ケーススタディ コミュニケーション 09.10.28

山田は現在、環境保護部の最下位の立場で日常業務を執り行っている。郵便物を開けて中をチェックし担当に割り振るのも毎朝の仕事である。
ある日、A4サイズの角封筒が来ていた。中を見ると都内の大学の大学院生からのアンケートでISO認証した効果、デメリットなどの調査である。これは平目の担当と見当をつけたが、中に興味があったので全体を読んでみた。
だらだらと調査項目が並んでいる。その脈絡のない並びを見ていると、アンケートの設計はどうして決めているのだろうと疑問に思った。あまり考えて決めていないように思えた。
たくさんの設問があり、最後に可能なら訪問してヒアリングをしたいとある。
なるほど、大学院ではこのような研究というか調査をしているのか。これでいったいなにがわかり、どのような効果が期待できるのだろう? あるいはどんな提案をしようというのか?山田には見当がつかなかった。
山田は平目がどのように回答するのか興味を持ち、そしてぜひいらっしゃいという回答を期待した。とりあえず、平目のINBOXに放り込んでおいた。そしてすぐに日常業務の忙しさにまぎれて、そのような手紙が来たことを忘れてしまった。

それから2週間ほど過ぎたとき、外線の電話がなった。
「ハイ、鷽八百工業環境保護部です。」
「○○大学大学院の藤田です。御社に環境ISOのアンケートを送った者ですが、回答をまだ頂いておりませんので電話さしあげました。」
山田はだいぶ前に来た角封筒を思い出した。平目さんはまだ回答していなかったのだろうか?
平目を見ると席をはずしていた。
「まことに申し訳ありません。ただ今担当が席をはずしております。戻りましたらこちらから電話いたします。」
「それじゃお願いします」と相手は番号を言って電話を切った。
ほどなく平目が戻ってきた。山田は電話のあったこと、こちらから電話をすると言ったので架けなおしてほしいと伝えた。
「山田君、ああいった調査というかアンケートは実はたくさんくるんだよ。それで特に重要ではないものに対しては対応しないと決めているんだ。」
「そうなんですか。ISOの外部コミュニケーションでは受け付けて記録して対応するとありますが、回答しなくても良いのでしょうか?」
「規格を読んでごらん。どのように対応するかを決めておきなさい。そのとおり対応しなさいとあるんだよ。
当社では報道機関、行政、業界、それに類似した機関からの調査以外は対応しないと決めているんだ。大学生とか大学院生などからのアンケートは年に何十件とあるのが実情だ。すべてに対応することは困難なんだよ。」
「なしのつぶてでは、当社の評判に悪影響はないのでしょうか?」
「それもある。しかし考えてごらん。環境方針がほしいなんてなら、当社のウェブサイトを見れば大書してある。環境報告書がほしいとあれば、ウェブサイトにpdfファイルでアップしてある。最低限、そういったことは探すなり調べるなりするのが礼儀というか常識だろうね。」
「なるほどおっしゃるとおりですね。」山田もそのとおりと思う。
「でもISO認証のメリットとかデメリットなどのアンケートだと聞きました。そういうのも同等に扱うのでしょうか?」
「現在のルールではそういったものにも回答しないことにしている。もちろんさっき山田君が言ったように当社の評判も考えなくてはならないし、まあ兼ね合いだなあ。君が今後担当するわけだから、対応できる範囲は対応すると変えたらどうだろう。」
なるほど、山田は平目のいうことに納得した。
「平目さん、とりあえず折り返し電話すると約束してしまいましたので、電話だけでもしてくれませんか?」
「わかった、」
平目はすぐに受話器を取ってダイアルした。今はプッシュするというのだろうか?
「鷽八百の平目と申します。藤田さんいらっしゃいますか?」
すこし間があって相手が出たようだ。
それから平目は小声で少しの間電話で話していた。
「いや、まいったよ、先方は論文をまとめるのにデータが少なく、必死のようだ。当社を訪問してぜひ話を聞きたいというんだ。あまりの熱意にOKしてしまったよ。」
平目はあたりを見渡して中野の姿を見て
「中野君、すまないがISOについてヒアリングしたいという大学院生の相手をしてくれないか?明日の午後とちょっと急なのだっが」
中野はそういったことに慣れているのか二つ返事で了解した。
「また大学院生ですか。前回は2ヶ月前でしたね。今ISOの効果についての研究がはやりなのでしょうか? 聞くところによると認証件数が激減しているようで、なぜISOが低調になったのか関心を集めているのかもしれませんね。」
「中野君、ありがとう。山田君も同席して中野君の対応を勉強してくれたまえ。」
山田は平目の指示を喜んだ。

