ケーススタディ 監査事務局6

12.05.25
鷽八百グループの環境監査は本社の環境保護部が実施機関となっているが、環境保護部のメンバーだけでは手が回らないので、監査の実施に当たっては各工場の環境部門に協力をお願いしている。それらの工場から派遣される監査員はお互いに面識もなくレベルもバラバラであるので、レベル合わせと情報共有をしようと、山田は今年から年に数回全員を集めて定期打ち合わせを行うことにした。年度首に第1回を行っており、今日はその第2回である。
鷽八百社には工場がいくつもあり、一つの工場から派遣される監査員も複数なので本日の出席者は10名であった。
はじめに環境保護部長の廣井から挨拶してもらう。こういった会議に部長が顔を出してくれると参加者が俄然やる気が出るのを、山田は営業の時から知っていた。
廣井が退席すると、すぐに本題に入った。

山田
「今年度から環境監査の監査基準を、マネジメントシステムから遵法とリスク管理に軸足を移しまして、既に30拠点に行いました。今年度の監査を行ってきた過程で、みなさんもいろいろと問題を感じているでしょうし、改善提案もおありと思います。また事務局としても改善や改めて監査手法などの再確認をしたいと考えていることも多々あります。
本日はそのようなことについて忌憚のない意見交換をしていただきたいと考えております。特段テーマを限定しませんが、まとめとしては問題点の把握とその対策についての方向付けまではしたいと考えています。なお私ども環境保護部も発言いたしますが、決してこちらに決定権があるというわけではありませんので、お互いに議論をしてより良い環境監査を見出したいと考えております」
「早速ですが・・今年から監査基準が遵法とリスク管理になったわけですが、これはおかしいのではないですか。環境監査とはやはりISO14001規格適合を確認するものと思います。ISO審査と切り口が異なるということはどうも腑に落ちないのですよ」
「発言します。Aさんとは意見が違うのですが、遵法とリスク管理というのは偏っています。現在は環境経営とか環境配慮設計などが重要視されており、遵法に限定せずに、もっとそういった観点へのシフトが必要と考えます」
「Bさん、ISO規格の適合をみれば良いと思う。ISO規格の切り口では、そういった観点についても網羅していると思うよ」
「私は今年の遵法重視があるべき姿と思います。私の工場もISO認証して10数年になりますが、今までずっと内部監査をしていて、こんなことをしていても会社の役に立たないと思っていました。ISO審査を受けてもオママゴトのように感じていました。
と言いますのは、幸い重大な法違反というのはありませんでしが、工場長の異動届の遅れやPCB機器が見つかったときの届漏れというのはありました。しかし今まで内部監査でもISO審査でも、そういうものを見つけていません。そういったことを見逃すような監査は意味がないと思います」
「監査とはそういった即物的なことじゃなく、もっとレベルの高いものだと思いますよ」
「Aさん、法違反を見つけることもできないものがレベルの高いというのですか?」
「私はAさんの工場に監査に行きましたが、届出漏れがボロボロありましたよね。Aさんのお考えの監査ではそういうことはどうでもいいのですか?」
「まあ・・・そういうものを見つけることができないようではいけませんよね」
「私はAさんのようにISO規格対応で見るのが良いと思う。今年の監査の考えでは結果として良ければOKということになってしまうように思える。やはり会社を良くするには、根本的にシステムを良くすることが必要だから」
「でもね、Dさん、そういう監査を10数年していて結果としてシステムが良くならず、法に関わる問題があるということが現実ですよ。システムを見てその改善を図れば広い意味のパフォーマンスが向上するのか、あるいは現状のパフォーマンスを見てその改善を図ればシステムが向上するのかということを考えるとですね、実際問題としてパフォーマンスからシステムというのがあるべきアプローチと思いますよ」
「私はそこはCさんと同じなんだけど、ただ遵法に限定するのではなく、設計や経営まで監査の範囲に含めるべきだろうと思う」
「今年度の監査の方針でも、設計を無視してはいません。含有化学物質などは設計開発段階の問題だから設計部門に対してそういったことについて監査しているし、環境経営と言っても我々が経営層を監査するのはおかしいので、総務部門に対しては地域貢献や行政への対応を見ているし、宣伝や広報もチェックしている。だから十分ではないのだろうか」
森本
「あのう発言させてください。すべての監査は、監査依頼者からの指示によって行うわけです。監査員がしたいから監査をするわけじゃありません。僕も工場にいた時はあまり監査の仕組みについて勉強していなかったのですが、環境保護部の監査は会社規則で決まっています。そこには環境遵法とリスクについて点検することが明記されています。みなさんのご意見は多々ありますが、まず監査依頼者から何を依頼されているかを再確認していただきたいと思います。
もちろんその上で監査がどうあるべきかというご提案は結構です。その場合は関係部門と協議して、まとまれば役員に会社規則の改定を伺い出することになります」
「そうなんですか!? 環境保護部の環境監査ってISO14001とは違うのですか?」
「そうかあ、我々が依頼されて監査していると考えると、依頼者の指示に従うのは当然だ。自分の意志で監査することはありえないよなあ〜」
森本
「とりあえずこの件について、は業務命令とご了解いただきたいと思います」

