ケーススタディ EMSとは 10.07.10

今日の鷽八百社の環境保護部は静かというか閑散としていた。中野が業界の集まりで出かけているからだ。中野一人いないだけなのだが、おしゃべりな中野がいないと環境保護部で話される言葉が半分以下になって、まさに火が消えたようである。山田は朝から各事業拠点のエネルギーの集計結果をチェックしていたのだが、若干退屈してきた。

「廣井さん、話しかけてよいですか?」
「なんだい、山田君」
「世の中でEMSというとほとんどの場合、ISO14001規格で定める仕組みのことを意味するようです。でも一般語としてのEMSはどの企業だって本質的に備えているわけですよね?」
「ああ、俺もそう思うよ。」
「じゃあ、なぜ一般的にEMSといえばISO14001の仕組みのことなのでしょうか?」
「ISO担当者にとってはISO規格も基づく仕組みだけがEMSと思っているんじゃないか? まあ自分の仕事は特別という自負なのか思い込みというか勘違いなんだろうよ」
廣井もかなり辛らつなことを言う。
「ちょっと、ちょっと、」
平目がふたりの話に割って入ってきた。
「ISO以外のEMSってエコアクションとかエコステージのことかい?」
「平目さん、そういうのもEMSの一形態なのでしょう。でもなんらかの規格とか基準で決められた仕組みじゃなくて、どの企業もどの組織も、すべて存在する組織は環境管理のための仕組みを備えているはずです。それが根源的なEMSだと思うのです。」
「ほう!根源的なEMSねえ〜、ぼくはそんなものがあるとは思っていないね。ISO規格が制定される前までは企業はしっかりと環境管理なんてしていないよ。だから事故も違反も起きているんじゃないか。どの会社も本質的にEMSを備えているなんて僕から言わせると勘違いだね。」
「そうでしょうか? 行政への届け、法規制への対応など、どの会社でも過去よりしているわけです。それがすなわち環境管理のための仕組みでありEMSではないのでしょうか。たとえば今私は省エネ法の報告で以前は事業所単位だったのを当社全体を集計して報告する仕事をしています。当社はISO14001を認証していますが、認証していない会社でも同じことをしなければなりません。つまりそれはEMSではないのでしょうか?
以前大学院生の藤田さんと議論して、すべての企業も組織もEMSを備えているという結論になりました。」
「甘いな、日本の企業は確固たる環境管理の仕組みをもっていないから、どの組織もあらたにISO規格に基づいたEMSを構築しなくてはならないと僕は考えている。」
../coffee.gif 廣井は給茶機から香ばしい香りの湯気の出ているコーヒーカップを持って来た。
「平目さん、ISO規格のEMSの定義を読めばEMSってどんなものか書いてあります。
つまり『組織のマネジメントシステムの一部で、環境方針を策定し、実施し、環境側面を管理するために用いられるもの。』
素直に読むとISO規格に基づいたものだけがEMSではないようです。」
「でもね廣井君、環境方針をつくろうとか環境側面を把握しようなんて発想はISO以前には見られなかったと思う。」
「確かに平目さんがおっしゃるとおりISO規格以前は環境方針とか環境側面という言葉はありませんでした。しかし企業のトップが事業においてどのようなスタンスなのかを示す方針あるいは理念というものは、ISO規格ができる前からあります。当社の環境理念もリオ会議の直後の1993年に社外に公表されています。あの頃は経団連の指導で環境理念などを定めるのが流行しましたね。
それに環境側面という言葉もありませんでしたが、1970年頃には公害防止のための法規制が多々制定されました。それを順守するためには関係する設備や工程を棚卸しして作業手順書の整備や行政届けなどをしました。あれこそが環境側面の把握だと思います。当時は環境側面なんて言葉はありませんでしたが中身は同じです。むしろ環境側面なんて新語を作らないほうが良かったと思いますね。」
「確かに公害防止のためさいくつもの法律が作られ、企業はその対応としてさまざまなことをしたのだろうけど・・当時僕は環境に携わっていなかったので良くわからない。しかしじゃあなぜISO14001認証のときに上を下への大騒ぎをしたのだろうか? 元からしっかりしたEMSがあったならそんなたいそうな準備などいらなかったのではないだろうか?」
平目もしつこい。というか彼が中心となってISO14001認証したのを否定されたくないのだろう。
「平目さん、公害防止とおっしゃいましたが、公害防止組織法で定める組織体制こそまさにEMSそのものです。公害防止統括者はつまり経営者ですし、公害防止統括者の代理者は環境管理責任者でしょう。管理責任者の原語がrepresentativeつまり代理者ですからまったく同義ですね。それに公害防止管理者は力量を国家が認定する仕組みです。
もっといえば消防法だってひとつのマネジメントシステムを要求していますし、省エネ法でも省エネに関するマネジメントシステムを要求しています。それらはみなEMSといっても間違いではありません。」
廣井の発言に、さすがの平目も参ったかと思われたが・・・
「廣井君、確かにそういわれると公害防止組織法はEMSを要求しているようだね。しかし公害防止というように今常識となっている製品とかサービスなど事業全体を網羅するEMSとはいえないね。あくまでも製造工程だけの環境管理にとどまっている。」
「平目さん、そのとおりです。でもISO規格で定めるEMSだけがEMSではないというのは間違いありません。」
「わかったわかった、公害防止組織もEMSとしよう。じゃあなぜ公害防止に特化したEMSがあるのに遵法が確実にならなかったのだろう。それはそういったEMSが不完全だったからではないのかね?」
平目が勝ったぞという調子で言った。
「平目さん、環境事故や環境法違反は現実には増えていません。公害問題は減少してます。環境不祥事が増えているという言葉は正しくはありません。」
「ほんとうかね? 廣井君」
「本当です。公害防止組織法に基づくEMSはその守備範囲では有効に機能しているのです。もちろん川上から川下、製品が廃棄物なるまでを管理する仕組みではありません。ただゼロからというべきか一からと言うべきか新規にEMSを作るのではなく、従来の仕組みを改善していくべきだったように思います。ISOのためのというかISOに沿ったEMSではなく、企業経営から見てEMSを考えるべきなのです。ISO規格序文にも『組織がこの規格の要求事項に適合した環境マネジメントシステムを構築するに当たって、既存のマネジメントシステムの要素を適応させることも可能である。』とありましたよね。」
平目は納得できないような顔をしていた。

