ケーススタディ 非製造業の環境教育

12.07.16
藤本はここ数日考えている。子会社で事故があったことから、廣井部長から鷽八百グループの非製造業に対する環境教育のカリキュラムを考えろと言われたのだ。
藤本部長
藤本部長
正直言って廣井が、専門家でない藤本に対して大した期待をしていないことはわかる。だが藤本はいい加減な仕事はしたくなかったし、まもなく出向する身とあれば、なおのこと何かを残していきたいと思う。
鷽八百グループ企業に関連会社は100数十社ある。その中には完全子会社もあるし当社が筆頭株主になっているところもある。その一方、持株割合が1割というところもある。いずれにしても当社に影響力があれば、当然関連会社で不祥事が起きれば当社にも社会的責任がある。
関連会社の8割以上は非製造業である。製造業、つまり工場では公害防止組織法などに基づいて管理体制を作り、届や管理を行っている。完璧ではないにしろそういう体制が何十年も前からあるわけだ。しかし非製造業、例えば純粋なオフィスで、環境管理に気を使っているところは少ないだろう。確かに非製造業でもISO14001認証している企業は世間にも多いが、その中身を見れば遵法と汚染の予防というほんとの意味の環境管理ではなく、紙ごみ電気のオママゴトや、植林や社会貢献などお花畑のものが多い。

「お花畑」あるいは「脳内お花畑」とは、浮世離れした想像の世界に住んでいる方々をいう。といってもその種類というか症状は多々あって、平和ボケとか環境ボケとして発症するのもあり、あるいはモンスターチャイルドという症状では自殺しろといじめをしたり、モンスターペアレンツという症状は我が子がいじめた子が自殺すると「家の子は被害者です」なんてビラ配りしたりする凶暴なタイプもある。
ルーピー鳩山 それどころか、お花畑のビョーキでありながら首相になったも方もいた。もっともこの場合は、ご当人よりも選挙民がお花畑だったという可能性が高い。

普通の人なら、恥ずかしくて人前に出てこれないだろう。
恥ずかしくないということ自体お花畑の住民の証である。

なお、私は好奇心から一般のISO14001認証企業ではいったいどんなことをしているのかと可能な限りあちこち見てきたが、環境事故や環境法違反防止を目指しているところはほとんどなかった。
いまどきは大学でISO14001認証しているのは普通だが、その学校が関わる法規制をしっかりと把握して順守しているところはいかほどあるだろうか?
これは反語ではなく、疑問文だ。大学の遵法状況に関しては私は情報がない。
もっとも学校と学生が共同してきれいな環境報告書を作り、エコプロ展に一コマ出して笑顔を振りまき、モンゴルで植林をして、町の環境活動に貢献しようとしているのはたくさん見ている。それがいかほどの価値があるのは、私はわからない。

ところで、非製造業という業種は存在しない。それが意味するのは製造業以外の多様な業種である。例えば販売といっても小売りや卸に分けられ、卸といっても倉庫を持ち現物を売っている会社もあるし、営業のみで製品は工場から直送しているという会社もある。小売りといっても機械を扱っている会社と、携帯電話の販売会社、工場の中でスナックや飲料品を売っている売店では、まったく性質が異なり規制を受ける法律も違う。
その他、運送、金融、建設、不動産、飲食、医療、サービス業などいろいろある。当然、それらが関係する環境法規制はそうとうな違いがある。
藤本は鷽八百社グループにはいったいどんな非製造業があるのかと調べたが、その結果は多種多様である。世の中のほとんどの業種が網羅されているようだ。
そういうさまざまな会社に対して、環境管理について教育するというか、そのためのテキストを作るという観点から、関係する法規制の類似性をみてカテゴリー分けすることが必要だろう。じゃあ具体的にどんなカテゴリーにすべきか? 単なる業種が似ているからではなく、規制を受ける法律が似ているものをまとめるべきか?

あまり法規制が関わらない会社には、環境法規制のあらましを書いたパンフレットを作って講演をしておしまいでも良いかもしれない。しかし建設工事をしている販売店など環境負荷の大きなところに対しては、例えばマニフェストの書き方や、廃棄物業者の現地調査、騒音や振動の届出などを実地で教えることも必要だろう。
ともかく非製造業の環境教育の要点は、どのようにグループをくくるかということということに思える。
藤本は自分なりに考えて、子会社の業態と環境との関わりをマトリックスにまとめてみた。

