ケーススタディ 監査事務局4

12.05.20
俗に、仕事は段取り8分などという。その意味は、仕事の段取り、つまり準備をキッチリしておけば、その仕事は8割終わったのも同然ということである。実際には仕事にあたっては、早いところ仕事を終えてしまうことしか思い浮かばず、準備をおろそかにしてしまうどころか、準備もせずに取り掛かることが多い。私自身、自戒を込めてそう言う。
監査も全く同じである。段取りというか、準備をしっかりしておけば、実行段階においてシャンシャンと進むのである。
シャンシャンと進むとは、監査において不適合を見つけるか否かとは別の観点である。
監査の準備といっても、ここでは監査の目的とか監査プログラムなどについてではなく、即物的なことについて考えよう。

まず監査をするためには事前検討を行わねばならず、そのためにはそれに関わる情報を収集しなければならない。どんな情報ですか? などと寝ぼけてはいけない。ISO規格にも書いてあるように、「個別計画の実現の計画、組織が決めたこと、プロセス及び領域の状態及び重要性、これまでの監査結果(ISO9001)」である。
また監査というものは、普通一人ではなくグループで行われる。相互牽制とか見逃しのないように、複数の目で見るということは望ましいことであるが、そのためには参加者全員が監査の目的や情報を認識していなければならない。そのほかに、その組織の過去の監査の結果や事故や違反があったとかという情報も、参加者全員が共有していなければならない。
また、誰でもその組織で聞きたいこと、調べたいことがあるだろう。しかし、各人が調査したいことを自分が担当してヒアリングできるとは限らない。だから全員が調べたいことを上げてその重要性を確認した後に、その事項を誰かが調査するというように手を打つことはそれぞれの不満を解消するだけでなく、調査漏れをなくすために有効である。
そのためには事前に参加メンバーで打ち合わせる場を設けることが望ましく、十二分に意見交換することが良い。
ここで考える段取りとは、事前打ち合わせで情報を共有することではなく、そのための情報収集と配布資料の作成などの意である。
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山田は月報を仕上げて一段落したので、立ち上がり給茶機に行ってコーヒーを持ってきた。
山田がうまそうに飲んでいると、横から森本が話しかけてきた。

森本
「山田課長、話しかけてよろしいですか?」
山田
「なんでしょう」
森本
「監査の事前準備についてです。今までは、課長のしていたのを見よう見まねでしていたのですが、やはりルール化まではともかく書き物にしておいた方が良いと思うのですよ」
山田
「それで」
森本
「監査前にメンバーに配布する資料のリストを作ってみたので、話を聞いてもらえませんか」
山田は時計をみて
山田
「いいよ、今10時50分だからお昼までなら」

二人は打ち合わせ場に移動した。
../2009/table.gif
森本
「まず収集する情報として、環境保護部が用意するものと、監査を受ける部門が用意するものがあると思います。これが作ってみたリストなのですが」


山田
「おお、よくできているじゃないか」
森本
「いえ、山田さんが過去に行った監査で参加メンバーに配っている資料を参考にまとめたものですよ。実を言ってその必要性がわからないものもあり、また僕が追加した方が良いと思うものも入れてみたので、それぞれについて議論したいのですが」
山田
「OK、じゃあ初めから行こうか、」
森本
「参加メンバー一覧はこれでよろしいですよね?」
山田
「付け加えるなら、メールアドレスは会社と携帯電話の両方と明記しておいた方が良い。それと何事かあったときの、緊急時の連絡先もあったほうが良いね。」
森本
「わかりました」
森本はごそごそと紙にメモした。
山田
「何事もそうなんだが、複数の人が議論しているときは、個人メモではなくホワイトボードに書くとよい。単に記録するだけでなく、お互いの認識がずれていないことを確認できるから」

