ケーススタディ 10年目のISO事務局 その10

12.11.18
ISOケーススタディシリーズとは

前回までのあらすじ
山田の元上司で現在関連会社の取締役をしている福原から、その会社のISO事務局が傍若無人で好き勝手をしているので、担当者をいさめてその会社のEMSを役に立つものに見直してほしいという依頼があった。山田は直接その担当者を指導するのではなく、監査で不適合を出して、それを是正させる過程で教育していこうと考えた。
そして定例の環境保護部による環境監査を行った結果、案の定、たくさんの法律に関わる問題やISO規格への不適合などが検出された。
その後、山田は監査で出された不適合の是正処置を直接的に教えるのではなく、ISO規格の意味を教えたり、他の会社のISO審査に立ち合わせたり、包括的に懇切丁寧に指導してきた。その結果、ISO事務局の川端氏もISO至上主義(天動説)の考えが誤っていたことを理解してくれた。
と、これだけではストーリーがお分かりにならないでしょう。ぜひ「10年目のISO事務局その1」からお読みください。
今回は「10年目のISO事務局」の最終回です。最終回には関連会社もその問題の担当者もでてきません。しかし内容はズバリタイトルそのままの「10年目のISO事務局」について考えるものです。
今回はISO規格にはあまり関係はありませんが、企業内部における活動展開には大いに関係があると思います。



藤本、五反田が環境保護部を去って、早や二月が過ぎた。川端も新事業に参加することになった。立ち上げしたところで三人とも多忙のようで、地下鉄で20分もかからないところにいるにも拘らず、環境保護部に顔を出しにも来ない。他方、山田も日々忙しく過ごしており、藤本一派の様子を見に行く暇がない。
出張の多い横山も、今日は珍しく会社にいる。とはいえ今では5名だけになった環境保護部は話し声も少なく静かである。

山田が監査報告書の案をながめていると、横山が隣の席から声をかけてきた。
横山
「山田さん、環境監査の結果はあまり変わっていませんね。不適合も減っていないし担当者のレベルが向上しているとも思えません」
山田
「そうかい、何事も簡単にはいかない。少しずつやるしかないよ。そして完璧なんてとても無理だ。我々は大きな問題が起きないように状況を把握して、問題になりそうなことを重点的に対策するしかない。すべての問題をしらみつぶしに対策するなんて不可能なんだから。
それに横山さんのレベルも経験と共に高くなっているから、見る目も変わってきただろうし期待水準も上がっている。だからそんな気になるんですよ」
横山
「しかし常に感じているのですが、ISOの仕組みが有効に働いていないことが問題ですね。
多くの組織では、内部監査のチェックリストは規格文言そのままだし、緊急事態は頭で考えただけでおよそ現実的じゃありません。
笑っちゃうのは有益な側面、あんなこじつけを考えているヒマがあるなら、必死に該当法規制を調べるとか、事故を想定してその予防を考えてほしいです」
山田
「ISO規格が悪いとは思わないけど、ISO認証というかISO審査が機能していないことは間違いない事実だね。本来なら審査員は会社に役に立たないシステムであれば、ISO規格を根拠にして不適合を出さなくてはならないのだが・・・世のISO審査員は気がつかないのだろう」
横山
「ISO審査員になる要件として、環境管理の実務経験を必須とすれば問題は解決すると思いますけどね」
山田
「そうだろうか? 横山さんは実際に廃棄物を扱ったり、地下水汚染の浄化をしたことはない。しかし横山さんはそういう仕事における問題を見つけることができる。ということは監査能力と環境管理の実務経験はあまり関係ないようだ。
では横山さんが二者監査で見つける問題を、ISO審査で見つけないのはなぜだろうか?」
横山
「うわー、それは難題ですね。ISO審査はシステムをみるので、広い意味のパフォーマンスを見ないからではないですか? 例えば遵法とかリスクの有無などを」
山田
「それはよく聞く説明だね。でもそれこそ言い訳にしか聞こえない。そもそも広い意味のパフォーマンス、つまり仕事ぶりとか活動状況を見ないで、システムが良いか悪いかを判断できるはずがない。パフォーマンスを見ないでシステムをみるというなら、書面審査だけですむはずだ」
横山
「でも審査にかける時間も、私たちは一つの工場に3日間くらいしかかけてないですし、監査人数はISO審査よりも少ないと思います。
能力の違いって言っても、私が優れているとは思えませんし」
山田
「真剣さ、あるいは責任感の違いじゃないのかな。もし見逃したら大変なことになるという認識、事故や違反が起きれば自分は失業してしまうという認識を持っていれば、ちょっとは違うかもしれない。
またそれによって見方も見るところも変わると思うよ。ハンコの有無よりも、真に責任者が確認しているのかとか、きれいな法規制一覧表があるなしよりも、それが実際に役に立つのかということを見てほしいものだ」
横山
「そうかもしれませんね。もっともISO審査員は年に数日しか来ませんから、会社のシステムが真に役に立つのか、それともバーチャルなのかわからないかもしれません。
でも多くの会社ではISO事務局なるものを作って、しかもその多くは専従者を置いていて彼らは年がら年中ISOをまぶっているわけです。そういう人たちが自分の会社のEMSが役に立たないってことがわからないのが不思議です」

