ケーススタディ 認証範囲 09.10.21

ネットで見かけるISOのケーススタディはたくさんあるが認証範囲という表題のケーススタディは見たことがない。本田宗一郎は「誰もしてないからやる」と言ったそうですが、その真偽は分かりません。
私はそれほどチャレンジ精神はありませんが、とりあえず誰も書いてないだろう認証範囲というタイトルでケーススタディを書いてみました。 

青森県の不法投棄問題で、ここ数日廣井と山田は総務部に詰めている。
詰めているといっても常時何をするということもない。山田はこの機会を利用して廣井から教えを請うつもりでいる。廣井は山田から問われる前に、教えようという気でいるようだ。

「廣井さん、このような事件といいますか事態は時々起きるのですか?」
「そうだねえ、工場で環境管理を完璧にしようというのは不可能とは言わないが、難しいことは難しい。当社では工場が5つあるので、そうたくさんあるわけではないが、毎年どこかの工場で何かはあるね。」
「ISOでは緊急事態に備えて体制を作りなさいとあるのですが、本社のISOでは工場のトラブルは緊急事態ではないようですね。」
../coffee.gif 「うん、もう7年位前になるのかな?本社でもISO14001認証しようというとき、その仕組みをどうするかと議論があったのだよ。当時は環境保護部ができたばかりで、当時のメンバーは工場の環境課長から本社に来たボクと宣伝部にいた中野君のほかに、もう定年でお辞めになった方が二人、それに平目さんの5人いた。当時はまだ職務分掌など決まっておらず、もう何も分からずいろいろもがいていたという状態だった。
環境管理の体制・・環境マネジメントというのかな?・・それをどうするか、全社の環境行政の体制をいろいろ議論していた。平目さんは当時我々の議論にあまり入らず外のISO講習会に入りびたりだった。認証の期限を決められていて平目さんは何とか実現しようと責任を感じていたんだろうな。」
「先ほど職務分掌が決まっていなかったとおっしゃいましたが、ISOの担当が平目さんとは決まっていたのですか?」
「そういうわけじゃないが、ボクは工場で環境担当だったから公害とか廃棄物はある程度知っていたし、中野君も以前から環境報告書などを担当していてまあそこそこ環境の仕事は知っていたのに対して、管理部門から来た平目さんは環境に関しての知識もなく専門といえるものがなくて、まだ誰も知らないISOをものにしてそちらの専門家になりたいという気持ちがあったのではないだろうか?」
なるほど、山田は平目さんも一生懸命だったのだろうと想像した。

「ところで本社のISOでこのような事態を緊急事態としなかったのはなぜかということですが・・」
「まずISO認証を急いでいたということがある。環境保護部を設立して、最初の一年で何か形あるアウトプットを出さなきゃならない。日経環境経営度の順位を上げるという課題もあったが、これは努力だけではどうにもならない。他人が決めることだからね。それでISO14001認証を1年以内に達成しなければならないということは我々の合意だったんだ。」
「その結果、認証するに当たって安易な方法を選択したということですか?」
「山田君、君も言いにくいことをズケズケいうね。まあそれが実態だね。本社のISOの認証範囲は正しくは本社ビル内の環境に関わる活動であり、本社機能を含めた環境に関わる活動ではないんだよ。ついでに言えば、君のいた営業部門だってビル内の紙ごみ電気は対象ではあるが、君の本来業務であった営業活動や製品輸送や設置工事なども対象外なんだ。」
それは山田も初耳だった。営業活動においては名刺に認証機関のロゴマークをいれて、「当社は営業活動もISO認証してますよ」と言っていた。あれはうそになるのか? そういってはまずければ事実と異なっていたのだ。

「でも驚くことはないよ、自治体がISO14001認証しているところは多いけど、そのほとんどは市庁舎内の活動に限定されている。なんとかビルがISO 認証したといっても、ほとんどは大家さんのISOなんだ。そこに住んでいるテナントは対象外となっているのさ。」
ほう!そういう話もはじめて聞いた。山田が住んでいる東京近県の市では「当市はISO14001を認証している環境にやさしい自治体です」なんて看板を掲げているが、そこもそうなのだろうか?

