なぜタイトルが二つあるかというと、一粒で二度楽しめるというか、一般用、ISOマニア用を兼ねるというか、あるいは単なる手抜きというか ![]() |
ちなみに英語原文は Changes to the environment, either adverse or beneficial, that result wholly or partially from environmental aspects are called environmental impacts. adverseとは不都合とか、逆という意味であり、beneficialとは利益になるとか、助けになるという意味らしい。 |
オゾン層が消滅したらすべての生物が死滅すると心配される方もいるかもしれない。しかしオゾン層そのものも生物が作ったなら、意識せずオゾン層を作りだしその時の他の生物を死滅させたことと、愚かさによってオゾン層を破壊し自分を含めた多くの生物を死滅させることを比較すれば倫理上なんら変わりはない。
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マラリア蚊とかゴキブリが、あるいは害を与える外来生物がレッドデータブックに載ることはあるのだろうか? 外来生物がそれまでの日本の自然環境を破壊したというなら、米もかぼちゃもジャガイモもなにからなにまで排除しなければならないのだろうか? もちろん日本人も すごいことが頭に浮かんだ。 世界中の人間を排除しアフリカに押し返せば、アフリカ以外の自然は守られるだろう。 だがそうなれば人間の活動のおかげで生存が守られていた生物、人間に依存している生物たちは絶滅の危機に陥る。 さあ、どうしよう? ![]() |
これは名古屋鶏さんの理論ですが、「有害か有益かを問わず」というのは「有害と有益の両方」ではなく「有害であろうが有益であろうがそれに関係なく」と解釈するのが妥当だと私も思います。 両方と解釈するから「有益な環境側面」という言葉が独り歩きするのでしょうね。所詮は審査のためのメシの種です。 また、ウルトラマンネタでも登場しましたが、トラは絶滅危惧種に指定されていて保護の対象です。でも、トラによって生命や財産(家畜)が危険に晒されている人たちにすれば、厄介な存在に他なりません。 焼き畑農業をしている人たちだって、好き好んでやっているわけではなく、生き延びるために仕方なくやっているのであって、それを第三者がとやかく言う筋合いはありますまい。 所詮は「人類にとって都合のよい」環境保護ということなのでしょう。 そもそも、貧困、飢餓、病気、麻薬、水不足などなど人類を取り巻く直近の問題が山積みとなっている現状を横に置き、二酸化炭素の排出制限などというアホくさく、かつ眉唾なことが何物にも変えがたい最優先課題として扱われる現状には、何らかの作為や陰謀があるように思えてなりません。 先日もわが国の首相が25%削減を公言して各国の喝采を浴びたという報道がありましたが、あれは「アホが陰謀にまんまとハマりやがった。やったね」という意味の拍手だったと私は思うのですが、考えすぎでしょうか。 |
たいがぁ様 毎度ありがとうございます。 おおむね同意でありますが、一点だけどうかなとうところが・・ ハトポッポが25%削減を公言したとき、諸外国の首脳には、「こいつはアホか」と見られたのは間違いないですがそのアホさはチョット違うようですよ 「まんまとはまったアホ」と思ったのではなく、「この緊急時にアホを語っているアホ」と思われたようですということです。 世界大恐慌でイギリスが国家破産するかどうか?というときに、のどかなことを言っていると日本まで破産してしまうのではないかと心配です。 |
よい環境 佐為さま あらまです 「環境」と言えば surroundings とか circumstance とか environment などを思い浮かべます。 air なども 「環境」という意味で使われていることを知り、それで最近、「空気を読む」なんていう日本語が使われるようになったのだと 妙に感心したことを覚えています。 ところで、「環境問題」の「環境」は、environment が使われていて、インターネットの辞書の解説によれば、個人の感情・情操・人格などに与える影響を強調するものなんだそうですね。 また、surroundings は「雰囲気」。circumstance は「事情」なんていう意味で、もちろんその主体は「人間様」ということになると思います。 よく、「他の惑星は生物が住める環境ではない・・・」なんて言われますが、それは当然、「人間も住めない」という意味を含んでいると思います。 ところが、最近は、森林の敵は人間であるとか、絶滅寸前の希少動物の敵は人間だとか、人類は地球のガン細胞だとか言われて、環境の主体は「生態系」という意味で使われているようです。 NHKなどが、そんな使い方をしていますね。 しかし、その生態系が崩れれば人間も住めないということで、結局、「環境」も「人間原理」の一つだと思っています。 小生にとっては、この佐為さまのホームページが、居心地の「よい環境」であります。 |
あらま様 毎度ありがとうございます。 すみません 浅学にして環境に対応する英語がそのようにたくさんあるとは知りませんでした。 いずれにしても人間なくして考える軸はなく、単純に生態系どうこうと考えることに意味があるのか疑問ですね? 人間が朱鷺を滅ぼすのは悪で、猛禽類が朱鷺を食べつくすならOKなのでしょうか? ちょっと想像もつきません。 ところでこのホームページは毒はなさそうですが、アルコールの匂いが漂い、怪しいところですからご注意を! |
自然保護 連投失礼します。 まず自分は「自然保護」と言う言葉が嫌いです。 理由としては自然を保護するなんて無理ですし、何もしないで放っておく状態こそが自然のはずですから。 しかし実際には自然保護の名の下に植林、絶滅危惧種の保護(と言う名の飼育)が行われています。 自分は凄く違和感を感じます。 人間のためには良くてもそれは自然のためなのか…と。 自然を保護するということは生態系の変化、種の絶滅、新たな種の繁栄全てには介入しないことを絶対条件とした上で、その上で保護することだと思います。 なぜなら介入した時点でそれはもう自然ではありませんから。 言葉遊びといわれればそれまでですが。 あと盛んに叫ばれてる二酸化炭素削減。 軽くネットで調べただけで温暖化と二酸化炭素の関連性を疑う声が多いことが分かり驚きました。 あと面白かったのは、交通で発生する二酸化炭素よりも畜産で発生する二酸化炭素の方が多いこと。 エコカーって大して環境に貢献してないんだなってしみじみ思いました。 にもかかわらず二酸化炭素を25%削減しますなんぞと宣言したアホ首相…。 結局は自然のためと言いつつ人間のため、二酸化炭素の削減は単なる政治外交のカードに成り果てたわけですね…。 |
活字中毒様 お便りありがとうございます。 おっしゃることに全く同意です。 といってはオシマイですから、お付き合いしましょう。 自然とは何か?といえば、人間が手を加えていないということではないようです。その人が生まれた時の原風景をその人は自然と認識するそうです。 自然に自然と認識するなんて言葉遊び? 人間によってではなく、自然に種が滅ぶのを自然だと思うか、救おうと思うのか?自然保護主義者はどうおもうのでしょうか? ところで天然痘を撲滅しよう、蠅、蚊を退治しようという人たちは反自然保護主義ですよ! 現時点、環境保護とは外交の手段であり武力を使わない戦争であるというのは事実でしょうね。中国が環境保護のために日本の技術を無償で提供せよと言っています。これって完全に経済戦争です。 日本としても技術を提供しないと公害で困るのは日本・・困りました。 |