「まぶる」と書いて、通常使われる言葉かと気になって調べたら、福島県の方言であることを知った。子供の頃から使っていると方言であることに気付かない。その意味は「守る」「見守る」とか「世話をする」というようなことである。実を言って「まぶる」とは純粋な方言ではなく「まもる」の古語らしい。
先日、公民館で雑談していて「財布をほろった」といったら、誰も意味が分からなかった。「ほろう」あるいは「ほろぐ」とは落としてしまうことだ。標準語の「落とす」には意図的と非意図的(過失)の両方の意味があるが、「ほろぐ」には非意図的なケースにのみ使われる。
元幕僚長の田母神さんに面識はないが私と同郷である。彼の演説を聞いたことがあるが、懐かしい言葉がどんどん出てくる。でも福島県人ならともかく、一般人は話の中身がわからないのではないかと心配する。

山田
「いったいISO事務局は何をしているんだろうね。昼寝しているわけじゃないんだろう」
横山
「それが不思議ですよね。ISO認証するときに会社の仕組みを見直すとか、必要な文書を作るとか、臨時に内部監査をするということは想像できます。でも、認証してから2・3年も経てば、することがなくなってしまうと思いますよ」
山田
「そういえばこの鷽八百の本社もISO14001認証して10年目なんだよね。今年ももちろんISO審査があったけど、私が認証機関と連絡して審査日程の調整とか、えらいさんのスケジュールを抑えたり、昼飯の手配、会議室の手配、審査費用の支払いなどをした。次回から横山さんにお願いしたいね」
横山
「まあ!本社では環境保護部がISO事務局だったのですか?」
山田
「当社ではISO事務局と名乗ってはいないよ。ともかくそんな雑務は環境保護部がしている」
横山
「わかりました。次回から私がやらせていただきます。」
山田
「しかし世間でいうISO事務局とは、そんなつまらない庶務事項をするのではなく、もっとすごいことをしているようだ」
横山
「私もそう思います。山田さんのおっしゃったことだけでは通年で一人分の仕事量なんてありませんよね」
山田
「私が片手間にしていたくらいだし、横山さんが担当するにしても、審査前のひと月ほど少し出張を減らせば対応できるよ」
横山
「いったいISO事務局ってどんなお仕事をしているのかしら? 謎だなあ」
山田の社内用の携帯電話が鳴った。♪♪♪
山田がとると、受付からで「大法螺おおぼら機工の桧垣さんが山田課長に会いにお見えになった」という。特に約束していたわけではないが今会うことは問題ない。通してくれと応えた。
ほどなくして環境保護部のドアのインターフォンから「桧垣です」という声が聞こえた。
横山がドアを開けて桧垣を打ち合わせ場に通す。
打ち合わせ
桧垣
「突然お邪魔してすみません。今日は池袋の川端さんのところに健康保険とか健康診断などの書類を持って説明に来ました。川端さんの出向は急きょ決まったので、説明する時間がなかったのです。都心に出て来るなんてめったにないので、皆さんにご挨拶しようと立ち寄りました」
山田
「いつでも歓迎ですよ。しかし、出向者への説明などは人事とか上長がすることでしょう。桧垣さんがどうしてしているの?」
桧垣
