不器用な天使〜浅香唯

Sunday, April 11, 1999


 世間では 「だんご三兄弟」 という歌が何百万枚と売れたらしい。「およげ!たいやきくん」 以来のヒットだそうで、たしかに面白い曲だとは思うが、間もなく飽きられるだろう。そうでなくても、CDの売り上げ枚数の上位を占める曲と、私の好きな曲とは何の関係もない。それは別に構わないのだが、ランキング一辺倒で、本当に良い曲が販売のチャンスを失っている流通事情 は困ったものだ。早くインターネットでの音楽流通が普遍化して、誰でも自分の音楽を広く発表できるような環境が構築されると良いのだが。

 ところで、私にとって 『浅香唯』 という女性は、少々気になる存在である。一時はアイドルとして頂点を極めた後、脱アイドルを目指したが突然の休業宣言。ヌードを撮る撮らないで週刊誌を賑わした後は音沙汰も消え、そしてひっそりとした復帰‥‥‥。芸能界の裏表を一人で見せてくれたという点でも興味深い。


 彼女がアイドルとして全盛を誇った頃、私はアイドルなど全く興味がなかった。最近、とある古書店の棚で、今は亡き 『GORO』 という雑誌の、浅香唯が表紙に掲載されている号 の一つが、実に 7,500 円という高額を付けているのを見た。他にも何冊か表紙に掲載されたものを発見したが、いずれも 2,000 円前後の価格で販売されており、「へぇ、そんなに人気がある(あった)のか…」 と驚いたくらいだ。

 浅香唯 で最初に記憶しているのは、オーディオカセットテープのTV-CFで歌って踊る姿であった。「アイドルなんて可愛いだけ、歌なんて下手。」 と信じて疑わなかった頃であったから、 「そこそこ聞けるではないの」 と少し見直した。当時それ以上の興味はなかったが、映画に出演したり、歌番組にも頻繁に登場している娘らしい、ということだけはわかった。

 少し気になるようになったのは、中古市場に彼女のCDアルバムが溢れるようになった頃だろう。今から思えば、アイドルとしての人気に翳りが出て、アイドルファン (たぶん 『浅香唯』 ファンではなく…) の連中が放出したものが、大量に流通したのだろう。小さな中古店でも10枚や20枚は並んでいた。当然価格も下がり、私の見た中で一番安いのは200円。厄介払いの処分価格と考えて間違いない。「こんなに安いなら、もし中身が 『ハズレ』 でも損はない。試しに買ってみよう。」 …気がつけば下の表の通り、彼女のCDアルバムはほぼ全部、私の手元にある。

タイトル 番号 発売日
Crystal Eyes 32HD-11 1986/02/21
Star Lights 32HD-16 1987/02/28
Rainbow 32HD-18 1987/09/23
Candid Girl 32HD-24 1988/06/01
HERSTORY 25HD-26 1988/12/01
MELODY FAIR 32HD-27 1989/03/01
PRIDE 32HD-30 1989/11/21
Nude Songs 32HD-31 1990/02/28
Open Your Eyes HBCL-7029 1990/07/04
NO LOOKIN' BACK HBCL-7043 1990/12/05
Thanks a lot HBCL-7046 1991/02/21
硝子の都 HBCL-7049 1991/08/21
STAY HBCL-8009 1992/02/26
joker HBCL-8015 1992/08/21
CONTRAST HBCL-8018 1993/02/24

 色分けにはそれなりの意味がある。最初の3枚は歌いっぷりも内容もコテコテのアイドルだ。これらを聞くのに、アイドル嫌いの私は、少なからず抵抗感を覚えた。キワモノ的な歌詞もある。後で知ったが、この頃はあまり売れていなかったらしい。中古市場でもこれらは滅多に見なかった。彼女が売れるようになったのは、歌ではなく、テレビドラマ 「スケバン刑事」 の風間三姉妹 がきっかけだと言うが、私は一度も番組を見たことがないのでわからない。

