ケーススタディ 10年目のISO事務局 その2

12.10.27
ISOケーススタディシリーズとは

前回までのあらすじ
山田の元上司で関連会社の取締役である福原から、ISO事務局の傍若無人をいさめてその会社のEMSを見直してほしいという依頼があった。山田は直接指導するのではなく、監査で不適合を出して、それを是正させる過程で指導しようと考えた。
と、これだけではストーリーがお分かりにならないでしょう。ぜひ「10年目のISO事務局その1」をお読みください。



本日は大法螺機工の監査第一日目である。
監査リーダーは横山、監査員は藤本、五反田、九州工場の辻井課長だ。
横山  藤本  五反田  辻井課長
監査員一同は、山田から今回の大法螺機工の監査では遵法とリスクばかりでなく、ISO規格適合状況も徹底的にチェックして、問題をおおいに出せとの命令を受けている。
三名は、山田がお手並み拝見と自分たちの仕事ぶりを高みの見物しているのを感じており、真剣である。
九州工場の辻井課長だけが能天気に冗談を言っている。

初日のオープニングの後は現場監査だ。被監査側の環境担当役員である福原からも監査リーダーの横山に対して十分点検してほしいと要請したことから、グループ分けをせず、全員が全行程を歩くことになった。時間はかかるが、それはしかたがない。
案内人は福原取締役製造管理部長福原とISO事務局の川端係長 川端五郎である。



危険物保管庫である。
五反田
「この缶には劇物と表示してありますが、保管している棚には劇物表示がありませんね」
福原
「川端君、どうなんだ?」
川端五郎
「どうと言いますと?」
福原
「おいおい、川端君しっかりしてくれよ。
まず教えてほしいのだが、缶に劇物と書いてあるのだから中身は劇物だよね。劇物を保管する棚には劇物表示をすることになっているのか? いないのか?」
川端五郎
「私はわかりません」
福原
「川端君は環境ISO事務局なのに、そういうことは知らないのか。
五反田さん、とりあえず表示がなかったと記録しておいてください」
五反田
「川端さん、ここの保管量はどのようにして管理しているのですか?」
川端五郎
「出口のところに帳簿があります、ああこれです」
五反田
「この帳簿をみるとトルエンの在庫は1斗缶18個になっていますが、棚を見ると30缶や40缶ありそうですね」
福原
「川端君、帳簿と現物の数が違うのはどうしてなの?」
川端五郎
「手順書に寄りますと、危険物取扱者が出し入れしたときに、帳簿に記載することになっています」

たまたま一人の作業者が4リットルくらいの小さな缶を載せた台車を押してやって来た。
一同は黙って見ている。
その作業者は棚から一斗缶をふたつ取り出して、そのうち1個を台車に載せ、もう1個の1斗缶から持ってきた小さな缶に移し替えてその1斗缶をまた元の棚に戻して危険物保管庫を出ていく。もちろん帳簿などに見向きもしない。
保管庫を出たところで、五反田が呼び止める。
五反田
「すみません。ちょっとお聞きしたいのですが」
?
「ハイ、なんでしょう?」
五反田
「あなたは危険物取扱者の資格を持っていますか?」
?
「いやそういう資格はありません。今日は塗装工場が忙しいということで、別の職場から応援に来ているのです。そこで、標準シンナーとリターダーシンナーがなくなったから持って来いと言われて取りに来たところです。リターダ−は少ししか使わないので4キロ缶に入れてこいと言われたのです」

リターダー(retarder)とは遅くするという意味で、湿度が高いとき塗装の乾燥をゆっくりさせるためのシンナーである。自然乾燥の場合で湿度が高いときに使う。強制乾燥の場合はあまり使わない。
五反田
「帳簿の記帳など教えられていますか?」
?
「帳簿ってなんですか?」
五反田
「もう結構です、ありがとうございました。お手数かけてすみません」


