環境監査実践論その7 質問の切り口

11.11.23
誰だって文章を書くには、書き出すきっかけが必要だと思う。何もなしで5千字書けといわれたら、はじめの一文字で戸惑ってしまう。しかし、きっかけがあり、そして自分が言いたいことがあれば、5千字でも1万字でも叩きだすことは簡単だ。ということで芸のない私は、数日前、知り合いと昼飯を食べながら雑談をしたことから始める。 内容的には、実践編その1の続きのようなものである。

休みの日、横なぐりの雨の中を歩いているとバッタリ知り合いと会った。立ち話もなんだと、近くのディニーズに入り、季節メニューの「とろろのドリア〜柚子胡椒仕立て」というのを食べながら雑談をした。
ちなみに、それは美味かった。しかしあまりの熱さに舌がやけどした。
話はとりとめもなくさまよったが、そのうち私の仕事のことになった。 私は某社で環境遵法監査というお仕事をしている。工場とか子会社を訪問して、環境マネジメントシステムではなく、環境遵法のみを点検する。
単純といえばこのうえなく単純である。但し単純とは簡単を意味しない。
私が訪問する多くの会社は、初めて伺うところでしかも事前情報を得られないことも多く、また訪問先が環境法対応なんて考えもしていないところもある。
もちろん情報がないといっても訪問先の住所くらいは分かるわけで、所在地の都道府県と市町村の環境に関わる条例、消防条例くらいはネットで必ず目を通す。そのほかに、騒音規制法や振動規制法の指定地域かどうかもみる。但し、これはところ番地で指定されている場合と、地図によって示している自治体があり、地図の場合はネットにアップされていないのが普通だ。その場合はしょうがない。その自治体に電話して、訪問先が指定地域かどうかを聞けばよいが、市役所が開いている時間にこちらが電話できるかどうかも定かではなく、あきらめることが多い。
そもそも訪問先自身が自分の事業所にどんな設備があるのかさえ認識不十分なところだってある。
ある販売会社を訪問したとき、現在使用しているエアコンを誰が設置したのかわからないということもあった。自社ビルであるにもかかわらずである。ひとりでにエアコンが現れるものだろうか?
だからISO14001審査のように、「環境側面一覧表を見せてください」とか、「該当法規制一覧表はありますか?」なんて簡単にいくわけがない。ISO審査では事前に会社が自分の実態(環境側面)と関係する環境法規制を確認しているわけで、私に言わせればISO審査など簡単きわまる。もしISO審査員で審査の事前勉強が大変だと仰る人がいれば、力量がないのだろうから審査員を辞めるべきだろう。
ともかく、自社の実態も把握していない会社に行って、どんな仕事をしているか、どんな設備があるかを聞き出して、それからそれらが関係する法規制を推察して、そしてその会社がその環境法規制を遵守しているかどうかを判断するのである。やりがいがあるといえばとてもやりがいがある。一般の内部監査員にはまずお手上げだろうし、プロのISO審査員でも途方にくれるのではないだろうか?
私はISO認証している組織を訪問することも多いが、そういったところでも法規制対応漏れを見つけることは珍しくない。いいかげんな私が徒手空拳でしている監査よりも、環境側面や法規制一覧表という情報を与えられそれを見ながら行えるISO審査のほうがメッシュは粗く監査水準が低いと実感している。
お断りしておくが、これは法違反があるという意味ではない。ISO審査で気がつかない環境法規制があることや、遵守評価をしていない法規制項目を見つけるという意味である。
おおっと、きっとISO審査員はマネジメントシステムの審査なのであって、環境側面の特定方法は徹底的にチェックするが、その結果判明した環境側面は適正であるかをチェックしないのだろう。
私は環境側面の特定方法などは気にしないが、環境側面を見逃していないかどうかは徹底的にチェックしている。
正直言って・・・環境側面を特定し、著しい環境側面を決定することなど、私にとっては呼吸するようなことである。点数で環境側面を決めることが良いという人がいれば、私は笑い飛ばす。

