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「山田課長、お電話で〜す」
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森本の声に山田は自分の席に戻り、社内用の携帯電話を取り上げた。 「はい、山田に代わりました」 | |||||
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「静岡鷽八百販売の船越と申します。法律について教えてほしいのですが、よろしいですか」
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「どうぞ、どのようなことでしょうか?」
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「廃棄物処理法では、廃棄物契約書に単価と委託量を記載することになっています。現在新しい廃棄物業者と契約しようとしているのですが、その業者は契約書に金額を書かずに、別途見積書を取り交わすと書けばよいというのです。それは本当でしょうか?」
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「そういうことは自治体によって指導していることが違い、端的に言えば担当官の見解で決まります。関西の行政はそのような形式でも良いとしているところが多いようです。私は静岡でそれでよいかはわかりません。船越さんが今契約しようとしている事業拠点はどこなのしょうか」
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「契約しようとしている支店は〇○市にあります」
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「ああ、そうしますと許可権者は静岡県ですから、具体的には県の廃棄物リサイクル課になります。そこに問い合わせて確認していただけないでしょうか」
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「ちょっと恥ずかしいのですが、お役所に問い合わせるのが苦手なのですよ。」
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山田は説明するのが面倒くさくなった。 「わかりました。私の方から静岡県の担当部署に問い合わせて、船越さんに連絡しましょう。1時間くらい時間をください」 山田は船越の部署と電話番号を聞いて電話を切った。 | |||||
「森本さん、今の電話は私あてに来たのかい?」
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「いえ、特に指名があたわけではなく、法律に詳しい方をお願いしたいとのことでした」
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山田は少しカチンときた。 「社内の支社や工場あるいは関連会社からの法律などの問い合わせがあったときは、あなたが対応しなければならないよ」 | |||||
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「でも、僕は環境法規制などあまり詳しくないので、一番詳しい山田さんに受けていただいた方がよろしいと思いました」
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山田は熱くなったが、今はもめているときではない。 「後で話をしたい。ちょっと今はこの件を片付けてしまうから・・」 山田は静岡県庁の廃棄物リサイクル課に電話して金額を別途見積で良いかどうか確認した。そして船越に連絡してとりあえずは一段落だ。
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「森本さん、ちょっと話がしたいので来てくれ」 山田は打ち合わせコーナーに森本を連れて行った。 | |||||
「さっき関連会社から法規制について問い合わせがあったね」
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「ハイ」
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「君も一人前なのだから、自分でそういうことに対応してほしいと考えている。今回はもう過ぎたことだけど、次回から君が先方の話を聞いて対応してほしいがいいかい?」
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「でも、向こうは『環境保護部の法律に詳しい方』と言っているのですから、山田さんに回したのです」
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「工場や関連会社から見たら環境保護部にいる者はすべて環境の専門家だよ。君が対応しなくてどうするんですか」
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「僕は本社に転勤して来ましたが、環境法規制について特別に教育を受けたわけではありません。間違えたことを回答するよりも、わかっている人が回答したらいいじゃないですか?」
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山田は、今はそういう考えが当たり前なのだろうかと驚いた。そして山田の感覚からして、ぬけぬけとそういうことを語る森本の頭がおかしいのではないのかと思った。 「廃棄物処理法を知らないなら、先方が困っていることを聞いて行政に問い合わせしたら済むじゃないか」 | ||||
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「それで済むなら関連会社の人が直接行政に問い合わせたらいいですよね。なぜ私がわざわざそんなことをしなくちゃならないんですか?」
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「うーん、森本さんはなぜここにいるんだ?」
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「はあ? 本社にいるかという意味ですか? 転勤してきたからですよ」
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「会社というところは賃金に見合った働きを期待している。あなたは本社にいて会社に対して、どんな働きというかどんな貢献をしてくれるのかい? 会社に対してと言ったが、それは会社と会社で働く人だけでなく、関連会社、取引き先、一般社会の人も含むと考えた方がよい。そういう人たちにどのように貢献しているのかということだ。もし周りの人に貢献していないなら、月給を稼ぎ出していないということになる」
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「僕の今の仕事では不足だということですか?」
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「そうだ。仕事が不足というよりも、仕事に対する熱意が不足だと思う」
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「仕事というのはその範囲を示し、何をするのかを明示して、その方法を教えて実行させることでしょう」
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「君は総合職なんだし30過ぎなんだから、何をしなければならないかを考えて行動することを期待されているんだよ。現場の作業者だって言われたことだけしかしない人なんていない。提案制度、小集団活動などを通して、自分たちの仕事を改善することを求められている」
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「期待しているという言い回しは、言われた方にとって難しい注文ですね。僕は何をどこまでどうしたらいいかわからないわけですよ。法律の問い合わせがきたら僕に対応しろという。どう対応したらいいのか教えてもらえませんか」
