お客様の声 08.03.16

インターネットでISO関係をさまよっていると面白いものに出会う。
審査機関の中にはウェブサイトに「お客様の声」というページを設けている会社がある。これを読むといろいろ勉強になる。私のことだから、一般的な意味で勉強になったわけではない。 上に書いたコメントをみて、茶々だとか、人が悪いと思われた方もいらっしゃるだろうと思う。しかし私はキュウリの如く真面目、冷静である。
上記お客様の声を一部修正してみればその理由がわかるだろう。 ところで審査機関をほめる人ばかりなのだが、審査を批判する人は一人もいなかったのだろおうか? それともそういった声はとりあげなかったのだろうか?
いまどき、お客様の声というものを宣伝広告に載せている会社で思いつくのは、怪しげな通信販売、薬事法違反すれすれの健康食品などである。
ネットでググってみた。
ウェブにはそのような通販や健康食品以外にも、お客様の声という欄を設けている会社は一流の家電メーカー、損保などもあった。しかしそこには悪い評価もしっかりと多数載せられていたことを申し添えておく。

最後になって気が付いた
お客様って誰だろうか?
まず審査登録を受けた組織は審査機関から見て真の意味の顧客ではない。
ISO9001なら登録を受けた組織の顧客、その顧客がB to Bであるならばその最終顧客の声でなければならないことはいうまでもない。
ISO14001であればステークホルダーの声でなければならないはずだ。
とすると、これはじめっからおかしいよね?

このようなことを書くと、思い当たる審査機関はアットいうまにお客様のページを削除してしまうかもしれない。これは2008年3月15日現在である。




お客様の声 後日談 09.01.19

私はネット中毒である。いや正確に言えばパソコン中毒なのか?あるいはキーボード中毒かもしれない。キーボードを叩いていれば飽きることがない。
といっても仕事には飽きる 
頭が疲れてきて息抜きに認証機関や認定機関、さてまた審査員研修機関などをネットサーフィン(死語)していたら、とある認証機関のトップページに「お客様からのお便りページを改訂しました。皆さまからのお便りをお待ちしております。」なんて更新記録を見かけた。
ほう、そういえばだいぶ前にお客様の声をめった切りしたこともあったなあと思い出した。そんなことを思い出しながらリンク先の内容を拝見した。

見るとお客様の声のページは以前とはうって変わり大幅に改定されていた。
現時点(09/01/19)では、「審査していただいてありがとうございました」とか、「審査員が紳士的だった」とか、「営業マンの愛想が良かった」などという、民百姓あるいは奴隷のようにへりくだった常識では理解できないような文章はなかった。
そこには、「ISO9001認証を目指して1年間頑張ってきたがとうとう認証取得するに至った。これを機会に品質改善、生産性向上にいっそう頑張って行きたい」なんていう言葉があった。
高度成長期の意気を感じる。
しかしそれを読んで考えることがあった。そりゃおばQ程度の頭しかなくても、一応何かを読めば少しは考えるのだ。

まず第一には、こんなへんぴなウェブサイトも監視されているだろうということ。
なにもきっかけというか、インプットなく、お客様の声が改定されることはないだろうと思う。そしてその認証機関の人が、私のウェブのおかしな「お客様の声」批判を受けて改善したであろうと思うのは、間違っているだろうか?
「お前が自意識過剰だ」という声が聞こえたような気がするが無視しよう 

第二に
しかしこの更新は09年になってからのことだから、たったそれだけの改善に1年もかかったということだ。それとも過去1年間、私のウェブサイトに気がつかず、つい最近気がついて修正を行なったのだろうか?それとも修正案を考えて実行するのに1年かかったのだろうか?
私は忙しいサラリーマンをして、個人的にいくつものグループに参加しており、その上でこのウェブサイトにおびただしい駄文を書いて年間100回以上更新しているのだ。
企業であればウェブサイトの修正など勤務時間内にできるわけで、それこそその日のうちに実施できるのではないだろうか?よく審査員は是正処置が遅いとか徹底していないなんて語るが、認証機関のイナーシャは大きく何をするにも大変なのだろうか?

