環境ビジネス その3

12.12.09
ISOケーススタディシリーズとは

朝、山田がメールのチェックをしていると、藤本からのメールがあった。開けてみると遊びに来いという内容だ。もちろん藤本の真意は、単に顔を見せに来いということではなく何か相談事があるのだろう。
藤本たちが新規ビジネスを立ち上げて4ヵ月になる。山田が前回訪問してからひと月たっている。廣井部長から状況を把握しておけと言われていることだし、そろそろ様子を見に行かねばと考えていたところだ。今日は特段予定はない。午後からでも行ってみようと考えた。ついでに、内山を連れて行くのも勉強になるだろう。その旨を書いて返信する。

山田は、横山に内山を連れて行くことの了解を取った。横山が山田の部下とはいえ、今は横山が内山の教育責任者だから筋は通しておかねばならない。
午後一に山田は内山を連れて出かけた。地下鉄の中で内山が山田に話しかけた。
内山
「これから訪ねていくところは、どういう仕事をしているのですか?」
山田
「まあ、環境管理について、教育したり実務を請け負ったりとそんなことかな」
内山
「そういう仕事が、商売といいますかビジネスになるのでしょうか?」
山田
「おっしゃるとおり非常に難しい。どこも環境管理をしっかりとしているところは少ないが、しっかりやらねばならないという認識がないからね。ましてそのためにお金を払おうという考えのところは少ない。
しかし、しっかりと管理しなければならないという認識が生まれれば、そのためにどうしたらよいを考えるようになり、指導を受ける会社が増えてビジネスチャンスは増えるだろう」
内山
「どうもピンとこないのですが、その会社は廃棄物削減とか省エネとかを依頼すれば、請け負ってくれるのでしょうか?」
山田
「そういうパフォーマンス改善の依頼があればもちろんコンサルもするだろう。しかしその会社の実情を知らないと、そういうことは難しい。そもそも環境部門が廃棄物削減とか省エネなんてできないよ」
内山
「そんなことはありませんよ。私は環境部門にいましたが、甲府工場の廃棄物処理費用の削減を推進して当初の6割程度にしましたよ」
山田
「環境管理部門がすることというかできることといえば、発生してしまった不要物を分別したり加工して売れるようにしたり、買うところがないか調査したり、あるいは少しでも安い廃棄物業者を探すことによって、廃棄物処理費用を削減する程度のことはできるだろう。しかしほんとうに廃棄物発生を抑制するのは環境管理部門じゃない」
内山
「山田さんのおっしゃることが理解できませんが・・・・」
山田
「廃棄物を減らすには、設計を考えて切削加工するしろをなくすとか、製造方法を考えて不良を減らす、洗浄液などの寿命を長くする、塗料の塗着効率を上げたり無駄になって捨てる量を減らす、あるいは販促品の必要数の見積もり精度向上して廃棄品を減らすなどをしないと真の廃棄物削減はできないよ。
公害でエンドオブパイプなんて言葉を聞いたことがあるだろうけど、廃棄物もそれと同じく出てきたものをどうしようかと考えても手遅れです。廃棄物を出ないようにするのが本当の廃棄物削減です」
内山
「ああ、そういう意味ですか。実際の現場では、まだまだそこまでの考えで廃棄物削減はしていません。そして新設備の導入や新製品開発する部門は、廃棄物まで考えているとは思えません」
山田
「設計部門や生産技術部門はそうかもしれないが、環境管理部門は積極的にそういうところに参加して意見を述べて総合的に省エネや廃棄物削減をすべきだね」
内山
「マテリアルフローコストとかって、そういうことを考えて改善するんでしょう?」
山田
「最近、いや最近でもないか、マテリアルフローコスト会計ももう下火だから・・
私はそんな新しい言葉を使うまでもなく、開発とか製造というものは、自分の考える範囲を狭く考えないで、広い視野で全体最適を考えることによって改善が進むと思う。もちろん環境管理部門もそうだ。何事も部分最適ではなく、全体最適を考えないといけないね。
廃棄物をみて、それを売るとか費用最少で処理することを考える前に、それが発生しないようなこと考えないと時代遅れだよ」
内山が、それは理想論で実際はむずかしいとか、できっこないとかブツブツと言っているうちに、池袋に着いた。