廃棄物保管場
藤本
「ここに鉛バッテリーがあるけど、これは売れるのでしょうか?」
川端五郎
「いや、売れません」
藤本
「売れないなら廃棄物になるんだけど、これは特管産廃になるんだよね。とするとここに置いちゃいけないんだけど、教育はどうなっているのかな?」
川端五郎
「それは専門教育になりますね。専門教育は・・」
現場監査
石油タンク
五反田
「あの防油堤の中にあるパイプやエルボはなんですか?」
福原
「なんだろうなあ? 川端君、知っているかね?」
川端五郎
「今、構内の配管を更新しているのですよ、その材料を一時的に置いているのです」
五反田
「この防油堤の配管を更新するのですか?」
川端五郎
「いや、そうじゃなくて工場内の上水の配管系統です」
五反田
「防油堤の中に物を置いてはいけないということはご存知ですよね?」
川端五郎
「私は知っています。ここの担当はなにをしているんだろう」
福原
「川端君、どうも工場内の教育が不徹底のようだが、環境教育ってなにをしているのかね?
今までの教育が役に立たないなら、早急に内容と対象者を見直さなくちゃいけない」
川端五郎
「福原取締役、そんなことはないと考えます。まずISO審査では今まで全く問題がなく・・」
福原
「川端君、質問だが、君は防油堤というのか、あの中に物を置いてはいけないと知っていて、なぜ放置していたんだ?」
川端五郎
「先日のISO審査でも特段取り上げらてませんでしたので、この程度ならいいのかと思っていました」
福原
「わかったわかった、ISOはいいよ、現実に法律に違反していたり、法律の決まりを守っていないのだから、今までのやりかたが適切でないということは間違いない。後で話し合おう」
川端五郎
「私の計画した教育はですね・・」
福原
「後にしよう」


総務部である。
横山は近くにいた同年輩のOLに声をかけた。
横山
「こんにちは、今日は環境監査をさせていただいています。ちょっと質問いいですか?」
OL
「ハイ、なんでしょう。でも今日は事前に質問表をいただいてませんけど」
横山
「はあ? どういうことでしょうか?」
OL
「ISO審査の時は、前もって質問されることとそれへの回答を書いた紙を川端さんが配っているのよ。今まで何回か審査員に質問されたけど、その質問が配布された紙に書いてある通りなの。回答も書いてある通りに答えなければならないのよ。あれってなんでしょうね!」
横山
「まあ、それはおもしろい手法ね。今日はそんな台本はないのよ。あなたの思っていることを言ってちょうだい。
毎年環境側面評価をするために、購入した品目の集計をすると聞いていますが・・」

横山がおしまいまで言う前にそのOLはさえぎって話し始めた。
OL
「聞いてよ、文房具なんて年間買う金額なんてたかが知れてますよね。毎年それを集計する時間を計算したらその人件費の方が購入金額を上回ったのよ。おかしくありません?
毎年毎年そんなことをしていて、その効果も教えてもらってないわ、そんな計算する意味があるかしら?」
横山
「まあ、それは大変ですね。でも購入金額なら自動的に計算できないの?」
OL
「文房具の購入は各部門がそれぞれ行っているの。そして文房具なんて使う人の好みもあるし、そのときそのとき店頭にある物を買うでしょう、だから型番を決めておくなんてできないからもう集計が大変なのよ」
横山
「そういうお仕事の進め方とか決めたルールはあるのでしょうか?」
OL
「そうなのよ、それが困っちゃうのよね。会社規則ではそんなこと決めてないのよ。
毎年ISO事務局の川端さんがISO文書というものをもってきて、それに従って集計しろっていうんだけど、あのISO文書って正式な規則なのかそうじゃないのかわかんないわ。総務には配布されてないし・・」
横山
「その文書の位置づけはわからないの?」
OL
「そうなのよ、川端さんの個人メモなのかしら? 毎年同じことしているから私は去年そのコピーをとっていたわけ、それで今年の集計を早めにはじめていたら、あとで川端さんが手順を見直したから今年は去年と違うっていうのよ。ばっかじゃなーい」
横山
「まあ、それは大変ねえ、私だったらノイローゼになっちゃうわ
お話聞かせてもらってありがとうね」
OL
「監査なんて聞いたから取り調べかと思ったけど、いろいろお話ができて良かったわ。
ISO審査も台本がないほうが面白いと思うわ」

川端は面白くない顔をして脇で聞いていた。



書面審査となった。
公害関係は藤本部長、廃棄物関係は横山、省エネは辻井課長、製品と化学物質管理は五反田である。
書面審査
審査では、ファイルが多いと指摘が少ないようだ。
審査員が文書と記録があると安心するからだろう。
藤本
「御社では著しい環境側面としているのはどのようなものがありますか?」
?
「これが著しい環境側面の一覧表です」
藤本

