マニュアルについての議論

13.01.13
ISOケーススタディシリーズとは

山田がパソコンを叩いていると、パソコン画面に『メールが届きました』と表示がでた。メーラーを見ると、川端からメールが入っている。メールが来れば誰からかと見るし、見ればメールを読むというのは習い性というか悲しい性である。
メールには川端が昨日、長野鷽に行ってきたこと、そこでの打ち合わせ内容が書いてある。

川端は、手順書というものはなく社内の文書がISOでいう文書化された手順であること、そしてマニュアルではそれを引用すればいいということを説明したとのこと。しかし長野鷽の久山は、マニュアルとは環境管理についての最高位の文書であるから、整合性からいってそういう考えはつじつまが合わないという。それについて川端は説得することができなかったとある。それで川端自身がそれについて理解していないのに気付いた。そしてできれば今日、山田のもとを訪ねるので相談に乗ってほしいという。
山田は、午後3時以降なら空いているので、その時間に来てほしいと返信した。



3時少し前、環境保護部のドアが開いて、藤本藤本と川端川端五郎が現れた。
藤本
「やあ、山田さん、お久しぶりです。最近山田さんのお顔を拝見していないので、川端が行くというのでお供させてもらいました」
川端五郎
「山田さん、お忙しいところどうもありがとうございます」
山田は立ち上がり、隣に座っている内山に声をかけた。
山田
「あちらでコーヒーでも飲みながら話しましょう。おい、内山さん、参考になるかもしれないから一緒にコーヒーでも飲みなよ」
4人は打ち合わせコーナーに座った。
内山
内山
川端
川端
藤本
藤本
山田
山田
山田
「マニュアルがどうとかというお話でしたね」
川端五郎
「お恥ずかしい話で・・・久山さんから環境マニュアルというものは環境に関する最高位の文書であること、だから環境マニュアルで引用している文書は環境マニュアルの子供の文書でないとおかしいと言われてしまいました。つまり社内の手順書はマニュアルで引用するのではなく、マニュアルの下位文書として制定されないとつじつまがあわないというのです。そう言われると反論できず、いや、困ってしまいました」
内山
「川端さんはISOのコンサルをしているのですか?」
川端五郎
「いや、まだコンサルまでなっておらず、コンサルたらんと修行中です」
山田
「環境マニュアルというものが何かということを改めて考えてみましょうか。
川端さん、環境マニュアルとはなんですか?」
川端五郎
「環境に関する最高位の文書でしょうか?」
山田
「最高位の文書とはどういう意味でしょうか?」
川端五郎
「法律にも上下な関係がありますね。憲法は別としても、環境基本法があって、その下に廃棄物処理法などがあって、更にその下に家電リサイクル法とかPCB特措法という下位の法律というか、特別法があると理解しています。
環境マニュアルとは環境基本法のように、上位の会社の文書という意味かと思いますが・・」
山田
「なるほど、そういうふうに考えることもできるかもしれませんね。ところで上位の規則とか上位の法律というものであると、その下位規則は当然、上位の規則に基づいて作られて制定されることになります。さて、会社の規則はマニュアルに基づいて制定されているのでしょうか?」
川端五郎
「会社の規則はISO対応のマニュアルが作られる前から存在しています。ですから会社の規則は環境マニュアルに基づいて制定されていません。具体的な細かいことは会社によって異なるでしょうけど、普通は環境管理という規則があって、その子供として廃棄物や省エネの規則が制定されているでしょう。あるいは上下関係がなく並列に多数の規則が制定されている場合もあります。そこまでは私も知っています。
しかしいずれにしても環境マニュアルとは上下関係にありません。いや環境マニュアルとは無関係なのです。そしてその関係を私は理解できていないようで、久山さんに説明できませんでした」
山田
「実をいって環境マニュアルって会社規則とは無関係に時間的には後から作られていますよね。だから環境マニュアルとはなにかということを理解していないとおかしなことになってしまうのです」
藤本
「マニュアルのトップに、『当社の環境に関わる最高位の文書』という文句を良く見かけるのだが・・・あれはいったいどういう意味なんだろう?」
山田
「私も知りたいですね。最高位の文書と言いますと憲法なのでしょうか?」
藤本
「山田さんは何でも知っているという気配だね。もったいぶらないで教えてよ」
山田
「物事は簡単なのです。マニュアルは社内の文書と上下関係にあるものではないのです」
内山
「へえ、環境マニュアルって会社の規則と上下関係にないのですか?」
山田
「そもそも会社の仕事というのはISOのマネジメントシステム規格などが作られる前から存在しているはずです。当然、会社の文書体系があり、その中で親子関係があるものや、兄弟というか同じレベルにある規則もあるわけです。
その後にISOマネジメントシステム規格が作らたわけです。ISO審査を受けるためには、社内の仕組みがISO規格に適合していることを対外的に説明することが必要になりました。そして実際にISO規格と社内の文書の対照表を作れという要求がISO規格の中にあり、会社としてはそんなもの必要じゃないのですが、認証のために作ったものがマニュアルなのです。つまり環境マニュアルが最高位の文書であるという説明は間違いなのです」