相手はドリアを「熱い、熱い」とほおばりながら、私にどのようなチェックリストを作っていくのかと聞く。その方はISO14001の審査員(補ではない)であり、しろうとではない。

「うーん、まずどんな設備があるかわからないし、周辺がどうなのかの事前情報がないことが多いので、きれいなというか完成度の高いチェックリストは作りようがないね」
「それでは聞き漏らしたり、見逃したりするのではないか?」
うん、確かにそういうこともあるだろうと自分自身も思う。
しかし、与えられる情報が乏しい場合、自分の力量と監査目的を考慮して、最大の効果を出すためにはどうすべきかということを考えなければならない。そして実際に成果を出さなくてはならないのだ。ISO14001審査のように監査プロセスも監査結論もあいまいでも良く、あとで不祥事が起きても「ISO審査は抜き取りですから」なんて言い訳ができる仕事ではない。
「始めに要求事項が与えられているという単純なことではなく、業種業態によって多様な環境法規制があるわけで、こちらの質問もオープンクエスチョンだし、それに対する相手の回答も多様になる。当然、相手の回答によって分岐が非常に多くなる。
../pc.gif 例えばパソコンがありますかと聞けば、いまどきパソコンがない会社はないだろう。だけど、そのパソコンが自社所有物かリース品かの分岐がまずある。最近はセキュリティの関係で業務委託を受けている場合は、委託元からパソコンを貸与されているケースもある。いや、自分が使っているパソコンが誰の所有物か分からないこともある。だからパソコンを廃棄するときにどうしているかを確認するだけでも、いくつもの分岐があるし、その分岐次第では廃棄が適正かをチェックする書面も違う。もっとも簡単なパソコンであっても、分岐の数は何十もあると思うよ」
「そう言われればそうだけど、そうするとおばQさんの頭の中にあるチェックリストで監査しているということになるのかい? それじゃあいい加減というか・・」

うーん、私の監査はそれほどいい加減でデタラメであったのだろうか?
「そういわれると確かにいい加減に思えるね、もちろんチェックリストがまったくないわけではない。だけど、パソコン、UPS、社有車・・というように品目をリストアップしたようなチェックリストしか作れないのではないだろうか? それ以上に細かいものを作っても使いようがない」
「どんなふうな切り口から聞き始めるの?」
「つまりこんな風さ、
『給茶機ありますか?』
『ありますよ、それがなにか?』
『それはお宅の所有品ですか? リースでしょうか?』
まずここでこけるね。たいていの場合、毎日使っている給茶機がリースかレンタルか自社物件かさえ把握していない。
そして所有物だと分かったら、次にフロン回収破壊法の対応をどうしているかを確認することになる。つまり、過去に廃棄したときはどうしたのか?、そのときのフロン行程管理表や契約書やマニフェストはあるのか?、とたどっていくことになり、そのたびに質問も回答も多数の分岐がある。
おっと、もちろんフロン行程管理表なんて固有名詞を出してもだめだから、まあ、相手の顔色を見ながら言葉と質問を使い分ける。
リースだと分かった場合は、リースアップ時に返却するのか、先方が所有権放棄してしまうのかを聞くことになり、返却するならまた聞くことが分かれるし・・」
「それは分かるけど、じゃあ、どの分岐になれば次にはなにを聞くのかを決めておかないと、聞き漏らしはしないのか?」
うーん、返事に困る。
あらかじめ、すべての分岐を考えておいて、それに沿って質問を決めておくなんてことは不可能に思える。そんな膨大な文書を作ったとしても監査で使うことはないだろう。使えないのではないだろうか? 使わないなら作る意味がなく、使わなくてもすむなら作る必要がない。
「バリエーションが多いので、きっかけとなる項目だけのチェックリストにして、そこから先は監査員の力量次第ということかなあ〜」
相手は納得できないようだった。
「じゃあ、あなたがする監査と、他の人がする監査が同じレベルを保証できないでしょう。ばらつきがあってはまずいですよ。ISO審査ではそんないい加減ではだめです」
おいおい、それほどISO審査が格調高いとも思えないが 
「ISO審査というのは聞き取る項目も少ないし、パターン化されているのではないだろうか? 要するに要求事項が決まっていて、それを満たしているか、いないかでしかない。でも環境法規制となると、幅も奥行きもあるので、イチゼロという聞き方はそもそもできないのよ、訪問先の業種は何かから始まって、実際の仕事の内容を聞いて、そしてどんな設備を持っているかと、最初は大きく広げておいて、だんだんと狭くしていくというのかなあ・・」
残念ながら私は相手の人に、あなたならどういうチェックリストを作るのかと質問することには思い至らなかった。きっと、すばらしい方法をご存知なのだろう。