「おお、ものすごい膨大なもんですなあ〜、拝見します」
・・・・
藤本
「すみません、この著しい環境側面表を作った方ご対応お願いします」
川端五郎
「私ですが」
藤本
「法律で届出施設のものが著しい環境側面になっていないものがありますが、これはおかしくないですか?」
川端五郎
「当社の著しい環境側面を決定する方法は、量と重大性と発生頻度を計算してですね、計算結果が大きなものを著しいものとしています」
藤本
「方法はともかく届出施設が著しい環境側面になっていないのは変ではないですか?」
川端五郎
「計算結果、著しいものではないということになっています」
藤本
「じゃあ法規制を受けるにも拘らず、その設備は、手順も定めず、力量も不要で、コミュニケーションも不要、監視もしなければ、順守評価もしなくて良いということになるのですか?」
川端五郎
「著しい環境側面ではないのですが、法規制を受けるので手順を定めて教育をしてはいます」
藤本
「普通はというか、ISO規格ではそういうものを著しい環境側面というのだが・・
そうすると著しい環境側面というものと御社で管理しているものは異なるのですか?」
川端五郎
「異なるといいますか、管理しているものすべてが著しい環境側面ではないということになりますか」
藤本
「とすると、御社の著しい環境側面というのはなんでしょうかねえ?」
川端五郎
「ISO規格に対応するものということになりますか」
藤本
「おや、有益な側面と有害な側面があるのですね?」
川端五郎
「現在は有害と有益を分けて考えないとなりません。有害な影響を及ぼす側面は有害な側面です。当社の分け方はISO審査でお褒めをいただいております」
藤本
「ここで照明のLED化を有益な側面としていますが・・」
川端五郎
「そうです。当社では省エネを推進していますから。LED化は私の提案で始まりました」
川端は胸を張って言う。
藤本
「そうするとLED化の工事からでる廃棄物は有益な廃棄物になるのでしょうか?」
川端五郎
「そういう細かなことを考えてはいけないのです。良いことをしようとしている場合、それは有益な側面とみなせるのです」
横山
「すみませーん、廃棄物の手順書を作られた方、どなたですか?」
川端五郎
「私です」
藤本はもっと聞きたいことがあったのだが、川端は藤本に断りもせずに横山のいるテーブルに走り去った。


横山
「過去18か月間に交付したマニフェストをチェックしたのですが、そのうち38件に記載漏れがありました。順守評価の結果はどうだったのでしょうか?」
川端五郎
「毎年、私ども事務局が該当する法律のリストを作りまして、各部門に自主点検を依頼します。各部門は自分の部署が関わる法規制を守っているかどうかを○×つけて事務局に返し、事務局は各部門の点検結果を一覧表にまとめて管理責任者に報告します」
横山
「過去1年半の間に順守評価をしていますか?」
川端五郎
「しています。これがそうですが・・・」
横山
「拝見します。廃棄物に関する点検結果はどれでしょうか?」
川端五郎
「廃棄物というのは、ここ廃棄物処理法という項目がありますね、○が付いていますから『問題なし』になっています。
今回マニフェストに問題が見つかったとのことですが、それは部門の報告が間違いだったということで事務局のミスではありません」
横山
「事務局のミスであろうとなかろうと、いずれにしても御社として順守評価が機能していないことは間違いないですね。それじゃ順守評価の方法に欠陥があるという不適合でよろしいですね」
川端五郎

ちょっと待ってくださいよ。ISO審査だって、内部監査だって、順守評価だって抜取でするわけじゃないですか。不具合を見つけないこともありますよ。」
横山
「川端さん、廃棄物について順守評価した人を呼んでいただけますか?」
?
「私は廃棄物管理をしている久村と申します」
横山
「久村さん、お忙しいところすみませんねえ〜、順守評価ってご存知ですか?」
?
「ハイ、毎年しています」
横山
「どんな方法で法律を守っているか確認するのでしょうか?」
?
「行政からなにか指導を受けたり・・つまり不具合が見つかった場合ですね・・廃棄物業者から当社に間違いがあったとか言われた場合は『バツ』をつけます。過去1年間に特段、何もなかった場合は『○』をつけます」
横山
「そういう方法はルールで決まっているのでしょうか?」
?
「いや、ルールでは『順守評価する』って書いてあるだけなんです。本当のこと言って順守評価するってどういう意味か、私もわかんないんですよ。それで職場の人とどうしたらよいか話し合って、とりあえず問題がなければ『○』にしようということにしたんです」
横山
「実を言いまして、マニフェストの記載ミスが何件かありましたが、マニフェストの記載内容などはチェックしていないのでしょうか?」
?
「ミスがありましたか、それは申し訳ありません。帳票まではみてませんねえ」
横山

「久村さん、ありがとうございました。もう結構です」
久村、退場
横山
「マニフェストの教育はどのようにしているのでしょうか?」
川端五郎
「担当者に書き方を教育しています」
横山
「間違えた伝票が38枚あり、そのうち11枚に大木とサインがあります。また8枚に山本さんというサインがあります。この大木さんと山本さんのおふたりを呼んでいただけませんか?」

