審査員研修 その3 研修内容

2012.01.02
審査員研修についての第3回である。
私は一度も認証機関を経営したことも、審査員というなりわいをしたこともありません。それなら審査員になる方法も、審査員研修機関の制度も知る必要がないと言われそうです。しかし私は、こういうことを勉強というか調べる必要がありました。
なぜなら、審査で審査員とチャンチャンバラバラするためには、ISO9001規格を理解するだけでなく、審査員登録の仕組みやその基準類、認証機関への認定審査の仕組みなどを知らなければならないことに気がついたのです。それは1994年頃で、インターネットの普及していない時代ですから、情報が乏しかったのです。それでも、日本規格協会などに問い合わせて、手に入るものは購入して調べてきました。日本規格協会はJISやISO規格だけでなく、IAF基準なども取り扱っていました。今ならインターネット検索でほとんどが手に入りますが・・

ISO規格を理解するだけでは、審査で問題が起きたときに対応できないこととは、どのようなことでしょうか。
例えば、審査で審査員の考えと当方の見解が異なることがあるとします。審査員が異議申し立てを説明しないのですから、企業側は異議申したてという手段の存在を知りません。
「これはJABが言っていることです」というならJABに問い合わせる、「UKASが言っている」というならUKASに問い合わせるということは、誰でも考え付きますし、私は当時から問い合わせしてきました。
しかし、審査員が「これはこう解釈するのです」と言い切ったら、企業側としてはどう対応したらよいでしょうか。おかしいと思っても、それを飲むしかありません。しかし異議申し立てという仕組みがあることを知り、それを審査員が説明していないなら、異議申し立てを説明していないという異議申し立てができるのです。まさに知は力なりです。
異議申し立てというのはISO17021ができる前から、ガイド62でもガイド66でも規定していたし、それを審査時に説明しなければならないということも決めていた。
某認証機関の配下の審査員は絶対にこれを説明しない。JABの認定審査を受けるときは、説明しているのだろうか? 気になる。
私は審査で審査員が語ることが、あまりにもおかしいから勉強しました。その結果得た知識は、審査でトラブルが起きた時に有力な武器となりました。しかしそれだけではなく、法律を読むときとか、ISO規格をより理解する上でシステマチックな考えができるようになったと思います。
私を奮起させてくれた、おかしな審査員に感謝すべきでしょうか?

さて、閑話休題、本日のおばかな話
審査員研修の仕組みは下図のようになっている。

認定機関(JAB)
認定↓認定↓
審査員評価登録機関(JRCA/CEAR)認証機関
承認↓
審査員研修機関申請・登録雇用あるいは委託契約
受講↑
審査員になりたい人登録した審査員

審査員研修機関は、審査員登録評価機関の承認を得なければならない。当然、承認を受けるための手順や基準が決めてある。まず、審査員評価登録機関を認定する基準をJABが定めている。JABが認定する機関は多岐にわたる。JAB認定にいかほどの権威があるかはともかく、日本のJAB体制の下で、ISO審査員評価登録機関をなりわいとするには、JABの認定を受けなければならない。○○流の踊りを教えるには、○○流の家元から免状をもらう必要があるのと同じだ。それがいやなら、自分が流派を作るしかない。
ところで環境側面の決定方法に、J△○○流というのがありましたが、自分が流派を作る気がなくても、オバカなことを言っていると周りからそのように揶揄されることもあります。
もちろん、IAF傘下の認証機関であっても、JABの認定を受けない審査員評価登録機関に登録した審査員を使っても問題ない。IRCAはJABの認定を受けずに日本でも審査員登録を行っている。 JABの盃をもらわない認証機関をノンジャブという。IRCAもノンジャブと言える。 審査員評価登録機関ではないがJAB認定の認証機関であっても、JRCAやCEARではなく、IRCAに登録した審査員で固めているところも、広い意味ではノンジャブに含まれるのではないだろうか? そういった認証機関はJABから睨まれないのだろうかと心配するが、そういうことはないようだ。
ISO17021を読めば、ISO審査員は、審査員登録機関に登録するのが義務ではないのだから、IRCAどころか審査員登録していないことについてJABは文句を言わないのは間違いない。もちろん審査員評価登録センターも審査員研修機関も文句を言えない。JABにとってもJRCAにとっても、それは金づるを失うことになるので重大問題のはずだ。
しかし、ISO17021からは、元々審査員研修機関も審査員評価登録センターも制度上必要ないわけで、ある日突然、審査員研修機関も審査員評価登録センターがいらない! 廃止ということになるかもしれない。

