環境監査 実践編1

11.10.09
雑誌アイソス誌の内部監査特集や環境監査に関する一般書籍を読んで、私が感心したものはひとつもない。一般の会社員が書いたものも、コンサルや審査員研修機関が書いているものも含めて、どれも何のために監査をするのかという出発点からしてボケているし、そのためかあるいはそもそも力量がないためかはわからないが、言っていることがまったくおかしい。そんなことを過去書いてきた

私がしている環境監査には秘密のノウハウなどあるわけではなく、常識でしかない。リアルでも引退を予定しているところでもあり、これから環境監査についてシリーズとしてまとめようと思う。もちろん私自身、自分のしている方法は稚拙なことだと認識している。なぜなら私はまったくの独学というか、自分のわずかな知識とカットアンドトライの体験から現在の方法に至った。しかしながら講習会や先ほど述べたような書籍などをみても、私がしている以上のことを書いたものを見たことがない。
実は私のしている監査はISOのための内部監査ではなく遵法監査である。しかし私は、ISOのための内部監査などそもそも存在しないと考えている。私はISOの内部品質監査も、ISOの内部環境監査も、会社の業務監査のほんの一部分に過ぎないと考えている。
おっと、私はISOのための内部監査だって人並み以上に良い仕事ができると確信している。
もっともISOのための内部監査にいかなる意義があるのかは確信が持てないが
実践編と称する以上、ケーススタディというか前提条件を示し、それに対応することを考えていく形にしよう。
では第一回の講義をはじめる、

前提条件
あなたは某社の監査部に所属する環境の専門家である。今買収を計画している総売上100億、従業員30人の販売会社の環境遵法の点検を命じられた。さあ監査目的は明白である。
もちろん、あなたはその会社には行ったことも見たこともない、まったく情報がないという前提である。
では、あなたはどう仕事を進めるのだろうか、お手並みを拝見しよう。

買収予定で、監査あるいは調査を行えるという段階であれば、相手企業の協力を得られるし、相手も隠す理由はないから仕事はしやすい。こういうケースではなく、監査対象が一般の取引先である場合や、持ち株比率が少なく子会社とはいえない場合は、事前の情報提供も監査時の協力も期待できない。

準備段階
まず手っ取り早く帝国バンクとかビジネスモールなどで、会社の概要を調べるのが常套手段である。売上や損益の推移、過去の住所変更や場合によっては買収や合併の変遷がわかるときもある。もし自社ビルであり歴史がある会社の場合は、PCB機器などを保管していることも多いと推察される。
PCBは1973年までというかもしれないが、微量PCB問題がある。1990年代前半の創立で自社ビルを持っている会社はPCBを保有している可能性がある。オフィスだけだからPCBはないなんて言っちゃいけない、一応ビルと称するならエレベーター位はあるだろう。
エレベーターとPCBとは? なんて言っているようじゃ監査員を辞めようね
以前は非製造業でもごみや秘密書類を処分する焼却炉を持たない会社はなかったが、ダイオキシン特措法が施行されて10年以上経過した今は、合法的にか非合法にかはともかく、焼却炉は廃棄しているのは間違いない。だから知らない振りをしよう。
自社ビルの場合、アスベスト問題もある。PCBもなく、アスベストもないかもしれない。しかしエアコンくらいはどこにでもあるだろう。 東北や北海道になると、オフィスでも暖房用の石油タンクを備えているのは当然だ。北海道では建物の暖房だけでなく、駐車場の路面暖房も必要となる。最近では地下タンクは少なくなった。もっとも地上だと防液堤が必要になり、雨のときには防液堤からの排水も注意が必要になる。おっと地下配管かどうか気をつけてくれ。

非製造の場合は、所在地の周囲の環境などを調べてもあまり重要な情報ではないが、製造業系の場合は住所を知ったら、グーグルアースなどで立地状況をみて、市街地か、周囲に学校や幼稚園があるか、河川が近いか、道路の様子などを見るのも常識だ。グーグルがない時代はこれらを事前に知ることは困難だった。
まあ、ここまでで大体の様子は分かる。

それからインターネットでググリまくる。可能ならヨミダス歴史館とか、聞蔵Uなどが使えると非常に役に立つ。ともかく、会社名とか住所を入れて、その会社が過去に環境問題を起こしたりしていないか、住所の近辺で事故や環境問題が起きていないか。
またその会社が販売業だけでなく、建設業をしていないか・・建設業の許可を得ていなくても500万以下の建設工事をしている販売会社は多い、というかそれは普通のことである。
帝国バンクで卸売業と記載してあっても、一般消費者に販売していたりするので注意が必要である。もちろん私だって工場に塗料を売っている塗料屋に、自宅に塗るペンキを買いに行ったこともあるし、そんなことは普通のことだろう。しかしそんな場合だと規制を受ける法律は増えることもある。

