白龍亭・大角はイカサマ師?

目次 >> 考察 >> 八犬伝の謎/大角はイカサマ師?(2021年 10月~)

[ 八犬伝の謎 - 14 ]

● 大角と易占
 南総里見八犬伝中で唯一の易占シーンは、岩波文庫版では第九巻冒頭。
 赤嵒百中(赤岩百中。実は犬村大角)が敵将・扇谷定正と山内顕定に対して里見家との戦争に関して易占をするシーンである。結果として出た卦は「巽為風(そんいふう)」であり、百中は次のように言う。

「卦面極めて大吉にて、巽爲風を得て候。巽は順なり、又入るなり。順をもて逆を討て、敵國に入るの義あり。且其象は、則風なり。是を八方に配すれば、則是辰巳とす。又巽の字の形たるや、己兩個並立て、共に做すの義これあり。抑尊公御兩所、和睦合体ましまして、辰巳の方、里見氏を、討まく謀り給ふ所、巽の一卦に至れり盡せり」 (第九輯第百五十四囘)
 それにつづけて「巽(南東)」の方向に風が吹き関東管領方の軍船に追い風だと言う。そのあと師匠である風外道人(実は丶大法師)に両敵将を会わせ、丶大は甕襲の玉の力で巽の方向へ風を吹かせてみせる。卦もよし、法力の助けもある。気を良くした両管領であった。

赤嵒百中易占
 ↑第百五十四回の挿絵の部分模写。
* 机上、向かって左から、亀の装飾の筒に立ててある筮竹、算木、易経(書物)の易占三点セットがある。ただ、算木はおかしい。置いてある向きが 90°違うし、本来六本あるべきものが五本しかないし、一番左の一本は陽でも陰でもない謎の算木。
* 元の挿絵の作者・歌川貞秀は、なんと明治維新後まで生きている。文化文政の江戸文化は、幕末維新を目前にしていたのだと実感する。

 ──という、軍師・犬阪毛野が考えた騙しの策略。

 今までは読んでいて特に引っかかりもなく通り過ぎていたのだが、2021年秋にふと読み返した時に「おや?」と疑問を抱いてしまった。
* 開亭以来、四半世紀を経ても完成しなかった「国府台の陸戦図」を今度こそと決意して作成する際、引っ張り出してきた岩波文庫の第九巻の、国府台とは無関係な冒頭をつい読み返してしまった結果。

● イカサマ疑惑
 たとえば、ルーレット。
 どの数字が出るか。確率は、アメリカン台で 1/38、ヨーロピアン台で 1/37 である。
* 近年、ラスベガスで 1/39 のトリプルゼロ台が人気という話を聞く。大雑把に言って、プレーヤーの取り分はどの台でも 36 だから、一番が有利なのはヨーロピアン台の 36/37(還元率)で、一番不利なのはトリプルゼロ台の 36/39(還元率)である。ハウス(胴元)の取り分(控除率)が多い台なのに、多くの客は他の台よりも華やかな雰囲気に騙されてしまうらしい。
* 上記の還元率は大雑把な計算。アンプリズン、ラ・パルタージュ、サレンダーといったルールを適用した台は、もう少しプレーヤーに有利な還元率になる。
* リアル・カジノには存在しない 36/36(還元率 100%=控除率 0%)のノーゼロ台というのが、ネット・カジノにはある。どう考えても胴元が儲からない仕組みであり、これで儲けが出ているのだとすれば、コンピュータが公平な処理をしていない事になる。プレーヤー側が得しすぎる話は胡散臭い。

roulette equipments

(参照:「Opaku's Roulette」/別タブで開く。ルーレットの歴史も学べる)

 一方で易占は、八卦×八卦=六十四卦。確率は 1/64 である。
 これより確率の高いルーレットですら、特定の数値を当てるのは至難。ということで「偶数/奇数」「赤/黒」「小さい数字/大きい数字」というグループ単位に賭けるのが主流である。
 そんな低い確率の易占で、「巽為風」という特定の卦を、大角はどうやって出したのか?

 それを考えると、俄かに「イカサマ疑惑」が浮かんでくる。

● 不正をする動機もある
 易占のイカサマは、ギャンブルより遥かに簡単である。
* ラスベガス等の合法ギャンブルの世界では厳しい規制に縛られていて、イカサマをした胴元が寧ろ損になる仕組みになっている。
* イカサマというと「胴元が客を騙す」イメージがあるが、現実にはイカサマをしなくても胴元が儲かる仕組み。ラスベガス等では「ディーラーが客と組んでハウス(胴元)を騙す」イカサマを警戒する必要があるのだとか。
* ルーレットの場合、回転盤の特定の数字にボールを入れるのが難しく、その方法でのイカサマは不可能。

 詳しい説明は省くが、易占は、二つに割った筮竹を八つずつ数えて、その余りの数字で答を出す。それを机上の算木に反映させる。
 関東管領方に易に詳しい人がいたとしても、筮竹の数までは読み取れまい。とすると、実際の答が仮に「天沢離」とか「地天泰」だったとしても、算木を「巽為風」で並べて「巽為風と出ました」と自信満々に言い切ってしまえば、それでOK。

 ギャンブルと違って、イカサマをしてもしなくても占い師の儲けは変わらない。だから、敢えてイカサマをする意味もない。
 だが、八犬伝の赤岩百中は違う。目的は占いではない。敵将を里見家に有利な戦い方に誘導しなければならない。だから、何が何でも「巽為風」を出す必要性がある。つまり「イカサマをしてでも…」という動機がある。

● 不正が許されない世界
 問題は、これが現実世界ではなく、八犬伝世界だということだ。
 易とは、儒教の聖典・四書五経のひとつ。占いといえども、それを背景にした聖なる行い。天の意を知る手段。
 そんな易占でイカサマをするということは、天の意をないがしろにする、という事にもなる。勧善懲悪、仁義八行が徹底している八犬伝世界において、これが許されるはずもない。明白な悪行であり、天罰覿面に下るであろう。

 結論:大角はイカサマをしていない。

 となると、話は元に戻ってしまう。
 1/64 の確率の「巽為風」を、どうやって出したか?

