やまいもの雑記

犬神明


犬神明
平井和正・著
徳間書店・刊
全10巻
ついにと言おうかとうとうと言おうかようやくと言おうか、「ウルフガイ・シリーズ」(少年・犬神明を主人公とする大河小説)が完結した(作者・談)。途中かなりの中断もあったが、25年の長きにわたってこの物語を書き続けた平井和正には、とりあえずご苦労様でしたと言いたい(ほかにも言いたいことはあるが、それは後ほど)。

思えば私が初めて少年ウルフに出会ったのは、今から20年ほど前の友人宅で読んだ『ぼくらマガジン』(講談社・休刊)だった。羽黒一派のリンチに遭った犬神明のアパートを担任の青鹿晶子が訪ね、闇に光る目に驚いて失禁するシーンである(笑)。のちにそれが平井和正原作・坂口尚漫画の『ウルフガイ』(奇想天外社、全2巻)であることを知った。

同じ雑誌には「魔王ダンテ」(永井豪)「仮面ライダー」(石森章太郎(当時))「タイガーマスク」(梶原一騎・辻なおき)なども掲載されていたはずだが、それらの記憶は失せている。なぜか「ウルフガイ」だけしか覚えていない。青鹿晶子が点灯した明かりに浮かび上がった狼の顔が、今も頭に焼き付いている。

犬神明に再開したのはそれから約1年後、ハヤカワ文庫の「ウルフガイ・シリーズ」の中だった。当時の私は江戸川乱歩→星新一→その他の日本SF作家と読み進んでいて、その流れの中でたまたま行き当たっただけである。

しかし、『狼の紋章(エンブレム)』を読み進んでいくうち、初めて小説世界に引きずり込まれるという経験をした。止まらない。やめられない。物語の吸引力というものを生まれて初めて感じた。まさに魂が共鳴したと言える体験だった(ああ、大いなる錯覚)。

以前『ぼくらマガジン』で見た狼マスクを思い出した。人間たちをこき下ろすウルフにシビれた(死語)。母の名を呼びながら呻吟するウルフに共感を覚えた。青鹿晶子のカーディガンのにおいで救出を決意するウルフに血がたぎった。腹をかき切られて内蔵がはみ出し、指を、手首を切り落とされ、それでも羽黒を倒したウルフに戦慄した。そして……。

けっきょく買ったその夜のうちに読み終えてしまい、翌日から続編の『狼の怨歌』を求めてさまよい歩くことになった。だが、姉妹編の「アダルト・ウルフガイ・シリーズ」は見つかるのに、『狼の怨歌』だけはなかなか見つからなかった。ようやく少年ウルフに再開できたのは、それから3ヶ月以上あとだった。

しかしそれは、日常性の中に狼男という非日常を放り込みながらも若者のストイックな感性を描いた前作とはうって変わって、いきなりのスパイアクション、人体実験、諜報組織同士の暗闘、大量虐殺といった非日常の世界だった。それなりにおもしろいし、不死人間の血液で人間に不死性が伝わって怪物になるとか、CIAの殺し屋・西城恵が勃起しながらその怪物化した人間を倒すシーンとか、いろいろ見所もあるが、あのぴんと張りつめたような少年ウルフの精神の緊張感は薄くなっていた。もっとも、少年ウルフは物語の前半には意識さえ持っていなかったわけだが。

その後『狼のレクイエム』(祥伝社刊)も読んだが、私の興味はどちらかというとアダルト・ウルフガイに向かっていった。まじめ一方の少年ウルフより、少しすれたアダルトウルフの話の方が私の趣味と合っていたのかもしれない。

アダルト・ウルフガイ・シリーズは現在ハヤカワ文庫も祥伝社の新書版も絶版になっているはずだが、平井和正がアダルト・ウルフガイの続編も書きそうなことをにおわせていたので、そのうち徳間書店から出版されるかもしれない。参考までに、96年1月に発売された『スパイダーマン 5』(朝日ソノラマ刊、平井和正/池上遼一)で「人狼暁に死す」と「虎よ、虎よ」が主人公をアダルト犬神明からスパイダーマンに置き換えた内容で読める。

しばらくして「幻魔憑き」のあまりのひどさ(話がぜんぜん進まない、すぐ天上界だの魔界だのが出てくる、など)にほぼ愛想を尽かしたものの(それでも「真・幻魔」10冊、「文庫版・幻魔」30冊まではつきあった)、『黄金の少女』でウルフガイ復活と聞いて再び平井和正の本を手に取った。「幻魔憑き」の傾向は薄れていたが(「幻魔シリーズ」よりはまし)、往年の魂を震わせるような内容ではなかった。「ウルフガイ」でなければ読むのをやめていたと断言できる。

そのハードカバーのシリーズも中断し、さらに数年たったあと、今回出版された完結編「犬神明シリーズ」が始まった。

期待は見事に裏切られ、物語は宙ぶらりんのまま終わった。聖母結社は「崩壊するはず」、西城は生き延びたものの、人間に戻れなくなった虎4のバイオニクス・BEEの肉を食べてまで生き延びれるかどうか不明、黄金の少女・キム=アラーヤにとりついていたものの正体も分からずじまい、世界は崩壊すると繰り返してたわりに、結局どうなったのかは描かれないまま。これで完結だとしたら、これまで10巻かけて主人公の犬神明がエディプスコンプレックスから脱却しただけである。

青鹿晶子を失った犬神明はすでに死人同然で、それが母との訣別で再生する話だとすれば、確かに大河小説らしい大きな流れではある。しかし内容はといえば、犬神明はひたすらうだうだと悩み、繰り言を重ね、精神攻撃による幻に翻弄され、まるで積極的ではない。アリゾナからアラスカまで移動した以外は、ほとんど動いていない。

その移動にしても、死を望んで横たわっているところをインディアンの魔法使い・ポペイにむりやり歩かされ、巨大兎“ドードー”にアラスカまで引っ張り出され、聖母結社の総帥“マー”に引き寄せられ、といった具合で、主体的なものではない。アクションらしいアクションは、キムに出会ったときのバイオニクスとの戦闘だけ。

要するに、不死身の狼男が主人公である必然性はどこにもない。

それとも「少年ウルフ・犬神明」はすでにブランドで、彼の魂を描けばそれが「ウルフガイ・ストーリー」になるというわけだろうか? すかっとした(ねとねとしててもいいけど)ヒーロー・アクションを求めた自分がまちがっていたのか?

これならまだBEEと西城の話にした方がよほどましだった。こちらの方はBEEや西城の心情の変化、不死鳥結社・聖母結社との対決、「ジャングル大帝」もどきのラストシーンなど、物語の起伏も帰趨もきちんとしている。

特に最初のうち死に神・疫病神と思っていたBEEと最終的に「相棒」になる西城の心の動きは、読んでいて納得させられる。ところどころに織り込まれる「笑えない」漫才もすばらしい。実際このシリーズはこれだけを楽しみに読んでいたようなものである。

いずれにしても作者・平井和正の中で「ウルフガイ」は完結してしまった。彼にプライドがあるなら、続編が書かれることはないだろう。こんな中途半端な気持ちで少年ウルフに別れを告げなければならないのは残念だが、それでも母親や青鹿晶子への思いを断ち切る彼の姿を見れたことには感謝すべきかもしれない。世の中には尻切れトンボの「第一部・完」はいくらでもある。

犬神明とキム=アラーヤの未来に幸多からんことを祈る。

PS.
それにしても相変わらず読みやすい文章でした。買ったその日のうちに、3時間ほどで読み終えてしまいました。典型的遅読の私には珍しい現象です。


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