翌日、藤田氏が来社した。大学院生といっても社会人大学院生で歳は40過ぎだった。
「ご対応いただきありがとうございます。アンケートを送りましても回答は3割弱しか帰ってこないのです。ヒアリングのために訪問したいといいましても、了解いただけるのは電話した1割あればいいところです。そして了解してくれるところは、ISO認証でそれなりの効果を出している会社さんですから、回答が偏っているのではないかと推定しています。」
「なるほど、雑誌や新聞社でいろいろな調査結果が報道されていますが、回答してくれる企業はそれなりに効果を出しているところでしょうね。効果がない会社はあなたなような方の相手をするまでもないと思うところもあるでしょうし。」
中野が藤田に同情してそう言った。
「でも、ISO規格ではコミュニケーションという項目がありますから、むげに断るところは少ないのではないかと思いますが。」山田が脇から口をはさんだ。
「規格には確かにコミュニケーションという項番があります。しかしそれは外部の人に愛想良くするという意味とはちょっと違います。つまりその会社がどのようにコミュニケーションするかを決めてそのとおりするということにすぎません。コミュニケーションしないと決めればそれまでなのです。」
「そうだねえ、私はISO規格に詳しくないのだが、そのように理解している。
meeting.gif そしてコミュニケーションの中身だが、規格の意図は工場などの環境側面を行政や近隣に情報公開すること、特に危険性を知らせて万が一の場合の対応などを周知するためのように思えるなあ。聞いている限りでは一般のISO認証企業では社会貢献、つまりテニスコートの一般開放とか、近所のごみ拾いなどをコミュニケーションと認識しているようだが、ちょっと違うのではないかと私は考えている。」中野が言った、
「そうです。私もそのように理解しています。」と藤田が続けた。
「多くのほとんどと言ってもいいくらいの企業はコミュニケーションを環境報告書を出したり、社会貢献することと認識しているようです。もちろんそれはそれで重要なのですが、本来の外部コミュニケーションはイギリスの化学工場の事故やインドのポバールの経験から、企業がその危険性、環境側面と言い換えても良いのですが、それについていかに情報公開するかというところに主眼があったのではないかとおもっています。」
「藤田さんはどこかの企業で環境担当なのですか?」山田は藤田が詳しいのでそう聞いた。
「はい、○○社の環境部で課長をしております。大学院は夜間と休日です。仕事でわからないこと、疑問に思うところが多く、そういったことがなぜなのか?を知りたいのです。」
「なるほど、会社で働いてしかも管理職をしていて、更に大学院で学ぶなんて大変でしょうねえ。尊敬しますよ。」
「じゃあ本当を言えばこんなところに来て我々の話を聞かなくてもだいたいのことはわかっているわけだ。」と中野
「と言いますと?」藤田が聞き返す。
「つまり認証件数がなぜ減少しているのかとか、一般社会の認証に対する信頼性がどうして低下しているのかとか、そんなことさ。」と中野
「おっしゃる意味はわかりますが、しかし本当のところそういう現象がなぜおきたのかは究明されていないと思うのです。JABのアクションプランをご存知でしょうか?」
「ああ、こんな商売をしているから一応は読んでいる。」
「中野さんはあの内容が妥当だとお考えでしょうか?」
「うーん、なんと答えればよいのか微妙だなあ。組織が偽証しているから云々というあたりは組織側の人間として同意できないね。とはいえ、彼らの認証というビジネス、はっきり言えば金儲けだから、それが信用失墜して商売が成り立たなくなると困るという認識はわかるよ。しかし彼らとしても認証を受けている会社を怒らせるようなことをせず、金を払う企業が逃げていったりしないように、継続的に収奪、いや収穫できるように運用していきたいと思っていることだろうね。ISOを組織の改善、改革に使おうなんていっているが、彼らにしてみればいかに我々に認証を継続させて審査ビジネスを長続きさせるかというところが目的であるでしょうね。そういう意味でもう少し企業側の立場の発言をしたほうが良かったように思う。あまり認証がえらいとか上から目視ではねえ。あれはなんとかいう大学の先生の入れ知恵なのかねえ。自分が正しい、自分が偉いなんて言い方すると企業側の総すかんを食らうと思うのだが。もっともあれに対する企業のリアクションはなかったね。完全無視、シカト、もうISOの時代ではないと言うことかな?