● 色々な可能性
 その1‐巽為風でなくてもよかった。
 つまり、どんな卦が出ようとも、口八丁手八丁で敵将を思い通りに誘導する計画だった。
 確かに大角の知識を駆使すれば不可能ではなさそうだ。しかし、風の方位の話まで他の卦で持っていけるのか? 無理矢理な理屈をつけたとしても、さすがに易経である。敵側にも四書五経レベルの書物なら読んでいる人間はいるだろうし、無理な説明をしても、確実に怪しまれる。

 その2‐巽為風が出ると確信していた。
 伏姫神助の背後には役行者という天機を知る者がいる。つまり、天は里見家に味方する。ならば、天の意は必ず里見家が求めるものとなる。とすれば、易占を行えば、必ず巽為風が出るはずだ。……という事なのか?
 なんか「神風が吹くはずだ」みたいな甘い見通しで、本来なら「おいおい、それで大丈夫かよ」と突っ込むところだが、里見家の場合は実際に神風が吹いてしまうから困る。神々しいとはいえ一応人間の八犬士だから、「天意は巽為風のはず」などと考えるのは傲慢の極みだが、天はそれを許してしまうのよね。
* 変な話、玉梓を許そうとした里見義実と、伏姫とその子を甘やかす天が、重なってみえる。いいのか、それで。

● 天の非情
 巽為風は天意。
 イカサマをせず、神聖なる易占で出た卦なのだから、天の意思がそこにある事は確かだ。
* 大角が巽為風を確信していたにせよ、しなかったにせよ、結果として出た以上、それが天意。

 よく考えると、恐ろしい話だ。

 巽為風の先にあるものは、扇谷水軍の大敗。多数の兵士が江戸湾に沈む、という事である。
 天意はそこにあって、決して「里見と戦っても負けるから、やめておけ」ではない。つまり「戦って負けて、多数が死ね」という無慈悲な答が天意だ。
 勧善懲悪の八犬伝世界だから、「悪ゆえに死ぬ」ように思える。しかし、名を持つ将に善悪はあっても、無名の兵に善も悪もない。悪でなくとも悪の側にいれば死ねという話なのだ。天は、偽善も綺麗事もなく、ひたすら非情だ。
* 現実世界で雑魚な自分は、八犬伝世界に生まれても雑魚なのだろう。扇谷家の足軽か何かで、江戸湾に沈むタイプに違いない。あ~あ。

● おまけ/易占
 易占は、八卦×八卦=六十四卦で占うが、本格的な占いでは「本卦」と「之卦」という二つの卦を出すし、「卦」を構成する要素である「爻」レベルで語ることもある。しかし、赤岩百中は「巽為風」という本卦だけで、之卦は出していない。略筮である。

    ↓易占(六十四卦)

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* 易占では再筮は禁止である。天を試すようなことはするな、という事だ。上の易占も一度限りで、再筮はできない。……このページを再読込したり、一度他のページに行って戻ってくれば再筮できてしまうけどね。
* 元は電車走行キット用なので鉄道車両が走る。国鉄型電気機関車 EF64だ。要するにロクヨン繋がり。
↓以下、六十四卦の表。
* ⚊は陽爻、⚋は陰爻。

太極
兩儀
四象
八卦

乾爲天

澤天夬

火天大有

雷天大壯

風天小畜

水天需

山天大畜

地天泰

天澤履

兌爲澤

火澤睽

雷澤歸妹

風澤中孚

水澤節

山澤損

地澤臨

天火同人

澤火革

離爲火

雷火豐

風火家人

水火既濟

山火賁

地火明夷

天雷无妄

澤雷隨

火雷噬嗑

震爲雷

風雷益

水雷屯

山雷頤

地雷復

天風姤

澤風大過

火風鼎

雷風恆

巽爲風

水風井

山風蠱

地風升

天水訟

澤水困
䷿
火水未濟

雷水解

風水渙

坎爲水

山水蒙

地水師

天山遯

澤山咸

火山旅

雷山小過

風山漸

水山蹇

艮爲山

地山謙

天地否

澤地萃

火地晋

雷地豫

風地觀

水地比

山地剥

坤爲地

* 六十四卦記号は、Unicode 4.0以上必須。ちなみに、Unicode 4.0 は 2003年制定にもかかわらず、自分が以前使っていたスマホ(2016年製造)では対応しておらず、六十四卦記号は表示されない。古い PCや スマホでは表示されない可能性あり。
* 八卦記号(両儀・四象を含む)は、Unicode 1.1で制定されたものなので、かなり古い機種でも表示されるはず。
* 両儀は「陽・陰」、四象は「老陽・少陰・少陽・老陰」、八卦は「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤」
* 出た卦の意味は、各自調べられたし。


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