それから所在地の環境関連条例を調べる。条例には都道府県条例と市町村条例の二段階がある。まあ、ほとんどの自治体の条例というものは、真冬のアイスみたいなもので、あってもなくてもいいようなものが多い。しかし中には騒音規制法の上乗せや、エアコンを振動特定施設に含めているところ、廃棄物の規制の上乗せなど油断できないもののある。非製造業とはいえ自社ビルだったら、所在地が騒音の指定地域かどうかを確認しておくことは必要だ。
まあ、どこまでするかは熱意と時間しだいだが、いずれにしろグーグルで半日は仕事をする必要はある。

監査プログラム
通常の監査では監査員が一人で行くことは少ない。一般の会社では子会社とか取引先を管理している管理部門があるのが普通であり、そこの担当者が監査側を代表して監査責任者を担うことになる。そして、あなたは環境の専門家として環境法規制の遵守状況を調べるだけでよい。言い方を変えると、環境法規制の遵守状況の点検責任はすべてあなたにあり、見逃しがあったら全責任はあなたにある。とてもやりがいがあるだろう。
ということで、あなたは先方との日程調整などをすることはないが、環境監査のプログラムを考えることになる。
監査プログラムとは
「特定の目的に向けた、決められた期間内で実行するように計画された一連の監査。
(参考)監査プログラムは、監査を計画し、手配し、実施するのに必要な活動の全てを含む。(ISO19011 3.11)」
とあるように、監査の設計図である。

kansaprogram.jpg

さて、監査プログラムは環境上の重要性と前回までの監査の結果を考慮に入れて計画することになっている。(ISO14001:2004 4.5.5、ISO9001:2008 8.2.2)
環境上の重要性といっても、環境側面も獏としか分からず、前回までの監査の結果といっても、前例がないのだから監査員であるあなたの才覚によるしかない。
これを途方にくれると思うか、やりがいがあると思うかが、あなたが監査員に向いているかいないかの境目である。

前に述べたように、会社の業務、規模、所在地、過去の歴史などからどのような環境側面があるのか、どのような法規制がかかるのかを推定する。
ISO14001の審査ではあらかじめ所在地の周辺の状況、環境側面一覧表、法規制一覧表、市の規制基準などが提出され、それを十分吟味することができる。世のISO審査員のみなさん、私のように乏しい情報しかない場合でも、遵法をしっかりと点検することができますか?
もちろん、「審査は抜き取りであり、すべての遵法を確認したわけではない」なんて言い訳は通用せず、監査員であるあなたが監査結果責任を負うという条件付ですよ。
私の場合は、どのような事項を点検しなければならないかということを考えてリストアップする。監査プログラムといえば、それがプログラムなのであるが、正直私はあまり仰々しい書類は作らない。単に面倒くさがりなのであろう。与えられた情報と、ネットや新聞からの情報から、どのようなリスクがあるか、どのような法規制があるだろうか、だから何を確認しなければならないかということをまとめる。これは簡単ではなく、考えるには半日はかかると申し上げておく。

監査チェックリスト
監査プログラムができれば、次に監査チェックリストを作る。いつも私は監査チェックリストなど重要ではないと言っているが、それは半分事実で、半分事実ではない。
その意味は、監査目的や監査プログラムに比較して、監査チェックリストの重要性が低いということであり、監査においてチェックリストが必要であり重要であることは間違いない。
とはいえ、私の作る監査チェックリストとはA4裏紙に鉛筆でチェック項目を羅列するだけだ。なんで裏紙なのかといえば、単に真新しい紙を使うのはもったいないからである。

前提として想定した会社の場合は、次のようなものとなるだろう。もちろん個々の項目の間には、ヒアリングしたことや見たことが書けるよう十分なスペースを空けている。

○○販売株式会社
 実施日
 応対者

業務の実態
 子会社の有無
販売先(一般消費者への販売の有無)
 化学物質に該当するものあるのか
 輸出、輸入の有無
 旧品、下取り
建設工事(元請、下請)

ビル管理
 ビル管理会社との関係
 防災、職場環境
 浄化槽
 昼飯はどうしているのか
 PCB、アスベスト、焼却炉
 エアコン  給茶機あるか?
 オフィス廃棄物(一般ごみ、紙類、什器、蛍光灯、)
 家電品使用状況
産廃契約
OA機器(廃棄、リース、セキュリティ、UPS)
エネルギー(ガス、石油)
車保有
輸送手配

