ケーススタディ 法規制説明会 10.10.09

本日のお話は数日前、私のブログに書いたことを膨らませてケーススタディに仕立ててみました。なぜかISOとか環境というより、教育というか仕事のスタンスについて、という物語になってしまいました。

山田が廃棄物処理法の施行令と省規則の改正についての、パブリックコメントを考えていると、平目がやってきた。
「山田君、ちょっと仕事をお願いしたいんだが・・・いいかな?」
「ハイ、平目さん、なんでしょうか?」
山田は立ち上がってそういった。
「ときどき、あちこちの部門から、環境保護部に環境の法律について説明会をしてほしいという依頼がくるんだ。今回は、代理店営業部から依頼があった。そういう場合、今まではボクが担当してパワーポイントを使って説明していた。しかし今ではボクも半分引退した身なので、これからは山田君にお願いしたいなと思う。」
「平目さん、わかりました。初めての仕事ですが、チャレンジします。納期とか内容について教えていただけますか」
「時期的にはちょっと厳しい。来週の木曜日、10日後だが営業担当者約25名を相手に2時間半ほど行ってほしいということだ。」
「ハイ、わかりました。とはいえ、依頼元の要求とか配布資料などについてのご要望があると思います。そのへんについてはどうなのでしょうか?」
「いやいや、山田君、そんなに真剣になることはないんだよ。まず、環境法説明会用のパワーポイントはだいぶ前にボクが作ったものがある。もちろん毎年法改正があるから、改正点については修正しているが、基本的にそれを使って説明すればいいんだ」
「はあ〜、でも平目さん、相手の部門や業務、あるいは職階によって関係する法律も違うでしょうし、同じ法律でも関わることが異なると思いますが・・」
「ボクも君も法律の専門家じゃないし、依頼元もさまざまだから、相手に応じてきめ細かく対応することは不可能だ。ボクは環境省やその他所管官庁の広報しているパンフレットを元にして、説明用のパワーポイントを作っている。それを相手の仕事にあわせてアレンジするなんて簡単にできるわけがないよ」
「わかりました、代理店営業部のご担当者のお名前を教えていただけますか。一度会ってみます」
「代理店営業部企画課中田課長代理だ、電話番号はイントラネットで調べてくれ。じゃあ、頼んだよ」
平目は自分の席に戻っていったが、傍目にも重荷を降ろしてホットしたという風情である。

山田はパブリックコメントを考えるのを一旦止めることにした。正直言って環境省がパブリックコメントなんて募集するのは、エクスキューズ、つまり一般社会に意見募集をしましたよという証拠つくりであって、過去よりパブリックコメントにおいて一般からの意見や要望を反映したことはまずない。
これは言いがかりではない。私は過去から法令改正のパブリックコメントはほとんど何がしか応募しているが、採用されたことは・・ない。ご意見は既に十分に盛り込まれていますとか、原案のほうが適切であると考えますなんて言われておしまいだ。一度だけ、ご意見はもっともと考えられますので検討しますというのがあったが、その法令はドラフトそのまま制定された。

山田はINBOX、メール受信箱、それにサイボウズを見て、当座の予定がないことを確認して中田課長代理に電話をかけた。
「中田です」
「環境保護部の山田と申します。中田様から依頼されました法規制の説明会を私が担当することになりました。一度、中田様とお会いして打ち合わせしたいのですが」
「おお、さっそくありがとうございます。ちょっと日程が厳しくて申し訳ないのですが、ちょうどそのとき営業会議で東日本地区の営業マンが集まるので、ぜひともとお願いしたのですよ」
「説明会の内容についてご相談したいので、今からおじゃましてよろしいですか?」
「いえいえ、山田さん、私が行きますよ」

