ケーススタディ 環境部長のおしごと

13.02.13
ISOケーススタディシリーズとは

数日出張して久しぶりに出社した山田が、溜まっているメールを片付けようと頑張っていると廣井が呼んだ。山田が顔を上げると手招きしている。山田は廣井のところに歩いて行く。
山田
「廣井さん、なんでしょうか?」
廣井
「経済新聞が出している環境雑誌を知っているだろう」
山田
「環境雑誌と言われても星の数ほどありますが・・」
廣井
「うちが毎月購読している中に、『環境部長のおしごと』って連載があるやつだ。毎回あちこちの会社の環境部長がいい加減なことを書いているやつだよ」
山田
「ああ、あれですか。わかりました。
しかしいい加減なことを書いているとは廣井さんらしいなあ」
廣井
「そうだ、あれだ、あれ。で、再来月号に当社の環境部長に書いてほしいという依頼が来た」
山田
「へえ、廣井さん、原稿料いくらもらえるんですか。花見の時にはご協力お願いしますよ」
廣井
「あほか、おまえ。お前が書くんだよ」
山田
「私は環境部長じゃありませんから」
廣井
「外に出た時は部長の名刺を出しているんだろう。四の五の言わずに当社代表で書け。もちろん名前はお前で原稿料もお前がもらっていい。メールを転送するから頼むぜ」
山田も廣井に何年もさんざん鍛えられてきたので驚きもしない。
山田
「わかりました。では適当に・・」
廣井
「そうそう適当でいい。内容は一切任せる。
と言いながら一つ俺の希望だが、今までの各社のものを読んでいるとアホらしいというか、現実離れしたことばかりだ。恨まれてもレベルが低いと思われてもいいから、上品とかウソッパチでなく地に足を付けたことを書いてほしい。読者は俺ひとりだと思っていい」
山田
「わかりました」
大学院から講師を頼まれたときもそうだが、新しいことをするのは面白い。たかだか数ページのエッセイを書くにしても、新しいことへのチャレンジだ。歩くのも平坦な道より少し上り坂、ゴルフならアゲンストの風があったほうがファイトがわく。もっとも、あまり坂がきついと嫌気がさすが・・
山田は、艱難辛苦を与えよと三日月に祈るほど自虐的な男ではない。いやストイックというべきか。



山田は改めて「環境部長のおしごと」の過去記事を10件ばかり読んでみた。もちろん毎月読んでいるのだが、そんなに真面目に読んでいないし、そもそも真面目に読むような内容でもない。世の中には、こんなものを真剣に読んでいる人もいるのだろうか?
山田は、過去の記事を読めば読むほどどうもおかしいなあという気がする。それは一人が書いたものに対する違和感ではなく、過去の記事すべてがどうも山田の感覚とあわないのだ。普段着でなくカミシモを着けているということもあるが、それ以前にどうもおかしい。何がおかしいのだろうと思いめぐらしたが、発想のベースラインがおかしいのではないかという気がする。
ベースラインとは難しい概念ではない。今では血圧計を買い求め自宅で定期的とか毎日測定している人も多いだろう。血圧が高いとか低いというのは、一度測って言えるものではない。継続して測定して蓄積したデータから普段の状態を把握して、今日の測定値が普段と比較してどうだろうかということだ。
、血圧計はお持ちじゃありませんか? 血圧計がないなら体重計でも良いです。え、お宅には体重計もないですか。じゃあ体温計くらいはあるでしょう。風邪をひいたときに体温を測っても、いつもの体温を知らなければ熱がでたかどうか判断しようがありません。私は肉を食べないせいか平熱が低く36度もない。だから37度にもなると相当熱がでていることになる。しかし平熱を知らないと微熱と思うかもしれない。この平常の判断のもとになるものをベースラインという。
じゃあ、過去の環境部長たちが書いた記事はどのように変なのだろうか?
山田は回答と思われるものが浮かんだがあまり確信はなかった。まだ半月くらいはあるだろう。じっくりと考えようと思う。
そんなことを思っていると、向かい側の席から岡田が立ち上がり山田のところに来た。
岡田
「山田さん、ちょっと相談があるのですが」
山田
「はい、なんでしょうか?」
岡田
「ちょっとあちらでいいでしょうか?」
岡田は打ち合わせコーナーを指さす。
山田は断ってもしょうがないと思い
山田
「いいとも」
二人は給茶機でコーヒーを注いでから打ち合わせコーナーに座った。
山田
「だいぶ前、エコプロ展に出さなくなるとか、環境報告書がなくなるとか心配していたけど、そんなことかい?」
岡田
「それもありますが、もっと普遍的なんていうと大げさですけど・・」