池袋駅から藤本の会社までの道は、山田にとってもう通いなれた道になってしまった。山田はすたすた歩く。内山は急ぎ足で山田を追った。
誰もいない1階受付でインターフォンを押して来社を告げるとドアが開錠され、二人は中に入りエレベーターで目的の階まで上がる。
エレベーターを出ると川端が迎えに来ていた。
川端五郎
「山田さん、お久しぶりです。こちらは?」
山田
「内山さんといって、甲府工場から研修で本社に来ている。今日は二人でお邪魔しました」
川端は二人の前に立って案内する。別に案内されなくても場所はわかるのだが、今はどの会社もセキュリティが厳しくなって、外部の人が社内を歩くときはアテンドが必要なのは普通のことである。
環境ソリューション事業部の部屋に入ると藤本と五反田がいた。二人はいつものように大きな机の上一杯に、コピーしたたくさんの資料を並べて講習会用のテキストらしきものを製本していた。外に出かけないで会社にいるときは、このような仕事をしているのだろう。外で仕事がなくて会社でゴロゴロしているようでは商売あがったりのわけだ。
藤本
「おお、山田さん、いらっしゃい。そちらがメールに書いてあった内山さんか、
五反田君、せっかく山田さんが来たんだ、休憩を兼ねて例の件を話し合おう。
川端君、すまないがコーヒーを5個頼む」

一同はホワイトボードのある打ち合わせ場に座った。
内山
内山
川端
川端
藤本
藤本
五反田
五反田
山田
山田
山田
「景気はどうですか?」
藤本
「景気はどうかか・・・・おかげ様でぼちぼちですよ。
開業当初にご祝儀で仕事をいただいたが、その講演や研修が好評でリピートばかりではなく、新規のお客様からもご依頼を受けて、まあ日銭と言ったらいいのか3人が食べていくくらいはある。
これからは講演会、研修などの効率化、つまりテキストなどをこんな風に実施対応で作るのではなくもっと効率化を図るとか、もちろん研修会の講師は一人でこなすとか改善を図っていかなくてはならない」
五反田
「グループ企業への研修内容が結構よかったらしくて、その評判が取引先などに伝わりましてね、うれしいですよ」
山田
「研修といいますと、どんなカテゴリーの依頼があるのでしょうか?」
五反田
「環境の研修というと廃棄物というのが一般的には最も多いのでしょうけど、私どもへの依頼で一番多いのはそうではなく、法律の読み方というものです」

山田
山田にとってそれは意外だった。
「はあ? 法律の読み方ですか?」
川端五郎
「環境法規制の説明会というのはどこでもしています。しかし水濁法はこういうものですよとか、騒音規制法ではこういう規制がありますよというのは、それだけの意味しかありません。
しかし私たちが行っている法律をどう読むのかという、初歩から教える研修というのが結構受けているのです」
五反田
「実を言いましてね、元ネタは山田さんがだいぶ前に社内向けに作ったテキストなんです。ただまるまるそれを出してしまうといけませんので、その要点を使わせていただいて法律用語の意味、法律の読み方の初歩、関係する法律や施行令を参照する方法、などを教えています。そんなことも知らない人が多いのです。
ともかくですね、なんといいましょうか、知識を教えるのではなく、勉強の仕方を教えること、そういうのが期待されているようです。考えてみれば、どんな業務でも単なる知識ではなく、仕事に取り組むアプローチが重要なんでしょうね」
山田
「なるほど、知識を教えるのではなく、勉強の仕方を教えるということですか」
川端五郎
「魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えれば一生魚をとることができるってやつですよ。
私はSFが趣味なんですがね、アイザック・アジモフの『プロフェッション』ってご存知ですかね?」
山田
「待ったー、私もアジモフは大好きで、それ知ってますよ。それってもう30年も前の『停滞空間』って本に収録されていましたね。ええと、あのモチーフは要するに覚えることとか習うことよりも、考えることが大事だってことでしたよね」

川端五郎
川端は山田が同好の士と知ってニヤニヤしながら
「そのとおり、学校の試験のように教えたところから出題されて、しかも問題にはすべて正解があるなんてことは世の中にはありません。現実社会では、習わない問題が出題され、その問題に正解がなくても、インチキだとか卑怯だなんていえません。だから社会人というか、企業では知識のある人ではなく、考える人が期待されてます。もちろんファイトも必要ですが・・
だから私たちが法律の読み方を教えるのは今までになかっただけでなく、それを習った人は習わない法律も読めるようになると期待されているわけです」
山田
「それはすばらしい。何事も差別化をはからなければ存在意義はありませんから。しかしお宅の研修が評判になれば、そのノウハウが流出して他社でも類似の研修を始めるでしょうね」
五反田
「まさしく、ですからテキストにあまり細かいことまでは書いておかずに、講義では口頭で説明するなどしています」
藤本
「まあ、どんなことをしてもそういうノウハウは流出してしまうのは防げないよ。我々が同業他社に対して競争優位に立つには、我々自身が常に研鑚して向上し、他社にないノウハウやノウホワイを提供することしかないように思う」

