ケーススタディ 継続的改善 09.11.21
この駄文は同志ぶらっくたいがぁ氏のアイデアであり、私はそのアイデアを文章にしただけです。もちろん文責は私おばQにあります。

中野が山田に郵便物を持ってきた。
「おい、郵便箱の底にこの1件残っていたぞ。まあ差出人が差出人だから重要なものじゃないだろうけど」
「中野さん、すみません。私の不注意です。」
山田は42歳だが、この環境保護部ではもっとも下っ端であり、雑用係でもある。といってもこの職場はあまり職階とか上下関係という観念がないので気楽ではある。
山田はA4サイズの封筒を裏返して見た。鷽八百の本社のISO14001を認証している認証機関からのものだ。開けて中を取り出す。紙が1枚だけ入っている。

ISOマークじゃないです 文句を言わないように 藁 JABマークじゃないです 文句を言わないように 藁
鷽八百機械工業株式会社
本社様

(株)○○品質環境審査機構
代表取締役 □□ □□

「認証継続賞」贈呈のお知らせ

この度、当認証機関では登録組織への感謝の気持ちと継続的な改善のご努力に敬意を表し、新たに「認証継続賞」を新設、記念品をお贈りすることにいたしました。
認証継続証は、5年、7年、10年の三段階とし、今後とも永らく認証を継続しEMSの継続的改善を図っていただきたいという当認証機関の願いでもあります。
なお、認証8年目になる鷽八百機械工業(株)本社様には7年継続賞を差し上げます。
この7年継続賞をひとつの道標としてさらなる継続的改善を進められますことを期待します。
以上


5年継続賞(ブロンズ賞)EMSの適合性から有効性を目指す進化を祈念する。
7年継続賞(プラチナ賞)EMSの有効性から効率性を目指す進化を祈念する。
10年継続賞(ダイヤモンド賞)EMSを極めて、さらなる進化を祈念する。

紙面の裏にはアクリル製らしい三種類の記念品の写真があった。
山田はフーンといって目が点になってしまった。
中野が給茶器までコーヒーを注ぎに行く途中に山田の後ろを通った。
「おい、山田君、何かいいお便りだったのかい?」
「中野さん、認証している企業は記念品をいただけるそうですよ」
中野は山田が差し出した紙を受け取った。
「うーむ、この通知は当社の全工場にも出したのだろうか? いやこの認証機関が認証している全ての企業に出したのだろうか?」
「中野さん、7・5・3年記念とあります。当社が8年目で7年継続賞を受賞ですから、実際には認証して3年以上のすべての企業に出しているようです。言い換えると3年未満だけがもらえないようです。」
「信じられんな、この認証機関はこんなものをもらって喜ぶ会社がいまどきあると考えているのかね? そこからもって浮世離れしている。」
../coffee.gif
二人が話しこんでいるのを見て、廣井も仲間に加わろうとコーヒーカップを持って歩いてきた。
「なにかおもしろいものがあるのかね?」
中野は廣井に紙を渡した。
「あきれたねえ〜、リーマンショック以降、日本経済は大不況の混乱状態だ。そんなとき工場の環境部門がこのような賞というか記念品をもらうのは立場上まずいよなあ〜」
廣井はさすがに現場からの視線でものを見る。
「ウイスキーとか泡盛ならともかく、長年認証していることに価値はない。むしろ認証返上して、自己宣言をしたほうが継続的改善賞に値するのではないか?」
中野は宣伝部にいたせいかいささか軽い。もちろん本心は真面目なのだが。
中野は続けた。
「この認証機関の登録企業は2000社あるだろう。この記念品はありふれたタイプだから1個売りで7千円から8千円。数が多いから半値として、送料を含めて1500万というところかね。その投資で新規顧客が15社も取れればペイするということかな?」
「いやこんな賞を出しても、新しく認証しようという会社に対する宣伝効果はないよ。それよりも今認証している企業が他の認証機関に流れるのを防ぐことがめあてだろうね。今はISO認証機関も競争が激しくて、変えるところも多いようだから。」
廣井は続ける。
「数年前までは、ほとんどの認証機関が有料で審査登録証をかたどったアクリルや金属の盾を売っていた。当時はそんなのを応接室とか受付に飾るのが誇らしく晴れがましかったんだよね。今じゃ、認証した組織を引きとめるために記念品を無償で配る時代になったというわけか。」
廣井と中野の二人は、そのような話をして通じ合うようだった。
山田は過去の経過とか状況など知らないから、二人の話を聞いてもその裏にある意味合いはつかめなかった。