話が大幅にそれた。JABは審査員評価登録センターについて、どのような基準を定めているのだろうか。次のふたつがある。正確にいえばもっとたくさんあるのだが、制裁手段や認定料金などはどうでもいいだろう。
・JAB PN200-2010 改1要員認証機関の認定の手順
・JAB PN300-2009「要員認証機関に対する認定の基準」についての指針
いずれも内容は要員認証全般についての規定なので、品質とか環境について具体的要求事項はない。

環境の審査員評価登録機関である産業環境管理協会内の環境マネジメントシステム審査員評価登録センター(CEAR)は多々基準類を定めているが、審査員研修に対する要求は次の二つである。
TE1100-6版 環境マネジメントシステム審査員研修コース承認基準6版(2011/04/01)
TE1200-7 版 環境マネジメントシステム審査員研修コース承認手順7版(2011/06/24)

以前説明した、審査員研修は受講者が4名以上20名以下であることということも、この中で決めている。もちろん一番大事なこと、つまり何を教えるのかということもここで決めている。
さてさて、教えるべきこととしてどのようなことを決めているのだろうか?

5.1.1研修目的の基本項目(TE1100-6より引用)
  1. 一般的な環境問題の理解
    a)国内外の過去、現在、未来の環境問題
    b)環境問題の対応技術
    c)環境関連法
  2. 環境マネジメントシステム関連規格の開発とその背景及び内容の理解
    a)環境マネジメントシステム審査の目的と意図
    b)JIS Q 14000シリーズの構成と相互関係
    c)JIS Q 14001の目的と意図、用語及び定義及び要求事項
    d)JIS Q 19011規格の下記事項(略) e)前b)、c)、及びd)の最新動向
  3. 環境マネジメントシステム審査登録及び審査員登録制度の理解
    a)認定機関(JAB)、認証機関(審査登録機関)、要員認証機関(CEAR)、研修機関それぞれの役割と相互関係
    b)第一者監査、第二者監査、第三者審査の機能、その類似点及び相違点
    c)審査の種類ごと(初回認証審査、サーベイランス審査、再認証審査)の目的とその特徴
    d)認証機関のためのJAB基準MS100の内容
    e)適合性審査と有効性審査
    f)CEARへの環境マネジメントシステム審査員登録方法及び要件等の概要
  4. 環境マネジメントシステム審査員としての倫理及び礼儀作法の習得
    a)審査プロセスのすべての段階における、機密保持の必要性
    b)地域の習慣に配慮することの必要性、及び受審者の規則・規程、特に、安全・衛生に関連する事項については、それら規則・規程を順守することの必要性
    c)CEARが定める環境マネジメントシステム審査員評価登録センター環境審査員倫理行動規範及び順守事項の内容
5.1.2 研修生がワークショップ、ケーススタディ、及び審査のロールプレイ等の実践を通じて5.1.1項の研修目的の基本事項を実際の審査活動に適用できるようにしなければならない。ワークショップ、ケーススタディ、及び審査のロールプレイ等には少なくとも下記の内容を含めなければならない。
  1. JIS Q 14001に係る内容
    a)環境側面の抽出
    有害か有益を問わず、組織が管理できる環境側面と組織が影響を及ぼすことができる環境側面を理解させる。
    b)著しい環境側面の特定
    c)法的及びその他要求事項の特定
    d)有効性審査
  2. JIS Q 19011 6項(監査活動)に係る内容
    被監査者とするモデル組織はできるだけ実践に即した環境マニュアル、関連記録及び必要な運用規程を備えていなければならない。モデル組織の環境負荷は、高度な専門知識や経験がない研修生が、研修に支障を生じないような工夫をされていなければならない。なお、下記のd)、e)及びg)は実際の現場審査又はそれに近い模擬審査形式をとらなければならない。
    a)文書レビューの実施
    b)監査計画の作成
    c)作業文書(チェックリスト)の作成
    d)初回会議の開催(模擬審査等のロールプレイの代わりに、ビデオのような視覚教材の使用も可)
    e)情報の収集及び検証(インタビューの実践)
    f)監査所見(不適合報告書)及び監査結論の作成
    g)最終会議の開催
    h)監査報告書の作成
    i)監査のフォローアップ
    (不適合に対する是正処置及び予防処置の評価とその有効性の評価)