マニュアルと社内文書の関係図
多くの人はこのように理解している。
残念ながらこれは間違った考えである。
この図を書いているコンサルや審査員はすべて間違いです。
これが正しい関係図だ。
マニュアルはISO規格と社内文書の対照表である。
ISO規格にそう書いてある。

マニュアルを社内の強制力のある文書に位置づけている会社ももちろんある。そういう会社は例えばISO9001だけ認証していれば矛盾は表面化しないだろうが、他の規定類、例えば就業規則や経理の規定、省エネ法で定められているエネルギー管理基準などがある場合は矛盾を呈する。もっともその矛盾に気づかないかもしれない。(笑)
この図に異議がある方は、ISO規格を十分に読み直すことをお勧めする。

山田
「さて、ISO14001ではマニュアルを作れと書いていませんが、ISO9001では1994年版からその要求があります。2008版では4.2.2項でマニュアルを作れと明記しています」

ISO9001の1987年版にはマニュアルを作れという要求はなかった。94年版で追加された。追加された理由は、ISO9001が二者間の取引でなく、第三者認証に用いるためだからと私は理解している。

川端五郎
「そこではマニュアルが会社の最高位の文書であることを要求してはいないのですか?」
山田
「そういうことは求めていません。そこで要求していることは
  1. 品質マネジメントシステムの適用範囲、除外がある場合は、除外の詳細、除外を正当とする理由
  2. 品質マネジメントシステムについて確立された文書化された手順またはそれらを参照できる情報
  3. 品質マネジメントシステムのプロセス間の相互関係に関する記述
とあるだけです。
この文面だけを見れば、表形式にして規格項番とそれに対応する会社規則を羅列すれば済むように思えますね。
もっとも最後の『相互関係に関する記述』というのが曲者で、どこまで書けばよいのか悩みます。ISO審査では規格のshallすべてを網羅していないと不適合にする審査員がいます。つまりISO規格で『shall』があると、それに対応した『○○する』という記述がないといけないというのですが、その根拠はわかりません。私はそんなのは根拠のない言いがかりのように思います」
川端五郎
「すみません、ISO14001では規格の中でマニュアルを作れという要求がありませんでしたね。するとマニュアルがなくても良いのですか?」
山田
「そこんところが複雑でして・・・ご存じのようにISO審査というものは、ISO9001あるいはISO14001その他の認証規格だけでなく、ISO17021やIAF基準、JAB基準、そして審査契約を結んだ認証機関が定めた審査基準の重なりで行われます。ですからISO14001規格に環境マニュアルを作れという要求がなくても、それに積み重なった審査基準にマニュアルを作れとあれば、認証を受けるためには作らないとなりません」
川端五郎
「はあ、そうなんですか。私は以前からISO14001に環境マニュアルを作れとないのにどうして作成しなければならないのか不思議に思っていました」
山田
「ISO17021、以前はガイド66に、認証機関はISO規格やIAF基準になくても、独自に審査の基準を定めることができるとあります。但しその場合は、その要求を文書化して事前に組織が入手することができることという条件付きです」

