貧しきものにも日は降り注ぐ

 

世界の終わりとモト・サイクル

 あ、どこかで聞いた事あるタイトルが続くけど、気にしない様にね。
 ヘタレ原付きライダーながら、ギアを入れ、スロットルを開けると、いつも思い浮かぶシーンがあります。それは映画「アラビアのローレンス」の冒頭のシーン。バイクが加速して行く様子が、一人称のカメラでしっかり捉えられます。実際T.E.ローレンスは事故って死ぬわけですが、それを知らなくても、このシーンはとても怖いです。  特に私の乗っているような、ボディ剛性(あ、フレーム剛性か)のない、へなへなのバイクで、「やわキロ」を超えるくらい出てくると、結構怖い。
 まあ、怖いと思ってるうちは大丈夫かもしれませんが、そんな時にふっとT.E.ローレンスを思い出すわけです。
 ローレンスの書き残した一行に「死と生。あるいはそれ以前の段階である閑暇と生活のうち、我々は生活を出来る限り避けて、最低限にとどめ、あくまでも閑暇に取りすがらなければならない。そうすることにより、われわれは行為よりむしろ無為を進展させることが出来るだろう」というのがある。
 この閑暇がバイクを何処へともなく飛ばすようなものであるかどうかは、わかりません。それを知るにはもう少し時間が必要です。ただ、彼は「やわマイル」で突っ走っていて、飛び出した少年をよけようとして、生け垣にささって死にました。
 閑暇とバイク(あるいはスポーツカー)。ジェームス・ディーンとT.E.ローレンス。あてどなく速度や風などに追いすがる時、彼らは何かを答えようとします。


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