中田は5分後に環境保護部に現れた。
二人は自己紹介をしてコーヒーを持って打ち合わせコーナーに座った。
../coffee.gif 「中田さん、私は芸者だと思っております。三味線を弾けといわれれば三味線を弾きますし、踊れと言われれば扇子をもって踊ります。お酌しろといわれればお酌をするというわけです。営業部のどのようなお仕事をしている方が、どのようなことを知りたいのか、まずそのあたりから教えてもらえませんか」
「いやあ、山田さんは営業的なお考えですねえ〜、今までそのようなことを聞かれたことはありません。出来合いの資料をもってきて、それを棒読みしておしまいって感じで・・おおっと、あまり大きな声で言っては平目さんに聞こえるか 
「実は私も1年前までは営業にいたんですよ。代理店営業部ではなく、大手メーカーを相手にする法人営業部におりました」
「ああ、そうなんですか、そうでしょうねえ〜、山田さんはなんかちょっと営業的な感じがしましたから」
「中田さん、ともかくどのようなお仕事をしている方たちに、どのようなお話をすればよいのでしょうか?」
「まずみな第一線の営業担当者です。管理職ではありません。販売している製品は当社の一般的な製品で、ボールねじ、各種アクチュエーター、スライドレールその他もろもろというところかな、代理店営業部のお客様は大手を除く中小の機械メーカーのほかに、専用機を社内で作っている企業が相手ですね。」
「環境に関わる法規制とおっしゃいましたが、具体的にはどのようなことを想定しているのですか?」
「一番多いのは梱包材の引き取り、それに売れ残りを無償でいいから引き取って処分してほしいとか、故障したものの原因解析をしてほしいという依頼もあり、そのとき現物をどう扱えばよいのかということがまず知りたいことだ。昨今、廃棄物処理法違反が多く報じられているのでみな神経質になっているよ。」
「グリースやオイルなどの販売はありますか?」
「もちろんさ、君は消防法やPRTR法、MSDSをどうしているのかとか考えてるんだろう、そうなんだよ、そういったことももちろんある」
「なるほど、だんだん状況が分かってきました。私がいた法人営業とはだいぶ違いますね。製品を売ったときにお客様にお渡しする包装袋などもありますか?」
「あるとも、ロゴと社名が大きく入ったコーティング付きの結構いい袋を卸した製品の数だけただで配っている。だけどそんなもの環境とどんな関わりがあるんだい?」
「中田さん、容器包装リサイクル法というのがあります。紙袋やポリ袋などを使っている場合、回収義務があるのです」
「回収義務だって! おいおい、製品をきれいな袋に入れてお渡しするって、常識というか当たり前でしょう?その袋を一体全体どのようにして回収するんです?」
「正確に言えば代理店営業の場合B to CではなくB to Bにあたるのかもしれませんが、お店で不特定多数に売るということならやはりB to Cに該当するでしょう。該当しなくても帳簿記載義務はあります。自分が回収する代わりに特定法人に使用している紙やポリ袋の重量に応じてお金を支払うことによって義務を果たしたことになるのですよ」
「ひぇー、そんな法律があるのかい? 驚いたよ」
「もう10年も前に制定されました。正確に言えば会社の規模とかによって足きりがあるのですが。」
「そんな話を聞くと心配になるよ。そのほかにも意外なのがあるんだろうなあ〜」
「欧州のRoHSとかREACHとかありますよね。当社が納入しているお客様が輸出している場合は、含有物質情報の提供もありますね」
「ああ、それはお客様から要求があるから漏れることはない」
「そのほか法律ではありませんが、お客様からISO14001の登録証などの要請があったとき、発行手続きはご存知ですよね」
「いや知らんね、今までは登録証のコピーを1枚もらっていて、その孫コピーを出していたが、あれじゃだめかい?」
「わかりました。そのほかの法律ですが・・」

打ち合わせした後、山田は営業マンの立場で何を知らなければならないか、何を知りたいのか、何を伝えなければならないか、どんな問題を防がなければならないのか、そんなことを考えた。

翌日午前中、山田は平目が作ったという今までの説明会で使用していたパワーポイントを何度も繰り返しながめた。環境に関わる主な法律について、環境省や経産省が作ったパンフレットから要所、要所を切り取ってその法律の概要を説明するものであった。
オゾン層保護法のパートを眺めていて、果たして平目はこの法律のなにを伝えようとしたのかと山田は途方にくれた。フロン製造業でもなく、輸入業者でもない鷽八百社の営業マンがオゾン層保護法の何を知る必要があるのだろうか? そして知ったところで業務において役に立つのだろうか?
その他、自動車リサイクル法もある、食品リサイクル法もある、建設リサイクル法もある・・
機械部品の営業マンが自動車リサイクル法とか食品リサイクル法に無縁だと断定してもよさそうだ。
建設リサイクル法についてなら、建設業の許可を受けていない鷽八百社が建設リサイクルに該当する工事を請け負うことはなさそうだ。自社が建築主になったとしても、そのときは営業マンではなく、オフィスなら総務部門、工場なら施設部門が書類を作り知事に届けるはずだ。
PCB特措法は工場管理ならともかく、営業マンの必須事項ではなさそうだ。
しかし逆に、「PRTR法が改正になりましたから、2011年3月までにMSDSはすべて2009年10月以降のものを入手しなければなりません」と営業マンがお客様を訪問した時、雑談の中でお伝えするというのは相手に貢献することだろうと思ったりした。もっと露骨に言えばそういう情報を常日頃発信する営業マンは、訪問するのを厭われず、やがては仕事に結びつくことがあるかもしれない。

説明会の当日、平目はもし山田が間違えたり、質問に答えられないと一大事と心配して、廣井と共に会場の後ろに座って山田の説明を聞いていた。
presen.jpg 山田が新たに作ったパワーポイントは平目のものとはまったく別物であった。それは営業活動のフローに沿って構成されていて、製品説明におけること、契約前の交渉段階、契約締結時、納品、不良や売れ残りの返品処理、修理、展示会での注意事項など段階ごとに、どのようなケースにはどのような法律が関わるのか、そしてその法律の規制内容、つまり何をしなければならないのか、どういう場合違反となるのか、困った時の対処策などなどを平易に解説していった。
参加者には居眠りもなく、ときどき山田の話に笑いが起こったりした。山田の話の後には具体的な悩みや過去の事例など、質疑応答というよりも情報を共有してほしいというスタンスの発言が相次いだ。山田は回答できることは回答し、検討が必要なものについてはその旨応えていく。