cf.ISO17021:2011 8.6.1認証機関は、次の事項についての情報及び更新した情報を依頼者に提供しなければならない。
中略
d)3) 8.4の要求事項に相当するいかなる種類のコミュニケーションにおいても、認証を引用する場合の要求事項を含む、被認証組織の権利及び義務記述した文書


川端五郎
「そのようなものを見た記憶がありませんが・・・」
山田
「そんなことはないと思いますよ。審査契約を結ぶと、認証機関は『審査登録ガイド』とか『認証のための参考資料』などという資料をよこすと思います。その中に、そう言ったことが書いてあります。もしそういうことを事前に出さないでマニュアルを出せと言えばISO17021違反ですが、そんなバカなことをする認証機関はないでしょう」

もっともISO規格がどうあれ、契約文書にない要求に対応する義務は民法上も商法上もないはずだ。

藤本
「待ってくれよ、わしはいつも関係書類を持ち歩いているのだが・・・・おお、これかな。これはJ△○の『認証ガイド』というものだが、どれどれ・・・
おお、これだな、なになに『環境マニュアルの提出をお願いします。環境マニュアルとは、環境マネジメントシステムを記述した文書で、その中にシステムの概要を記載するとともに、関連手順書との相互参照ができるようにしたもの』とある。そして『その中に環境方針、著しい環境側面、特定された法規制及びその他の要求事項、環境目的、目標及び実施計画、組織図及びその組織の役割、責任及び権限』を記載することとある。
しかしなんだね、この認証機関は及びと並びの使い方も知らんと見える。レベルが低い。(某認証機関の審査登録ガイドの記述そのままです)
ともかく、これをみるとさっき山田さんが言った『相互関係に関する記述』はないようだ」

認証機関と審査契約を結ぶとき一般的に認証ガイドブックのような名称で、事前に提出する資料を指定される。その中でマニュアルを作成を提出することが指定されているはずだ。もしISO14001でマニュアル作成義務が記載されていない場合、マニュアルを作成する義務はない。
なお、一部を除きほとんどの認証機関はこのガイドブックを公開している。
JACO「JACOマネジメントシステム認証ガイド」2011.12版 (2013.01.07アクセス)
JMA「品質及び環境マネジメントシステム審査登録システムガイド」2012.06.01改定AA版(2013.01.07アクセス)
公開していない認証機関は、透明性がないように思う。


山田
「環境の場合は、それに関しては認証機関の要求次第でしょうね。しかしそのJ△○の審査では『規格のshallに見合った文言がない』なんて不適合がたくさんありますが、ありゃどういうことを根拠にしているのでしょうか。認証機関に問い合わせしたいですね」
川端五郎
「すみません。話がそれているようで、私が知りたいこととは無縁のようですが・・・」
藤本
「川端君、こんなことを言っちゃなんだが、ある疑問を持った時に、それにピッタリの回答が返ってくるとは限らない。いや回答は返ってきているのだが気が付かないということもある。わしには、今まで山田さんがおっしゃったことに、既に川端君が困っていることの回答があったように思うがね」

