 年の「現代思想」 の特集「High Style ― ポスト大衆社会の階級論」を手に取り、 時の流れを感じる。


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

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