工事編


いに工事の日がやって来た。申し込みが想像に反してひどく呆気ないものだっただけに、簡単といわれている工事の方が心配になってきた。

午前十時、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、作業服姿の小柄なおじさんがひとりぽつんと立っていた。おじさんは来意を告げると、中へ案内する小生を追い抜かさんばかりの勢いで家の中に入ってきた。急いでいるらしい。スケジュールが詰まっているのだろう。

おじさんは電話機の前にどっかと座ると(なぜか正座)持ってきた箱形ケースの中から小さな箱を取り出し、それを電話線の引き込み口とケーブルでつないだ。なかなか手際が良い。小さな箱に見えたのは携帯端末のようで、おじさんはかたかたとリズミカルな音を立てながらキーで何かを打ち込んでいく。いいねえ、プロはこうでなくちゃ。

数分が経過して、おじさんは同じ動作を繰り返し始めた。キーをかたかたと叩いては首をかしげ、再びキーを叩きだすのである。何度か首をかしげた後、おじさんはハッとなった。どうやらケーブルを一本つなぎ忘れていたらしい。こちらに向かって照れ臭そうに笑ったその顔にはもうプロの威厳はなかった。おまけによく見ると、前歯が一本ないのだ。大丈夫かいな?

「これがピンポーンと鳴ると成功ですよ」不安な面持ちで作業を見つめる小生に向かって手にした携帯端末を見せながらおじさんがいった。小生は息を殺して端末を見つめた。すぐに「ブー」。素人にもわかりやすい音がしんと静まり返った部屋に響いた。おじさんは悲痛な表情で慌てていずこかに電話をかけた。

結局、我が家は中継所から距離があるため、線をもう一本増やさなければならなかったらしい。こうして二十分程度だときいていた工事は小一時間ほどかかってやっと終了した。そして、おじさんは来たときと同じようにそそくさと帰っていった。

DSUをコンピュータの脇に置くと小生は作業にとりかかった。まず居間にある電話線の引き込み口とDSU、そしてDSUと居間にある電話機をモジュラーケーブルで結んだ。床を二本のケーブルが這うことになり、いささか見栄えが悪いので、一本だけは壁と絨毯の境目に押し込むようにして隠した。もう一方の、電話機につないだモジュラーケーブルは諦めた。長いケーブルを引きずりながら、片手に電話機をもって電話をかけるのも、アメリカ風で粋ではないか。

さあ、いよいよ次は立ち上げだ!

PREV | NEXT