超入門 プロセスアプローチ 11.02.06

昨日の続きである。

休日、朝から山田は瀬尾氏の会社にいた。今日は瀬尾氏と会社の仕組みの現状把握をする予定なのだ。
「山田さん、こちらが安藤部長です。メンバーもそろったのではじめましょう」瀬尾社長が声を出した。
「おはようございます。今日することは御社の文書と帳票の棚卸しすることです。ここで文書とか帳票といっても、紙に書かれたものばかりではありません。サンプルとか張り紙とかコンピュータのデータなども忘れないでください。」
「文書とか記録といっても、どこから手をつけたらよいのかわからないのですが」瀬尾が頼りなげに言う。
山田はにっこり笑った。
「あわてないでください。ひとつずつステップを踏んでいきます。
環境のISO認証を考えていらっしゃいますが、会社の仕組みは環境だけとか、財務だけというわけではありません。すべてはシームレスにつながっているのは当たり前です。それで、まず御社の全体の流れを見ていきましょう。ここに模造紙があります。御社がお客様から注文を受けてから製品を出荷するまでの流れをここに書いていきます。もちろんそれだけではありません。その流れを支える資金とか人員の確保とか工場を維持していくことなども見ていきます。」
../2009/meeting.gif 「当社のお客様は、A製作所が7割、B工業が2割、C機械工業が1割、その他大学とか研究所とかからほんの少しという構成になっています。それぞれ注文の方法が違います。A製作所の場合は、当社は先方の情報システムにつながっていて、向こうが生産計画が立てると自動的に日程計画がこちらに伝わります。下請法からみてどうかと思うところがありますが、月ごとに正式な発注書があるので法律はクリアしていると聞きます。B社は紙の注文書がきますが、実際には事前にFAXが入ります。その他・・」
「注文を受けたら御社はどのように動くのですか?」
「まず当社の毎日の負荷はパソコンで管理しており、品名と納期と注文数量を入れると毎日の行程ごとの負荷が表示されます。保有能力の110%くらいを目標としています。許容範囲内であれば、その旨回答し材料の手配をします。それ以上のときは安藤部長と経理担当の家内と相談して対策を考えます。むげに断ると後がありませんし、できないものを受けることはまた命取りになります。」
「瀬尾社長、その流れを紙に書いてください。そうですね、注文書あるいは電子データもその固有名詞を書いてください。」

「さて、注文が確定したら資材を手配するでしょうけどそれはどうなりますか?」
「当社の場合、メインとなるパイプとカプラ部分はお客様によって、また部品によって異なります。しかしろうづけのろうとか、フラックス、切削油、その他の副資材は全部共通です。副資材は在庫が発注する量にまで使った時に一定量発注するという原始的な方法でしています。」
安藤部長がそう言う。
「なるほど、発注はそれぞれどういう仕組みでしているのですか?」
「副資材はもう現場の者が電話で注文します。相手も昔からの付き合いですから、電話があれば注文書がなくても物と納品書を持ってくるという感じです。」
「メインのパイプは・・・」

三人は材料が入ったらどのような検査をするのか、しないのか、どのようにして生産計画を立てるのか、従業員に指示するのか、ひとつの行程が終わったら検査をするのかしないのか、払い出し先するときの帳票、不良になった時の処置と帳票、加工する機械の取り扱い手順を決めたもの、などなどのひとつひとつ確認して模造紙に書き加えていく。模造紙は書くところがなくなり、二枚目をセロテープでつないで書き足していく。
e.jpg
上の図はホントいってでたらめだが、実際にいろいろな会社で流れ図を作った。
まあ、現物は企業秘密だ 

「一段落して、お茶にしたら」と声をかけて瀬尾社長の奥さんが入ってきた。
「おお、もう11時か、一休みしましょう」社長が時計を見上げていった。
四人は事務所のテーブルでお茶と大福を食べながら語り合った。
「山田さんに言われて、ウチの物と情報の流れを書き出してみると、案外ちゃんとしているという気がしてきたよ。いや、山田さんに笑われるかもしれないが」
「社長、私もそう思います。今まで伝票なんて作業者の出来高をチェックするためだけと思ってましたが、立派な意味があるということがわかりました。」
「しかし紙に書いてみると、払い出し伝票が4種類もあるとは驚きだ。こんなちっちゃな会社なんだから1種類にできないもんだろうか?」
「あんた、それはA社の人に最終工程の払い出しは向こうのISO9001の記録にするからといわれて別様式にしたのよ、忘れたの」と奥さんが言う。
「そうか、それでも3種類は多いな」
「社長、元々伝票は1種類でしたよ、以前一行程抜かして最後まで行ってしまったものだから行程ごとに伝票の色を変えて、だんだんと複雑になって今になったわけですよ」
「うーん、何事にも過去のいきさつがいろいろあるんだ」瀬尾はお茶をすすりながらそう言う。
「あまり今の段階で、改善しようとか、無駄を省こうなんて考えることはありません。そもそも今日は無駄を省くことが目的じゃないです。御社の仕事の流れを確認するのが仕事です」山田はそういう。
「しかし山田さん、こういう風に仕事の流れを見直すと、無駄じゃないかとか、もっと良い方法がありそうだということがわかりますね」
「先を急じゃいけません。じゃあまた仕事に戻りましょう」
あっという間に昼になり、夕方になった。模造紙は3枚目になった。後で帳票が漏れていたとか、フローが間違っていたとか行きつ戻りつしたのはいうまでもない。
山田はそんなことを気にせず、瀬尾と安藤が自分の会社のことを再確認することが必要なことだと考えていた。