 次の3枚で浅香唯はブレイクする。化粧品のイメージキャラクターに抜擢され、「C-Girl」 もコマーシャルソングとして大ヒットした。これは私も当時何となく聴いた覚えがある。「HERSTORY」 は "Her(彼女)" と "History(歴史)" の合成語だそうで、宮崎出身の女の子が出世して大スターになるという、聴いていて恥ずかしくなるような内容だ。このミニアルバムは、中古市場でうんざりするほど見た。しかし 「Candid Girl」「Melody Fair」 は、それなりに良く出来ていると思う。おそらく彼女の (昔の) ファンは、どちらかをベストに挙げることだろう。

 3番目の3枚は評価が難しい。恐らくこの頃から、制作にも本人の意見が取り入れられていると思う。「Nude Songs」 とは 『虚飾のない (裸の) 歌』 という気持ちが込められていると聞いた。「Open Your Eyes」 も、サブタイトルは "Nude Songs Vol.2" である。しかし、トップアイドルとなった 「浅香唯」 という存在と、本人が目指した音楽の方向性 (Pride=誇り) にギャップが感じられる。シングルヒットは数多いが、アルバム収録曲の中では浮いていて違和感がある。シングル曲以外はどの曲も似たり寄ったりで、あまり印象に残らない。年間3枚という発売ペースは出し過ぎで、声も荒れている。私は特製化粧箱入りの「Nude Songs」 を、ほとんど同じ装丁の 「Open Your Eyes」 と間違えて、3つも買ってしまった。もっとも購入価格は200円だったので、あまり損した気はしないが…。要は 「Nude Song」 は後日中古市場に溢れるほど大量に売れたが、次第にファンに飽きられ、次の 「Open Your Eyes」 はそれほど売れなかったので中古も少ない、という事なのだろうか。


 「No Lookin' Back」 で、浅香唯は一変する。このアルバムはロンドンで収録されたそうだ。重厚なサウンドをバックに、それまでの力任せに声帯を張り詰める発声法から、ハスキーな囁くような歌い方へと、180度の転換を果たした。果たした…と言うより、私の勝手な憶測では、彼女の声帯は傷みが激しく、歌い続けるためには、声帯に負担のかからない発声法に変えざるを得なかったのではないか、と思う。全曲の作詞も担当したこの作品は、大変良い出来だ。しかし全く売れなかったか、新しい浅香唯を容認できたファンにしか売れてなかったようだ。その証拠に、中古市場ではほとんど見かけなかった。

 「thanks a lot」 は、過去のシングルヒットを収録したベストアルバムである。「21歳最後の瞬間の記録。皆様への深い感謝を込めた、過去と未来への乾杯です。」と、ジャケットに英語で書いてある (上記は私の意訳) 。興味深いのは、全曲ヴォーカル再録音というこだわりだ。伴奏は一切変わっていないが、あたかも過去と訣別するかのように、オリジナルとは歌唱法も解釈も違う。どちらを好むかで、その後の彼女を受け容れられるか否かが決まるだろう。アルバムタイトルも含め 「今まで応援してくれてありがとう。でも私は変わります。」 というメッセージなのではないだろうか。

 「硝子の都」 は唯一、漢字のタイトルを持つアルバム。声はかすれて出ないし、言葉も聞き取りにくい。これが本当にヒットチャートの頂点を極めた歌手か、と思ってしまう異色作。シングルカットされた曲もあるが、ほとんど聞いた覚えがない。人気も低迷したが、音楽的にも迷いに迷った「どん底」だったのであろうか。


 最後の3枚、これらは音楽的バランスも優れており、今でも良く聴いている。私はいずれも新品で購入した。中古が見つからないためもあるが、定価でも買う価値あり、と判断したからだ。「STAY」 は10人の著名作詞家が歌詞を提供している。詩の解釈が未消化な感は若干あるが、意欲的な取り組みには好感が持てる。「joker」 は私が最も好きなアルバムであり、"哀しさ"や"切なさ"が表現できるようになった。さらに 「CONTRAST」 では"おんな"を感じさせる領域にまで発展した。いずれも内容が濃く、名作と言って構わないと思うが、シングルで「売れそうな」歌はないと言って良いだろう。

