ケーススタディ 監査員教育2

12.04.25
本日は講義に入る前に、すこし昔話を・・・「いつも昔話をしている」と言ったやつは誰だ!?
../oldman2.gif もうずいぶん前のこと、たぶん1993年か1994年の頃だと思う。当時、私が勤めていた会社で環境監査というものが行われることになり、その第一回に参加した。ISO14001など制定されるより前だから、監査基準は法規制である環境遵法監査だ。
その会社にはいくつも事業所があり、それぞれから1名が参加したから4人くらいの監査メンバーが、監査対象となった工場に行った。
書面監査で私が「排水のBOD測定値はどれくらいですか?」と質問したら、すかさずリーダー格の方が「何を言っているんだ 怒! お前はここの規制値はいくらだか知っているんだろう!それ以下かどうか質問しなくちゃだめだろう」と私を怒鳴ったのです。
さあ、みなさんはこの事態をどう思うでしょうか?
私は心の中で、そのリーダーの人は監査員には不向きだ、正確に言えば使えないなと思ったのです。BODの規制値なんて監査に行く前に調べていくのは当然で、知っているのは当たり前です。だけど数値をいわないのはちゃんとした理由があるからです。
相手にBODの規制値がいくらであるかを話させれば、回答者が規制値を知っているのか、排出水の測定をしているか、測定記録があるのか、そういうさまざまなことが何回も質問しなくてもよいのです。
だから監査で、クローズドクエスチョンをするな、オープンクエスチョンをしろというのは常識です。そういうことも知らない人は監査員の基礎を知らないのです。
もっとも現実に、そんなことを知らずに内部監査員をしている人は多い。それどころかISO審査員をしている人さえいる。
それにもっと大事なことは、監査員がクローズドクエスチョンをすれば「この人は何について知りたいんだな」と被監査側に分かってしまうでしょう。それでは監査員が未熟といえるでしょう。監査員が下手な鉄砲をあちこちに撃っているように見えて、実は敵は本能寺というスタイルがあるべき姿と私は考えているのです。監査をしていて質問するより早く求めている資料を出されるようじゃ、監査員を辞めたほうが良いです。
監査員はなぞの人でなくてはね

さて、その方は当然私より何歳も上でしたので、敬って遠ざかっておりました。その後、どうなったのでしょうか? もちろんとうに定年退職しているでしょうけど、監査員としては大成しなかったでしょうね。
ところで、私がクローズドクエスチョンをしてはいけないということは、誰かに習ったとか、まったくの思いつきではなく、それに先だってISO9001の認証経験が数回あり、そして品質監査はISO以前から、いやというほどしたりされたりしていたからでした。そういう機会では、どんな聞き方をすれば良いか、いやもっと基本的なこととしてコミュニケーションを行うにはどうすべきかと考えていたからです。そして私は現実の監査においていろいろと試行錯誤してきました。どのような質問の方法や、話し方がいいのだろうかとカットアンドトライをしました。そういう積み重ねが私の修行でした。私は、師も無し、弟子無し仲間無し、金も無けれど死にたくも無い監査の六無斉です。
もっとも品質監査を何年もしたりされたりしていれば、誰でも考えるのかといえば、そうではないことは間違いない。そして15年もISO14001の認証をしている会社でも、いまだにママゴト監査をしているところが多いのを見ると、私は天才、いや3σをはずれた異常値であることは間違いない。