名古屋鶏さんが、環境側面に関する事項がISO14001規格と異なっている・・ホンネを言えばCEARが間違っている・・と指摘している。そのとおりだ、これは大きな間違いだ。
原文では特定にidentify、決定にdetermineが使われている。
identifyとは、to recognize something and understand exactly what it is、何かを把握認識して、それを正しく理解すること
determineとは、to officially decide something、何かを公に決定すること
ちょっとというか、意味が大きく違うように思う。
抽出と特定は同じ意味なのだろうか? と考えるまでもなく、規格で書いている用語や文言をあえて変える意味はないだろう。となると、単なる不勉強なのだろうか?

それに規格にない「チェックリスト」という言葉が出てきているが、規格にあるもっと重要な「プログラム」がない。これは重大な問題だろう。
ISO審査員が適正な審査プログラムを作れず、くだらない監査チェックリストを持ってくるのは、研修機関で監査プログラムの重要性を教えられないせいだろうか?

ところで、これを見ると一般的な内部監査員が知るべきことは、上記リストの半分くらいしかないように思う。
環境法規制なら内部監査員にとっても重要だと思った方がいるかもしれないが、そうだろうか? 私は内部監査員が知るべき法規制は、その会社が関わるものを理解することが重要だと思う。環境基本法、オゾン層保護法(特定物質の規制等によるオゾン層の保護に関する法律)、温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)などを知ったところで、内部監査に役に立つことはまずない。そんな法律があることを知ることより、その会社が関わる法律の内容を理解しなければならない。
環境側面の抽出とか、著しい環境側面の特定というものが、環境側面の特定と著しい環境側面の決定と同じ意味か否か私は知らないが、仮に環境側面の特定と著しい環境側面の決定と同じ意味としても、内部監査員がそのようなことを知る必要はないだろう。
そもそも私は内部監査員がISO規格を知る必要がないと考えている。内部監査員はISO規格などを覚えるひまがあるなら、会社の規則、それが明文であろうと不文であろうと、覚えるべきである。いや、知っていることが内部監査を行う最低条件である。
私の論に異議を感じる方も多いだろうが、そういう方はISOのために会社があるとお考えなのかもしれない。私は会社のためにISOがあると考えており、ISOのためという発想に意義を感じない。

しかしながら、審査員研修が内部監査員教育に見合っていないということは言えるだろうが、それは審査員研修の内容の是非とは関係ない。目的が異なる講座が、別の目的に使えるか使えないかという問題に過ぎないから。
だが、上記の審査員研修のカリキュラムで審査員が知るべきことは見合っているのだろうか? どうもそうは思えない。
もちろん5日間40時間で、審査員として必要な事項すべてを教えることは、不可能に違いない。多くの審査員研修機関では、参加する条件としてISO規格を理解していることをあげており、いろいろな研修コースを提供しているところでは、事前に内部監査員コースや規格の解説コースを受講することを条件としているところもある。費用はともかくとして、それはまっとうだと思う。

では実際の審査員研修機関は、CEARの基準に基づいて具体的にどのようなことを教えているのか?
下記は、日本で最大手の審査員研修機関のISO14001の宣伝に書いてあるカリキュラムである。
第1日目
 コースガイダンス
 EMS導入の必要性
 環境科学・環境技術
 ISO14001解説
 環境側面抽出
 環境影響評価演習
第2日目
 ISO14001解説
 EMS監査と監査技法
 第一段階文書審査演習
第3日目
 環境関連法令概論
第4日目
 第二段階現地審査演習(ロールプレイ)
第5日目
 是正処置要求書作成演習
 審査報告書作成演習
 CEAR筆記試験(2時間)
 IRCA筆記試験(2時間)

ここではJRCAだけでなくIRCAの認定も受けているので両方の試験を行う。まあそれはともかく、「環境影響評価」なんてまた新しい言葉が出てきたぞ! これはCEARのいう環境側面の抽出と同じものなのだろうか? まさかISO14001規格にある環境側面の特定と同じ意味とは思えない。するとなんだろう? 審査員研修はISO規格を正しく教えていないということになるのだろうか? いよいよもって分からない?

