Kant-Deleuze
No.3

1996.6.19
Nao

「器官なき身体」


前回紹介した三つの道のうち、方法その3についての定義をここでもう一度繰り返す。
そんな「認識」をねじまげる自分を認識し、そのメカニズムを解明し、正しい「認識」をできるようにし、そこから共通の「本当」を見つけられるようにする

この方法は、あなたには、ともすれば非常に難解に感じられるだろう。
なぜならば、もしあなたがこの方法を追求するならば、あなたはたちまち、とても一言では言い表せないような、人間の複雑で多重的な認識と思考のメカニズムの迷路に迷い込むことになるであろうから。

しかしながら、もしあなたがそこで、「わかりやすくて響きのよい言葉」によってそのメカニズムを「還元」してしまったならば、あなたはその地点から、自らの「認識」や「思考」をねじまげてしまうメカニズムそのものに対して無批判になり、したがってその罠に取り込まれていくことになる。

しかしながら、それでは、そのような罠に取り込まれない「認識」や「思考」というものはあり得るのか?それはあなたが人間である限り不可能である。

思想史上に存在するインマヌエル・カントという人のテキストをたどっていくと、彼が「わかりやすくて響きのよい言葉」を避けながら、このメカニズムの中にどんどんのめり込んでいくプロセスを追体験することができる。

たとえば、彼のテキストで展開されるプロセスは、まず人々の「思考」の前提となっている「認識」が錯覚であることをあばき、しかしながら「認識」から離れた「思考」も誤りに陥ることをあばき、さらに人々が「思考」を演繹してたどりついたと思われる「理性」というものの限界性をあばくということであったといえよう。

そして、その結果として、ある地点に行き着くことができるわけである。
それはたとえば、前々回に私が引用した、

我々の認識の一切の可能的対象の総括は、いわば『見せかけの』地平圏をもつような一つの平らかな表面になぞらえることができる。そしてかかる地平圏はこの表面の全範囲を包括していて、さきに無条件的全体性の理性概念と名づけたところのものに相当する。この無条件的全体性という理念に、経験的に達することは不可能である。またこの理性概念をなんらかの原理に従ってア・プリオリに規定しようと試みたが、かかる試みはすべて失敗に終わった。しかし我々の純粋理性の一切の問題は、この地平線の外にあるもの、或いは少なくともその限界線上にあるものに関係しているのである。

(I.カント 「純粋理性批判」 岩波書店・下巻58p)

というテキストにおいて目撃された地点のことである。

この地点は、G.ドゥルーズがF.ガタリと共に駆け抜けた次のような地点とも、極めて正確にリンクしているといえるのではないか。

ところが、さらに他のひとびとは、オイディプスの道具立てにも、倒錯の粗悪品や審美主義にも嫌悪を感じて、時には激しい暴力をもって壁そのものに攻撃を加え、壁に体当たりする。そうして、かれらは動かなくなり、沈黙し、器官なき身体の上に後退する。この器官なき身体はやはりひとつの土地ではあるが、しかしこれは全くの不毛の土地であり、この上では、一切の欲望する生産が停止するのだ。あるいは凝固して停止する様相を呈するといってもいい。

(G.ドゥルーズ/F.ガタリ「アンチ・オイディプス」河手書房新社・169p)

この地点まで来ると、あなたは何者にもとらわれない「自由」、ただしその形容としては「呪われた自由」(これはJ.P.サルトルとリンクする!)と呼ぶ方がふさわしいような「自由」を手にすることになる。

ただし、これだけでは、あなたは一瞬の幸福=不幸の頂点を体験しながらも、そこから去るしか選択のない状況に追い込まれるであろう。

この地点は「通過」すること、そして、過ぎ去ったあとで「追い続ける」ことを宿命づけられているのである。

もしあなたがここを「通過」しようとせずに、それを「既得権益」としてしがみつこうとするならば、あなたには、嘘をついて、センセーショナルなスクープだけを売り物にしている三流のジャーナリストのようになるか、「正直さ」という嘘によって自分自身を騙して人間であることをやめること−たとえば自ら命を絶つこと−のどちらかしか方法が残されていないであろう。

「いかに生きるか」という問題に対する答えは、ここではまだ見えてこないのである。

しかし、カントのテキストの可能性は、このような地点で止まっているのではない。これはドゥルーズのテキストについても同じである。

ここで重要になるのが、カントのテキストの、上記のような地点をさらにこだわり続けることから来る、さらなる「わかりにくさ」と「響きの悪さ」である。

(続)


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