今日は木曜日である。木曜日の午後は山田が監査教育することになっている。いつものように森本と横山が打ち合わせコーナーに集まった。それを見て山田も行く。
../2009/table.gif 「今日は監査の話し方というか、聞き方について考えたいと思います。質問の分け方にもいろいろありますが、クローズドクエスチョンとオープンクエスチョンという分け方があります。クローズドクエスチョンとはYESあるいはNOで答えられる質問で、オープンクエスチョンとはYES・NOで答えられない質問です。監査ではクローズドクエスチョンではなく、オープンクエスチョンをすることが良いですね」
「山田さん、でも知りたいことが決まっていれば、質問はどちらかに決まってしまうでしょう」
「僕もそう思います。行政報告をしたかどうか聞くときに、どう考えてもオープンクエスチョンにはならないでしょう」
「具体的なことになればそうかもしれません。しかし実際の質疑応答をする前に、知りたいことを、どのように聞いていくべきかというアプローチを考えなければなりません。今、森本さんが行政報告を例にあげましたが、行政報告といってもいろいろあるわけです。毎年定例のものとしても、省エネ法、温対法、PRTR法、PCB特措法、廃棄物処理法などなど。住所を書くときに限らず、何事も最初は大きく、だんだん細かくというのは鉄則です。ですからはじめから『省エネ法の届をしましたか?』なんて聞くのはありません。『お宅の事業所は行政届としてどんなものがありますか?』と聞けば、定期的なもの、代表者や有資格者の異動の際の届、新設備導入や廃棄の場合、あるいは事故が起きたときなどの届や報告について説明してくれるでしょう。そしたら次に『では今年行った届を見せてください』と進めばよいのです」
「監査を受けている工場がしている届が、法で定めるものを満たしているかどうかはどのように確認するのですか?」
「相手が認識している法律の届をしているかどうかを見るのでは、チェックの意味がない。だからこちらが相手の設備や使用している化学物質から想定して、それらの届をしているか比較しなければならない。それこそが監査員の力量だろうと思う。
『環境側面に関係する適用可能な法的要求事項、及びお宅が同意するその他の要求事項を特定していますか?(ISO14001 4.3.2 a)』なんて質問はまったく意味がない。工場巡回時に目ざとく保有設備や使用している薬品類をみて、それが関わる法規制を頭の中で考えておき、書面審査でそれと工場が実際に行っていることを比較することになる」
「それじゃ、法律を知らなければ監査はできないのですか?」
「正確に言えばそうじゃない。そうじゃないけど法律を知っていれば効率よく、かつ精度が良い監査ができることは間違いない」
「法律を知らなくても監査はできるのですか? それも不思議というか変ですよね?」
「森本さんだって知らない法律はたくさんあるだろう。僕も知らない法律はたくさんある。でも監査をしなくちゃならないし、監査はできる。その方法は、わからないことは相手に説明させることだ」
「はあ?、だって相手が認識している範囲について調査しても、監査にはならないとおっしゃったでしょう」
「たとえばある法律の届をしていないとする。そのとき監査員が届が必要か否か知らないとき、相手に届をしなくてもよいことを説明してもらえばいいじゃないか。法律で決まっていますというなら、『じゃあ法律のどこに書いてありますか?』と該当する文言を示してもらえばよい。『行政に問い合わせたら不要だと言われた』というなら、そのときの打ち合わせ記録を見せてもらえばよい。しかしそれでも監査をしていると自分も知らないし相手も知らないことは常に発生する」
「おっしゃることはわかります。そんなときはどうするのですか?」
「深く考えることはないと思う。あるがままです。それこそが該当する法規制についての調査不足という不適合にすればよいでしょう。具体的には『4.3.2では適用可能な法的要求事項を特定することを定めてるが、〇○法の該否を確認していなかった』と記述すればよい」
「なるほど、そういう手があったのか」

「山田さん、話を戻しますと、なぜオープンクエスチョンが良いのですか?」
「質問にYESとかNOで答えられないものは多いですよね。それをどちらですか?と聞けば、どちらともいえないものを一方に決めつけさせることになります。正しい状況を把握できない質問なら、それは良い聞き方ではないというのがその理由のようです。しかし私の考えはちっと違います」
「山田さんの事情を、ぜひ聞きたいですね」
「アハハハ、事情ですか、そんな深い意味はないのです。楽をしたいからです」
「オープンクエスチョンだと楽ができるのですか?」
「楽ですよ。質問の回数を減らせるし、あとは先方の聞いているだけで済むんですから。
さっきの行政報告を例に挙げましょう。その工場で届をしなければならないものを見当つけたとします。それをひとつひとつ質問するのですか?
『省エネ法の届をしましたか?』『温対法の届をしましたか? ああエネルギー起因でないものはないので非該当ですか、PRTR法の届を・・』そんなことを法律の数だけ質問したら、私は口が疲れてしまいます。
『定期的にしなければならない行政届を教えてください』『じゃあ、順にその記録を見せて下さい』このほうが質問の数が少なくて済むでしょう。だから楽なんです。もちろん頭の中では、自分が想定したものと、先方が行っている届を比較して、過不足をみているのですよ」
「山田さんの言うことがよくわかります。僕は今まで調べることのチェックリストを作るとその順にしらみつぶしに質問していましたが、相手を話させるという質問のテクニックというか、聞き方のアプローチが大事なのですね」