森本は立ち上がり、ホワイトボードに『日付』と『参加メンバー、山田、森本』と書いて、その下に『連絡先:メールアドレス会社と携帯電話、緊急時の連絡先』と書いた。

山田
「そうそう、それでいい。次は年度監査計画書か」
森本
「これは年度首に環境保護部が社内各部門とグループ各社に発信していますよね。なぜわざわざ打ち合わせに必要なのですか?」
山田
「理由は単純だよ。普通の人はそんなもの読まないからさ。だから監査の前に監査員に理解してもらうためさ」
森本
「みなさん読まないのですかねえ」
山田
「森本さんが安全衛生の年度目標とか防災の計画を読んでいるとは思えないよ。僕も読んでないけどね。お次は監査プログラムか」
森本
「これは問題ないですね」
山田
「そうだね、次は事前打ち合わせ計画か」
森本
「山田さんは監査をする場所で、監査の前日とか、午後から監査の時は午前中に打ち合わせをしています。僕は思うのですが、これはもっと早い時点で打ち合わせを行うべきかと思います」
山田
「そうした方がいいと言いたいが、工場から参加する人はわざわざ別の日に出張するのも結構大変だし、我々は日常出歩いているので、監査と別に打ち合わせを行うことは物理的に大変だ。もちろんそうすることは悪いことじゃない。森本さんが計画するときに実行可能ならやったほうが良いだろう」
森本
「わかりました。では次の環境保護部の前回監査報告書とその是正計画書ですが」
山田
「前回だけでなく、前々回もあったほうが良いね。我々は2年間隔でしているので、3回前になると6年だから工場の仕事も設備も人も変わっている可能性が大きくなって、役に立たないかもしれない。でも3回前まであったほうが良いかなあ〜」
森本
「過去の監査報告書というのは役に立つものですか?」
山田
「そりゃISO規格にも過去の監査結果なんちゃらと書いてあったよね。廣井さんは過去の監査報告書を読めば、行く前に監査結果が見えると豪語していたよ」
廣井
../coffee.gif 「何かおれのことを言ったか?」
廣井の声を聞いて山田が顔を上げると、廣井が脇の給茶機にいた。
廣井は湯気の出ているコーヒーカップをもって森本の脇に座った。
廣井
「何か面白いことをしているのか?」
森本
「監査の事前情報について検討しているのです」
山田
「是正報告書は前回分だけで良いかもしれない。前々回については前回監査でフォローしているから。と言ってもあったほうが良いかなあ? 是正したと言いつつ実際には是正になっていないことが多いからなあ」
森本
「それについては考えてみます。監査報告書の様式は良いですよね?
被監査組織の過去の不適合、事故などの重要性はわかるのですが、具体的なものはなんでしょうか?」
廣井
「山田君はどんな情報を取り上げていたの?」
山田
「確かに体系的にはないのですよ。各工場からの定期報告・・これは電子メールで来るだけです。メールできますがそのままにせずに、サーバーに工場ごとにセーブしています。ただ支社や関連会社からは定期報告というのはありません。そういうところは環境管理という認識がないところも多いので。これからそういった報告をさせるか、あるいは環境負荷が少ないからしなくて良いのか・・どうでしょうねえ?
それと当社の規則に『重大問題対応規則』というものがあります。環境に関する問題でも、マスコミに報道されたとか法違反や事故に関わって行政の取り調べを受けたとか、近隣住民や市民団体が騒いだ場合、この規則の対象となります。この規則で報告されたものをとりあげていました」
廣井
「そのほかに各工場の部長や課長から山田君に事故が起きたのでどうしようという問合せや相談があるだろう?」
山田
「よくあります。ただそういった非公式なことを監査の他のメンバーに周知するのはどうかと思います。そういったケースは個々に対応し、問題が大きければ会社規則にのっとり処置すること、そうでなければそれなりということで・・」
廣井
「なるほど、わかった。森本君も山田君がさきほど言った情報にはアクセスできるだろう?」
森本
「そういう規則があるのは初めて知りました。ただ重大問題は一律にとりあげても良いと思いますが、定期報告の中身は玉石混交ですよね、僕が書いていたのでよくわかります」
山田
「監査で見るべきこととか、参考になるものを、事務局が判断してとりまとめて周知すればいいんじゃないかな?」
森本
「わかりました。では環境保護部が収集するものとしてはこのようなものでよろしいのでしょうか?」
廣井
「我々はスタッフ部門なので、工場や関連会社の上位にあるわけではない。被監査組織の直接の上位組織である事業部の意見や計画を聞くのもありだが・・」
山田
「我々の環境監査は事業計画と切り離して、遵法に限定していると割り切ったらどうでしょうか? というより、会社規則でそう決まっていると思うのですが」
廣井
「ああ、そうだったね、うっかりしていた。次に行こう」
森本
「では、監査を受ける事業所から提供してもらう情報についてですが、まず工場レイアウト図が必要と思います」
山田
「工場ならわかるけど、非製造業の場合はどうなんだろう? あれば確かに有用な情報だけど、普通のオフィスならレイアウト図なんてまずないよ。先方が調べるだけでも大変だし、非製造業ならなくても良いのではないか」
森本
「では製造業のみとします。次の項目である、エネルギーや水の使用量はどうでしょうか?」
山田
「うーん、これも製造業だけにしたらどうだろうね。
まず当社グループの非製造業で省エネ法の規制を受けるのは、運送会社と全国展開のサービス会社など4社であることははっきりしている。また水は今のところ法規制はない」
森本
「でも省エネ法の規制は今後拡大していくでしょう。どんな会社でも自社の状況を把握しておくことは必要です」
山田