山田は森本が議論の収拾を図るというか話を仕切るのをみて、ホウと感心した。

 ISO規格に基づいて監査すべきだ会社規則を読んでから議論しましょう環境経営を監査しなくちゃ言いたいことを言ってください法違反を見つけることもできないでなにが監査だ
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私は監査でこんなことを調べたい事務局は監査チェックリストを用意すべきだ監査チェックリストなんて監査員が作るものだよおれんとこはこんな問題がある三日で報告書を出せって、厳しいよ

森本
「ではそれ以外のご意見についてお願いしたいと思います」
「事務局が監査チェックリストを作成してほしい。監査で何を聞くのかを監査員に任せるのはおかしいのではないか」
「ISOの場合は規格項番ごとに何を聞くのかはっきりしているけど、遵法監査になると訪問した会社によって該当する法規制が異なるので、一律的なチェックリストはできないじゃないの」
「元々ISOの内部監査だって、一律的なチェックリストで監査するなんて初回だけでしょう。より良い監査というほどでもなく、当たり前に規格を満たす監査をしようとすると『その部門の環境上の重要性と前回までの監査の結果』を考慮しなければならず、監査部門ごと、監査のたびごとにオーダーメイドのチェックリストをつくることになる。事務局にチェックリストを作ってほしいなんて言うのは監査員の責任放棄だよ」
「いや、違う。誰が監査をしても同じレベルの監査をするには、同じチェックリストを使わないとだめだよ」
「Aさんが言うように誰が監査をしても同じレベルの監査結果にするためには、同じチェックリストではなく、人に合わせたチェックリストが必要になるのではないでしょうか」
「現実には監査を行うといろいろな問題が見つかるわけで、臨機応変に問題を追跡していくことになるので、あまり細かいチェックリストを示されても困るね。僕は、年度の環境監査計画書で方向と重点項目が指示されているので、それにその会社の業種業態や周辺環境、おっと過去の監査結果などを考慮して自分がチェックリストを作っている。もちろん訪問する会社ごとに毎回異なるものを作っている」
「僕もそうだなあ〜、同じチェックリストで別の会社の監査はできませんねえ」
「わかりました。つまり僕がISO規格対応の監査というイメージがあるからできあいのチェックリストで監査ができるとおもっていると・・」
「Dさんが言われたように、現在は年度の環境監査計画書で方向と重点項目が示されているので、それに基づいてヒアリングするのだけど、実際のアプローチは監査員のスキルによって異なるということで良いのじゃないのかなあ」

森本
「その他、意見や疑問などございますでしょうか?」
「監査員教育をもっとしてほしいなあ」
森本
「具体的にどのような研修内容といいますか、どのようなイメージでしょうか?」
「法規制などの勉強会を事務局で開催してほしいと思う」
「法規制は会社で日常仕事をしていることで理解しているのではないか?」
「関連会社は非製造業が多く、製造業である工場とは異なることが多い」
「非製造業といってもそんなに変わらないと思うよ。建設業の場合は建設廃棄物の問題があるが、それくらいじゃないのか?」
「運送業とか営業用車両がある場合は、省エネ法が関わることがあるけどね」
「まあ、そんなことはほんの数社だけだし、わざわざ法規制の勉強会をするまではないね」
「僕は法規制の勉強会よりも、監査結果の不具合や事故の発生状況についての情報共有をすべきだと思う」
森本
「社内の環境不具合については定期的に『環境情報通知書』によって各工場に通知しているのですが、それでは不足でしょうか?」
「はあ? なんですかそれは?」
「あれ、お宅では環境保護部からの『環境情報通知書』を見てないのですか? うちの職場では毎月『環境情報通知書』を回覧して、当社グループの不具合の水平展開を図ってますよ」
「ええー、じゃあウチの部長がヤミテンでしまっておくのかなあ? 僕は見たことがないですね」
森本
「部長さんが回さないということもあるのですか。みなさんに見てもらえるように環境保護部のイントラにアップしても良いのですが、あまり一般公開するものでもないので・・」
「環境監査員のページを作って、パスワードをINPUTして入るようにしたらどうでしょうか?」
森本
「ああ、そうですね、じゃあ早速そのようにしますので、皆さん、ときどきご覧いただくようにお願いします。URLやパスワードなどは決まり次第ご連絡します」
「わかった。じゃあ、そのように頼みますよ」