日本には審査員研修機関がたくさんある。ほかはまっとうなことを教えているのだろうか?
 そうでもないようだ。
東京タワーの近くにある某審査員研修機関ではやはり「環境影響評価」を教えているし、もっとすごいのは「有益な環境側面」という新しい概念を教えている。もはやISO14001ではなくその研修機関の独自規格を教えているのかもしれない。
お、中央線沿いにある某審査員研修機関も、「有益な環境側面」を教えている。しかも環境経営に役立つと銘打っている。うーん、ISO審査なのだから、経営に寄与する前に、ISO規格に準拠した審査をお願いしたいものだ。
首相官邸近くにある某審査員研修機関では、CEARの基準とおり「環境側面抽出」を教えている。まあ、これはCEARの承認を受けているのだから当然だろうね。
熱海にあるという審査員研修機関の広告は、意外なことにISO規格とおりで突っ込むところがない。しかし、それではCEARの承認は受けられないのではないだろうか?
以上は2012年1月1日時点のパンフレット、ウェブサイトを参照にしております。
今後、それらの審査員研修機関が、パンフレットなどを修正しても本文は修正しません。なお、それらパンフレットなどは私は記録として保存しております。

ISO審査員として、正しい規格の理解をしたいという審査員候補者がいたとして、どの審査員研修機関でも良いわけではないということが分かりました。 これは・・・困ったことです。
しかし、このうそ800も恐れを知らず、爆走を続けている。
はじめはおかしな審査員を指摘していたが、そのうち審査員がおかしいのではなく、認証機関がおかしいと思うようになり、やがて認定機関がおかしいと考え始め、今回は審査員評価機関がおかしいのではないかと問題提起するようにエスカレートしてしまった。
なにしろ、ISO業界の指導者である飯塚先生の間違いも指摘しているのだから、もう地獄に堕ちるのは間違いない。そう覚悟を決めたなら恐れるものはない。
研修内容を考えるために、認定制度からはじめないと話が分からないということが分かりました。ISOの世界の仕組みはなかなか複雑にできています。 私にこのようなことを調べるきっかけを与えてくれた、いいかんげんな審査員に感謝しなければなりません。
あるいは、いい加減な審査員がいなければ、私はもっと別なことを勉強できたというべきでしょうか。

本日のまとめ
認証制度は欠陥があるような気がしていたが、欠陥だらけのように思えてきた


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/1/3)
鶏も審査員のアホ指摘を奇に勉強を始めたうちのひとりです。
これがいわゆる「改善の機会」ってヤツでしょうか?

名古屋鶏様 おはようございます。
そのとおりです。
そして継続的改善の機会を与えてくれることに感謝しなければ。
いや、継続的苦しみでしょうか?


N様からお便りを頂きました(2012.01.04)
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
ブログやUSO800は、毎回参考になり、「へー」ということもある一方、「なるほど」と思う事が多々あります。
審査員研修について、何回か話題になっていますが、内容はその通りと思います。
実際に受けた身としていえば、ISOという規格に接すること自体は悪くはないですが、実際の審査で、研修で受けた内容で役に立つことはほとんどないです。
ある種の上納金と割り切った方がよい気がします。

ただ、何回かCPDなどの研修を受けた時に感じたのは、講師を務めている人は、「審査がこのままではまずい」と思っていそうだなということは感じます。
ところどころで出てくる本音は面白いことが多いです。
ただ、いかんせん、時間が限られていること、カリキュラムが組織側で決められていることなどから本質論を語るために逸脱することは難しいのでしょう。

結局、こうした研修を受けた側が自分の引き出しのどこにしまうのかを考えない限り、”役に立つ”云々は意味がないような気がします。

今年も、いろいろ楽しみにしています。

とりいそぎ、新年のあいさつということで。

N様 あけましておめでとうございます。
私も審査員研修など真面目に考えたことありませんでした。しかし、その仕組みとか内容を考えると、悪いとは言いませんが、改善の余地は大きいと思います。
審査がこのままではまずい
そうお考えの方がいらっしゃることは心強いですが、体制の中枢はそうは考えていないようです。節穴審査とか言っているようでは・・
N様は、私のプロパガンダに染まらず、まっとうに審査員道を歩んでいただきたく


続きを読みたい方は → 審査員研修 その4
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