ケーススタディ 大学院に行く2

13.01.24
ISOケーススタディシリーズとは

本日は前回の続きともいえます。これは私の本音で語っております。世の中で環境経営について語っている方々からのご反論を期待します。



朝、山田がメールチェックをしていると、武田教授という方からメールが入っている。どこかで聞いた名前だと思いつつ、武田、武田と何度かつぶやいて、ああ、2年ほど前に大学院で講義してほしいと依頼してきた人かと思いだした。
メールを開けてみると、また講義の依頼だった。


山田は、内容からみて自分というより中野のマターだと考えて、中野宛と岡田をCCにして「中野さんご検討ください」と付記して転送した。中野が出社して打ち合わせた後に武田教授に返事をしようと思う。


始業開始からしばしのあいだ、ここ数日監査に行っていた横山横山 からの報告を受けたり、工場からの報告の不明点の問い合わせなどをして過ぎた。一段落してほっとすると、向かい側の中野が声をかけてきた。
中野
「山田君、大学院からの講義の依頼だけど、山田君が対応してくれないかなあ。このところ業界の打ち合わせが続いていてちょっと対応できないよ。ついでのお願いだが、そのときは岡田さんを勉強のために連れて行ってくれないか」
山田はが中野は関わりになりたくないと逃げたと受け取った。毎度のことである。
山田
「わかりました。それじゃ、私が対応しましょう。当日は岡田さんに同行してもらいます。中野さんから岡田さんにその旨伝えておいていただけないですか」
その後、山田は武田教授に受諾する旨と岡田を連れて行くことについて、メールを打っておく。

しばらくして、岡田が心配そうな顔で話しかけてきた。
岡田
「山田さん、大学院に講師に行く件、お供させてもらいますのでよろしくお願いします」
山田
「ああ、私が適当に話すつもりだが、質疑になれば岡田さんにも発言してもらうから、よろしくね♪」
岡田
「どんな考えで話すとか打ち合わせておくとか、想定問答集を作っておく必要はないのですか?」
山田
「アハハハハ、そんなこと気を使うことはないよ。我々はビジネスの第一線で仕事をしているんだ。まともな答弁もできない政治家のように官僚が作った台本を必要とはしないだろう。大丈夫、大丈夫」
岡田は納得しないようであった。

とはいうものの、山田はとりとめのない話でもしょうがないと思い、持っている環境経営と題する本数冊と、最近の論文をいくつかながめた。どれも環境経営というものが、これからの事業の切り札とか新しい手法と思っているようなものばかりだ。世間で考えている環境経営とはそんなものならば、山田は場違いなことを言いそうだなと苦笑いした。
まああとひと月あるから、パワーポイントを適当に作って、あとは口から出まかせで何とかしようと思う。



落語と同じく、っという間に月日が過ぎ、当日となりました。
そんなに広くない20人程度入れるくらいの教室に、武田教授の他に12名ほどの学生が座っている。そのうち数人はどうみても40いや50過ぎのようで、社会人大学院生のようだ。今はカテゴリーにもよるが、大学院はかなりが社会人と外国人で占められている。
始めに武田教授が山田を紹介する。岡田は前方のすみっこに固くなって座っている。
山田
「みなさん、こんにちは、武田教授にご紹介いただきました、鷽八百機械工業の山田と申します。私はうそとかねつ造を話すつもりはありませんが、企業で現実の仕事をしている人間でして、学問とか研究という世界とは無縁です。ですから、みなさんがいる学問の世界とは違ったことを話すかもしれませんし、価値観が異なるかもしれません。そこんところはみなさんも大人のわけですから取捨選択するなり、自分の頭で考えて評価してください。
それと私は話すことが仕事ではありませんので、プロの解説者のように明瞭な口調で面白く話すことはできませんが、みなさんを居眠りさせないように頑張ります。
まず武田教授から出されたお題ですが、環境経営について語れとあります。
実は私は環境経営とは何かといういことを知りません」