 「CONTRAST」 発表後、突然の休業宣言で、クラブチッタ川崎でのライブを最後に、浅香唯は華やかな表舞台から消える。ファンが期待する偶像 (=アイドルの語源) と、自らの方向性とのギャップを、一気に断ち切りたいと思ったのであろうか。当時私はまだ、浅香唯『ごとき』の2枚組のライブアルバムなど、高い金を出して買う気はなかった。しかしこれは数量限定版で、現在は入手不能なのが少々心残りだ。


 さてその後。ヌードか否かと話題になったり (結局ヌードは発売されなかったらしい) 、「間もなく復帰」 と週刊誌の表紙を飾ることはあったが、それ以上の話題にはならなかった事は、皆様もご存じであろう。その間、私は捨て値の中古でアルバムのほぼ全部…欠落しているのはライブ盤とベスト盤だけのようだ…を入手し、次にアルバムが発売されたらぜひ買って聴いてみよう、と思っていたが、少しもその気配が感じられなかった。

 実は "YUI" という名前で復帰していた、というのを私が知ったのは今年 (1999年) の3月だ。インターネットでたまたま見つけた"YUI LAND" でシングル発売を知り、秋葉原の在庫自慢の大型店で2枚を購入した。1997/8/26発売の 「Ring Ring Ring」、1998/8/26発売の「不器用な天使」。どちらも在庫は1枚限りという寂しい状況で、別に私が情報に疎かったのではなく、本当に売れていないらしい。つい先日発行された三流週刊誌を見ていたら 「現在は 『川崎亜紀』 の名で活躍中」 とあって、笑ってしまった。たしかに写真集は本名で出版したようだが、YUI の名で歌手として復帰した…しかも1年半も前に…ことは、業界のプロでさえ気がついていないようだ。それに、ミュージックショップで 「あ」 行の棚を気にしている人 (私も含め) でも、まさか 「や」 行にあるとは思わないだろう。

 さてその内容だが、全部 YUI 自身の作詞だ。「Ring Ring Ring」 は、なんとモノラル録音である。4年間の空白を埋めようとの音楽的な意気込みだけが先走っている感じで、評価が難しい。しかし1年後の 「不器用な天使」 は、C/Wの 「もっと誰よりも輝いて」 と共に、肩の力が抜けていて好感が持てる。と言うか、歌唱スタイルを変え、休業までして、何度も音楽的に迷ったあげく、結局彼女は元のところ (?) に戻ってきたのかな、という感じだ。


 私は浅香唯 (YUI) の歌が特別にうまいとは思わない。声に格別の魅力があるとも思えない。ルックスも抜群とは言いがたい。が、何か捨て置けない魅力があるのは、彼女の持つある種の「かっこ悪さ」なのかも知れない。オフィシャルページである"Yui's Avenue"に、まるでマタニティドレスのような赤いチェックの衣装で歌っている写真がある。休業前はかなりの厚化粧が普通だったが、これは舞台写真にもかかわらず、あまり化粧っ気が感じられない。お腹も何となくぽっちゃりとして、少々かっこ悪い。しかし、見ているだけでも気持ちが和らぐような姿で、表情も明るい。私は結構気に入っている。

 思うに「不器用な天使」とは、おそらく彼女自身の事なのだろう。もう二度と芸能界の「頂点」にまで躍り出ることはないような気がするが、感性豊かな人には、案外すんなりと受け容れられるかも知れない。先に紹介したページのBBSを見ると、新しいファンも増えているようだ。恐らく本人より若い世代のファンが、親しみを込めて 「唯ちゃん」 と呼ぶのも、彼女の魅力がなせる業なのだろう。大量に出回っていた中古CDも、落ち着くところに落ち着いたのだろう、ほとんど見かけなくなった。素直な気持ちであまり背伸びせず、のんびりと心地良い作品を出してもらえるなら、ヒットチャート至上主義の業界にあって、それだけでも十分価値がある。私も次の作品を気長に待つ事にしよう。


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