関係する法律でグループ分けした図

この表をじっと眺めて、どのようにくくるべきかを考えた。
大きくグル-プ分けするといろいろなものが入ってしまうし、細かくグループ分けすると細分化しすぎる。
藤本は結局、4種類に分けて色分けした。建設工事のある建設業、修理業、不動産業など、倉庫、輸送、ホスティング業など、飲食店、環境負荷の少ない広告代理店、クレジット会社の4つである。
あまり自信はないが、とりあえずこれを山田に提案しようと思う。最近は藤本も山田に一から十まで相談するのを止めた。やはり自分で考えなければと思う。

次に、この4区分ごとの教育をどうしようと考えた。
ふと気が付いたというか思ったのは、今自分がしていることはISO14001規格そのままじゃないかということだ。
つまり、ISO14001 4.4.2では
 ・教育訓練のニーズを明確にする
 ・そのニーズを満たすための方法を考えろ
とある。
つまり教育訓練とは、やみくもに情報を与えればよいわけではない。必要な人に必要な情報を与えることなのだ。不要な情報はノイズにすぎない。
セキュリティでそんなことを意味する言葉があったなと思った。あれはなんだっけとネットで調べると「need-to-know」とある。セキュリティのときは、必要のない人に知らせないという意味につかわれるようだが、まあ意図するところは同じだろう。
いろいろなことを様々な観点から見ることによって、藤本は自分がだんだんとISO14001規格を理解してきたように思う。ISO規格って空理空論ではなく、また無味乾燥でもないのだ。実際に仕事をしていく過程でISO規格を参照するとその意図が見えてくるような気がした。
しかし、言い換えればISO規格に書いてあることは、たいそうなことではなく、普通の人が常識で仕事を進めれば誰でも考えるようなことではないかというふうにも思う。

業種業態のカテゴリー分けが決まれば、その区分の共通事項についてテキストを考えることになる。ただそのテキストは、法律の要点を書きならべたような本は役に立たない。実際に必要なことを役に立つように平易に書いたものでなければならない。
藤本は以前の職場で、操作マニュアルとかサービスマニュアルをだいぶ作った経験がある。組み立てや分解をアイソメトリック図で表したが、それでも部品の関係と組み立て要領がわかりにくいと苦情がきた。
分解図を書くとき分りやすい向きを考えることは重要だ。その他、似たような部品で大小がある場合、寸法通り描くのではなく、大小の比率を実際より大きくした方が間違いがしにくい。そういうテクニックはたくさんあった。
法律を解説するにもそういうノウハウがたくさんあると思う。いやノウハウがあるのではなく、これからそういうノウハウを見つけて、分りやすい表現を考案していくことが必要だろう。
そしてまた、法律の説明テキストは、法律から始まるものでは使えないだろう。それは現実の業務から始まるものでなければならない。
ISO認証のために、ISO規格から始まるのではなく、会社の実務から始まるのと同じことだ。山田がそんなことを言っていたがまったくその通りだと思う。

環境法規制の解説本の多くは
法律の解説→どのような規制があるか
というものが多いが、これでは実際の仕事との関連がわからない。これは結局、法律を読め、法律を理解しろ、そして君の仕事がその法律に関わるか考えろと言っているにすぎない。そんなことでは教育に値しないし、直接実務には役に立たない。
実際の仕事にすぐに使えて役に立つものとするには
実際の仕事で、どの作業がどの法律に関わるのか→なにをする必要があるのか
という流れでなければならない。
しかし、業務から始めるということは、簡単な仕事ではない。いや、簡単にいかないどころの話ではない。
まずその仕事がどんなものかを理解していないと次に進めない。そして数多くの法律をしっかりと理解していて、その仕事にはどの法律のどのような規制を受けるのかを知っていなければ次に進めない。それはとんでもなく難しいことはあきらかだ。
私の知る限りのすべて環境法規制の解説本は、まず法律があって、それがどのような規制があるかを説明している。
私が現役の時、それでは初心者に役に立たないからと、現実の業務を元に、その仕事のどういうことが、どんな法律のどのような規制を受けるのかということをまとめてマニュアルを作った。
もちろん仕事は購買、総務、経理、営業、構内売店、診療所、ガードマンその他おびただしい数がある。すべてではないがかなりの分野を網羅していたつもりだ。
それはとても価値があると思ったが、そのメンテナンスはまた大変である。なにしろ毎年法改正があり、それを逆引きして見直さなければならないのだ。
私の後任者はそんなマニュアルのメンテを放棄したのではないだろうか?
前任者の偉大さを思い知れ
いや前任者は単なるアホだったのか