「実は川端さんの後任として私が係長を拝命したものですから、形式的には私が川端さんの上長になるのです」
山田
「おお、それはご昇進おめでとうございます」
桧垣
「冗談はやめてください。形だけ、名前だけですよ」
横山
「お宅も川端さんが抜けて大変なのでしょう」
桧垣
「うーん、何と言ったらよいのでしょうか、実は全然大変じゃないのです」
横山
「川端さんがしていた仕事は大したことはなかったということでしょうか?」
桧垣
「簡単に言えばそうですね。川端さんがいたとき、川端さんはそれはそれは一生懸命仕事していました。忙しい振りをしていたのではなく、実際に大変な仕事量があったと思います。しかしそれは会社に役に立つ仕事ではなかったというか、意味のある仕事じゃなかったのだと思います。
例えばISO文書の維持管理というのがあります。職制が変わったり、法律が変わったり、もちろん審査でいろいろコメントがあったりすると、その改定作業が大量に発生しました。でも今回の見直しでそういうISO文書を全廃してしまいました。
一部は廃止せず会社の規則にしたものもありますが、会社規則の文書管理は元々総務の仕事ですから、私たちが制定や改定しても決裁伺いや発行の仕事は総務の本来業務です。
また川端さんは環境教育というものをしていました。毎年4月になれば新入社員教育をしてましたし、一般社員には審査前に一斉に教育して試験をする、環境方針を毎年、社員、下請、構内会社に配布する、そんなことをしていました。
でも今回そういうのも一切やめました。従来専門教育と呼んでいたものは、各部門で必要なことをすることにして、環境部門は関わらないことにしました。
内部監査も監査部に移管しましたので、私は監査部からの依頼に応じて監査員を派遣するだけです。それで環境監査報告書作成も是正確認もなくなりました。
順守評価は総務の遵法確認に一本化しましたので、これも仕事がなくなりました。その他、従来ISO事務局がしていた仕事を、ほとんど全部やめてしまったわけです。
川端さんのしていた仕事は、川端さんのためというと語弊がありますか、ISO審査員のためにしていたようです」
横山
「まあそれじゃ、単純によかったわと言えないようですね」
桧垣
「そうですね、見方によれば今までの10年間、川端さんがしていた仕事はまったくの無駄で大きな機会損失だったわけです。もちろんそれは川端さんだけが悪いのではなく、管理者の責任も大きいのですが」
山田
「今回は福原取締役が改革しようと思ったわけだけど、今までの10年間の管理者はそんなことを考えていなかったのだろうか?」
桧垣
「私もその職場にいたので同罪かもしれませんが・・・・ISO認証は重要だ、ISOの仕事は難しいんだという空気を、川端さんがかもしだしていたということはありますね。
環境部門の管理者は今まで製造や資材部門の課長が年配になると回ってくるような職場だったのですよ。つまり第一線の人がする仕事ではないとみなされていたのですね。そういう人は、役職定年までの数年間の腰掛と思っていて、事なかれ主義の人が多かったのです。
そんなわけで川端さんのやりたい放題というのが実際でしたね。川端さんも悪人じゃないけど、そういう仕事に価値を見出して自尊心を膨らましていたのだと思います」