第三に思ったことであるが、お客様の声に変わっていないこともある。
それは、お客様が誰かという認識である。
お客様の期待に応える審査を目指すというが、そのお客様は目の前のお金を払う企業という認識は変わっていない。
審査では「お客様とは納入先ではなく最終顧客ですよ」なんでおっしゃる審査員は大勢いる・・というか、「お金を払う人がお客様です」なんていう審査員はいない。
認証機関にとってのお客様はやはりお金を払う人であって、最終顧客とか社会一般という認識がないのだろうか?
私には、誰のために審査をしているのかが欠落しているように思える。
誰がために鐘は鳴るのか、誰がために審査するのか、もう少し考えるべきだろう。
簡単なことだが、タイトルを「当社で認証された組織の声」にすれば私は納得する。
こんなことを書くといずれその認証機関の担当者かエライサンが読んで変更する
かもしれない・・・・それは1年後の来年のお正月頃だろうか 

話がぱっと変わる。
私は池波正太郎とか藤沢周平とか司馬遼太郎などの時代物が好きだ。
彼らの小説に出てくる剣術道場の師範にはいくつかのパターンがある。
弟子をお客様と見て、適当に稽古を付けてときには少し討たれて「上手になりましたね」と誉めるタイプ。
とにかく厳しく稽古をつけて落ちこぼれるのをいとわないタイプ。
指導を初級から段階を踏んで着実に向上させる科学的タイプ。
もちろんそういうステロタイプ化されたパターンが、実在したのか否かはここでは関係ない。
審査を受ける企業をお客様と見ている認証機関はどれだろうかな・・なんて思って笑ってしまった。



お客様の声 その3 11.12.25
だいぶ前のこと、某認証機関のウェブサイトにお客様の声なんてコーナーがあった。そこには、認証機関をお代官様とあがめたてまつる民百姓もどきの企業担当者の声が掲載されていた。
おかしなことだ、と私は思った。
お金を払って審査を頼んだほうが、
 ・審査員が礼儀正しくてありがとうございました。
 ・誠実な姿勢に感動した。
 ・審査員の感じがとても良かった。
そんなことを語っている。
オカシインジャネーとあまのじゃくな私は思った。

それから1年経ってまた訪問してみたら、少し改善されていた。
でもお客様というのが認証を受けている企業をいうのはヘンだと書いた。
実はこれには、諸説ある。
認証機関からみて、認証を受ける企業をお客様とみるという考えは今では当たり前になったようだ。
1987年にISO9001ができたときは、もちろん第三者認証が目的ではなかった。その後出現した第三者認証機関は「顧客の代理人」と自称していた。最終顧客が審査を依頼して、認証機関と審査員はそのお客様の代理であると自覚していたのだ。
現実には、認証機関に依頼した最終顧客がいなくて、企業から審査を依頼されているのだが、建前は顧客の代理として審査するという考えだった。
それはまっとうなことだろうと思う。
少なくても、審査することには価値があるとは思えない。審査の結果を誰かが利用してなにかを生み出すことによって審査の価値が決まる。
本来は、審査をして認証したと外部に表明したことにより、本当の顧客が品質監査をしなくてすんだり、買い物するときに認証しているなら大丈夫と思ってくれることに意味がある。
「認証なんて信頼できないよ」と言われたら、審査の価値というか意味はない。

なんて、半分(7割か?)ボケた頭で考えながら、以前訪問した認証機関のお客様の声のページをクリックした。
そこには!
玉手箱ではなく、依然としてお客様の声というページがあった。
そして、ページは空白だった。
もう、声をお寄せする認証企業もないのだろうか?
だとすると、それは企業が成長したのだろうか?
あるいは、認証なんて貴重品からコモディティになってしまったのだろうか?
それとも、もう認証なんて誰も、企業も気にしていないのだろうか?

それが気になる。

たぶん、1年後には、お客様のページそのものがなくなっているだろう。
そんな気がする。



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