森本
「ではほかにご意見など・・・」
「報告書に三要素を書けと言われて、そのようにしようと思うのですが、なかなか難しい」
「でも、読んだ人に状況を分ってほしいとか、後で是正を確認できるようにと思うと、三要素がなければなりませんね。初めの頃は書洩らすことが多かったのですが、最近では三要素がない文章はすわりが悪いような気がしてきましたよ。今まで、ISO所見報告書の記述をまねて『仕組みが欠けています』とか『適切でありません』なんて文章を書いていましたが・・今考えると恥ずかしくて顔が赤くなります」
「Aさんのおっしゃるとおりですね。私も『余地があります』『期待できます』『見えません』『不明確です』なんて文章を書いてました。斬鬼、斬鬼 アハハハ
あんな監査報告書を読んだ部長や役員が何を思っていたかと考えると私も赤面します。監査ですから、良い悪いを証拠と根拠でビシっと決めなくてはね。それが監査員の誇りでしょう」
「なるほど、読んだ人が状況がわかるかという観点で書けばよいのですね。今までISOの審査報告書を真似て書いていたのがまずかったというのは私自身反省します。どうもISOの所見報告書は、あいまいに、マイルドに、ぼかして書くという雰囲気がありますね。ああいった書き方は監査報告書としては無責任なのですね。反省します」
「いやいや、私も過去10年もああいった書き方、特にあいまいな述部にするのが、あるべき姿かと思っていました。反省しきりですわ」
「それと私は監査を実施してから報告書を3日以内に出せというのがちょっとつらいですね。これは10日以内とかにしてもらえないかと思うのです」
「Dさん、それは逆ですよ。私の場合、監査をした翌日に報告書を書くことにしています。実を言いまして、私は監査に限らず出張報告などを書くのは実施した直後でないと書けないのです。監査した翌日でしたらまだ監査の話のいきさつを覚えているので簡単に書けるのですよ。ところが日がたつとだんだんと記憶が薄れてきて、10日もしたら報告書を書くのが困難になります。Dさん、10日以内とおっしゃいますが、かえって能率を落としているのと違いますか?」
「僕もAさんに賛成ですね。実を言って僕も昨年までは監査で数日出張して会社に出ると仕事が溜まっているので、それを片付けて一段落してから報告書を書いてました。これが良くなかったのですね。報告書を書くのに時間がかかり、正直言いましてまとまらないときもあったのですよ。今年は監査実施後3日以内に報告書を出せと言われて、初めは『そんな、ご無体な』と思いましたが、会社に戻るとすぐに報告書を書けば、ほんとのことを言って1時間で書き上げることができます。溜まっている仕事を1時間遅らせてもそんな緊急の仕事はありませんよ。本当に緊急な仕事があれば代理者が処理していますしね」
「なるほど、そういうものですか。確かに記憶が薄れないうちに書き上げてしまうということは良いアイデアですね。次回はすぐに報告書を書くようにしてみます」
「環境保護部へのお願いですが、私の書いた報告書に三要素がないとか、判断がおかしいというコメントが時々ありますが、これも早くお願いします。もちろん報告書が悪いというか不十分な責任は私にあるのですが、数日たつと記憶がどんどん薄れていきますので修正しようにも・・」
森本
「ご意見はもっともです。今後速やかに拝見しまして、不明点があれば皆さんにすぐに問い合わせするよういたします」
「よろしくたのみます」


監査員打ち合わせを終えて環境保護部の部屋に戻るとき、山田や森本に話しかけた。
山田
「森本さん、今日の会議で環境保護部への要望や苦情がたくさん出るかと覚悟していたんですよ。ところが、なんだかんだと紆余曲折がありましたが、結果として各自が自覚して研鑽することが必要だということで終わってしまいましたね」
森本
「課長、私自身がこちらに来る前に佐倉の監査でいろいろ言われまして反省しました。今年というか今年度は環境監査の方法や考え方を変えましたよね。それに基づいて我々が発信した情報や説明会を受けて、彼らもいろいろ考えたと思います。まあ、何事も継続的改善ですよ」
山田
「そうですね、人は信頼すればそれに応えてくれるでしょうし、信頼しなければそれなりに対応するということですか」
山田は森本もここ数か月で大きく成長してきたと感じた。森本を信頼すれば、森本は信頼したところまで大きくなるのだろう。

本日のネタ
私が現役の時、監査員を集めての打ち合わせというのはもちろん定期的に行っていた。そのときこのようにいろいろな意見がでて議論があったかというと、そのようなことはなかった。常に私の檄とフォローだけだった。私が彼らを信頼しなかったから、彼らもそれなりだったのだろう。私は反省せねばならない。
私の場合、叱咤激励ではなく、叱責激甚であったから・・・

本日の経過
本日はなぜか(本当は歳を取ったせいなのでしょうけど)朝5時過ぎに目が覚めてしまいました。眠くもないしすることもないのでパソコンを立ち上げます。私の頭には妄想が充満しているようで、こんな文章はあっという間で・・家内が朝飯と呼んでいるので本日はここまで



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