2012/3/21(水)
『世界認識の方法』吉本隆明(1980年6月刊、中央公論社)
「いかにしてマルクス主義を始末するか」
最初で最後の、吉本隆明とミッシェル・フーコーとの対談が収められた本である。本書の中で、フーコーの発言はかなりの量を占め、内容も深いものがあるが、帯にフーコーの名前はあるものの、本書の「著者」は、吉本隆明一人である。つまりこれは、吉本隆明の本として刊行されている。
この対談を、フーコー側の資料で見れば、書籍以外の全執筆、対談、講演等が収められた、『FOUCAULT Dits et écrits Ⅱ, 1976-1988』に、
Méhodologie pour la connaissance du monde : comment se débarraser du marxisme
entretien avec R.Yoshimoto, 25 avril 1978 ; trad.R.Nakamura
とある。つまり、本対談は、1978年4月25日に行われた。
フーコー、52歳、吉本隆明、54歳である。フーコーには、日本語に翻訳された著作が多々あり、一方、吉本隆明の著作は、英語にもフランス語にも訳されていないので、本対談でフーコーが言っているように、蓮實重彥氏による、吉本氏の仕事の要約、紹介、著作リスト等によって、吉本の仕事の概要を知った。
対談のテーマは、題名にあるように、マルクスおよび、マルクス主義をめぐる思想のある方である。それがどうして、「世界認識の方法」なのか?
吉本は、マルクス主義とマルクスを峻別してはいなくて、マルクス主義、あるいはマルクスは、古典経済学を「始末していなくて」、そこに可能性をみるから、自分としては、まだ「始末しない」でいいのではいかと思う。と言っている。この「始末する」という言葉は、吉本隆明独特の表現で、ほかに、「幻想」などもあるが、フランス語で一般的な訳語をあてれば、「始末する」=se débarraser(やっかい払いする)、「幻想」=fantasme(幻影、幻覚)である。吉本隆明の言葉は、ひとつの現象を説明するのにも、たぶんに詩的な言葉を使う傾向にあるように思う。確かに、言葉は思想なのだから、それが吉本隆明の思想なのだろう。
フーコーは、マルクス主義とマルクスを明晰に分け、マルクスにのみ存在意義を認めている。フーコーは、吉本の考えに大いに共感するし、得るところも多く、十分な敬意も表しているが、よく読めば、二人の仕事の射程、スケール、深度は歴然としている。吉本は、「主義」ともよく分かたれていないマルクスに拘泥し、日本におけるマルクス主義の取り入れられ方を、日本独特のものとして説明している。フーコーは、たとえば、階級闘争というものを上げ、人々は階級については云々するが、そもそも「闘争」とは何か、果たしていかなる闘争か、そのことについては全く問わない。それをこそ問題にすべきだと指摘している。
つまり、「闘争」とは何かの、ひとつの答えは、50年代半ばの中国共産党の「反右派闘争」に現れていたが、この時点では、まだ関係者以外は知ることがなかった。つまり、異分子の排除が「闘争」であった──。
本対談で、吉本は常に答えを探し、フーコーは問題を提起する。彼は常に、関心のありかとして、「権力」というものに収斂していく。そして政治的イマジネーションの欠如を憂える。フーコーは、ヨーロッパでは、「意志」を問題にすることがなかったと言い、吉本の、「意志」が日本的マルクス主義の特徴としてあるという報告に関心を示して、この対談を終えた。今後、吉本の著作が英訳か仏訳されることを希望するが、せめて、手紙などで語り合うことを続けたいと言った。はて、その後、どうなったか。この6年後にフーコーは死んだ。吉本は34年も生き延びた。これが逆だったら、世界は変わっていたかもしれない……。いずれにしろ、もしかして、皮肉にも(?)、本対談の仏語版テクストが、仏訳された吉本隆明の唯一の「テクスト」なのかもしれない。そして、いったん仏語に訳されてしまえば、吉本の言葉の詩的、情緒的な部分は盛り込むことが不可能で、フーコーに比べ、哲学としての論理のゆるさが目につく。
メニュー
フーコーを読む 2013
フーコーを読む(アーカイブ)