桧垣もシニカルだなと山田は思った。あるいは、今まで川端とそうとう軋轢があったのかもしれない。

山田
「それでは今回の福原さんはすごい決断だったわけだ」
桧垣
「まあ、そう言えばそうですが、当社もこのところ売り上げも損益も大変ですから、社長から無駄排除、効率向上が指示されています。丸々一人が何だかわからない仕事をしているとなると、中身を調べて改善を図るのは当然でしょう」
山田
「なるほどね。ところで、川端さんは近隣のISO関係者の間では有名だったと聞くけど」
桧垣
「そうです。ISO審査で1件も指摘を出されないカリスマ事務局と呼ばれていました。ISO関係者の間ではそういうことに価値があるのですね、私はよく分りませんが・・・
私も川端さんに、彼の名前が載った雑誌とか、論文集などをいつも見せられていました。そして毎月1回か2回、そういう会合に公用外出していました。先ほど言いましたように、課長も内容を理解していないので、川端さんの言うままでしたから。実を言って、職場の同僚からは良く思われていませんでしたね」
山田
「他の会社でもISO事務局をしている人は、ISOの会合などに公用外出するのは問題ないのだろうか?」
桧垣
「どうなんでしょうねえ。しかし当社の場合、川端さんがいなくなっても全然困らなかったのですが、他の会社のISO事務局というのも何をしているのでしょうか?」
山田
「ところで、そんなISOの会合では何をしていたの?」
桧垣
「私が川端さんから良く見せられていた論文集をみると、ISOで会社を良くしようとか、環境側面の特定、決定の新しい方式を考えたとか、内部監査のチェックリストはどうあるべきかとか、そんなのばかりで、それが会社の改善につながるとは思えませんね。どの会社もISO事務局というのは浮世離れしたことをしているのでしょうか」
山田
「審査員も浮世離れ、事務局も浮世離れか・・・バーチャルな世界、アバターか?」
横山
「以前ならお二人の話を聞けば、ひどい言いようだと思ったでしょうけど、今の私はそのお気持ちがよく分ります。 桧垣さん、ご存じのように私は鷽八百グループの関連会社の環境監査を担当しているのですが、どこに行ってもISOの内部監査が機能しているところなんて見たことがありません」
桧垣
「思うのですが、ISO事務局というものが存在するようでは、そもそもおかしいのですよ」
たまたま廣井廣井が給茶機でコーヒーを注いでいて桧垣に気が付いて、打ち合わせコーナーに顔を出した。
山田は廣井が来たのに気づき、紹介した。
山田
「桧垣さん、こちらはうちの部長の廣井です。部長、こちらは大法螺機工の桧垣係長です」
廣井
「ああ、山田君が指導に行っていた会社だね」
桧垣
「今日はたまたま都心に出て来ましたので、これまでのお礼と挨拶に伺いました。鷽八百の本社に来たのは初めてです。いいところにありますね。ここからなら千鳥ヶ淵も靖国神社も上野の公園も近くて花見の時期はいいでしょうねえ」
廣井
「なにやらISO事務局がいらないとか聞こえたが・・・」
桧垣
「ISO事務局のお仕事ってなんだろうかという話をしていまして、特別な仕事があるわけじゃないから、そういう部門はいらないのではないかと思ったということです」
廣井
「いや、俺もそう思うよ。実を言って山田君は本社のISO事務局要員としてここに異動してきたんだ」
横山
「ええ? 山田さんはさきほど本社にはISO事務局はないっとおっしゃいましたけど・・・」
廣井
「そこがこの男のすごいところだよ。彼はISO事務局をなくしてしまったんだ」
桧垣
「そうですか、ISO事務局というのはなくせるものなんですね。確かにISO事務局と称するところがしている仕事と言えば、認証機関との折衝、ISO対応のための仕事、そしてISOをテコとしての会社の改善活動くらいです。認証機関との折衝は総務でもいいし、環境部門の庶務が片手間にすればいいわけですし、文書管理は総務のお仕事で、目的目標の設定や推進は本来ラインの仕事です。改善活動なんてのはISOとは無縁ですよね。
そう考えてみるとISOのための仕事というものがあるとは思えず、ISO事務局が不要なのはあきらかです」
横山
「紙ごみ電気なんていいますが、私は紙ごみ電気の改善活動は悪くないと思います。でもそれをISOのためとか、ISOで要求していると語るのを聞くと、その姑息さに汚らしさを感じますね。ISOのためなんて言わずに、費用削減のために無駄排除しようとなぜ言えないのでしょうか」
桧垣
「そうですよ、紙ごみ電気に限らずISOで改善を進めるなんて語る人は、実は自分のウィルとして改善を進めることができないで、ISOを隠れ蓑にしてとしか思えませんね。
そんなことを考えるとISO事務局とは百害あって一利なしなのかもしれません」
廣井