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山田は落ち着こうとして深呼吸した。 これは重症だなあ、以前ISO規格に頭脳を侵されていたのが治ったと思ったが、ISO以前に仕事に対するスタンスができていない。仕事の認識が山田の世代とは異なるのかもしれない。いや世代の問題ではなく、個人の意識の問題なのかもしれない。 | |||||
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「僕は午後から監査で出張しますので、早やお昼を食べて出かけなければなりません。これで失礼します」 森本はそう言って立ち上がった。そしてお昼頃に子会社の関連会社の監査に出かけて行った。今日は福岡空港まで飛んでバスでその会社のある街まで行って泊まり、明日朝から監査して夜帰ってくるという。 山田はレーザーガンも持たずに、こんな宇宙人を相手に戦えるのであろうか? ●
● ● ![]() とはいえ良いアイデアもなく、昼休みが過ぎても窓際でコーヒーを飲んで雨の街をながめていた。 | ||||
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「山田君、元気がないね」
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「そんなことはありませんよ。こうしているとカッコよく見えるかと思いましてね」
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「ほう、負け惜しみも言えるようになったんだ。成長したというのかなあ〜 森本君のことだけど、扱いに手を焼いているんじゃないの?」 | ||||
山田は廣井にうそを言ってもしょうがないと思った。 「こちらに来て、森本さんもISO至上主義が治って、当たり前の環境管理を理解したかと思ったのですが、どうも価値観がずれているようですね」 | |||||
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「ISOは愚か者の最後の隠れ家であると語った人はいないが、僕はそう思っている。おっとここでいうISOとはISOマネジメントシステムのことだけどね。世の中にはISO規格がすばらしいと大声を出している人たちがいるが、そういう人たちが真に品質向上とか、お客様からの品質問題に対応してきたのか、あるいは環境管理や環境法違反対策をしていたのか、僕は疑問に思っている」
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「ええと・・・廣井さんが語る意味は、一生懸命環境の仕事をしている人はISO病にかからないということですか?」
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「はっきり言えばそうだね。退職された平目さんも、昔ながらというか本来の環境の仕事をしたことがなかったからISO病にかかったのだろうと思っている。一度でもまっとうな環境の仕事をすればISOというものが、目的じゃなくて手段、それもたくさんある手段のひとつに過ぎないことを理解するだろう」 山田は黙っていた。それは山田にはわかりきったことだから | ||||
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「じゃあ、公害防止とか省エネとか、本来の環境の仕事に従事すればISO病にかからないだけでなく、その仕事において自ら考えてどんどん成長し、道を拓いていくようになるのかといえば、どう思う?」
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「なにか、営業にいた時の自分のことを言われているようですね」
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「君が営業にいた時のことなんて、俺は知らんよ。山田君は森本がISO病は治ったが自ら仕事を拓いていかないと悩んでいるが、それは治療とは別物だよ。体力づくりというべきだろう。 会社というのは学校じゃない。お金を払うかもらうかという観点ではない。学校は既知のことを教え、問題には常に正解がある。正解のない入試問題は間違いだ欠陥だと批判される。しかし会社では未知の問題に取り組まなければならず、それには回答がないかもしれない。売り上げを上げる、新製品を売る、事故の対策をする、そういった仕事は、常にチャレンジが求められる。言ってみれば、ルーチンワーク以外の仕事は研究開発と同じなんだ」 | ||||
「つまり、森本さんに仕事を拓いていくチャレンジ精神を教えろということですか?」
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「精神主義だけでは、できないものはある。大和魂ではB29を墜せない」
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「いまどき大和魂とかB29なんて意味が通じませんよ」
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「それはまあともかくとしてだ、チャレンジさせるためには最低限の基礎知識、技能を教えなければならない。治療じゃなくて体力つくりと言ったのはそういう意味だ。B29を落とすには竹やりではなく、高射砲を与えてその使い方を教えなければならないということだ。今森本は山田君にB29を落とせと言われたが、高射砲というものがあることを知らないのと違うか」
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「私は廣井さんに環境法規制を教えてもらったことはありませんし、環境管理とはなにかということも習ったことがありませんよ」
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「人それぞれということさ。水場に馬を連れて行っても水を飲むかどうかは馬が決めること、しかし水場に連れて行かなければ馬は水を飲めない」
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「ええと、つまり森本さんに環境管理の基礎知識を教えないと、彼が学ぼうとしてもその基礎がないから無理ということですか」
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「俺も具体的とか順を追って話すことが下手なんだけど、山田君なら俺の言いたいことを把握してそれを実行できるだろうと思う」
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「私は部下というものを持ったことがなく、また教育というお仕事をしたことはありません。どうもミスキャストのようですよ」
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「俺はそうは思っていないよ、以前営業に法律の説明会をしたとき山田君のアプローチに感心した。要するにすべての根本は顧客満足なんだ。顧客満足と言っても相手が望んだものを提供することとは違う。まず相手に何が必要かを気づかせて、提供するものが自ら望んだものだと思わせることなんだなあ」
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「うーん、そういう難しいことを習ったことがありませんし、できるかどうかも・・・」
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「それじゃあ森本君だ。山田君は森本君と違うから、その回答を見つけることはできるはずだよ」
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「力量30」ぐらいまで続くロングランシリーズの予感。(と期待) |
たいがぁ様 毎度ありがとうございます。 力量シリーズが30まで続くようでは、そういう新人は忌避したいですね。 |
いいですねぇ〜。やはり森本君は抵抗勢力でないと。 「やって見せ、言ってきかせて、させてみて、褒めてやらねば人し動かじ」ですか。 行政には以前に「今、横に立っている私の部下が何を言ったか知りませんがダメなものはダメです」とイジメられた苦い思い出が(泣 |
鶏様 なぜか森本さんがトンチンカン、KY(古い)、宇宙人だと人気上昇↑ 皆さんのご期待に応えて、私も心を鬼にして、森本を悪人に仕立てます 。 |