「ノウハウ」とは「それをする方法」であり、「ノウホワイ」とは「それをする理由」のことで、いずれも重要な知的財産と考えられている。

山田
「うーむ、常に新しいことを提供しなければならないとは大変なビジネスですね」
藤本
「山田さん、そんなことないよ。革新的な新製品といっても、いずれ他社も同等のものを出すからいつかは陳腐化する。だから常に革新を図り、他社より良い製品を提供し続けるという競争が現実だし当たり前のことだ。
我々の研修サービスにおいて、一度確立したら、それをずっと使い続けることができると考えることのほうがおかしいというか、甘いですよ」
山田
「なるほど、そう言われるとそうですね」
五反田
「藤本さん、例の話ですが・・」
藤本
「そうそう、実は山田さんに相談したいことがあったんだよ」
山田
「はあ、なんでしょうか?」
藤本
「我々が研修や講演などをした後に、質問や相談を受けるのはけっこうある。その中で意外と多いのはISOを役立てるにはどうすればいいのかということなんだ。我々の考えもいろいろあるが、どういうスタンスがあるべき姿なのか、山田さんのご高説を伺いたいと思ってね」
山田
「藤本さん、ご高説とはご冗談を、
ISOを役立てるですか・・・確かに面白いテーマですね」
五反田
「山田さんも考えてしまいますか?」
山田
「うーん、五反田さん、残念ながらその回答は少しも考える必要はありません。しかし・・・どう回答すべきかは相手の様子を見て考えるということになるでしょう」
川端五郎
「相手の様子を見てとおっしゃると・・・」
山田
「簡単ですよ。その質問者の会社ではなぜISOをしているのか、ISO認証を受けているのかという理由次第です」
川端五郎
「ISOをするというのとISO認証を受けるということは同じですか?」
山田
「違います。世の中にはISO規格が御大層な・・・いやそう言っちゃいけないな、立派なものだと考えて会社の仕組みをそれに合わせようとしているところもあるからです。
質問者が『ISOを役立てるため』というなら、ISO規格を利用して会社を良くしようと考えているか、ISO認証を受けることによって会社を良くしようとしていることになります」
藤本
「なにかずいぶん難しく考えるんだね」
山田
「屁理屈をこねているわけではありません。何事も目的次第です。質問者の目的を明確にして、その目的を実現するために効率を良く実施するための情報を提供することがその回答になると考えるだけです」
藤本
「なるほど、だから相手がISOになにを期待しているかを確認してそれに見合ったことを回答するということか」
山田
「当たり前と言えば当たり前ですね」
川端五郎
「相手によって回答が異なるということですか?」
山田
「異なるといっても、Aさんへの回答とBさんへの回答が矛盾するとか、相手におもねるという意味ではありません。
Aさんがビジネス拡大を期待しているならそのための方法を回答するでしょうし、Bさんが費用改善を目指しているならそのための方法を回答するということで、当たり前のことですね。
もっともそれは当たり前なんですが、それを相手が理解できるように回答するにはどうしたらよいのかというのが検討事項でしょうね」
五反田
「相手が理解できるようにとおっしゃると・・」
山田
「私のISOとかISO認証に対する基本的スタンスというものはみなさんご存知でしょう。しかし普通の人、それにはコンサルや審査員も入りますが、そういう人々と私はISOや認証に対する認識というかスタンスが違います。ですから私の見解をそのまま披露して意見が衝突してもつまらないじゃないですか。なるべくマイルドにあるべき姿を説明するのは難しいなと思いますね」
藤本
「さすが山田さんだ。そういうことは常に考えているわけだ・・・」
山田
「アハハハハ・・・そんなこと考えるまでもないでしょう。自明のことですから」
五反田
「実際問題として、山田さんがどこかの面識のない会社に行って講演したとしましょう。その後、向こうの方から『ISO14001の認証を受けているが、当社の環境管理に貢献していないようなのです。どうしたら改善できますか?』と聞かれたとします。さてどう対応しますか?」
山田
「先ほど申しましたように、その会社がISO14001に何を期待しているかをお聞きしますね。商取引の際の裏書、あるいはグリーン調達の要件であれば、認証していれば内容はどうでもいいと答えますね。それがバーチャルでダブルスタンダードでも良いですよ。ただ費用ミニマムであることが必要条件でしょう。