山田
山田は笑いながら
「なんか哲学的な問題なんだろうか?」
岡田
「そんな大げさなことじゃないんですが・・・・私が入社して、総務とか営業に配属されたとしますよね、仮に総務に配属されたとしても、そのお仕事はオフィスの管理もあるでしょうし、防災もあるでしょうし、健康診断もありますよね。総務のお仕事とは他部門に属さないものという定義をみたことがあります。私が総合職でもこれしかないなんてことではなく、仕事の内容が変わることも大いにありますよね。あるいは総務にいつまでもいるのではなく、営業に回されるかもしれないし、工場に転勤になるかもしれない。それが当たり前ですよね」
岡田の話はとりとめがなく、山田は聞いていて船に酔ったような気がする。
岡田
「総務に配属された場合ならそれがおかしくないですよね。でも環境保護部に配属されて環境報告書を担当していると、環境報告書がなくなるのがものすごいショックだったのはどうしてかなと考えたんです。つまり環境保護部のお仕事は特別だと思っていたからでしょうか?」

山田はやっと岡田の言いたいことが分かったような気がした。
山田
「岡田さんが言いたいことはこういうことかな。環境保護部で環境報告書を担当していてそれがなくなるのでショックを受けた。でも視野を広げれば総務も環境保護部と変わらないはずだ。総務で担当が変わってもおかしくないし部門を変わることも珍しくない。総合職なら転勤もあるだろう。じゃあ環境保護部は特別なのかということだね?」
岡田
「冷静に考えるとその通りです。でも私にとってショックだったのは事実でしたし、それはなぜなんだろうというのが疑問です。
山田さんは元営業だったと伺っておりますが、営業のお仕事と環境のお仕事と違いはありますか?」
山田
「違いねえ〜、ないんじゃないかなあ〜。少なくても私は環境保護部に来たとき、特別の仕事とか、営業に比べてやりがいのある仕事と思ったことはないよ。どの仕事も同じようにユニークであり重要だと考えている。
岡田さんのお話を聞いて非常に興味がわいたのだけど、環境が特別だというのはどうしてなんだろうか? 華やかだからか? 流行の最先端を行っているからか? 広報なんてしているとマスコミの取材を受けたり展示会で発表したりするからか?」
岡田
「おっしゃるとおりですね。ミーハーと思われるかもしれませんが・・・
私は初め開発本部配属でしたが、数か月してこちらに異動して来ました。そのとき華やかな職場に配属になって嬉しかったですね。まず環境報告書のトップぺージは毎年社長のメッセージが載りますが、そのためには数回社長にお会いして環境を取り巻く社会状況とか出来事を説明し、それに対する社長のご意見を伺い、インタビュー記事をまとめるのです。私のように入社してまもない女性が社長とお話しできる人なんて、当社で何人もいないと思います。
それに、誰が見てもマスコミが華やかであることは間違いないでしょう。地味な機械部品の会社で、環境保護部がマスコミにいちばん近い職場だと思ったのかもしれませんね」

山田は今まで引っかかっていたことの回答が見えてきたように思えた。
岡田
「エコプロ展に参加しないということを聞いたとき、今まで一生懸命してきたことがゼロになってしまうという気持ちもありましたが、華やかな舞台が一つなくなってしまうという気持ちが大きかったです」
山田
「そして環境報告書がなくなると記者発表の場もなくなるし・・・」
岡田
「そのとおりです。社長にも会えなくなってしまうでしょう。私は見栄っ張りのミーハーなんでしょうか?」
山田
「そんなことないよと言うべきかもしれないが、ミーハーであっても悪いことじゃない。誰だって地味な仕事より華やかな仕事がしたいと思っているだろう。
横山さん横山 は以前は君が今している広報担当だったけど、自分から希望して監査担当になった。彼女は広報や展示会の運営よりも、環境管理のプロになりたいとかあるいはゆくゆくは環境NPOで働きたいのかもしれない。まさかISO審査員ではないだろう。良く見かける感情論で騒ぐNPOでなく、事故や違反があればそれを法規制の問題や原因を技術的に究明するプロフェッショナルなNPOなんてのを立ち上げるのかもしれない。そのほうが自分を高く売れるという計算があるのかもしれない。そういう仕事をしていてやがては大学教授という道もあるし」
岡田
「横山さんとお話すると、彼女もこのままでは終わらないように思います。いずれにしても横山さんも、環境保護部の仕事は総務とか経理の仕事とは違うと認識しているわけですよね」
山田はなるほどと思った。そして岡田と話したことからいろいろなことが分かったというか気が付いたと心の中で感謝した。



次の日、山田は会議の予定がないので、一気呵成に「環境部長のおしごと」の原稿を書くことにした。先方の希望では2,500字程度という。ぴったりにできるかどうかわからないが文の流れも決めずにキーボードを叩き始めた。