嘘だと思ったら、日本適合性認定協会のウェブサイトで登録組織の検索をしてみてください。
ほとんどが庁舎内の活動です。それは昔のことだろうって? 今年(2009)に審査登録した自治体は4件ありましたが、その登録範囲は「市庁舎内における事務事業」「庁舎内における行政サービスの提供及び活動」なんてのが並んでいます。
カフェティリア認証健在なり

「昔よく言われたチェリーピッキングとかカフェテリア認証って知っているかい?」
「知りません」
「チェリーピッキングとは環境に著しい影響を持つ工程や部門を避け、都合のよいところだけ認証を受けることで、カフェテリア認証とは社員食堂のような一部だけの認証を受けて、さも全社が認証したかのように見せかけることを言うらしい。もっともその二つに違いがあるかというと、同じような気もするが・・」
「じゃあ当社もカフェテリア認証のように思えますね、私には」
「山田君を内部の人間と思って言うが、本当のところはそうだろうね。ともかく我々の出発点において本社のISO認証にいろいろな制約というか課題があったわけだ。すぐに認証しなければならない。各部門の協力は得られない。平目さんも辛かったろう。そして当時だってトラブルもあれば環境報告書も出さなくてはならなかったし、私も中野君も平目さんをそうそう支援できる状況じゃなかったからね。もちろん当時は退職された方も工場の指導とか分担していたが、何事でも立ち上げ時は維持状態に対して倍以上の負荷がかかるのは常だ。」
「でもそれから6年も経過しています。ISO規格はシステムを継続的改善しろといっていますから、いつでも仕組みを見直しすることはできたのではないでしょうか?」
「まあ、あるべき論を言えばそうだ。しかし現実にISO審査になると審査員は言いたい放題だから、システムを改善するというよりも、あれも加え、これも足してと複雑になるばかりだった。平目さんばかりではなく、我々の仕事を決める会社規則など言われたとおりしていれば紙ばかりになってしまった。もちろん、我々は審査員に従来からの当社の仕組みを説明したのだが、とても理解してもらえなかった。」
「具体的にはどのようなことがあったのでしょうか?」
../oioi.gif 「審査員は手順というものは、それを読めばまったくの素人ができるものという見解のようだ。でも営業だってなんだってそんなふうにはいかないだろう。そもそもどんな仕事だって一定の教育訓練を受けた人でなければ業務遂行はできない。
だけど審査員がそういう認識で審査したから、我々ばかりでなくどの部門もビルのISOから本社機能のISOにすることはとんでもないことになるとISOのEMSを会社本来の仕組みとするのではなく、紙ごみ電気の表層にとどめて置くようになったのだと思う。」
「審査員はそのような考えなのでしょうか?」
「もちろん審査員によって細かいところの判断は異なる。フフフ(と廣井は笑った)面白いというべきか、とんでもないと怒るべきか、ある年に来た審査員がこれはこうすべきだと言ったのでそのようにしたら、翌年来た別の審査員がこれではだめ変えなさいと言い出し、その通りにしたことがある。ところが数年経ってまた別の審査員がきてそれではだめと言い出して前に戻ってしまった規則もある。認証機関も審査員も企業活動のじゃまになるだけだ。そんなこともあってボクはあまりISOに関わらないようにしている。」
山田はインターネットで審査員にほんろうされて会社規則が二転三転して元に戻ったという話を読んだことがあったが、自分の会社でもそういうことがあったとは知らなかった。ISOとはうまく使わないととんでもないことになりそうだと思った。

「しかし納得できないのですが、まず審査員が指導的なことを発言するのはルール違反ですよね。それに審査員によって語ることが変わるならその認証機関に抗議すべきではないのでしょうか?」
「ま、世の中理想通りには行かないよ。営業だって無理を言われることもあるだろうし・・」
「廣井さん営業と審査ではお金が動く方向が逆ですよ。私たちがお金を払ってヘイコラすることはないと思いますが。」
「ま、そのとおりだよ。だから平目さんは私以上に板ばさみに苦労していると思うよ。今回の問題はある意味、法規制に従って最善の道をとるだけのことだ。しかしISO審査対応はまさに人治主義そのものだ。中国の独裁政権のごとく言いたい放題で決して責任を取らないのさ。」
「なぜそうまでしてISOの認証をするのでしょうか? それに廣井さん、認証機関は日本だけでも40以上あると聞きます。鞍替えだってできるのでしょう。」
「うーん、日本には日本特有の産業構造ってのがあるんだよ。日本では業界団体が設立した認証機関にその業界は頼むことが多い。当社の場合業界団体設立ではないが、大手顧客から推薦された認証機関と契約しているんだ。」
「大手顧客がどこか分かりませんが、当社に特定の認証機関を推薦しても特段メリットになることはないように思いますが・・」
「たとえばその会社から認証機関に出向者を出すときに、手土産を持たせたかったのかもしれない。世の中そんなものだよ。」
山田は黙ってしまった。
本社の認証範囲が狭いとか本社機能を含んでいないという表面的な問題だけでなく、根本的な問題は相当根が深く深刻な問題のようだ。ISO規格を読んでも解決にはなりそうがない。認証機関を変えるという選択によって大手顧客との関係悪化もあるのかと、山田は気持ちが沈んだ。そして平目さんも大変なんだなあと思い至った。
自分が過去の経過とか水面下にあることを知らずに平目さんに当たったことを後悔した。