このチェックリストを見て、いったい何を調べようとしているのかが分からない人はいないとは思う・・
しかし、もし仮にそんな人がいるとすれば、そのお方は監査員というお仕事をしてはならない。
そう申し上げる。


まあ、これくらい書けばチェックリストは十分である。監査プログラムができていれば、これを書き出すには30分もかからない。
お断りしておくが、主語も述語もまったく不要だ。だってチェックリストを書くのは私であり、使うのも私なのだから。キーワードがあれば十分である。

出張手配
監査をするといっても、そのためにはたくさんの庶務事項がある。まず予定時間に到着するための電車、飛行機の切符の手配、ホテルの予約、訪問先やホテルなどの周辺地図のプリントアウトなどなど、
私の場合、一回の出張で一社のみということは少なく、連続して複数の会社をまわることが多い。だから電車の乗り継ぎなどを考えなければならないし、当日監査をしたところに泊まるべきか、翌日の訪問先まで行って泊まるべきかを考えて決めなくてはならない。
お断りしておく、
そういったことをつまらないと思ってはいけない。訪問するのに時間的にも心理的にも余裕がなければ、よい監査をすることができないだろう。また、あなたが予算管理をしているなら出張旅費の無駄使いを避けることも当然である。
家内である なお私の場合、土産を買う気遣いは無用である。なぜなら家内は趣味で日本中を旅行しており、私が「今度大分に行くけど何か土産がほしいか?」と聞くと、ソファーに寝転がったまま「イラン」という。大分であろうと、札幌であろうと、沖縄であろうとイランというのは同じである。もしイランに行くことがあっても、イランというのだろうか?

監査の実施
あまり企業秘密を語るわけにはいかないので概要だけを記す。
監査がスタートすると、すべて監査員がサーブを出し、被監査側はレシーブするだけというのが普通の監査というものである。だけどそんなことをしていると監査員である私が疲れてしまうので、手抜きをする。
まず「御社のお仕事はどのようなものでしょうか?」と軽くサーブを出す。
一般に人間とはしゃべりたくて仕方がなくできている。「当社はこれこれこういう仕事をしており・・・」私の一言で延々と話してくれる。
それはこちらが楽なだけでなく、相手にとっても監査で難しいこととか、厳しいことを言われることよりも楽だからお互いにハッピーである。
そして大事なことであるが、先方がいろいろと会社説明していただく中で、こちらが聞きたいことが分かればもう監査は完了である。例えば、建設業の許可はないが建設工事をしているとか、元請なのか下請けなのか、そういったことは黙っていても説明いただける。
監査チェックリストをもとに、まなじりを決して、
「御社では建設工事をされておられるか?」
「販売業とあるが一般消費者にも販売いたしておるのか?」などと聞くことはない。
まなじりを決するとは「目を大きく見開く。怒ったり、決意したりするさま」
そして事前に作ってきたチェックリストの空白部分に、先方が説明してくれたことをメモっていけば監査完了である。もちろん実際には話を聞くだけではなく、それを裏付ける書類とか伝票などを見せてもらい、先方の説明が真実であることを確認していく。
でも、普通質問されたことに対してウソというか事実と異なることを説明する人はいても、自分が説明するときにウソをつく人は非常に少ない。
「御社では建設工事をしていますか?」と聞かれて、「建設工事はしていません」と語る人はいても、自分が会社の状況を説明するときに「昨年の売上は販売で80億、工事関係で10億、その他保守契約などです」と説明してくれる。わざわざ「昨年の売上は販売で80億、その他保守契約だけです」なんていう方はいない。
話を聞いているだけで、規制を受ける法令が頭に浮かび、そしてその遵守状況がわかる。対応しているかいないか分からないところだけ、「○○法をご存知と思いますが、○○の届けをしていますか?」なんて口を挟めばよい。その一言でまた10分くらい話してくれる。
もちろん環境遵法監査の目的は、被監査組織の遵法が徹底しているか否かを判断することである。しかしお断りしておくが、相手の欠点を見つけようとか懲らしめてやろうという心では良い監査はできない。訪問先に御社が環境管理上問題ないことを確認するために来た。もし問題があれば問題解決するためにご協力したいという本心からの思いがなければよい監査はできないと思っている。

監査報告書
監査のアウトプット、成果物は何かといえば、事実を確認したことではなく、監査報告書である。監査員とは、監査依頼者に対して監査結果を報告することによって月給をいただいているのだ。依頼者の命じた監査目的に応えて依頼者が知りたかった情報を提供することは当たり前というか仕事そのものである。
面白いことだが、私は監査の翌日には監査報告書は30分で書ける。三日たつと半日かかる。一週間過ぎたら時間をかけても書けないかもしれない。監査の記憶が薄れていくこともあるし、モチベーションがドンドン下がっていく。だから仕事は溜めずに即日処理することが重要だ。