大木登場
横山
「大木さん、固くならないでくださいね、簡単な質問ですから。
大木さんはマニフェスト伝票を記入していますね? 大木さんはこのお仕事をどれくらいされていますか?」
?
「私は半年前まで製造ラインの現場監督をしていたのですが、歳も歳なので現場監督を解任になってここで廃棄物担当になりました。そのとき前任者が書いたマニフェストを見せられて、同じように書けばよいと言われただけです」
横山
「書き方の手順書とかサンプルとかありましたか?」
?
「あるかどうかはわかりませんが、少なくとも私はそういったものを見ていません」
横山
「大木さんは自分の書いたものが問題ないかどうか心配はなかったですか?」
?
「あなたね、私は誰かが記載したものを見せられただけですよ。だから自分が書いたものが大丈夫だなんて自信がありません。それで正しい書き方を知りたくて、書き方を教えてくれってISO事務局に何度も言ったんですよ。でもオゾン層、温暖化、資源枯渇、生物多様性の環境教育を修了してない人は、つまり私のようにそういうことを習ってもテストに合格してない人にはマニフェストの教育はしないって言われましたよ。ね、川端さん」
川端五郎
「横山さん、まず基本教育がありましてですね、それをパスした人が専門教育を受けるのです。大木さんは基本教育で良い点がとれませんでして、専門教育を受ける資格がありませんでした」
横山

「わかりました。大木さん、お忙しいところありがとうございました。もうけっこうです」

山本氏登場
?
「私が山本ですが、なにか?」
横山
「山本さん、お忙しいところすみませんねえ〜、ちょっと教えてほしいのですが、このマニフェスト伝票ってご存知でしょう?」
?
「マニフェストってなんでしたっけ?」
横山
「この伝票です。ここに山本さんのサインがありますよ」
?
「そうか思い出したぞ、半年くらい前かな、廃棄物担当者が出払っていた時、廃棄物業者が伝票を持ってきてサインをしてくれって言うんだ。
私の本務は排水処理施設の管理で廃棄物なんてわからない。それで川端係長にどうするんだと聞いたんです。そうするとサインだけして控えをもらっておけというのでそうしたんですわ。その後そんなことが何度かありましたね」
横山
「まあ、いろいろなお仕事をされて大変ですね。そういったとき伝票の内容をチェックしないのですか?」
?
「全然知らないんだから見たってわからないよ。なにか不具合でもありましたか?」
横山
「いえ、そういうわけではありません。皆さんがお仕事するとき教育といいますか、仕事内容の説明を受けているかをお聞きしているんです」
?
「そうなんだよね、俺たちもいつも事務所にいるわけではないから、お互いの仕事を手伝えるように教育してもらえたらとISO事務局に提案しているんだけど、一向に・・
おれはさ、生物多様性とは何かとか中国で砂漠が広がる原因よりも、廃棄物の取り扱い方法とか、今あなたが言った伝票の書き方とかチェック方法なんてのを教えてもらった方が実務に役に立つと思うんだがなあ〜」

川端は脇で口を開けたまま黙って聞いていた。
そして山本退場。
横山
「川端さん、今日現場でバッテリーがありましたが、特管産廃なのに通常の産廃置き場にありました。これについて手順書と教育について説明してもらえますか?」
川端五郎
「それは専門教育になりまして、手順書はこれですね、ああ、ここに廃棄物の捨て方が書いてあります」
横山
「なるほど、ええと、『産廃は種類によって置き場の表示がしてあるのでそこに置くこと』とありますね。バッテリーの置き場はどこに決めているのでしょうか?」
川端五郎
「特管産廃の置き場はですね、この図で『特管産廃置場』と定めています」
横山
「ああ、なるほど。でも特管産廃といっても種類がありますよね。酸性のもの、アルカリ性のもの、診療所から出るもの、バッテリーなど・・。みな同じところに置いたら問題でしょう。どうなっていますか?」
川端五郎
「特管産廃置き場の中には『可燃性液体』と『感染性』を表示しています」
横山
「バッテリーは『廃酸』になりますが、『廃酸』や『廃アルカリ置場』がないようですね。そうすると、教育以前に置き場の設定がまずかったようですね。置き場はどのようにして決めているのでしょう?」
辻井課長
「すみませーん、省エネの計画を立てられた方いますか?」
川端五郎
「私でーす。横山さん失礼します」
川端はこれ幸いと辻井課長の方に走り去った。
横山