そうではなく、ISO認証によって、その会社の環境管理を改善したいというなら、それは難しいと答えるでしょう。いや違うな、それはできませんと答えるべきでしょうね」
五反田
「つまり入札など商取引のためなら認証していることで立派に目的は果たしているということですね?」
山田
「そのとおりです。 しかし勘違いしていてISO認証することによって会社の環境管理を改善しようとしている会社が多いですから・・・そこはどう回答するかは微妙でしょうね」
内山
「すみません、脇から口をはさみますが・・・・会社の環境管理を良くするためにISO認証するのではないのですか?」
山田
「内山さん、内山さんはISO認証することによって会社の環境管理が良くなると思いますか? もしそうなら、そう考える理由を知りたいですね」
内山
「え、だってそれってあれでしょう。ISO規格の序文に『環境管理をしっかりと効率的に行うためには環境マネジメントシステムを構築しなければならない』とありましたよね」
山田
「ほう、ISO規格に詳しいんだ」
内山
「ISO規格の目的がそうなのですから、ISO規格に準拠したシステムを作ることによって環境管理が良くなるのは当然でしょう」
山田
「まず論点はふたつある。
ひとつはISO規格に準拠したシステムであれば環境管理が良くなるのかということ、
ひとつはISO認証を受ければ環境管理が良くなるのかということ」
五反田
「ちょっとちょっと、そんな面白いテーマを山田さん一人に語らせるのはずるいですよ。ここはひとつ前者については私が、後者については川端さんが語るということにさせてくださいよ」
山田
「アハハハ、ディベートのバトルロイヤルということでしょうか。では五反田さん、どうぞ」
五反田
「では、ISO規格に準拠したシステムであれば環境管理が良くなるのかということについて説明しましょう。『良くなる』といっても意味があいまいですから、ここでは『遵法と汚染の予防を実現し、かつ効率的なもの』と定義しましょう。
まずISO規格は要求事項あるいは仕様書ですから、それを元にマネジメントシステムを作ることはできません。それを満たすためにどうするかということを組織側が考えることになります。そもそも『準拠』とは、国語辞典の意味では要求を満たすことですからね。(JISの定義でも同じ)
とすると規格に準拠した仕組みは同じ組織においても無数にありえることになり、当然その無数のシステムのパフォーマンスは異なるはずで、規格に準拠することが効率的であるということではありません。(ISO14001の序文にそう書いてある)
そしてもっと基本的なことですが、ISO規格に準拠したシステムが、先ほど内山さんがおっしゃったように『環境管理をしっかりと効率的に行うこと』に有効であるという証明はされていません。同時にISO規格を満たさないと『環境管理をしっかりと効率的に行うこと』ができないということも証明されていません。
ようするにISO規格がシステムとして必要十分条件であるかどうかさえわからないのです」
内山
「待ってください、そうするとISO規格が正しくないということですか?」
五反田
「正しいというのも言葉の意味を考えないといけませんが、まあ一般的な意味としましょう。ISO規格が正しいと誰も証明も保証もしていませんよ。ISO規格なんて制定時や改定時には各国からものすごくたくさんの意見が出されて、それを調整し妥協して作られたにすぎません。世の中で多数決が正しい決定方法であると考えている人はいないでしょう。単にそれは不満を持つ人を最小にする方法に過ぎません。
またISO規格の改定は2004年にもありましたし、2015年にも改定することになっています。正しいものあるいは理想のものであるなら改定はありえないでしょう。
次に良くなるという意味に戻りますが、これはgoodということではなく時間的にbetterになることの意味に思えます。規格にも継続的改善とありますから。
しかしISO14001では継続的改善をしろとありますが、規格を満たせば継続的改善になるという保証もありません」
山田
「異議あり」
五反田
「え、間違ってますか?」
山田
「規格では継続的改善をしろと書いてあるとは思えないですが」
五反田
「ううむ、川端さん、そうでしたっけ?」
川端五郎
「確かに『継続的改善』という言葉は、ISO規格の序文の中の更に参考で2か所、本文で4か所でてきますが、『継続的改善をしろ』とはありませんね。『継続的改善をすることにあるべし』と『エデンの東』のようですね、アハハハハ」
このダジャレがわからなければ『エデンの東』をお読みください。