表が暗くなった頃、「こんばんわ」という声がしてドアが開いた。今猿が立っていた。
「休みの日の夕方というのに瀬尾さんの事務所に明かりが点いていたので、どうかしたのかと思いまして」
そういいながら、今猿は山田がいるのを見てギョットしたようだった。
「おお、今猿さん、こんばんは、当社でISO14001を進めるにあたってどうするかを山田さんに相談したのですよ。そしたら山田さんはまず会社の流れを調べようと言い出して、今日は仕事の流れと帳票の棚卸しをしています」瀬尾社長は椅子に座ったままそう応えた。
今猿は従業員の昼飯を食べる時の大きなテーブルに近づいて、そこに広げられた模造紙をしげしげとながめた。やがて身を乗り出して書かれた流れの線を指でたどってみている。
「今猿さん、いやあ、こんなふうにしてみると自分の会社であっても、わからなかったこととか、改善できそうなところとかあるもんだねえ〜、今日一日では製造関係だけの半分もいかないよ。工場の管理は来週だな。それが済んだら財務とか従業員の教育とかも書き込んでみたいと思うんだ」
今猿は何も言わずに一心に模造紙を見ている。

「これは情報処理のフローチャートの記号と作業分析の記号とかゴッチャになってますよね」
顔を上げた今猿が山田に声をかけた。
「ああ、専門家が見ると間違いとかあらがあるでしょう。なにせ素人ですから。今猿さんがコンサルするときはどんなことから始めるんですか?」
山田はいささか気になって声をかけた。
「山田さんはいつもこんなことをしてコンサルしているんですか?」
「いえいえ、コンサルなんてしたことはありませんよ。それにこれはコンサルじゃなくて、瀬尾さんがISO認証しようかとおっしゃるので、それじゃあ、まずは文書と帳票の棚卸しをしましょうといっただけです」
「棚卸しした文書と帳票でISO規格を満たしますか?」今猿が山田に聞いた。
「まだわかりませんよ、今は固有名詞を書き出してもらっているだけです。実際の帳票が規格要求というと変ですが、仕事をするのに必要十分かを調べるのはこれからです」
「いや今日わかったことがあります。数週間前にロウ付け後にする穴あけを間違えてろうづけ前にしてしまいました。今日書き出してみるとその行程には手順を示すものがありません。重要な行程には手順書というのでしょうか、なにか書き物にしておかないといけないですね」安藤部長がそういった。
「これからどうするのですか?」今猿はすごく気になっているようだ。
「仕事の流れ、つまり手順をどこまで文書化するかということを考えなくてはなりません。今ある文書、といっても張り紙もコンピュータの電子データも含めてですが、それらで間に合うなら何もしなくても良い。足りないならどんなものでどのように補強するかを瀬尾さんに考えてもらうことになります」
「ええ!私が考えるんですか? それは山田さんに教えてもらわないと・・」
「違います、会社の仕組みを考えて決めるのは、会社の人がしなければなりません。有名な審査員の講師にマービン・ジョンソンという方がいます。その人は『会社のことを一番知っているのはその会社の人だ』と言っています。松下幸之助も『なぜコンサルを頼むのか、自分でできないのか』と語っていますよ」
「でもそれができないから、コンサルを頼むのでしょう」
「今、瀬尾社長と安藤部長が自分の会社の流れをみていろいろ改善点に気がついたかと思いますが、私は気がつきません。だって御社の仕事をしらないのですから。」

「山田さん、この方法はなんというのでしょう?プロセスアプローチでもないようですが?」今猿がさえぎって声をかけた。
「なんという方法か知りません。実は私はISO認証の指導なんてしたことないんです。ただISO14001やISO9001を認証するということは、ISO規格に合わせて会社の仕組みを作り上げることじゃありません。単に会社の仕組みが規格を満たしていることを外部に説明することだと考えています。そのためには、まず自分の会社の仕組みを把握して、規格と比較しなければどうしようもないでしょう?」
「なるほど、ISO規格からはじめるのではなく、現実からはじめるのですか」
「今猿さん、それ以外に方法があるとは思えませんが」
ドアが音を立てて開き瀬尾さんの奥さんが入ってきた。
「あら、今猿さん来てたの。みんなお茶にしましょうよ、それともお酒のほうが良いかしら」
瀬尾社長は立ち上がって
「いやあ、ISO認証をするしないに関係なく、今日一日の意義はあった。安藤部長、悪いが来週も頼むよ」
「いや社長これは面白いですよ、来週はぜひとも書き終えたいですね」
「会計とか総務の仕事も棚卸ししておくれよ」と奥さんが言った。
本当のことを言って、この仕事が一日や二日でできるはずがない。私の経験では中小企業といえど、1週間くらいかかるのが普通だ。そして文書や帳票を集めてその有効性というか意義を検証するにはもっと必要だ。
私が経験した最短ISO認証でも3ヶ月かかった。仕事は簡単にはいかないものだ。

本日の開き直り
昨日、どうなることやらと語ったが、なんとかなるのだろうか・・・



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