「それどころじゃない、俺は、環境部門さえ不要だと思っているんだ」
横山
「まあ、それで仕事が進むんでしょうか?」
廣井
「横山さん、環境保護部がしている仕事の棚卸をしてごらん。我々は、どんな仕事をしているだろうか?」
横山
「まず広報、例えば環境報告書作成、環境のウェブサイトの管理、展示会などがありますね」
廣井
「環境報告書を作るのは、広報担当がすれば間に合うじゃないか。実を言って、10数年前に環境保護部が設立される前は、総務部が環境報告書を作っていたんだよ」
横山
「でも環境情報の収集やとりまとめが必要です」
廣井
「そんなもの別に環境保護部がなくてもできるよ。それと環境負債などは今では企業情報として公開しなければならないので、環境報告を別扱いにする時代ではない。それ以外のどれも環境保護部というか環境部門がしなければならないものじゃなさそうだ」
横山
「環境監査もありますし、工場や関連会社の環境管理の指導もあります。それから事故や問題が起きたときの対応もあります」
廣井
「我々が行っている環境監査はそもそも監査部の下請だ。監査部の環境監査能力が向上すれば環境保護部に依頼することはない。
工場の指導といっても、実をいって山田君が来るまでは指導なんてしていなかったんだ」
横山
「ええ! 以前は工場や関連会社の指導をしていなかったのですか?」
廣井
「まあ、良いか悪いかはともかく、我々もパワー不足で何もしなかった。山田君がここに異動してきてもう7年くらいになるかな。この男は面倒見がいいというか、頼まれると断れない性格というのか、工場や関連会社からいろいろな問い合わせや相談があると、一生懸命に調べて回答するんだ。そしていつしかそれが当たり前になってしまい、それによって相談や問い合わせが増えてきたというのが本当のところだ」
横山
「まあ、山田さんてすごい人だったのですね」
廣井
「すごい人か余計なことをしている人かはともかく、環境保護部が工場や関連会社を指導しなくても会社は動くというわけだ。
それから事故や違反が起きたときだが、そんなものは本来ラインが対応するのが当然だよ。工場で事故が起きれば、工場長、事業部長が対応するし、責任も彼らにある。関連会社で問題が起きれば、関連会社部が対応することになっている。今だって我々はスタッフ部門だから、命令権、決定権はない。我々は助言するだけだ。
というわけで環境保護部はなくても良い部門なのだよ。だから山田君や横山さんは環境保護部をなくすために働かなくてはならない。
会社には新しいものを開発設計する部門、材料、人、インフラを確保する部門、製造業だから当然ものを作る部門、作ったものを売る部門という本来業務しか必要ない。それ以外は支援業務にすぎない。環境部門なんて仕事そのものが本来業務に内部化されて消滅してしまうべきだ」
横山
「環境管理の指導、監督という環境行政は必要じゃないんですか?」
廣井
「そもそも環境経営の考えが浸透したら環境行政なんてものは不要になるよ。CSR先進企業にはCSR部門がないって聞くぜ」
桧垣
「廣井部長、本社であれば環境部門がなくても良いかもしれませんが、工場では環境部門がなければ動きませんよ」
廣井
「そうだろうか? 桧垣君は知らんかもしれないが、俺も10年前までは田舎の工場の環境課長だったんだ。その俺が言うけど、工場に環境部門がなくても困らないよ」
桧垣
「でも例えば廃棄物の処理などをする部門は必要でしょう?」
廣井
「必要ではないね。
例を挙げよう。会社でアルバイトを雇うにはいろいろな方法があるが、例えば各部門の要請を人事でまとめて募集する方法もあるし、各部門がそれぞれ募集して採用する方法もある。工具を買うにしても、工具管理部門が使用部門の依頼を受けて行う方法もあるだろうけど、使用部門それぞれがその辺の金物屋から買ってくるのもある。
廃棄物を出すのも、環境部門が工場からの廃棄物全部をまとめて出しても良いし、各部門がそれぞれ廃棄物業者に出してもいいんだ。公害の特定施設の届出も各部門がしてもおかしくはない。ある関連会社では電気設備などを各部門が独自に電気工事屋に頼んでしているところもある。それがいいかどうかは何とも言えないが、そういう会社も現実にある。
もちろん規模や仕事の内容によってメリット、デメリットがあるだろうけど、要するに全体を管理する環境部門とか設備部門を置くと決まっているわけではない」
桧垣
「廣井部長のおっしゃるアイデアは初めて聞きました。私は環境部門というのがあるのが当たり前だと思っていました」
廣井
「何事もアプリオリはない。すべてをリセットというか疑ってかかったほうがよい。先入観を持つと改善はできないからね」
桧垣
「とするとISO事務局がなくても良いというケースがあるのと同じく、ISO事務局があっても良いケースがあることになります。その境界といいますか、変化のトリガはどのようなことでしょうか」