文字数はピッタリ2500文字である。私もけっこうやるね ♪

山田はザットながめるとプリントアウトして廣井の席に持って行った。どうせメールで送っても、廣井はモニターで読むことをせずプリントアウトするので面倒を省いたのだ。
山田
「廣井さん、ドラフトです。たぶん廣井さんには喜ばれるでしょうけど、雑誌社には喜ばれないでしょうね」
廣井
「そうか、じゃあ良い内容だろう」
廣井があちこち朱を入れて、それを山田が修正した後、雑誌社に送った。雑誌社はコメントもせずそのまま掲載した。
山田は気になってひと月くらいしてから雑誌社の担当に「苦情、反論などありませんでしたか」と問い合わせたが「まったくコメントはありませんでした」とのことであった。担当は更に「今までの記事にも感想も苦情もないのが実情です」という。
山田はあまり真剣にならなくても良かったのかと、肩すかしを食らった感じだった。
そんなことを廣井に話すと、
廣井
「原稿料をもらって言いたいことを書いたんだから文句言っちゃいかんよ。それに反響がなくても15,000人の読者は読んでくれただろう」
と言った。
某環境月刊誌の発行部数は15,000部だそうです。意外と少ないのですね
それだけでなく言葉をつづけた。
廣井
「もうすぐ花見だね。今年の幹事は岡田か? 山田よ、原稿料は寄付するんだぞ」
とすごみをきかせた。
山田
「廣井さん、冗談はやめてくださいよ。原稿料は3000円でしたよ、過去記事を読んだり書いたりした時間を含めると、時給150円にしかなりません。もうやけですよ、アハハハハ」

うそ800 本日のネタばらし
日経BP社の「日経エコロジー」という雑誌に、「環境部長の悩み相談」という連載がある。各社の環境部長らしき人(実在するのか大いに怪しい)から相談があって、それに権威者が答えるというものである。
毎月読んでいるのだが、どうも質問内容も回答も変だという感じがして、しかたがない。
なぜなんだろうかと考えると、質問そのものが環境を担当している人なら質問するまでもないことばかりだからだ。分りきったことを質問して、分りきったことを回答するって、無意味なような気がする。それ以前に、私なら質問するのが恥ずかしい。それとも私が勤めていた会社は世の中の水準よりレベルが高かったのだろうか。
そして別件だが、「環境部長の悩み相談」という連載は実際にあるが、「総務部長の悩み相談」とか「営業部長の悩み相談」というものがないのはなぜなのだろう? なぜ環境だけがあるのか?
そこが面白いというか不思議なことだ。
おっと「日経エコロジー」にはそれよりも、不思議な連載物がある。「ISO14000事務局 10年目の本音」だ。分家のブログで、毎月この書評を書いているので、興味があればお読みください。
毎月私がコメントしているにも拘らず、書き手に少しも進歩がみられないのが口惜しい。 

うそ800 本日予想されるご異議
「環境ではイレギュラーなことがしょっちゅう起きる」
あなたの会社では、おしごとの手順が定められていない、標準化されていないのでしょう。つまりISO14001を満たしていないかと・・
「環境については新しい法規制がどんどんできているじゃないか」
そんなことありませんて、他部門に関する法規制をご存じないのか、隣の芝生が青く見えるだけでしょう。
「環境経営はまだ手法や基準が確立されていないのじゃあ」
私は環境経営ってのが存在するとは思っていません
他に何か?


N様からお便りを頂きました(2013.02.14)
特別な仕事?
久しぶりの山田さん登場ですね。
コメントとしては
会社というものは儲けるための活動をしています。そのために各人には役割が当てられているので、特別でない(重要でない)仕事などありません。しかし、どれも重要だからその仕事があるので、他の部署に比べて特別な仕事はありません。
というのが私の考え方です。
おのずと「環境部長のお仕事」が特別なわけはないですね。

文中の「プロフェッショナルなNPO」・・・面白いですね。

さて、少し突っ込みを。以下のような雑誌もあります。
・月刊「工場管理」
・月刊「人事マネジメント」
・月刊総務
・月刊誌「人材教育」
・月刊「知財ぷりずむ」
役に立つかどうかは別に、いろいろなものがあるなと思います。

N様 毎度ありがとうございます。
論点が多々ありますので・・・

ひさしぶりの山田君の登場とありますが、本音を言えばもう山田君が活躍するようなケースってないような気がするのです。山田君一人でなく環境部門に優秀とは言わずともまともな人が数人いて、何年もしっかりと指導を進めればその環境活動はまっとうになります。山田君が永遠に指導をしているようでは、山田君の指導がだめだということです。
ということで山田君シリーズももう終わりでしょうか? それとも山田君が新天地に行くとかしないとなりませんね。
N様、アイデアありませんか?

おっしゃるように「環境部長のおしごとが特別ではない」と考えています。特別がユニークという意味なら、すべての職種はユニークで、だから職種に分かれているわけですよね。

プロフェッショナルなNPOというのも変な言い方かもしれませんが、新しい仕事とか学問というのは、過去の継続ではなく、企業やNPOで新規ビジネスとか活動をしていた人が切り開いているように思えます。そういった人が大学の先生になるケースを多く見ています。具体例としてはSRI、ファシリテーション、低開発国支援、そして環境関連の大学の先生というのは企業やNPO出身者が多いのです。私もそんな山っ気があるのではとおっしゃいますか?
遠慮しておきます。まず歳が歳ですし、私からみて子供相手するのは疲れます。

雑誌のタイトルですが、書いたものについては一応ググったのですが、さすがN様ほどそういったことに明るくないものですから、かんべんしてください。



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