「ちょっとー、川端さーん、特管産廃終わってないのですけどー」


辻井課長
「御社の省エネ計画ですが、ISO対応では3年後の目的と年度の目標そしてそれぞれの環境実施計画を定めています。また、省エネ法で提出している中長期計画もありますし、鷽八百グループに報告している環境ビジョン計画書もあります。
しかし不思議なことに、省エネ法の計画とISOの数値、更に鷽八百社へ報告している内容がみな違うようですが、これはどうなっているのでしょうか?」
川端五郎
「これはですね、当社は省エネ法の規制を受けるので・・・第1種指定になっていますので・・・それで目標を法規制に合わせて1%にしています。ISOの実施計画は目標未達がありますと不適合になるので、確実に達成できるように低めに0.8%としています。鷽八百社への報告はですね、鷽八百グループの削減目標が1.5%なので、それに合わせています。省エネ法も鷽八百グループも計画未達でも不適合になりませんから」
辻井課長
「省エネに三つの目標があるとはすごいですね。御社の実際の活動はどれに基づいているのでしょうか?」
川端五郎
「うーん、そう言われると困るんですが・・・・それぞれの計画書に書いてあることをいろいろ活動をしているということで」
辻井課長
「とりあえず数値目標の齟齬はおいとくとして、ひとつの計画書の中でも矛盾といいますかおかしな点がいくつもありますね。
ISOの環境実施計画でいってみましょう。そこでは個々の活動項目の数値目標はありますが、達成のための手段が明確でありませんね。省エネ意識向上という項目があり、その項目で前年比0.2%削減するとありますが、実際に何をすれば何kWhになるのでしょうか?」
川端五郎
「そりゃあなた、しっかり省エネをしようという気持ちを持てば、前年より0.2%くらいすぐに減りますよ」
辻井課長
「まあ1回限りならそうかもしれませんが、省エネ意識を持てば毎年毎年0.2%下がるとも思えませんね。うがった見方をすれば、初めから数パーセント下げられるのを毎年小出ししているとも思えますね」
川端五郎
「正直そういうところもあるかもしれませんね」
辻井課長
「今年の削減は0.8%確実とおっしゃいましたが、各活動項目の成果を合計してその数値になる裏付けはあるのでしょうか?」
川端五郎
「はっきりいってわかりません。いろいろ活動をしているからなんとかなるだろうということで・・」
福原
「川端君、これはおかしいと思わないのか? 個々の計画を積み上げて年度の目標値に合わなければ意味がないだろう。営業の売り上げでも、資材のコスト削減でも、生産性向上でも、みな実施事項の詳細を詰めて、それを積み上げているんだよ。環境の計画がそんないいかげんなどんぶり勘定だったとは、わしは知らなかったぞ。
ヨシ、来年度は計画を策定する方法を全面的に見直しして、すべてひとつの計画書にすること。これは命令だよ」
川端五郎
「福原取締役、そんなことは無理ですよ。省エネは夏暑いとかで変わってしまうんですよ」
辻井課長
「とりあえず省エネ計画に矛盾があるということと、ISO4.3.3の目的及び目標達成のための手段がないという不適合でよろしいですね」
川端五郎
「いや不適合ではありません。手段は書いてありますよ。先だってのISO審査でもOKになっています」
辻井課長
「じゃあ鷽八百社から認証機関に苦情を申し立てしますよ。そんな節穴認証機関じゃ、お金を払う意味がありません。ISO審査で問題なくて鷽八百グループの監査で問題になっては川端さんもお困りでしょう」

辻井はくったくなくそう言ったが、辻井の顔は嬉しそうではなかった。
五反田
「消防法のことについてお聞きしたいのですが」
川端五郎
「あ、ハイハイなんでしょうか?」
川端はまたも呼ばれた方に走り去った。
福原と辻井はやれやれという顔を見合わせた。


