定年後 2008.09.21

私はせわしい男である。なにもしていないことは罪悪であると思い込んでいるのか、常になにかをしている。別に仕事とか生産的なことだけでなく、どこかに出かけるとか本を読むとかともかく何かしていないと不安にかられる。 
寝坊とか昼寝などすると、とても悪いことをしてしまったような気になる。
砂浜でごろごろしたくてグアムに行ったことがあるが、一日過ごしたらもう退屈で退屈で耐えられなくなった。仕事人間なのか?日本人のせいなのか?

私は昔からたばこを吸わないし、食事のとき以外にお茶、コーヒーを飲む習慣もないので、会社で沈思黙考したり、何もしないで時間をすごすということができない。会社にいる間は、ひたすらキーボードを叩き続け、電話をかけ、会議に出れば黙っていることはできずひたすら議論して・・とまあそういうのが私のスタイルである。
鳥山明の走り続けないと死んでしまうオートバイ小僧とおなじというか、動いていないと消滅する素粒子とか、まあそんなたぐいだ。

いつも体を動かしているというほかに、広い意味でいつも何かをしていた。今年は公害の国家資格を取ろうと勉強したり、通信教育を受けたり、囲碁何段になろうと頑張るとか・・達成すべき目標と計画を持たずに、ただ飯を食って会社に行って本を読んで寝るというだけの暮らしをしたことはなかったように記憶している。
それは高度成長期に生まれ育った人間だからそうなってしまったのだろうか?
若い時から今まで性格も生活習慣も変わらなかったようだ。
そんな私だからPDCA、実施計画、方針展開なんてISOの仕組みがしっくりと合って、この世界になじんでしまったのだろうか?

さて私もまもなく定年である。
常に明日のことを考えて行動しろなどと部下に語っていたが、私自身は老後のことをまじめに考えたことはなかった。関心がなかったというか、そんなことを考えたくなかったのか、定年後の生活、家計、住むところ、そして高齢になってから老人ホームに入るのかなどなどを思ったことはなかったのが本当だ。
計画的だなどと大言しながら、気が進まないことはしないのを笑ってください。

しかしさすがに定年が間近になってくると気も焦る。
まわりの人たちは定年後どのような暮らしをしているのだろうか?
会社の先輩方は定年後、会社に顔を出す様なみじめなことはしない。だから諸先輩がどのような定年後を過ごしているのかはわからない。
近くに住んでいる人といってもなにぶん都会だし引っ越してきたばかりなので、親しい人がいるわけではない。ただ今まで毎朝決まった時間に駅まで歩いていた人が、朝見かけなくなり日中いる気配があると、定年になったのだと思う。何をしているのかわからないが、多いに気になる。

老後という言葉は好きになれないが、文句を言ってもしょうがない。老後に大事なことは三つあり、健康、経済、生きがい(気持ち)でこれを老後の3Kというそうだ。日本人はなんでもごろ合わせが得意で3Kといってもたくさんある。私はいままで3Sで生きてきた。
3Sとは整理・整頓・清掃で工場管理の基本である。
まず、健康である。自分はどうかと振り返ると、大病はしなかったし深刻な持病もない。しかしガンとか脳梗塞などは前触れなく来るので安心はできない。
そしてやはり体力の衰えというのは感じる。具体的には電車の乗り継ぎをしようと、地下ホームから3階分くらい階段を駆け上がると息が上がるようになってしまった。
懸垂なんてもう10年以上したことがないが10回くらいできるだろうか? 自信がない。
なにしろメタボ予備軍であり、維持だけでなく改善が必要だ。
おお、定年になって時間に余裕ができたらスポーツセンターに行ってスイミングとかボート漕ぎなどをするのも良いかも入れない。老後の健康に心配するだけでなく、老後の方が健康になれる可能性もある。