川端は以前のISO至上主義から完璧に変わってしまい、今では企業はどうあるべきかという観点でしか考えなくなったようだ。
ISO事務局担当者というのは恥ずべき職務であって、ISO事務局を廃止した元事務局という経歴こそが輝かしいものであるはずだ。

山田
「いや川端さんのおっしゃることに同意です。ISO規格は理想のものであると証明もされていませんし、だから規格要求を満たせば完璧だというわけでもありません。
まあ、何もない組織よりはISO規格を満たしている組織の方が良いだろうという気はしますけど。でもISO規格と異なるEMSのほうがよりベターとか有効なのかもしれません。
ともかく前半は意見の一致が見られたので、では後半の川端さんお願いします」
川端五郎
「えーと、私は『ISO認証を受ければ環境管理が良くなるのか』でしたね。良くなるという言葉の意味は当然五反田さんの定義によるものとします。
マネジメントシステムの継続的改善がISO14001序文のループによって行われると仮定すると、ISO審査はPDCAのループにおいてCに該当するでしょう。そうすると内部によって行われるCと外部機関によるCに差があるのかということがまずあります。
PDCA
内部で行われるC、つまり日常管理における監視及び測定、順守評価、是正処置・予防処置、内部監査によって得られない情報が、外部のCつまりISO審査によって得られるのかということです。
個人的見解ですが、これは期待薄だと思います。LMJの言葉ですが、会社を一番知っている人は会社の人ですし、外部の人が年に数日来て問題をスパット見つけるようなことがあるとは考えられません。
次に、チェックそのものは継続的改善のインプット情報の一つにすぎない。継続的改善をするのはAでありPでありDだということです。となると論理の積み重ねから、『ISO認証を受ければ環境管理が良くなるのか』というのはありえず、せいぜいが『ISO認証を受ければ環境管理が良くなるための情報が得られるのか』ということでしょう。
そしてこの回答は既に申しましたように、外部のCによって内部のCでは得られない情報を得ることができるのかということになります。
私の考えは先ほど申しましたように、期待薄ですね」
山田
「もうひとつ論点があると思います。それはISO審査を受け続ければ継続的改善が期待できるのかということですが、組織が規格を満たしている場合、審査で向上するための情報が得られるかということがあります」
川端五郎
「ISO17021では適合不適合だけでなく、改善の機会を提示することは許されています(ISO17021:2011 9.1.9.6.2)」
山田
「そこは微妙ですよねえ〜、適合不適合は審査員や認証機関によるバラツキは許されない。抜取というエクスキューズというかトレランス(工学では公差の意味)はあるでしょうけどね。
しかし改善の機会となると審査員のバラツキは無限大のように思えます。ということはISO審査によって改善の機会が得られるのではなく、改善の機会が得られるかもしれないということでしょうか?」
五反田
「私の経験からいえば、『改善の機会』が改善なのか改悪なのかという問題もありますね」
川端五郎
「まさしくそれは深刻な問題です」
藤本
「ストップ、ストップ、いやあ、みなさんのディベートだかワイガヤだかわからないが、意見交換を聞いていて非常にためになりました。お三方の見解に大きな差どころか小さな差もないように思えました。
しかし、そういう基本的なスタンスは間違いないとして、相談をされる人々はお客様であるわけで、気を悪くさせずに注文を取るためにいかに回答するかということが考えるところですね。山田さんのおっしゃったことがよくわかりました」
山田
「ISOを会社に役立てるという発想がおかしいと思いますよ」
五反田
「私も山田さんと付き合いが長いですから、言わんとすることが分かったように思います。
ISOを会社に役立てるのではなく、どうしたら会社が良くなるのかということでしょう?」
山田
「そのとおりです」
五反田
「安心しました。 ところで会社を良くするといっても漠としていますから、ここでは環境管理としましょう。環境に関して遵法と事故防止をしっかりするために、どうするべきかということを考えなければならない。そのとき、普通であればISO規格要求を満たせばよいのか、ISO認証すればよいという考えはしないように思いますね。
そうではなく、過去に発生した違反や事故防止とその萌芽を徹底的に調べて、是正処置、予防処置をとるのが普通でしょう。
その会社の問題は何かを調べて、その問題解決策をすることが一番なのではないでしょうか?」
川端五郎
「五反田さん、ちょっと疑問があるのですが・・・
そういった下からと言っちゃいけないかもしれませんが、現実からのアプローチでは完璧とか包括的な事故防止、違反防止の仕組みが作れるものでしょうか?
やはりISO規格のようなものをベースに考えることに意義がありそうな気がしますが」
山田
「お二人の意見についてどちらも一理あるように思います。ただ二つの方法があっても良いように思いますし、そもそもふたつのアプローチが矛盾するとも思えません。
個々の事象から始まったものが最終的にISO規格あるいは類似のシステムにたどり着くのかもしれません。ISO規格では環境側面は法規制の調査がありますから、それこそが過去の事故や違反を基にするのであればそもそもアプローチは同じともいえます。
だいぶ古いですが『IBMの環境経営』という本があります。それを読むとIBMは大所高所から考えたのではなく、発生した事故や違反をひとつづつ徹底的に再発防止をしてきたとあります。その結果、環境管理がしっかりしているというブランドを確立したのです」
藤本
「ワシもそれを読んだことがある。ゴールは同じでも、そこにたどり着く道はたくさんあるということだろう。
ともかく、初めに戻ると質問を受けたとき、相手の立場で最善の方法を考えたとしても、それをいかに相手に納得してもらい売り込むかということは、相手の立場、状況、顔色をみて話すということか。山田さんが最初に言ったとおりだ」