3人が集まっているのでISO規格の月刊誌を読んでいた平目も立ち上がって歩いてきた。
「何か面白い話でもあるのかい?」
平目は廣井から渡された例の紙片を読むと、
「ISO認証の存在というか価値が時代と共に下がって来たのだろうね」としみじみと言う。
「ISO14001規格が制定された97年頃はまだISO9001の認証価値も高く、新たに制定されたISO14001認証ということは環境優良企業であるとみなされたよね。当時は当社の工場も認証を得ようと大変だった。
だけど2000年を境にして、認証企業が増えたこともあるが認証そのものをすごいとかすばらしいとみる人が激減した。そして2005年頃からはもう認証しても何のメリットもなくなってしまったね。私たちが本社のISO認証をしたのは日経環境経営度調査で評価をあげようとしたことが目的だが・・それを不純と言ってしまえばそれまでだが、現実には効果はなかったのではないだろうか。今となれば認証を維持していく意味はあまりないように思う。」
山田は平目がISOを素晴らしいと信じていると想像していたので、平目がそう語るのを聞いて驚いた。
「僕の代まではISO認証を維持するというのも仕方がないが、山田君の代になったら、認証が必要なのか効果があるのかを再検証して、認証継続の可否を伺い出てほしいね。」
「平目さん、一体どうしたんですか? 平目さんはISOは素晴らしいといつもおっしゃっていたじゃないですか。ご自身も審査員補であることを誇りにされて、私にも審査員補になるように言っていたじゃないですか?」
山田は若干とがめるような聞き方をした。
「フフフ、ぼくが審査員の5日間研修コースを受講したのは5年くらい前になるかな。一緒に受講したのは20人いたけど、今でもそのうちの7・8人と付き合いがあるんだ。つい1週間ほど前も集まったんだよ。そこで将来や悩みごとなんかを話あったのさ。
平目さん 審査員をしている人が半分くらい、残りは私のように企業でISOに関わっていたり、コンサルをしている人もいた。みな同様にISOには未来がないと語っているんだ。契約審査員をしている人は、仕事がないと言っていた。不況で審査の仕事が減ると、社外支出を減らすのはどこでも同じ。契約審査員に依頼せず、プロパーを最大限に使いまわす。プロパーの審査員をしている人は、家に帰る暇もないと言っていた。コンサルはコンサルで新規に認証する会社が減ってオマンマの食い上げだというし・・企業に勤めている中で2社が認証返上をしたという。もう八方塞がりだね。」
「しかし、ISO14001規格に書いてあることは間違っていないと思いますよ」
山田はいささかむきになって言った。
「山田君、ISO14001とISO14001に基づく第3者認証制度というものは別物だよ。ぼくもISO規格はある意味聖典というのかな、素晴らしいものだと考えている。
でもね、環境方針に『方針を外部に公開すると書いてないから不適合』とか『目標に絶対値のものと相対値があるから不適合』あるいは『有益な環境側面がないから不適合』というおかしな審査を見ていると、もはや現実の第三者認証制度はまったく意味のない愚行としか思えないね。ぼくはISO規格は価値あるものと思うが、ISO認証に価値があるとは思えない。」
「ISO審査員とか認証機関の質が悪いというか、そういった関係者の問題とは言えませんか? つまりISO第3者認証制度というものは価値があるのではないでしょうか?」
「山田君、いつもの君と僕の立場が逆になったようだ。」
平目は笑いながら
「確かにそうとも言える。しかし認証制度自身に自浄作用がなく、長年審査の質が向上しなければそれは第3者認証制度の本質的な問題と言って差し支えないだろうと思う。」
「山田くん、おれもさあ、例の『MS信頼性ガイドライン対応委員会報告書』というのを読んでいささかISOに愛想を尽かしたよ。」廣井が参戦した。
「知ってる知ってる、しかし何だねえ〜、ISO認証の信頼性が低下しているのは企業が審査で虚偽を語っているとは・・笑止と言うしかない。そう語っているのが虚偽ではないかね?」
今度は中野が参加してきた。
「結局、ISO規格というすばらしいものがあって、ISO認証制度という金儲けの仕組みを考えた。それをうまく使って長らく企業からお金を吸い上げるようにすればよかったのだけど、大儲けしようとして審査の質が低下して、認証制度そのものが空中分解し始めたってことだろうか? アホな鵜飼が、鵜がとった魚をみな取り上げて鵜が餓死してしまったというわけか?」
中野は軽い。
山田が割って入る。
「分かりました。ところで議論すべきことはたくさんあるのですが・・
とりあえずこの7年継続賞は頂くんでしょうか? 断りましょうか?」
中野、廣井、平目の3人は顔を見合わせた後、偶然にも同時に声を出した。
「いらないな」
そして3人は笑い出した。
山田もつられて笑ってしまった。
「分かりました、丁寧にお断りしておきましょう。」
平目が言う。
「山田君、いずれはISO認証返上というこもを考えなくてはならない。しかし認証するしないに関わらず、マネジメントシステムは維持していかなくてはならないよ。そしてISO規格にあるようにマネジメントシステムを継続的に改善していかなくてはならない。」
廣井が口をはさむ。
「この本社でISO認証することによって、EMSは良くなったのだろうか? あるいは認証は意味がなかったのだろうか? そして認証を継続することによって継続的改善が図られてきたのだろうか? みんなはどう思う?」
「廣井君、先日岩手工場で不法投棄があっただろう。あの時ぼくはISOの仕組みがまったくバーチャルで意味がないと思い知らされた。ただ現状で良いわけではない。あのとき廣井君と中野君の活躍で対処できたが、それは個人のスキルや熱意によって達成されたにすぎない。廣井君がいなくても、中野君がいなくなっても、鷽八百社は環境事故や違反に対応できる体制がなくてはならない。だが現実にはシステムができていないことは明らかだ。」
「平目さん、おっしゃることは分かる。今我々が心新たにして当社のEMSを見直す必要がある。さて、そのときISO14001を元にすべきか、更にはそのシステムは審査を受けて検証を受けることが必要か、あるいはISO規格を離れて独自の基準でEMSを見直しすべきか? それを考えなくてはならないね。」
廣井はそう言った。



本日の課題

次のことを考えてみましょう。
(1)あなたの会社でISO審査のとき見せているEMSは会社の真のEMSですか?
 それともISO用と実戦用の二種類あるのでしょうか?
(2)あなたの会社でEMSの継続的改善としてどのようなものがありましたか?
(3)認証を返上しても会社のシステムが回っていきますか?
 もし回っていくなら認証の効果は何でしょうか?
 もし回らなければ、なぜなのでしょうか?



うそ800の目次にもどる