廣井
「ハードやソフトあるいは組織の成熟度によると思う。例えば昔は計算機課なんていう部門があった。それはパソコンの小型化、高性能化によって、集中から分散になった。同じように省エネのノウハウの一般化あるいは廃棄物であれば法規制の改正などによって集中か分散かが変わることもあるだろう。
しかしISO事務局を置いた方がメリットがあるというのは、非常に限定されていると思う」
横山
「それはISO認証するときとか、その直後という状況でしょうか?」
廣井
「そうだ。それから諸般の事情であまりレベルの高くない認証機関と審査契約している場合もそうかもしれない。そういう場合は、インタプリターとしての機能が必要かもしれない。
いずれにしても、ISO事務局は自分の仕事をなくすために働かねばならない。自分の仕事をなくせないのは無能だからだ。ISO認証して10年経ってもISO事務局なんて名乗っている部署があるようじゃだめだね。結局ISO9000でも14000でも、事務局なんてものがあるのは初心者レベルであって、10年経っても存在しているなら『私は無能です』と言っているようなもんだ」
山田
「分ります。私も同感です。実を言って本社のISO担当を私がしていることを私自身忘れていました。なにせ日程調整とか社内通知とか会議室確保程度しかしていませんから」
廣井
「藤本さんたちが新事業を立ち上げただろう。俺は彼らのビジネスが長続きしないように思うんだ。いや長続きしてはいけないということかもしれないな」
横山
「え、ああいった環境教育とかのお仕事は先がないんですか?」
山田
「廣井さん、私も廣井さんと付き合いが長いですから、廣井さんのお考えがわかるようになりましたよ」
廣井
「ほう? では山田先生のご推察を伺おうじゃないか」
山田
「藤本さんは企業の環境担当者教育や法規制の教育をビジネスにしていますが、藤本さんの教育が良ければ教育を受けた人は藤本さんと同等の力量になり、社内で技能を伝承することができます。よって藤本さんが一生懸命教えることは自分の仕事をなくすことになります」
廣井
「その通りだ。だがそれでいいじゃないかと思う。自分の仕事をなくすために働くということは最高の仕事だと思う。先ほど言ったように山田君も横山さんも環境保護部をなくすために働いているのだから」
桧垣
「ISO9001の認証が日本で始まって約20年が経ちました。ISO14001も15年です。
それで、よく雑誌などで『10年目のISO事務局』なんて特集を見かけます。そこでは、先輩が後輩に伝える極意とか、いかに会社を改革していくかなんて議論していますけど・・」
廣井
「おれはあまりそういう雑誌に興味がなくて読んだことがないが・・・そういう特集が売れるということは、日本の企業のISOが内部化されていない、つまり会社の仕事と結びついておらず会社に貢献していないということだね。まあISO認証がビジネス、つまり入札の際の加点効果とか、ブランド目的ならそれでもいいのだろう。
桧垣君は一刻も早く大法螺機工のISO事務局を廃止しなければならないね。間違っても『10年目のISO事務局』なんて自慢してはいけないよ アハハハハ」
桧垣
「横山さんは幸せですね」
横山
「まあ、なんでしょう。私が監査で日本中を旅行できるからですか?」
桧垣
「違いますよ、廣井部長や山田課長のような素晴らしい人から、日々教えてもらえるからです。僕の場合、そういう人はいません」
廣井
「桧垣君、それは間違っている。『三人行けば必ず我が師有り』と論語にもあるじゃないか。『我以外皆師』と言ったのは宮本武蔵だっけか?
川端さんだって君にとって師であったということを忘れてはいけないよ。
それから俺は手取り足取り教えたり、ああせいこうせいとは言ったことはない。やったことに難癖をつけるだけだ。そこから学ぶ人のみが伸びるのさ」
山田
「廣井さんはなかなか曲者ですからね。それに比べれば私なんか純情で親切ですよ」
廣井
「お前も成長したなあ」
私がサラリーマンをしていた時、勤め先も仕事も変わったが直属上長と呼べる人は通算して20人くらいいる。今でも尊敬している人が一人いるが、その人は決して手取り足取り教えてくれたことはない。ただ私のした仕事について、常に論評した。こうしたのは良くない、こうすべきだ、こうしたのは大変良い、そういうことを聞いて私は工夫した。
風のうわさによると、今その方は福島の田舎の町内会で放射能除染の役員をしているという。もう70過ぎたはずだ。あなたの恩は決して忘れません。ありがとうございました。
とはいえ、廣井のモデルがその方だというわけではない。廣井も山田も、私や私の先輩・後輩のいろいろな面を寄せ集めて作ったキャラにすぎない。