五反田
「先ほどの現場巡回で防油堤内に物を置いていたのですが、それについての手順書を見せてください」
川端五郎
「ハイ、ここにあります」
五反田
「防油堤内に物を置いてはいけないとどこに書いてありますか?」
川端五郎
「そういう細かいことは書いてないんですよ。手順書とは手順を書くものですから」
五反田
「手順書に基準は書かないのですか?」
川端五郎
「手順と基準は違いますよ。有名な先生が『手順とは段と序のこと』だって書いてます。」
五反田
「川端さんはISO規格をご存知ですか?」
川端五郎
「ハイ、私もISO審査員補になっていますからISO規格は十分存じています」
五反田
「ISO14001の4.4.6のb項には『その手順には運用基準を明記する』ってありますよ。運用基準とは operating criteria の訳です。これは英英辞典を引くと、a standard that you use to judge something or make a decision about something、つまり判断や決定をするときの基準です。
防油堤内に物を置いてよいか悪いかを判断する基準が書いてないということは、 operating criteria つまり運用基準が欠けているということになりますね。よって御社の手順書に運用基準が記されていないとすると不適合になります」
川端五郎
「そんなことありません。ISO審査で10年も不適合にならなかったのですから」
五反田
「そうですか、困ったなあ、そんな審査を10年もしていたとは検出力のない認証機関ですね。当社から抗議することにしましょう」
川端五郎
「御社は認証機関とは契約関係にありませんから、抗議なんてできませんよ」
五反田
「いや、ISO17021では誰でも認証に問題があると考えたら苦情を申し立てができることになっていますよ」
川端はその言葉を聞いて凍り付いた。
五反田
「それから危険物庫にあった劇物表示ですが、それについては手順書ではどう決めているのですか?」
川端五郎
「危険物保管庫の手順書では、保管方法や点検方法を決めています」
五反田
「そこで劇物の置き場には劇物表示すると決めていないのでしょうか?」
川端五郎
「そういうことは運用ではなく、設置するときのことですから危険物保管庫の手順書には決めていません」
五反田
「なるほど表示板掲示は危険物保管庫の運用ではないのですね。それじゃあ危険物保管庫を設置するときの手順書というのはあるのでしょうか?」
川端五郎
「ありませんね」
五反田
「危険物保管庫は著しい環境側面でしょう? それであれば紙に書くかどうかはともかく手順はあるはずですね」
川端五郎
「設置することは運用ではないのでISO規格要求事項ではないと思います」
五反田
「そうですか。じゃあ御社では劇物表示はしなくてもよいということになるのですか?」
川端五郎
「まあ現状で問題ないとは言えませんが・・・」
五反田
「わかりました。すると適用可能な法的要求事項を特定していないということになり、4.3.2に不適合になります。それとも法規制は把握しているのだというなら運用の4.4.6の不適合にしましょうか? 私はどちらでも結構です。
とりあえず監査結果としては毒劇物法の表示がなかったという不適合でよろしいですね。法に関わる問題は重大ですからね」

五反田はニコニコしてそう言った。
川端は酸欠の金魚のように口をパクパクさせたがなかなか声が出ない。
川端五郎
「あのーですよ、過去ISO審査で問題になっていないのですが」
五反田
「だから言ったでしょう。役に立たない認証機関だって。行政から指摘されたとき、ISO審査ではOKでしたなんて言ったら笑われますよ。
それからトルエンの在庫が帳簿と大きく違いましたが、あれはどうしてですか?」
川端五郎
「教育されていない人が出し入れしていたのが問題です。みなさんもご覧になったでしょう。現場の運用が悪いのです」
五反田
「あのうですね、川端さんはISO事務局の立場で考えるのではなく、大法螺機工の代表として考えなければいけませんよ。不適合があったとき、事務局は悪くないといっても意味がないのですからね。
ともかくこれについては4.4.2か4.4.6に不適合ですが、私はどちらでもよいです。川端さんの望む方にしましょう。
はっきり言って、ISOの規格項番などどうでもよくて、それよりも消防法違反が問題ですね。消防法では指定数量以上の取り扱いには危険物取扱者自身が行うか、危険物取扱者の指揮の下に行わねばなりません。今日台車を押してきた人は危険物取扱者ではなかったですね。これは法に関わる不適合になります」
川端五郎
「本日、我々がいたとき作業者が取りに来たシンナーは指定数量以下の少量ですから危険物取扱者でなくても問題ありません」
五反田
「そうですか? 危険物保管庫には指定数量以上を保管しているのですから、そこでの取り扱いは有資格者でないといけないのですが・・」
川端無言

危険物庫に指定数量以上の危険物が置いてあっても、単に容器単位の搬出搬入を行うに際の危険物取扱の資格の要否については、消防署によって見解が異なる。
ここではそのような見解の違いによる議論を避けるために、別の容器に小出ししたという設定にした。



翌日も午前中、職場のヒアリングと書類監査を行った。
ちなみにISO審査では書類審査というと文書やISOに関する記録の確認がほとんどであるが、鷽八百社の環境監査では伝票や現場のなまの記録を見ることであり、膨大な時間と手間をかける。
五反田
「環境教育についてお聞きしたいのですが、昨日のお話では基本教育と専門教育があるとのことですね?」
川端五郎
「そのようになっています。当社の教育体系はISO規格の4.4.2で定める自覚教育に基づきまして次のようになっています。

大法螺機工(株)環境教育体系図
専門教育 廃棄物 エネルギー 営業 ・・・・・
基本教育 環境問題を知り自然保護やエコ生活の重要性を知る
自覚教育 EMSの要求事項を守る意識を持つ