「中野さん、私もそう思っているのですよ。しかしどの会社に行ってもそう本音を隠さずに話してくれるところはありません。会ってくれる会社は、ISO認証して会社の風土改革に役立った。コスト低減、パフォーマンス向上につながったというようなことしか言いません。私の会社での経験から言って、そんなことは奇麗事だと思います。」
「外部コミュニケーションにおいて虚偽があってはいけないなあ〜」中野は冗談を言った。
「そうです。情報公開といってもパフォーマンスなどは公開しても、ISOの効果や欠点などは語ってくれないのです。まあそういったことは公開しないと決めればそれまでなのですが・・」
「ところでいったい藤田さんはなにを聞きに来たのでしょうか?」
「いえ、今までのお話でもう十分ですよ。決して御社の名前は出しませんが、私と同じ考えをしている人がいるということを知って安心しました。でも日K新聞などで調査すると、ISO認証してよかったという数字が多いのに認証件数が9000も14000も減っているということに誰もなんとも思わないのでしょうか?」
「いやISO関係者は気にしているじゃないか。毎年のJAB品質ISO大会ではなんとかしようというのがお決まりのテーマになっているじゃないか。」
「でもその結論が企業が偽証をしているためですからね・・・笑うしかありません。」
「人間とは真の危険とか問題を見ないようにする性質があるのではないだろうか?だから大変だ、大変だ、といいながらISO減少の真の原因を見つけようとしていないのかもしれない。そして企業の偽証をスケープゴートにしているように思えるね。」
「私もそう思います。」
「しかしこの事態があと数年続けばISO第三者認証制度は崩壊するでしょう。」
「藤田さんはISO認証制度崩壊を止めようとしているのですか? あるいは仕方がないと考えているのですか? 企業の者としてはISOに義理立てすることはないように思いますが。」
「中野さん、おっしゃることはわかりますが、私はISO規格はすばらしいものだと信じているのです。それが第三者認証という金儲けのために変に使われて、その真価を発揮せずにポシャってしまうとするならば、それは非常に残念なことです。」
「確かにそうもいえるが、企業の立場からすれば、ISOなんて小集団とか提案活動などと同じレベルのことであって、はやり廃りのある、まあ管理手法のひとつだったという、そんなものじゃないか?
企業を良くしよう、儲かる仕組み、ロバストな仕組み、順法をしっかりしたものにしょう・・という思いは私も同じだが、その手法はISOでなくても良いと考えている。ISO規格のわけのわからん文章を、お経のようにありがたく扱うことはあるまい。ISO規格は実用的でないともいえるし、実際に効果を出している企業が少ないなら、実効性がないのかもしれない。それなら止めてしまおうという決断が正しいのかもしれないよ。」

三人は暗くなるまで応接室で話をしていた。
「中野さん、今日はとてもためになるお話をお聞きして勉強になりました。100件のアンケート回答に勝る情報です。またお話を伺いに来てもよろしいでしょうか?」
「いいとも、わが社ではこの山田君がISO担当となったばかりだ。藤田さんとのお話を聞くことがものすごく役に立つと思うよ。」
「はい、今日は私にも大変勉強になりました。藤田さんの研究がまとまったらぜひ教えてほしいです。それに、できたら私も大学院に行って研究したいですね。でも私はまだ何も知らないのであと2年くらいはISOとは何ぞや、現実の審査、認証の問題を知らないと藤田さんの立っているところにたどり着きません。」



本日の課題
・あなたの会社では外部コミュニケーションとはどのようなものをあげていますか。
 それは規格に照らして適正だと思いますか?
・環境報告書や環境方針がほしい、あるいはISO活動についてのアンケートがきたときの対応をどのように決めていますか。
 それはあなたが見て妥当だと思いますか?
・あなたの勤めている会社の環境コミュニケーションは、ISO認証前と認証後どのように変わりましたか?
 それはシステムの改善になっているのでしょうか?



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