川端は藤本を振り返り、少し困ったような顔をした。
川端五郎
「すみません、私には・・・」
藤本
「川端君は『会社の規則は、マニュアルに基づいて制定されるのか?』と質問した。それに対応する回答なら『イエスかノウ』あるいは『マニュアルに基づき制定される』あるいは『マニュアルとは無関係に制定される』のいずれかになるだろう。しかしそういう直接的な回答は現実には少ない。
山田さんはマニュアルとはISO14001の規格要求にはないとおっしゃった。そして認証機関が規格と会社の文書を参照するために必要だからと認証機関が要求する場合があるという。
そこから川端君の質問に対する回答は演繹されるだろう」
川端五郎
「そうしますと『会社規則は、マニュアルとは無関係に制定されたもの』ということになりますね」
藤本
「そうなる。そして『最高位の文書なのか?』という質問にも答えが出たことになる」
川端五郎
「マニュアルは会社のマネジメントシステムの概要を示したものに過ぎませんから、最高位の文書ではないのですね。いや文書と言えるものかどうかも怪しくなりました」
藤本
「文書の意味は多様だけれど、ISO規格でいうドキュメントとは実行を命じたり、手順や基準を示すものであるから、その意味ではマニュアルは文書ではないね。解説書とか社外広報資料という性格になるだろう」

現在改定中のISO9001やISO14001では、文書と記録の区別もなくなり、文書とは一般的な意味になるようだ。このウェブサイトが2015年以降存在するとは思えないが、もし2015年以降にお読みになることがあれば、昔はアホな規格だったのだと思ってください。