五反田
「あれえ、自覚教育というのはISO規格でありましたっけ?」
川端五郎
「審査員の先生が自覚教育とおっしゃったので、当社ではそのように呼んでいます」
五反田
「なるほど、認証機関によっていろいろ見解があるのでしょう・・
ところで、廃棄物のマニフェスト伝票を書いていた人が専門教育を受けていなかったわけですが、この教育体系でそのようなことがどうして発生するのですか?」
川端五郎
「つまりですね、自覚教育と基本教育のそれぞれを受講してテストに合格した人でないと専門教育を受けることができないのです」
五反田
「なるほど、そうしますと専門教育を受けていない人は廃棄物の仕事に携わってはいけないことになりますが、なぜ専門教育を受けてない人がマニフェストを記入していたのでしょうか?」
川端五郎
「正直言いまして、基本教育の修了試験に合格できない人がいるのですよ。それでやむなくそういうことが起きるのです」
五反田
「そうしますと現行の教育方法が不適切ということになりますか?」
川端五郎
「不適切と言われると同意できませんね。単に能力のない人がいるということでしょう」
五反田
「では能力がない人が業務に就くということが問題ですが、それはどうしてなんでしょう?」
川端五郎
「ブツブツ」
五反田
「ところで教育を定めている手順書をみると、タイトルが『ISO文書4.4.2 教育規定』となっています。これは会社の文書体系でどこに位置するのでしょうか?
お宅の会社の文書体系は、会社規則、設計規格、製造規格、作業指示書などのカテゴリーがありますが、この文書は会社の正式な文書ではないのでしょうか?」
川端五郎
「ISOに関係する文書は会社規則とは別系統となっております」
五反田
「普通の会社では定款からはじまって、会社の文書が決まっていると思います。どの文書も親があってヒエラルキーを構成しています。この会社の文書体系のヒエラルキーに入っていない文書は命令権というか従う根拠がないわけですが・・」
川端五郎
「ISO文書は決裁を受けているのですから業務において命令権があります」
五反田
「昨日、総務部のヒアリングでは、環境側面評価の方法がどういう根拠に基づいているのかわからないというお話がありましたが」
川端五郎
「環境側面評価はISO事務局の仕事なんです。総務部へは私どもからデータ収集を依頼しているだけで、彼女らがそういうことを知らなくても良いのです」
五反田
「なにか非常にお仕事がやりにくいようなお話でしたがね・・・・
まあ、会社によって文書体系は様々ですから、外部の者がとやかく言うことはないのですが、まったく異なる文書体系が二つ存在するということは矛盾が発生したり、仕事をする上で問題が生じないのでしょうか?」
川端五郎
「ISOに関することついてはISO文書が優先します」
五反田
「ISOに関することついてはISO文書が優先するとはどこに決めてあるのですか?」
川端五郎
「環境マニュアルに書いてあります」
五反田
「なるほど再帰代名詞というか、冠を載せてくれる人がいなくて自分で王冠をかぶったナポレオンのようですね アハハハハ、
そういう文書体系では困りますね、といってもお分かりにならんでしょうなあ」



クロージング前の事務局と監査側の打ち合わせである。
横山
「では今回の監査結果の当方案を説明します。この協議で合意していただければ、クロージングに進みたいと思います。正直言いまして不適合がたくさんありました。その是正は大変だと思います。また不十分な是正処置では根本的な問題解決になりませんので、今後是正するに当たっては、弊環境保護部が指導を行い、環境保護部の了解を得てから実行するということをご了承ください」
../2009/meeting.gif
福原
「おお、鷽八百社で是正指導をしてくれるのか、それはありがたい。川端君、そのときはしっかりと教えてもらうんだよ。ではどうぞ横山さん、進めてください」
横山
「不適合は多々ありました。しかしここで個々の現象を不適合としてとりあげても真の原因にはつながりません。我々はこれらの問題をまとめしまして次の不適合を提示します。
まず著しい環境側面を把握していないことがあります」
川端五郎
「そんなことありませんよ。今まで認証機関から素晴らしい方法だと評価されてきています」
横山
「申し訳ないですが、素晴らしい方法かどうかは我々が関知するところではありません。しかし管理すべき項目、ISO的に言えば著しい環境側面をしっかりと把握していません。漏れが多いと言いましょうか、それが第一番目の問題です。
次に著しい環境側面について、運用手順を定めた手順書が不十分です。作成していないものもあり、手順書の内容に漏れのあるものもあり、運用基準を定めていないものもあり、いろいろ欠陥があります。
三番目に教育が不十分です。著しい環境側面に従事する人は力量を持つこととなっています。今申しましたように手順書にもいろいろ問題がありますが、手順書があってもそれに基づいて教育されていない人がいます。マニフェストの記載漏れや危険物庫に来た人を覚えてらっしゃるでしょう。専門教育は基本教育を修了しなければならないという理由で、専門教育を行っていない事例がありました。このへんになりますと教育訓練の仕組みというか、そもそもの考え方が間違っているとしか思えません。
四番目にISOのための文書や記録というものが、会社規則とつながりがありません。ISO文書に基づいてとありますが、そもそもISO文書が会社規則で定められておらず、言葉は悪いですが、ててなし子になっています。これは会社の管理上重大な問題です。これはISO規格からいっても不適合です」