うそ800 本日、予想されるツッコミ
やっと「10年目のISO事務局」が終わりました。総文字数12万字、普通の厚さの文庫本1冊分です。本にしたら売れるかって、まさかこんなお話、猫はまたぐし、犬も食いません。
「ISO認証して10年経ってもISO事務局なんて名乗っているのは『私は無能です』と言っているようなもんだ」と言うために12万字も書いたのかと言われそうですが、実はそのとおりです。(キリッ)

うそ800 本日のインヴィテイション
『10年目のISO事務局』というのは、「万里の長城、ピラミッド、戦艦大和」に続く4番目の無用の長物かもしれない。
戦艦大和は「真の進歩を忘れていた日本を、己が敗れて目覚めさせる。それが日本を救うだろう」という悲しい意義を掲げて沖縄に出撃して行ったという。
だが、『10年目のISO事務局』はそんな意義もなく、目覚めるまでなく無用、無能、無益であることは明白だ。
さあ、『10年目のISO事務局』諸君、異議があるならかかってこい。待っているぞ。
戦艦大和
ISO事務局は万里の長城、ピラミッド、戦艦大和のように長くはないですって!
そんなことありません。
ちなみに、万里の長城は6259km、ギザの大ピラミッドは一辺230m、戦艦大和は263m、
では10年目のISO事務局はといえば10光年でしょう?



N様からお便りを頂きました(2012/11/18)
「自分の仕事をなくせないのは無能だからだ。」
はい!済みません m(_ _)m
ですが、とっても難しいです。

N様 早まらないでください。
農業や製造業は自分の仕事をなくしてしまったら、食べるものもなくなりますし、便利な生活もできません。
つまり・・・どーなんでしょうか?
なくしても良い仕事となくしてはいけない仕事があるのでしょうか?
うーん、ワカンナイ 笑

ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2012/11/18)
連載、お疲れ様でした。
某誌からの反応があるといいですね。

たいがぁ様
コメントありがとうございます。
まあISO業界全体が低調ですからね、いまさら(以下略)

名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/11/18)
「自分の仕事を無くす」のが優秀なスタッフだとしたら、「不必要な仕事を勝手に作り出して、さも価値があるかのように喧伝」しているISO審(以下略


鶏様!
問題があります
優秀なスタッフは傍から見ると優秀でないように見え、無用な仕事を作り出し忙しいふりをする人は優秀に見えるというパラドックスがあります
ですから・・・先生!どうしたらよいのでしょうか 笑



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