池袋から大手町までの地下鉄の中で内山が山田に話しかけてきた。
内山
「山田課長、今日はとてもためになりました。ISO規格を知っているとかシステム構築の経験なんて軽々しく語ってはいけませんね。山田課長は別格としても、川端さんも五反田さんもものすごく詳しく、最初私が知ったかぶりをして話したのが恥ずかしくなりました。もちろん環境ビジネスをしようという人々ですから、あのくらい詳しいのは当然かもしれませんが」
山田
「横山さんが君に与えた課題の中に『ISO審査の有効性と当社環境管理への貢献について』という研究テーマがあったはずだ。今日の話はそのネタになると思うよ」
内山
「甲府工場のISOも認証維持のためのもので実際の環境管理とは乖離がありますね」
山田
「数年前の私なら、そういった状況をみると即座に見直せと言ったと思うけど、今はそうは考えなくなった」
内山
「認証がビジネスのためならコストミニマムで維持するべしということですか?」
山田
「そうですね。元々ISO審査で改善を図ろうという発想がありえないなら、いっとう簡単な方法で顧客要求に応えることは良いことじゃないですか」
内山
「私は横山さんの課題を見たとき、ISOの仕組みと会社の仕組みを完全に一致させ、それを有効なものにするためになにをすべきか考えろと理解しましたが、そういう見方だけでなく、いろいろと考えないといけないのですね」
山田
「正直言って、長年認証している企業においては既にそういう結論に至っていると思う。認証して間がないとか、これから認証しようという企業においては、まだISO認証に妄想というか過大な期待を持っている会社もあるだろうね」

内山はそれっきり大手町に着くまで黙っていた。

正直なことを言って、私の考えは変わってきた。
以前は、会社の実質とISO審査の時見せるシステムが違う、つまりダブルスタンダードを見つけると、是正しろ、合わせろと言ったものだ。しかし今ではそれでもいいじゃないかと思うようになった。
要するにISO認証というのは便法なのだ。楽にすればそれでいいのだし、そしてISO審査で会社のコンフィデンシャルをわざわざ他人に教えることはない。手間がかからないなら、嘘を説明しても、バーチャルを見せても悪いこととはいえない。
ただ、会社側がそれは便法であると認識していることは最低限必要だろう。ダブルスタンダードがあるべき姿とか、そうでなければならないなんて思うようになると重病だ。
そういう人が書いているものを多々見かけるので・・・

うそ800 本日のストーリーはN様からのお便りを参考にしました。
N様、著作権とかアイデアの権利を主張してはいけませんよ 笑


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/12/9)
「体良くお帰り願う」というのも術法のひとつなのは確かでしょう。であれば、認証には最早ケシ粒ほどの価値もなく。「あったなぁ、そんなの」と言われる日も遠くはないようです。まぁ、雇用に一定の成果を挙げたくらいの効果はあったかと。

鶏様
私も最近は考えが大きく変わってきました
どうでもいいことなら肩の力を抜いて・・・暖簾に腕押し戦法が一番揉めないと気づきました
だから〇査員さん、余計なツッコミは禁止よ



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