つまり私のしていることは、標準化できることが限定されており、個人のスキル、力量と言ってもいいが、それに依存する割合が大きいということになる。まさかあなた、「文書管理の手順を決めていますか?」なんていうレベルの内部監査と一緒にしてほしくはない。

監査をするときに監査目的から監査結論は決まる。結論が決まるといってもはじめから決め付けておけるという意味ではない。遵法監査ならその結論は、「遵法は確実であった」か、「遵法上問題がある」か、「遵法を確実にする仕組みがない」とか、そういった形になる。もちろんISO審査なら、「規格要求事項を満たしていることを確認した」のか、「満たしていないことを確認した」のかのいずれかになる。
だからその出すべき監査結論を確信を持って導き出すために、計画していた質問を忘れないためには覚えのメモは必要だろう。しかしそのメモはその監査員によって微に入り細にわたることもあるかもしれないし、項目が羅列してあれば間に合うかもしれない。

監査とは勘と経験と度胸のKKDではできない。やはり理論というか理屈があってどのように進めるかというのが頭の中にある。監査プログラムが戦略を示すなら、前線の戦いの進め方というべきだろうか。
話がそれるが、監査を一人ですれば自分の計画があり、それに則り質問を繰り出すので、はたから見れば支離滅裂にみえても監査人本人としては一直線なのだ。監査員が二人になって自分が切り込んでいるときに、私にとっては見当違いの質問を入れられたりすると調子が狂う。
つい最近、若手を訓練しようとして二人で行ったのだが、そいつがむやみに熱心で、なにかと口を挟むのでこちらは予定が狂ってしまった。はじめから黙ってみておれと言っておけばよかったと反省した。
ともかく大きな流れは計画しておくが、個々の質問においては相手の回答とその場で気がついたことによって流れは成り行きということもある。
成り行きが悪いわけではなく、立派なチェックリストを作って、それを金科玉条と進めても良いわけではない。途中で変なことに気がついたり、該当しないだろうと思っていた法規制に関係することが判明すれば、すぐさまそこをベースにして最善の方法を組み立てなおさなくてはならない。

ドリアを食べ終わり、コーヒーを飲みながら監査とは結局力量ということに尽きるのかなあと思った。しかし力量とは知識だけではないのは間違いない。知恵というのか、個人が保有している知識と注意力、そして応用力で目の前の問題を解決しようという意思がなければならない。
だいぶ前のこと、6年以上前になる。工場の環境課長の経験者で公害防止や排水処理などにはとてもくわしい方がいた。販売会社に監査にいってくれと言うと、「とても自信がない」と断る。オイオイ、月給がもらえないよ。
その方にチャレンジ精神を植え込むのにだいぶ苦労をした。積極性をもたせることは、は専門性を教えるよりも難しい。
私が非製造会社の環境法規制にくわしいなんてことは絶対にない。でも警備会社であろうと、人材派遣会社であろうと、携帯電話の販売会社であろうと、仕事ができなくてはオマンマの食い上げだ。
難題であろうと、未知であろうと、仕事は達成しなければならない。そうでなければ野垂れ死にだね、

本日のまとめ
本日の駄文はジャスト5千字であった




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