藤本はあっと気が付いた。
法律でもなんでも業務推進に必要な力量は一定レベルが要求される。そのレベルは業務によって決定される。しかしその力量をいかに担保するかということはいろいろな方法がある。個人の力量で担保することもあるだろうし、複数のメンバーで確保する方法もあるだろうし、システムで確保する手もある。

必要な力量の分担のイメージ図
すべて個人の力量に依存した場合担当者個人の力量
ダブルチェックや分業化によるシステムシステムで担保担当者個人の力量
コンピューターによる忘れ防止や入力エラーチェック策を取った場合システムで担保担当者個人の力量
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法遵守のために必要な力量

担当者にしっかり勉強しろ、なんでもわかるようになれというのも一つの方法である。それは個人のスキルに依存するということであって、システマチックではない。しかしその方法では、誰でも、あるいは常に人が代わっても一定レベルの仕事ができることは望めない。
人が代わっても、未熟練労働者でも物を作るにはどうするかということは、製造工程では昔からさまざまな方法が考えられた。例えば分業、単純化、標準化、治工具の整備、自動化、フールプループ、工程内検査、ダブルチェックなどがある。
それは製造現場だけでなく、法遵守においても適用できる。要するに法律を守るための方法は多々あり、いかなる方法をとるかはその組織の特質、文化、要員の資質、人や仕事の流動性などを考慮しなければ決められない。
だから法律を守るために法律を勉強しろという前に、どのような方法で組織の遵法を担保するのかを決定しなければならずそれによって個人の力量のニーズが決まる。そしてその方法によって、教育方法もテキストも変わるはずだ。
もちろん担当者の力量を要求しない方法は、そのシステム維持のための負担が増加する。すべてはトレードオフの関係であり、なにごともいいとこばかりということはない。

非製造業に対する教育方法をどう考えたらよいだろうか?
業種業態によってカテゴリー分けをしたが、カテゴリーごとにカリキュラムが違うだけでなく、教育方法が異なることもあり得るだろう。いや、目的がその業務において関わる法律を遵守して業務を遂行できることであるなら、目的達成の方法がカテゴリーごとに異なることは必然だろう。
関係する法規制が多々ある場合は、合宿あるいは月1日とかで複数回の講座、現地見学会、実務における運用、レポート課題など組み合わせて行うことが必要になるだろう。そしてまたそういう業務についている人はそういう方法の必要性を認識してくれるだろう。
他方、あまり法規制に関わらない業種業態であれば、いくつかの事例を示しておいて、そのようなケースが発生した場合は「行政に問い合わせよと」いう指示だけでも間に合うかもしれない。
そのへんは今後、個々に調査して煮詰めなければならない。今時点では情報不足だ。
今まで上げたようなさまざまな要因というか項目を考慮して、最適な方法を策定することが必要だ。業種により、あるいは関連会社の意向によって、いろいろなバリエーションが発生することもありえるだろう。
藤本は思いついた検討事項を、漏れなくリストアップして、それらについての対応策を考えていく。ものすごい検討事項となる。

ところで鷽八百グループには大変な数の企業がある。それをカテゴリーごとにくくってもどのように教育を進めるのか、それはまた大変な作業になる。
金融業、広告代理店などのグループであれば合わせて10社くらいだから、日本中の会社を一か所に集めて実施というのもありだろう。しかし建設業の許可を受けている会社となると北海道から沖縄まで数十社ある。これをどうするのか、北海道といっても網走と函館では移動するのがむしろ東京に来た方が双方にとって楽だろう。いっそのこと、どこかひなびた温泉場で1週間とか缶詰教育をした方が良いのだろうか?
だが、廃棄物業者の現地調査となると、そうはいかないし、廃棄物の種類によって業者を選ばなければ有効な教育にならない。
ちょっと待てよ、子会社といっても大きな会社になると売上が何百億という東証一部上場クラスのところもある。そういったところは事業拠点もたくさんある。そういった会社にどのような教育をすればレベルアップが可能になるだろうか?

受講者の人選はどうするのか? そもそも対象者は担当者なのか、管理者なのか、子会社であれば人事部門の教育担当者を対象とするという発想もある。
講師はどうするのか? 環境保護部のメンバーだけで全国の関連会社を相手にするわけにはいかない。環境監査と同じく、工場の環境部門の協力を得て行うのか、しかしその場合、真に環境法規を理解して教えることができるスタッフをそろえることができるのか?

