貧しきものにも日は降り注ぐ

 

エンスーにあらず

「クルマが好きなんですね」
「それほどでもありませんよ。クラブとか行くと私なんて全然です」
そう。僕は何であれ、「好き」という人に比べると全然好きではない。クルマ、アート、時計、文章・文学、パソコン、カメラ、ぜーーんぶ二流である。ついでに職業も二流なので、冷静に自分を見つめていると、全く野暮なおっさんである。加えて酒飲みでもある。イケてない。
 要は何の才能もないのだと思う。と市民的な考えに立ってみるが、ここでも自分は模範的市民とは程遠い事に気付く。一流からも、オタクからも、市民からも、補集合で、衛星的位置にある自分のポジショニング。そんな頼りない足場にたって、この反画廊日記なコーナーで今何を書くとしているのだろうか?
 それは、熱中すべきものなど何もない。ということかもしれない。24年前、シラケ世代と括られて「そんなもんかもね」と、中原中也でも読みながら余裕カマしてた僕は、現在落ちぶれたロードスターをなんとなく友として、なんとなく流すのを楽しんでいる。車格も走りも関係ない、ステッカーも沢山貼ったりして、「オートマがいいんだよ」とか言っているあたり、反クルマ趣味なところだ。
 しかも、このクルマ、外見はいいが、足回りはユルユル、ボディもヤレ、シート・幌もソロソロということで、最近RX-8にも心移りしているあたりは、やはりいい加減であるわけだね。


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