本日の課題
・あなたの会社の認証範囲はチェリーピックングやカフェテリア認証ではありませんか?
・そして環境側面はその範囲内のすべてを包含しているでしょうか?
・山田の立場になって、本社の認証範囲をどのようにしていけば良いか考えてみましょう。



ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(09.11.01)
先日、某認証機関主催のセミナーに参加しました。
講師による授業スタイルではなく、環境側面をテーマに実務に有効な活用について登録組織同士が議論しあうディスカッション形式のものだったので、退屈することなく楽しめました。
ただ、気になることがありました。それは議論の中でけっこう「登録スコープ」という言葉が飛び交っていたことです。
「品質の登録スコープは全社が対象だが、環境は工場単位なので、品質と環境の目標を同じものにするにはムリがあって・・・」とかいう具合に皆さん使われていました。
まあ、それぞれ会社の事情というものがおありでしょうから、無粋なツッコミは差し控えましたが、違和感がありました。
もし両者がイコールなら「自社にとって」どんな不都合があるのか、あるとすればそれは「審査において」ではないのか。例えば9001の認証機関がJ○▲で、14001のそれがJ▲C○だったとして、もし目標を同じものにした場合に9001審査では適合だが14001審査では不適合といったことが起きたら困る、とかそういうことを懸念されたのかもしれません。
だったら同じ認証機関にして「同時審査」あるいは「複合審査」(実質的には同じだと思いますが、形式的に区別されている意味が私にはわかりません)を受ければいいだけだと思うのですが、まあそうもいかない渡世の義理みたいなものがあるのでしょう。
いずれにせよ、本来会社に一つしかないはずのマネジメントシステムを審査の対象かどうかで、あるいは認証規格又は認証機関が異なるかどうかで考えることは、害あって益なしといわざるを得ません。
事業継続上のリスク管理というものを総括的に捉えて一元管理し、その中で環境に関する部分だけをそれを担当する認証機関に審査で見せればすむ話で、例えば労働安全衛生が「登録スコープ外」であるならそれは審査において無視すればいいだけのことです。また、認証とは関係なくサービスでそれらも審査で見てもらえるのであれば更にケッコウです。
認証範囲だけキチンと管理されていれば範囲外のことはどうでもいいといったことが実務の世界で許されるはずがなく、分けて考える必要もないでしょう。
ましてや、ある事件・事故が「緊急事態」に該当するか否かといったことは些事に過ぎないと思います。

ぶらっくたいがぁ様 毎度ありがとうございます。
審査機関が異なろうと、認証範囲がずれていたとしても、会社の仕組みも目標も一つしかないわけで、それでどうこういうのはそれこそバーチャルなISOゴッコなのではないのか?と思います。
とはいえ、最近私が行った工場では、ISO14001認証範囲はしっかりと順守評価をしているのだけど、健保会館などは順守評価の範囲外にしていました。おれの薫陶を受けておりながら、このアホめがと2時間ばかり・・というのはウソ
しかし正直なところ、我が弟子に失望したのであります。
結局、世の中にはうそ800のISOしかないということなのでしょうか?
私に言わせれば、なにもせずに会社のありのままを見せたらいいのにと思いますが?
化粧が好きなのは女性ばかりでなく、企業も工場もオフィスもか?
化粧を落とせば・・


まきぞう様からお便りを頂きました(09.12.06)
適用範囲と部門について
まきぞうです。ご無沙汰しております。最近は当サイトを見る暇もございません。
さて、「今回の審査では●●部門を重点的に見ます」などと審査員殿に言われます。組織側もそれに呼応するかのように、「当社のEMSは営業と購買と総務です」などと審査対応します。経理やシステム管理や開発技術、マーケティングは?と問われれば、それらの中に埋没させる手口です。
会社によって部門の数は様々です。EMSや審査のために部門を区切るなどおぞましいものです。審査側がどう考えているのか?一度聞いてみたいところです。

まきぞう様 毎度ありがとうございます。
適用範囲をどうきめるのか? まあ、お財布と相談というのが一般的ではないのでしょうか?
まさか、口が裂けても、メンドッチい部門は省きました・・なんて言ってはいけません。
それから部門(認証機関によってはユニットとかいろいろ呼び名がありますが)をいくつにするのか?というのも、実はお金と相談です。審査は部門数をサンプルするので、あまり部門を多くすると審査費用がかさみます。
というのが一組織の意見でした。
審査機関の考えですか? 宇宙人の考えることは・・ワカリマセン


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