考えるべき要素はきりも限りもない。
今日は金曜日、来週の月曜日に山田と森本と打ち合わせることになっている。それまでに具体的計画までは無理としても、検討事項と案だけでもリストできるようにしたいと思う。
藤本も仕事は遅い方ではないと自負していたが、これらの要素を書きだして、その対応案を考えると大変な時間がかかった。

藤本はなんとかまとめあげて、やったぞという気がした。かって藤本が若いときは自分の手で試作したり実験したりしていた。あのころは試作したものが設計通りに動いたときは「ヤッタゾ」と声を出したことが何度もあった。しかしだんだんと自分は口だけで、手足を動かすのは部下に任せるようになった。そしていつの間にか自分は判断することとハンコを押すだけになってしまった。いや判断さえしなくなったのではないだろうか?
パソコンの画面上とはいえ、自分がいろいろと考えて資料を作り上げるなんてことをしたのは何年ぶりのことだろう。
ほっと一息ついて、藤本は頭の後ろで手を組んで、環境保護部のオフィスを見回した。

環境保護部の風景

中野は何をしているのだろうか? たぶん行政かマスコミからの問い合わせの回答でも考えているのだろう。
横山は何をしているのか? 彼女も只者ではないなと思う。女性の総合職というのは、女性であるという前提で評価がされることが多いが、横山は女性であることを伏せても立派に通用する仕事をしていると思う。彼女は以前、問題児だったと聞いている。
山田・・あいつは大したものだ。しかしこれまた営業にいた時は落ちこぼれ営業マンだったと聞く。なぜ環境保護部に来たとたんに脱皮して、同期で最初に部長級になれたのだろうか? そのメタモルフォーゼは何がきっかけで起きたのか?
森本・・この男は千葉工場でどうしようもなく、廣井に何とか一人前にしてくれと預けたと聞く。藤本は今の森本しか知らないが、知識、考え方、ファイト、性格、なにをみてもほれぼれする若者だ。
藤本がここに来たとき、廣井は自分のことをダメ人間をリサイクルする廃棄物業者だと言った。他の部署でお荷物と言われた人を集めて育てるという彼の能力とはいったいなんだろうか? 廣井は魔法使いなのか?
そう思った時、藤本は自分もこの職場で働いて、廣井の魔法を学びたいと思った。ここにいられるのが、あと一月とは残念だ。

うそ800 本日のエクスキューズ
あまり具体的に詳細を書いてないのは、ノウハウをばらしたくないのです。いえ、それは冗談で、本当を言えば、一般論とか仮定の話をもっともらしく書いても役に立たないと思うからです。
現実の問題は一般化できません。すべての問題はそれぞれユニークであり、原因も対策もそれぞれなのです。
一般論しか書いてない、こんな「うそ800」を読んで実際のお仕事の参考にしようなんてことをお考えであれば、そりゃ欲張りというか無理ちゅうもんです。そういうことを期待する方には、別途有料でご指導いたします。
 おっと、冗談ですよ。
ご用があればメールでご相談ください。
無料ですからお気軽にね 
但し通り一遍のことではなく、老人の頭の体操になるようなご相談を希望します。
単純で簡単なご質問、ご相談はお断りいたします 笑


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/7/16)
数年前に来た審査員が「全社員を一同に集めて地球温暖化の現状を教育することが必要です」と宣ったことが。アホかと思いましたがw
温暖化していたのは氏の脳内であったと思われます。

鶏様
脳内・・能がない・・無能・・金返せということでオケー?

ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2012/7/18)
しかし、言い換えればISO規格に書いてあることは、たいそうなことではなく、普通の人が常識で仕事を進めれば誰でも考えるようなことではないかというふうにも思う。

同感です。
そう考えれば、規格票に書いてあることは、「要求事項」というよりは(まともな仕事をするための)「必要事項」ではないかと思えるのです。
となれば、そんなやっていて当たり前のことを審査で確認し、認証によって世間様に公表することに、いったい何の意味と価値があるのか、大いに疑問です。

たいがぁ様
私もそう思います
クロージングで審査員がおごそかに、「○○が欠けています」なんてのたまわくのは、本当は欠けているのではなく、会社側が実際にしていることを忘れて説明できなかったのか、それとも審査員が会社が実施していることに気が付かなかったということかもしれません。


ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2012.07.18)
クロージングで審査員がおごそかに、「○○が欠けています」なんてのたまわくのは、本当は欠けているのではなく、会社側が実際にしていることを忘れて説明できなかったのか、それとも審査員が会社が実施していることに気が付かなかったということかもしれません。

後者でしょう。前者は、受審組織側の落ち度ではありませんから。
要するに、「自分の力量不足で適合を見つけることができませんでした。」と懺悔しているわけですな。
組織は、なぜ発見できなかったのかをアンケートで問い詰めるといいと思います。


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