「どうもねえ〜、状況を把握することがその会社のためになることならやるべきだが、単に監査のためであれば書類などを作らせたくはないなあ。僕は監査は大事だし真剣にしているつもりだけど・・」
廣井
「つもりだけどに続く言葉はなんだね?」
山田
「監査というのはプラスの仕事じゃないんです。プラスというと変かもしれませんが、事業そのものではありません。当社グループのビジネスは物を作る、物を売るということです。だから監査のためにラインの人たちが時間を費やしてほしくない。監査の資料を作るために時間をかけるなら、その時間に物を作るとか物を売ってほしいと思います。監査で知りたいことは、我々が先方に分かるようにお話して代用特性といいますか代わりになる情報を頂ければよくて、我々がそれで考えるべきでしょう」
廣井
「なるほどなあ〜。僕は社内の工場しか監査したことはないが、小さな会社や純粋なオフィスなどを対象に監査していると相手の事情もいろいろあるだろう。そういうことを考えて対応しているのは山田君の営業的センスだね」
森本
「わかりました。ではそのようにいたします。
次にISOの4.3.3環境実施計画を取り上げました」
山田
「僕の時はなかったよね?」
森本
「ハイ、やはり監査となると計画とその遂行状況を見るのかなと思いました」
廣井
「実際の監査で環境実施計画をフォローしたり、遵法を点検するとき実施計画を参照したりすることはあるのかい?」
山田
「私自身の経験ではありません。どうだろう、森本さんこれは不要ということでは?」
森本はあまり乗り気ではないようだったが、ホワイトボードに『環境実施計画を削除』と書いた。そして気が付いて参加者に廣井を追加した。
廣井
「法的要求事項一覧表、著しい環境側面一覧表、内部監査と・・これらはISO認証している組織のみとあるが、社内の工場では認証していないところはないが、関連会社では認証している方が少ないよね?」
山田
USOマーク 「そうですね、鷽八百グループの関連会社では製造業は全てISO14001認証していますが、非製造業はお客様からの要請がない会社は認証していません。お金が無駄だからというのが本音でしょうね」
廣井
「まあ、あっても毒にはならないか・・・向こうが認識しているものが、監査に行った者が考えたことと一致しているかを確認するという意味ではあったほうが良いだろうね。
内部監査記録と遵守評価記録はまさにそれだな。我々の監査で見つけたものを事業所自身の監査などで見つけているかどうかが試金石というわけだ。いいんじゃないか、森本君」
森本
「では直近のISO14000審査報告書ですが・・・」
廣井
「審査報告書での指摘などめったにないよね。山田君の時代に追加したのだろうが、これは何かに役に立つのかい?」
山田
「これこそまさに認証機関の検出能力の確認です。私たちは遵法に徹しています。しかし遵法に問題があれば、真の問題はマネジメントシステムにあります。だから遵法の問題があればその原因をISO審査で見つけなければならない。私は環境保護部の監査は、グループに対する監査であると同時に、認証機関の能力・・力量というんでしたっけ・・を点検することでもあると思うのです」
廣井
「なるほど、それで審査に問題があれば認証機関に改善を求めるというわけか。我々の監査は工場の遵法確認だけでなく、認証機関の力量確認でもあるというわけか」
山田
「それは当然です。我々は人を評価することによって自分が評価されています。監査に行って監査報告書を書けば、監査員の力量、見識が評価されます。そして私がそういう監査報告書を見て役員に出しているわけですが、そのことにより私の能力や考え方が評価されているわけです」
廣井
「いやいや、山田君の話を聞いているとなるほどと感心するよ。しかしこれほどの山田君が営業で大成しなかったのはどうしてなんだろうねえ」
後半のフレーズは単なる冗談だろうが、山田はそれについて今までいろいろと考えていた。
山田
「いろいろ考えられます。ひとつは監査というのは定型的な仕事であるということです。だからそのパターンを理解して粛々と遂行することで職務を果たします。他方、営業というのは芸術的というか、地図のない探検のようなもので、なにもないところにイメージを描いて、それを具体化していくという仕事です。それは設計よりも漠としているのです。僕にはそのような不定型なものを把握する能力に欠けていたのだろうと思います」
廣井
「営業がそれほど高度で監査が簡単だとは思わないけどね・・
ところで『ひとつは』と言ったのだから、ほかにも理由があるのかい?」
山田
「もうひとつは、私が営業にいたとき、今ほどまじめに仕事について考えていなかったと思います。おっと、仕事は真面目にしていたつもりですよ。
ここに異動してきて、廣井さんはじめみなさんとお付き合いして視野が広くなったと思います。人事異動というものは、人材育成と活性化のためには必要だと実感します。千葉工場の井上課長も優れた環境課長ですが、森本さんが井上課長の下で働いているだけではそれを認識しません。森本さんも今回の人事異動で本社に来ていろいろと学ぶところがあると思います。私にも良いところがあるでしょうし、悪いところもあるでしょう。複数の人をみて初めて良さ悪さがわかるのです。同じように、監査に従事する人には、初めは必ず複数の先輩と一緒に監査に行ってもらいます。そういう方法が教育になると思います」

本日の出題
あなたが内部監査あるいは二者監査を行うときに事前に収集する情報を上げて、それが必要十分であることを説明せよ
(1,000字以上4,000字以下とする)

本日の出題への蛇足
そこまで考えて内部監査をしている人はいないか? 



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