本日の宿題
あなたの会社にはISO以前、EMSといえるものがありましたか?
ISO認証したとき、その仕組みをどのように生かしたのでしょうか?



ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(10.07.11)
組織がこの規格の要求事項に適合した環境マネジメントシステムを構築するに当たって,既存のマネジメントシステムの要素を適応させることも可能である。

9001の序文にもほぼ同様の記述がありますが、両規格のこの「構築」という文言にたいへん違和感を覚えます。
これではいかにも規格に準拠した新調の「環境(品質)マネジメントシステム」が主で、既存の組織固有のマネジメントシステムが従であるかのようです。また、「構築」とあるからには従来のマネジメントシステムのままではダメで、認証取得にあたって新たに築きあげなければならないという誤解がいつまでもついて回りそうです。
次回改定の折にはぜひともこの「上から目線」を正して欲しいものです。

ぶらっくたいがぁ様 毎度ありがとうございます。
構築ってのも確かに変です。原文もestablishで、英英辞典で調べても、set upとか build upですからやはり日本語の作り上げるとか構築というイメージのようです。
なにもISO規格に合わせて創業ウン十年の会社の仕組みを変えることもなさそうです。
もっとも規格が改定になるたびに、会社の仕組みを変えている方もいらっしゃるようで、ご苦労なことです。
上から目線であろうと、平目さんであろうと、役に立つなら使ってあげましょう。役に立たないならごみの日にだしましょう。
私にとってISOとはそんなものです。
たいがぁ様にとってもご同様でしょうけど・・・


あらま様からお便りを頂きました(10.07.13)
佐為さま あらまです
弊社のケースを見ても、「品質管理」はあっても 「EMS」 と呼べるものはなかったと思います。
そもそも環境対策とは、非営利的なものと決め付けていました。
ですから、騒音とか排水問題についても、組合経由の通達に渋々従うとか、皆に倣って数値を改ざんするとか・・・。
そうして、周囲の自治体に「公表」していましたから、これはイケナイことですよね。
そうして、時代とともに「環境」を重視するようになり、積極的な姿勢を見せています。
しかし、それも、あくまで「姿勢」であって本当に積極的であるかといえばそうではありません。
環境は「経費」という考えから脱却していないのが実状です。
そんなでは淘汰されてしまうでしょうね。

あらま様 毎度ありがとうございます。
「EMS」 と呼べるものはなかった など謙遜することはありません。EMSというものが存在するわけではないのです。会社のマネジメントシステム(経営の仕組み)の中で環境に関係する部分を環境マネジメントシステム(EMS)と呼ぶに過ぎないのです。
ですからどんな会社にだってEMSという部分は存在します。
それに内緒の話ですが、私ならどんな企業に行っても瑕疵を見つけることができるように思います。いやこれは謙遜じゃなくて思い上がりですよね
まあ、遵法が完璧なんて会社はめったにありませんよ。


あらま様からお便りを頂きました(10.07.17)
佐為さま あらまです
実を言いますと、小生は「環境問題」をバカにしていたと思います。
温暖化なんてウソッパチ。「環境」なんで、その道で食う人の「食い扶持」だ、ぐらいに見下していたのです。
なぜなら、経済則にも反するし、そんなものは外圧によるものだと決め込んでいたのです。
ところが、今、日本で生き残っている企業は「環境対策」を乗り越えたものばかりです。
結婚式場でさえ、EMS を構築しているところが生き残っているのですね。
よく考えてみると、環境を汚さない、環境を美しくする・・・という行為は、生物の根本的な「モラル」なのかもしれませんね。
そうした基本的なことを守るところが護られる・・・。
それが、当然の理なのかもしれないと思い始めているところです。

あらま様 困りましたね〜そう真剣になっちゃ
どうせ人間は地球の寄生者、資源を食いつぶして生きていくしかないのです。
山本センセイが赤い顔をして地球温暖化をとめようと語っても、彼自身止める方法を知らないはず
だってそんなこと不可能だからです。
エエカッコシイとか、自分だけいい子になろうなんてのは無理なんです。
人間が発生したときからもう自然破壊は定めなのです。
でもそれでも少し頭を使って人間にとってよりよい環境を少しでも長続きするようにしたいものです。


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