旅費清算
出張すると旅費清算をしなければならない。これも出張から帰ったらすぐに処理しないと物忘れが激しく、いくらなんでも飛行機とかホテルなど大きな金額は忘れないが、昼飯代が漏れたり、地下鉄の移動が漏れたりする。
つまらないことだと言ってはいけません。監査の力量のある方でも、電車の乗り継ぎも計画できず、ホテルの予約もできなければ監査員になる以前に門前払いですよ。
被監査会社において半日の監査をする場合、事前準備に2日、戻ってから1日はかかる。LMJは準備に現地審査の2倍の時間が必要といったが、予習ばかりではなく復習の時間も必要だ。
CEARは現地審査の3倍の書面審査や審査後処理の時間、つまり現地審査の4倍を認めているが、それは妥当である。

本日の疑問
世の中には監査のチェックリストと称する怪しげなものが本になり、CD-ROMになり、講習会で教えられている。私のチェックリストとは大違いなのだが、そんなチェックリストを使ってどんな監査をしているのだろうか?
知りたいものだ。



外資社員様からお便りを頂きました(2011.10.11)
佐為さま
実は私のしている監査はISOのための内部監査ではなく遵法監査である。しかし私は、ISOのための内部監査などそもそも存在しないと考えている。私はISOの内部品質監査も、ISOの内部環境監査も、会社の業務監査のほんの一部分に過ぎないと考えている。
まさに、正鵠を射ていますね。 意外に、この重要なポイントに気づいていない、審査会社も、会社も多いのではありませんか?
もし審査会社が、この点を判っていたら、違法行為が起きた場合に、認定取り消しなどあるはずがありません。
免責事項として「遵法性の確認、関連法規への適合は審査とは無関係」と明示するか、違法行為とISO審査は無関係というはずです。
唯一 取り消しに出来るのは「当社の審査では関連法規への適合性も確認します(但し 別料金のオプション)」という場合ですが、
浅学にして実際は知りません(笑)
同様に審査を受ける側にしていれば、ISO審査より遵法性の方が重要ですから、そちらに力点があるはずです。
もし、ISO審査に必死になるとすれば、前述のように「当社の審査では関連法規への適合性も確認します(但し 別料金のオプション)」の場合ですが、その辺りの実際は社内の一部門として頃は判りませんでした。
依頼者の命じた監査目的に応えて依頼者が知りたかった情報を提供することは当たり前というか仕事そのものである。

これも仰る通りですが、実際にどうなのか興味深いです。
私は認証業務というのは、情報サービス業と考えています。
多分 企業分類も、そのようにするのが普通なのだと思います。
情報サービス業であるならば、顧客が必要な情報を提供するのが当然で、対価もその情報の価値にあると思います。
価値と権威は別物で、認証会社が情報の価値でなく、「ISOの権威」に縋るならば方向が違うのでしょうね。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
内部監査というものは過去よりありましたし、今では会社法などで内部統制の要求が厳しくなりましたのでいっそう重要な部署、業務となったことと思います。
しかし、ISOについては90年代初頭にISOのための内部監査というものが始まりまして、当時多くの会社では監査部とか業務監査というものとは無縁のものと認識したのです。そこがまず最初のつまづきでしょう。
そしてそんな内部監査をしていた人とか、監査部監査と無縁の人々がISO認証機関を立ち上げたものですから、もう本来の内部監査とは異なるオママゴトあるいは独りよがりの内部監査が出来上がったのではないでしょうか。
実を言いまして、私も品質や環境の内部監査しかしていなければ今でもそういう内部監査に疑問を持たなかったと思います。幸いと言いますか、今の仕事は二者監査であり、かつ監査部の下請け的仕事なので視野が広くなったと思います。監査部監査と無縁のところで品質監査や環境監査をしていれば、自分の立ち位置さえ理解できないこともあるでしょう。
認証機関は帝国バンクでは業種が「その他サービス業」となっています。まあ、サービス業とは物を売るのではなく役務を提供することをいいますので、そんな深い意味はないとは思います。
情報の価値か、権威かということですが、今は認証業界はビッグビジネスであり、理想とかあるべき姿などを論じる余裕はなく、いかに規模の維持拡大を図るかということが至上命令のようです。
おっと、ビッグビジネスといっても業界全部でたかだか500億とか600億程度ですけど


うそ800の目次にもどる