山田
「藤本さん、解説ありがとうございます。私が付け加えることはなくなってしまいました。
あえて付け加えるなら、昔は二者間で品質保証要求があったとき、社内の規則や基準はコンフィデンシャルなので、そのサマリーを書いて客先に出したものです。マニュアルとはそういうものに過ぎません」
川端五郎
「すみません、私は固定観念があって、お話から柔軟に意味を読み取ることができないようです。
私が理解したことは、ISO規格対応のマニュアルは仕事のマニュアルではないということになります。
うーん、するとまた別の疑問がわき出てきました。ISOコンサルの中には会社の手順書をマニュアルに盛り込んでしまえば簡略化できると主張している人がいます。実際にそういった方法をとった会社もあり、そうすることにより文書が減るとか語っています。あれはどういうことなのでしょうか?」
内山
「私も参加してよろしいでしょうか?」
藤本藤本がいいよと態度で示した。
内山
「会社によってはISO認証する前には社内文書が整備されていない会社も多いのではないでしょうか。そういう会社がとりあえず認証するためには社内文書を整えるのではなく、マニュアルになんでもかんでも盛り込んでしまえば、マニュアルだけで審査を受けることができるだけでなく、下位文書を省略できるということでしょう」
川端五郎
「つまり会社の文書がない場合は、それは正しい方法になるのか?」
内山
「当座しのぎにはなるでしょうけど、あるべき方法とは言えないと思います。
と言いますのは、例えば今環境の認証を受けようとしたとき、ISO14001の4.1から4.6までに関してやることをマニュアルで記述したとします。じゃあ、ISO9001の時はどうするのかという問題があります。へたをすると、下手をしなくても、そんなアプローチじゃ文書管理、是正処置、内部監査といったインフラ的要素を複数の文書で定めることになり、精神分裂的症状をきたすと思います。
すべてをマニュアルに盛り込んでしまうほど極端ではなくても、多くの会社ではISO9001用の記録、文書があり、ISO14001用の記録文書を作っています。その維持はハンパではありません。そしてISOシステムの統合というおかしな発想が出てきたのではないでしょうか」
山田
「内山さん、お見事。私はそういうアプローチは最低の方法論だと思います。認証さえ取れればいいんだと語る人もいますが、会社の仕組みをズタズタにして認証することに価値はありません。それにISOの認証をいくつしたところで、経理や営業や特許管理などを網羅するはずがない。会社とはISO規格に書いてあることだけでは動かないのですよ。
手順書をマニュアルにまとめようというコンサルとか、規格対応で考えるコンサルは、ISOの意味を理解していないし、会社の実態を分っていないのです」
藤本
「現在ISO9001やISO14001の改定作業が進められているが、今後は基本的な仕組みが共通になるらしい。そうするとマニュアルが最高位の文書という説明は似合わなくなると思うね。
だって例えば品質システムで文書管理規則を作ったとしても、その後に事業継続システムでその文書管理規則を引用した場合、文書管理規則が事業継続マニュアルの下位文書と言っては矛盾だ」
川端五郎
「うーん、段々とわかってきたように思います。
私の目の前の課題に戻りますと、マニュアルは最高位の文書ではない、マニュアルは社内に対して強制力を持つ文書ではない、会社は社内文書で動いているということですね」
山田
「もちろん世の中にはこれしかないとか、これが絶対だというものはありません。場合によっては、マニュアルにすべてを盛り込んでしまうという方法も良い場合もあるかもしれません。それでも不純であることは間違いないようですが」
藤本
「ネットでの議論を見ていると、ISOコンサルやISO事務局の中には、会社の仕事とか会社の仕組みということを理解していない人が多いようだ。いったい彼らはどうしてそんな発想を持つにいたったのだろうね?」
内山
「藤本さんの今のお言葉は疑問というよりも嘆きなのでしょうけど、私はその回答を知っているように思います」
藤本
「ほう?」
内山
「実際の仕事をしたことがないからです」
藤本
「そりゃ手厳しいね」
川端五郎
「いや、私もそう思います。私自身が現場での仕事では一人前ではなく戦力外でしたから。ISOというバーチャルな仕事に安住の地を見つけたというのが本当でしたね。
久山さんと話していると、半年前、1年前の私を見るようです。なぜ会社の価値観で物を考えないのだろうかと不思議でなりません」
山田
「ISO審査がおかしいからじゃないですか? 現実の審査はISO規格を理解している人にしか通用しないような質問がされています。
ISO審査が、会社の第一線で働いている人の支持されるような質疑で行われたら、一般の人は審査に価値を見出し、審査は評価されたと思います。しかし現実は違います・・」
川端五郎
「おっと、その続きは私が言いましょう。『環境側面はなんですか?』、『それはどのような方法で決めたのですか?』、『有益な側面はどれですか? 有益と有害な側面を識別していますか?』
まあ、営業で売り上げを出そうとしている人、いかに省エネ設計をしようかと考えている人、廃棄物の担当者が聞いたら、チンプンカンプンでしょうね。」
山田
「ISO事務局のお仕事の一つには、審査員の質問を通訳することもありますからね」
藤本
「そんな質問をする審査員も異常だが、そういう審査を放置してきた認証制度も、黙って受け入れてきた企業側も異常だね。
つまるところISO審査の価値を上げようという意識がなかったのだろう」
川端五郎
「いや藤本さん、そうじゃなくて、そういった関係者の多くが、会社の真の姿を知らなかったのではないでしょうか。