平目は山田の話を聞いて、なるほど、単に法律の概要を話すのではなく、聞く人の職務、職階に応じて必要情報を伝えるとはそういうことなのかと心底感心した。
廣井は説明を聞きながら思い出し笑いをした。
「営業で課長になれずに腐っている男がいて、そいつが環境保護部に異動を希望しているんだ。そいつを引き取るかどうか決めてくれ」役員である環境保護部長が廣井にそう言ったのはちょうど一年前だった。
廣井は営業部の部長をしている同期に山田のことを聞いた。「真面目だし、アイデアマンなんだが、ブルド−ザーのような強引さがない。課長になれないのはやはりそこだね」と彼は言った。
最終的に廣井は、平目がまもなく定年になること、平目が担当しているのはISO事務局で大して重要な仕事ではないこと、真面目なだけがとりえでも平目の後継なら勤まるだろうと判断して、部長に引き取りましょうと報告した。あれからちょうど一年かと思い返して、結構掘り出し物だったなとニヤリとした。

環境保護部への帰り道、平目は山田に話しかけてきた。
「山田君、君の話はすごい、専門家とか詳しいというわけではなく、相手のことを考えて話していることが良くわかった」
「平目さん、まず私たち環境保護部のスタンスを認識していなければなりません。環境保護部からみたら、社外であろうと社内であろうとみなさんがお客様です。当然、お客様が何を求めているのかを把握し、お客様のほしがっていることを提供するのが顧客志向というものでしょう。
相手の身になって考えれば、容器包装リサイクル法をとってみても、工場の人には梱包設計や帳簿記載義務、BtoCなら預託金支払いなどがあるでしょう。営業の人には製品販売時に使う袋などの扱いを教えなければならないでしょう。あるいは卸している代理店に容器包装リサイクル法の規制を指導するように教えることも継続的な関係を維持するために良いかもしれません。消防法ならば総務の人、倉庫の人、情報システム部のUPSを管理している人など、相手によって話す内容を変えなくては、お客様を満足させることはできません。法律に詳しくなくても相手何を伝えるかを考え、それを知ってもらうようにする工夫が必要です。」

この駄文を書いたのにどのくらい時間がかかったとお思いでしょうか?
正直言いまして、1時間20分でございます。私自身、1時間半はかかったろうと思って時計を見て驚きました。ともかく、私の仕事が速いことは立証できたでしょうか。




高橋様からお便りを頂きました(10.10.13)
おばQ様
遅くなりましたが、お見舞い申し上げます。もうすっかり良くなられたのでしょうか。

久々のケーススタディ法規制説明会、非常にためになりました。
枝葉末節のところで若干突っ込ませていただきたいのですが、中田課長代理の言葉遣いが途中から急に変わってしまいます。同年代と思われる山田君との対話としてちょっと不自然かと。

ブログでの「うそ800の解消の検討」発言、うそとは思いますが、会社での楽しみがなくなりますので困ります。

高橋様 毎度ありがとうございます。
お見舞いありがとうございます。
おかげさまでもうなにも自覚症状はありません。ときどき病院に行って回復状況を見てもらっておりますが、万事OKのようです(自分で思っているだけかもしれませんが)

中田課長代理の言葉遣いが途中から急に変わっているとのこと、困りますよ  高橋様、そんなに真剣に読まれては
正直言いまして、はじめは上品ぶっていても、だんだんと、私の普段の言葉使いが出てしまうのでしょう。
いやあ、生まれも育ちも隠せません。


外資社員様からお便りを頂きました(10.10.14)
ケーススタディ法規制説明会 によせて
「山田君、君の話はすごい、専門家とか詳しいというわけではなく、相手のことを考えて話していることが良くわかった」

良いお話ですね、CSは何かという点で社内の教育用に利用させて貰います。
相手が判るように、相手に役に立つように内容を考慮して説明し指導するのは簡単ではありません。但し、それが出来れば認証の価値もCSも高いのですね。
逆は簡単で、相手に教条的な指導を強要し、挙句は実態と無関係な無駄な指導や要求をすることです。

外資社員様、毎度ありがとうございます。
おっしゃるとおりCSですね、いや社内ならES(エンプロイーサティスファクション)というのでしょうか。
独りよがりの趣味以外は、何事もお客様・・必ずしもお金を払うとは限りませんが・・子供でも奥さんでも、私たちの行為を期待している人のために行うはずです。
自分自身、そうしようと思ってはおりますが、それが叶ったのかどうか分かりません。
還暦を過ぎて未だ修行中です。


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