貧しきものにも日は降り注ぐ

 


M42星雲(オリオン)・原田康英氏撮影・「夜空のむこう」HP

冬はオリオン

 深夜に眠れず、やりきれない気持ち、苦しく切ない想いが心を満たす時、月並みだがロードスターで坂本峠へ向かう。当然幌は全開だ。しかしヒーターも全開だから、決して寒くはない。後続も対向車もない。2速にしてスロットルの開閉だけで軽やかにコーナーを抜ける。
 誰も居ない夜道をオープンで駆けるとき、自分が人であり、しかも獣の一匹に近いという感覚を受ける。犬か何かとの血縁を感じるのだ。そう認識すると、心の重さが徐々に晴れていく。
 峠の頂上に達すると、ライトを消し、エンジンを切り、天を仰ぐ。杉林のはるか上(天頂よりやや南だ)に最も美しく輝くのはオリオン座だ。三ツ星の中央近くにはっきりとM42も見える。
 とても月並みだが、世界は美しい。美しさにおいて、人の心をもっとも動かすのは、リアルな「世界」そのものだ。
 寒さが身に染みるまで、僕はしばらくそのままでいた。イグニッションを回すと、ユーノスは再び鼓動を始めた。暖気は再びコックピットを満たした。ライトが闇を裂き道を照らす。日付はとっくに変わった。すでに僕は一日を終え、新しい一日を始めているのだ。
 僕は運転している。道を照らし、疾走している。曲がれないカーブなどない。比重の重い夜の空気を切り裂き、感じながら、夜の底を越え、自分の生活へと戻っていった。


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