いい年をした審査員が、会社の中で環境側面という言葉が使われているとか、ISO規格で使われている目的と目標の意味の違いが理解されていると考えることがおかしいです。そんな質問をしたり環境側面に有害か有益か識別しなさいと語るのを見ていると、この人は何を考えているのだろうと不思議に思います。社会人としてまっとうな考えをしていないことは間違いありません」
藤本
「うーん、だが認証機関の取締役とか社長になれば、それなりの見識があろうというものだが・・」
川端五郎
「認証機関の幹部は見識があるかもしれませんが、もしそうだとすると自分の部下を掌握していないのではないでしょうか。アイソス誌などに認証機関の社長がかっこいいことを語っています。しかしその認証機関から来る審査員は、社長の見解とは大違いのばかばかしい審査をしているという実態があります」
藤本
「認証機関の社長方針が周知されていないというわけだね」
川端五郎
「きっとそういった審査員は認証機関の方針カードを身に付けているのではないでしょうか。方針を暗記するとか方針カードを携帯することと、周知することは無関係ですのにね
おっと、これは私が未熟なときに山田さんから言われた言葉でした」
山田
「おいおい、内山さん黙っているが、何を考えているんだ」
内山
「いや、みなさんのお話を聞いていると、私などまったくの駆け出しであることがよく分ります」
藤本
「内山君といったね、それはどういうことだろう?」
内山
「ご存じと思いますが、ボクは甲府工場から研修のために環境保護部に預けられている身分なのです。今までボクは上長が改善提案を採用してくれないとか、ことなかれだと批判ばかりしてきました。よく考えるとボクの視野が狭くて、諸事情を考慮するという考えがなかったんですね。今お話にでてきた審査員のように、会社というものを理解していなかったのです。ボクは廃棄物管理を担当していました。だから廃棄物の遵法や費用削減には気を使っていましたが、環境管理全体を考えていたかと言えばそうではなかったし、ましてや甲府工場の事業全体から廃棄物管理がどうあるべきかということを考えたことなどありませんでした」
藤本
「なるほど会社で働いていながら、会社の仕組みを知らないということだね。じゃあどうしたら会社というものを理解できるようになるのだろう。ISO規格をみて、会社はこうあるべきだと考える人が多々いるのだが、そういう発想自体異常としか思えない。そういう人はそれまで会社の仕組み、会社に関わる法規制、それは会社法、商法をはじめ多様な規制を受けて、今の仕組みがあるということを理解しないとならないわけだが・・・」
山田
「企業の仕組みを理解していないというよりも、相手に分かりやすい質問はどうあるべきかとか、相手を理解するという努力が足りないのではないでしょうか」
川端五郎
「勉強していないからではないでしょうか。サラリーマンであるなら、たとえ現場の作業者であっても組織の仕組み、組織の論理、自分の職業に関する知識、世の中の動きというものを常に勉強しなければならないのです。しかし多くのサラリーマンはそういう勉強をしていないから、広い視野で物事を考えることができないのです」
藤本
「そう言っちゃそれまでかな」
山田
「うーん、そう単純ではないと思うのですよ。審査員の人の多くは企業で働いていた人、しかも管理職経験者がほとんどでしょう。だから会社の仕組みを知らないとか、社会の常識を知らないということはないだろうと思います。
なんというのでしょうかねえ、監査ではコミュニケーションが重要ですが、会社におけるコミュニケーションとはその会社の文化を共有していて、その会社の方言というと変かもしれませんが、まあ同じ言葉で話し合っているわけです。だから意思疎通にそう大きな問題は起きないでしょう。
しかしまったくの初対面の人とコミュニケーションをとる能力があるのかといえば、ないのではないでしょうか。
また環境側面とか法規制など、今までの仕事で関わったことのない概念については、本を読んだだけで、過去の自分の仕事にあてはめて考えることをしていないからではないでしょうか。応用力がないのか、気が回らないのか・・それとも新しいことに取り組む意欲がないのかもしれませんが」
内山
「山田さん、そう言えばそうなのですが、じゃあ個人として考えればどのようにしてどんな勉強をすればよいのでしょうか?」
川端五郎
「自己啓発本なんかを読むのはどうだろうか? 本屋にはMBAのテキストなんてあるよね。ああいったものを読んでいると、いろいろなケーススタディが載っているけど、役に立たないだろうか」
山田
「私も勉強することが必要だという意見に賛成ですが、勉強とは難しいことを学ぶことでなく、目の前の問題をより上手く効率的に処理できるように常に努めることだと思います。学ぶというよりも工夫というべきだろうか。
営業に行ってお客様から質問されたり相談されたとき、分らないことがあれば・・・・日常分らないことはたくさんありますが・・・・そういうことをほおっておかないですぐに調べること、そういうことが大事ですね。
例えば『この契約書にいくらの印紙を貼ったらいいですかね』と聞かれたとき、ワカリマセンで済むかもしれない。しかしその場でわからなくても後で印紙税の手引きをプリントして携帯するとかリフィルにとじておくとかすることで、次回同じ場面では力になるでしょう。そういうことを積み重ねている人としない人は、10年も経てば相当な差がつきます。
審査も同じです。仮に『有益な環境側面が必要』と言って、会社側から『それは規格のどこにありますか?』と質問されたら、その審査員は次の機会には相手を論理的に説得できるようにならなくてはいけません。説明できないなら要求しちゃいけません。
ともかく、分らないことがあったら、それを勉強の機会と考えると楽しいじゃないですか」