次は経済、暮らしていくにはお金がいる。
定年になったら働かなくてもよいのか?といえばそんなわけにはいかない。
日本全国で大問題となっているが、年金は夏の日の舗装道路の逃げ水のように、見えてはいるが決して近づくことができないようだ。
../okane.gif 私のオヤジはいったいどうしていたのか?と思う返すと、良く分からない。オヤジは56歳で定年退職した。若いと思うかもしれないが、昭和40年代はそれが普通で親父が勤めていた中企業だけでなく、大企業でも公務員でも同じようなものだった。
オヤジは持ち家だったし固定資産税など微々たるものだったので、兵隊に行っていたときの恩給と年金と、そしてもちろん息子である私の稼ぎで暮らしていけたのである。
私の場合まず兵隊に行っていないので恩給はない。息子が養ってくれることは期待薄だ。
己の年金とこれからなんとか働いて暮らしていかないといけない。
しかし贅沢とは無縁の我が家であり、天才的な出納係である家内がいる限り問題ないと確信している。

最大の課題は、生きがいである。
人間は目標があるとチャレンジ心がおき頑張れる。ISOの審査員にろくなのがいないから私にエネルギーが満ち溢れてくるのかもしれない。
信じるところを実現しようとして相手を説得しようという意識がなければ、ISO審査などくだらないセレモニーに過ぎない。私がISOとか環境の世界と縁が切れればファイトをなくすのではなく、ファイトが湧いてこないのではないだろうか?
と少しは心配したものの、日本にはいろいろな主義主張があり、そのなかには偏向したもの、外国の利益のために活動しているものがあるので、そういった反動勢力、売国勢力を叩くための運動には事欠かない。
そういう活動に励めばファイトはふつふつとわきあがり生きがいには不足しないようだ。
数年前、中国への抗議デモに参加したとき90歳以上の方が参加していた。私もあと30年は頑張れそうだ。

ところで実は定年後にしたいと思っていることがいくつかあります。
ひとつはハワイに住むということです。私は寒いのが嫌いというか苦手です。暖かいところに住みたいというのが私の60年間の願いでした。常夏の国で太陽と一緒に暮らせたら私という人間も少しは大人になるかと期待するのですが・・まずハワイに行く方法を考えなければならず、行ったとたんに退屈で死ぬかもしれません。
ひとつは大学院に行きたいという気持ちがあります。若い時にお金がなく大学にいけませんでしたので、学ぶことと働くことの順序は逆でも勉強したいという心は今もあります。もっともこれもその前に大学を出なければいけないという障害がありますね

まあ、いずれにしてもそんなに急ぐこともありますまい。
老後は長いですから、老後になってから考えても間に合うかもしれません。
と、いやなことは先延ばしにする私であります。 



あらま様からお便りを頂きました(08.09.22)
「停年」と「定年」
佐為さま あらまです
小生の父は、58歳で定年。その後、二年間、勤めていた会社の子会社と契約してコンサル業務をしていましたが、年金を戴くようになったらそれも辞めて自家用車で各地を旅行していました。
会社を辞めてから免許をとり、今で言えば、いわゆる「若葉」と「落ち葉」マーク両方を貼って走っているようなものでした。
ですから、父の車に乗る母は、いつも目を丸くして、後部座席にしがみついておりました。
なにしろ、車体の左側をこすってから、父は道路の真ん中を走るようになり、対向車を避(よ)けさせて走っていましたから、見ているほうがヒヤヒヤしました。
あれで、静岡から九州一周して帰ってきたのですから、それに付き合わされた母は帰ってきたら暫く寝込んでしまいました。
ところで、「定年」のことを「停年」とばかり思っていましたが、「定年」が正解なんですね。
弊社では「停年延長が妥結して、65歳になった」という通知を戴いておりますが、誤字を指摘しておきました。

あらま様 毎度ありがとうございます。
我がオヤジは陸軍自動車部隊で免許の区分のない時代の旧石器時代から運転していました。戦後免許の種類ができたとき大型二種になりましたが、大型特殊二種だけはもらえず残念がっていました。大型特殊二種とは雪上車だそうです。
というわけで運転技能は筋金入りで落ち葉マークをつけろなんて言われたら警察に怒鳴り込んだのではないでしょうか?
ところで定年か停年かということですが、どちらもあるそうです。
国家公務員法は定年、教育公務員特例法では停年などいろいろだそうです。
私にとっては漢字などどうでもいい話でして・・