放送などでは『ててなし子』は差別語に入るらしいが、一般的に文書管理では基づくものがない文書をててなし子と呼ぶので、ここでは通例に従った。この言葉を使いたくなければ『親のない文書』というしかないが・・・おお、ててなし子と同じじゃないか。
ちなみに法律、施行令、要綱などにおいて、ててなし子の文書は存在しない。そのようなことは規則作成における基本のキである。
あなたの会社は大丈夫ですか?
川端五郎
「文書がISO規格に不適合って根拠はありますか?」
横山
「4.4.4c項で『関係する文書の参照』とありますね、これは物理的な場所というだけでなく、論理的に必要な文書がたどれることを意味します。総務で環境側面評価の手順の説明を受けましたが、御社のISO文書は会社の文書体系からたどっていくことができません。
また、4.4.5のd項に『必要な版が必要なところで使用可能なこと』とあります。総務には関係する文書が配布されていませんでしたね」
川端五郎
「それは今までの審査では問題になっていません」
横山
「審査で問題になっていなくても、現実に問題が起きているならそれは立派に不適合じゃないですか?
それに総務のOLのお話では、ISO審査ではヒアリングすることがあらかじめ決まっているそうですね。台本とおりの質疑応答ならお芝居そのもので不適合なんて出っこないでしょうね」

川端は黙ってしまった。

横山
「では次に進みます。個々の問題の対策の前に、まずこの四点について、現行のシステムを見直す必要があります。実を言いまして、この四点を対策すれば、現象として表れている諸問題は一挙に解決すると考えています」
川端五郎
「しかし今までのISO審査ではシステムの欠陥があるという指摘は一度もありません。私どもは当社のEMSは規格適合で完璧だと考えています」
福原
「川端君、君の言う『私ども』とは、誰のことかね? 私は今回の監査結果から当社のEMSは完璧どころかいくつもの欠陥があると感じている」
川端五郎
「それでは『私は』当社のEMSは規格適合で完璧だと考えていますと言い換えます」
福原
「私は管理責任者いや環境担当役員として横山さんのご指摘を了解します。教育を受けていない人や資格のない人が仕事をしているというのは監査で指摘されるまでもなく重大な問題だ。教育の仕組みに問題があるのは明らかだ」
横山
「またこのような問題を検出していなかったということは、内部監査や順守評価の仕組みに問題があります」
川端五郎
「内部監査はシステムを見るのですから、実際の問題が起きているかはチェックしていません。また順守評価は各部門が行っており、事務局はそれをまとめているだけです」
福原
「川端君、基本的なことなんだけどね、君自身とかISO事務局が悪くなければいいというものじゃないよ。会社で問題が起きれば君だって失業してしまうんだ。会社で問題が起きないようにどうするかと考えてほしいね。
それに今回の監査で指摘された問題を、誰も君の責任と言っているわけじゃない。会社として是正しなければならないということだ。もちろん是正は君が中心になってやってほしい」
横山
「話はまだあります。過去10年間の審査でこのようなシステムの欠陥に不適合が出なかったということは、ISO審査が問題であるということです」
福原
「おっしゃることはよく分ります。この際認証機関を替えた方がよいでしょうか?」
横山
「鞍替えをするかしないかは御社が決めることです。但し、弊社は御社の顧客にあたる利害関係者ですから、認証機関に対して御社の事例について抗議して、しっかりした審査を行うよう要請するつもりです」
福原
「えー、そんなことできるの?」
横山
「以上、今回の環境保護部の監査概要ですが、管理責任者の福原取締役さんのほうからなにか・・」
福原
「いやあ、なにもありません。今回の監査では不適合がボロボロとたくさん出ましたが、まったくその通りだと思います。また不具合があって残念ということもありません。
むしろ、過去10年間の内部監査やISO審査でこれらを見つけなかったのを問題だと思います。
川端君、私はそう考えているが、君もそれでいいかな?」

川端は口を震わせて黙っていた。




クロージングミーティング
クロージングミーティング
クロージングでは社長も出席したが、事前に福原取締役と調整していたのか、一言「今後しっかり是正をしたい。ついてはよろしくご指導をお願いする」と語った。

その3に続きます

うそ800 本日の〆
長文でタイプするのに疲れました。


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/10/27)
予定調和で試合をすることをよく「プロレス」と言ったりしますが。プロレスはショーとして、その調和の美しさを観せるものです。
なので見ていて気分が悪いとしたら、それは単なる八百長であり「ショー」ですらありません。これを専門用語で「ショーもない」と(ry

鶏様
私はショーがなくただゴロゴロと



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