環境目的と目標双方の実施計画が必要と言って私に論駁された審査員が、それ以降も他社に行ってはふたつの実施計画が必要と言い、なければ不適合を出していた。学ぶ力がないのか、ボケているのか、信念の人なのか、なんだったのだろう。ご芳名は■上さんとおっしゃった。

内山
「山田さんはすごい人ですね。横山さんも山田さんを見習って、ものすごく努力しています」
藤本
「おいおい、内山君、君は山田さんを見習うために本社に来ているんだろう。少しは腕を上げたのか?」
内山
「いや、そう言われるとまだまだ未熟で・・・
しかしソクラテスではありませんが、私は自分が無知であることを知りました」
藤本
「アハハハハ、それはよかった。
こんなことを言ってはなんだが、山田君は決して秀才ではない。しかし常に学ぶという姿勢を忘れないのがすごい。昔、大学の時、年配の教授が『恐ろしいのは勉強した人ではない、今勉強している人だ』と語った。山田さんを見ているとまさしくそう感じるよ。
私と同期で入社したひとりは、みんなと酒を飲んだときでも寮に帰ると本を読みいろいろ論文もどきを書いていた。数年して会社を辞めて大学院に入りなおして、今大学教授をしている」
山田
「それはすごい方ですね。しかし今の立場を維持するにも、常なる努力が必要です。
とはいえ、私はそんな努力家じゃありませんよ」
川端五郎
「『男子三日会わずば括目してみるべし』と言いますから。常に向上心を持って学んでいる人にはかないません。
そして、努力なき者は去れと言いますしね
いつも問題意識をもって物事を考えている人は、環境マニュアルに基づいて会社規則を制定するとか、環境マニュアルが最高位の文書だなんてことは思いつかないでしょうね」
藤本
「ということはおかしなことを語る審査員もISO担当者も、努力不足なんだ」
川端五郎
「そしてそれに気づかないということは、己が無知であることを悟っていないのでしょう」
内山
「じゃあボクはその段階を一歩抜け出しましたね」
みんな笑った。


うそ800 この拙文を書いた理由
なんでこんなわかりきったことを書いたのかといえば、分っていない人がいるからだ。

うそ800 本日の予告
マニュアルとくれば次は文書でしょうか。おっと、期待しないでください。


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2013/1/9)
マニュアルをまるで憲法のように奉る審査員は今でも多くお見かけします。更には「ISO9001は経営の規格だから、会社の業務の全てがマニュアルに記載されている必要があるぞよ」といいながら、「ただし環境は14001だから無関係ぞよ」と仰せです。環境は会社の業務ではないのかwと小一時間。

名古屋鶏様 毎度ありがとうございます。
経営の規格? はて、そのマニュアル通りに行えば、企業買収も防げ、円高にも負けず、オイルショックにも・・
これは1時間ではなく、2時間ばかり・・・

ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2013/1/9)
さて、ISO14001ではマニュアルを作れと書いていませんが、ISO9001では1994年版からその要求があります。2008版では4.2.2項で環境マニュアルを作れと明記しています。

やなこった。知るか、そんなもの。

なお、一部を除きほとんどの認証機関はこのガイドブックを公開している。

現認証機関には、そんなものないですなあ。どうやら「一部」のようです。
つか、規格改正で認証制度がこれ以上ひん曲がるようなら、いっそ認証を返上しますわ。付き合っていられません。

たいがぁ様 まいどありがとうございます。
知るかそんなもの!と言える人はいいですが、言えない人も多いわけで、そういった人たちはひたすら・・・
規格改正は着々と進んでいるようですよ。改正した暁に、認証する会社があるかどうかは定かではありませんが・・



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