のんきなとうさん様からお便りを頂きました(08.09.22)
定年後
オバQ様
定年おめでとうございます。以前、日経新聞の文化欄で笠間章という方の俳句が紹介されていて心に響きました。
「永年の仕事を辞める三月の花も蕾の八十を潮に」
「是からはどうして生きると妻が訊く、どうして食べると昔はいったが」
詳しくは知りませんが、笠間氏は80歳まで電気工として仕事を続けられたようです。80が蕾だとしたら60は何なんでしょうね。
私もおばQ様の後を追っかけ、来年早々、定年を迎えます。
残念ながら今の状況ではオバQ様のような優雅な夢は見れません。
「これからはどうして”返す”と妻が訊く」
「心配するな これからは 転んでもお金を拾って起き上がる」
ということになりそうで、まずはハローワークに日参する予定です。
私の夢は70、80までお預けです。
時折、オバQ様の夢の進捗(PDCA)お聞かせください。
楽しみにしております。

のんきなとうさん様 そう私を仕事から追い出さないで下さいよ、
まだ少し、のんきなとうさんと同じくらい残っています。たとえおばQの髪の毛程度でもあるのとないのでは大違い!
お金の件ですが、私は宝くじで1億当てようと毎回買っているのですが、これがなかなか・・・


木下様からお便りを頂きました(08.09.23)
水分(茶々)
食事のとき以外にお茶、コーヒーを飲む習慣もない

朝起きたら水を一杯、風呂から出たら緑茶を一杯飲む事をお勧めします。なんでも身体に水分やらミネラル(ビタミン?)やらが不足するそうです。

木下様 ご無沙汰でございます。
お変わりありませんか?
私は高校を出て現場で仕事をしていました。昼休みと短い休憩しかトイレにも行けませんでしたので、あまり水分を取らないような習慣がついてしまったようです。
おっしゃるように、人間は水を十分にとった方が体によく健康になるそうですね、
老化とは乾燥であるという言葉も聞いたことがあります。しっかりと水分を取るようにいたします。
毎晩、アルコールを含んだ水分をとっているのですが、これはあまり関係ないでしょうか?

私は青い鳥!様からお便りを頂きました(08.09.23)
皆様お気をつけくださいませ。
父は、数年前に運転手の仕事を辞めました。
多少の田畑がありましたので、母とのんびり働くつもりだったのでしょう。
ところが、だんだんと体調に変化が現れ、大腸がんで緊急入院することになってしまいました。
入院したとたん、糖尿病になり退院するときはインシュリンを打たなければならないほどになりました。
しかし、不思議なもので退院したら糖尿病はほとんどよくなり、とりあえず錠剤1個を毎日飲むだけになりました。
母と私はよく話しています。
全く男はダメ。仕事をしているときは、毎日人の3倍晩酌していても、肝臓・腎臓どこも悪くなかったのに、仕事辞めたとたんこうなんだから…

なんと、なんと、私の家内と同じことをおっしゃる・・・
すみません、男はダメなんです。ごめんなさい!
私は定年になったら、料理ができるように努力します。掃除と洗濯は掃除機と洗濯機があるのでなんとかなりますし、いまどき裁縫などの技量はいらないでしょう。とにかく料理です。
それからテレビなどを見て時間をつぶす能力も鍛えないとならないと思います。私はテレビを見ているということができないのです。ドラマであろうとニュースであろうと歌番であろうと、観ている時間がもったいない。ニュースなんてネットで見た方が要点を知ることができますし、くだらないのはスキップできますからね
それから近所の人と世間話をするという能力も身につけなければならないようです。
会社勤めですと、要点を言え、まとめて短くとか言ったり言われたりで、中身のない話をすることができなくなってしまったようです 


ひとりごとの目次にもどる