「では時間もないので、今日はあとひとつだけ話をします。それは自分が知りたいことを知ることが最優先するということです。これも意味が分からないというか、語弊があるかもしれませんね。調査すべきことをしないということはあってはならないということです。そのためにはいろいろなことを考えなければなりません。
たとえば私が森本さんに横山さんのことを質問するとしましょう。私は横山さんが今まで埼玉支社にいたことを知っています。でも森本さんに『横山さんは今までどこにいたの?』と質問することは失礼でもなく、おかしくもありません。私の本音は横山さんがどこに勤めていたのかを知りたいのではなく、森本さんがそれを知っていたか、あるいは森本さんが正直かを調べたいと思っているのです」
「つまり、監査では自分が知っていることや、明白なことであっても質問すべきということですか?」
「そう。もうひとつ、ずるいと思われるかもしれませんが、同じ質問を複数の人にするのは常套手段(じょうとうしゅだん)です」
「常套手段てなんですか?」
「同じような場合に、いつも決まってとられる手段、まあ、ありふれた方法というくらいの意味に理解してください。監査で同じことを何人もの人に聞くことは失礼ではなく、いわゆる裏を取るという方法にすぎません」
「うーん、イマイチおっしゃっていることが、わかりません」
「そんな難しいことじゃありませんよ。MSDSって知ってますよね」
「わかります。しっかりしている会社なら、最新のMSDSを備えて、使用部門それも使用している作業者が見ることができるようにしておくとか、PRTRの届出するときに活用できるように、導入の際に安全管理者が見て決裁しているはずです」
「そうですね、そうだといいのですが・・・
監査の時、MSDSがそのように管理されているかを見るわけですが、いろいろな切り口があります。たとえば現場で作業者にMSDSがどこにあるのかと聞きます。そして法改正があったとき、どのように差し替えるのか聞きます。もちろんMSDSの現物を見て物質名とMSDSの発行日付をメモします。
安全衛生担当にもMSDSの発行方法、配布先、差し替えなどを聞きます。また原本を保管しているならその発行日付を見ます。
PRTR担当にも差し替え方法や使用しているものの発行日付を見ます。そういうふうにいろいろな切り口からみて、回答の矛盾がないこと、発行日付の同一性を見るのです。簡単すぎますか?」
「我々は二者監査ですから、当然案内者が付きますよね。私たちが複数の人に同じ質問をしたら、案内者が変だと思いませんか。あるいは案内者が回答者の一人かもしれません。そのとき自分が回答しているのに、ほかの人に同じ質問をすると気を悪くしませんか?」
「ハハハ、気を悪くされても困らないでしょう。我々は現実がどうなのかを調査する義務があります。そのためにはなりふり構ってはいられません」
「そのためには、案内者が回答しないようにしなければなりませんね」
「その通りです。案内者に回答させないようにしなければならないというのが現実かもしれませんね。多くの監査で、ISO審査でもそうですが、案内者が質問に答えるケースが多いです。監査あるいは審査を受ける立場では、そうして問題が起きないようにしたいところですが、監査をする側からは案内者に回答してもらいたくないですね」

本日の解説
いつも <だれだれが言った> という記述をしていたが、今回は省いた。前回のとき発言者の絵を描くことによって誰が語ったかをはっきりできることが分かったので、今回は発言のみにしてみた。
私は継続的改善を進めているのだ 

こんな話わかりきっている、聞くまでもなかった、なんておっしゃってはいけません。このレベルに至っていない内部監査が多いのですから。



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