山田がそう言うと聴講者のあちこちから「へえ〜」という声がした。
山田
「私が話して皆さんが聞くだけというのも面白くないでしょう」

山田
山田は一番近くに座っている女子に声をかけた。
「会社ってなんでしょうか?」
女子大生
「営利を目的にした人の集まりといえば良いのでしょうか?」
山田
「あなたはどうですか?」
隣に座っている別の女子に声をかける。
女子大生
「短期的なものでなく長期的あるいは永続して事業を営んでいく組織みたいなイメージでしょうか」
山田
「なるほど、では経営ってなんでしょうか?」
山田は女子の隣に座っている男子学生に質問した。
男子学生
「会社を運営していくことですよね。資金の手当て、製品の開発や製造、販売などの計画を立てて実行していくことと理解しています」
山田
「なるほど、では隣の方、あなたは社会人でしょうか。経営ってなんでしょうか?」
山田は山田と同年輩の男性に声をかけた。
社会人大学生
「経営ですか? 私は会社をつぶさないことだと思います。そういうとネガティブというか後ろ向きに聞こえるかもしれませんが、持続可能なんてはやり言葉で言っても意味するところは同じです」
山田
「ありがとうございます。私も同感です」
山田は正面に戻ってきた。
山田
「もちろん私の質問の回答に正しいとか間違いというものはありませんし、みなさんのお答えも適正だと思います。
会社と言いましたが、それ以外の組織、例えば行政機関、非営利団体なども同じだと思います。すべての組織はなすべき目的があるから設立されます。そしてその目的を実現するように活動するわけです。その目的を達成してしまえば組織は解散するものもありますし、目的に終わりがなく永続していくものもあります。
さて会社でも組織でも存在していくためには、目的を達成するだけではなく社会的責任を全うしていかないとその存在が許されません。
今日は私の手伝いに岡田さんが来ているので岡田さんに質問してみましょう。
岡田さん、社会的責任とは何でしょうか?」

岡田は突然質問されたのでギョッとした。
岡田
「社会的責任ですか? たくさんあります。
会社の場合、もっとも基本的なことは法を守ることです。それから利益を出して投資家へ配当をすること、それだけでなく税金を納めること。赤字企業は犯罪だという言い方もあります。
もちろん『非営利の民間法人』つまり社団法人、財団法人、NPO法人などはそういう縛りがないこともあります。
現在はそういった遵法や納税という最低限のことだけでなく、倫理や社会的公正、環境保護への姿勢、そしてそれらの情報公開などを意味すると思います」
山田
「岡田さん、良くできました。まあそんなことだと思います。
さて、みなさんのお考えをまとめると、経営とは組織設立の目的を果たすために永続すること、永続するためには利益を出さないとならないし、利益を出すだけでなく社会的責任を果たさないとならないし、ということになります。
さて、本日のお題ですが環境経営とは何でしょうか?
ええと、先ほどはここまででしたよね、ではあなたからだ」

山田は年配の学生の隣に座っている女子学生を指した。
女子大生
「環境経営って『企業と社会が持続可能な発展をしていくための、地球環境と調和した企業経営』と習いました」
山田
「なるほど、地球環境と調和した企業経営ってどんなことでしょうか?」
女子大生
「リサイクルや省資源、省エネ、自然保護ということに留意した経営じゃないんでしょうか」
山田はその隣の男子学生に話しかけた。
山田
「企業の社会的責任は、環境ばかりではなく、ジェンダーつまり性差別をしないこと、人権、労働者の処遇、内部においても外部に対しても公平であること、消費者、雇用、その他多様なことが求められている。
環境経営という言葉は良く聞きますが、人権経営とか消費者経営あるいは雇用経営という言葉を聞きませんが、どうしてでしょうか?」

社会的責任にはどんなものがあるかを知りたければ、ISO26000:2010をご一読されたし。

男子学生
「おっしゃるとおりですね。『環境経営』以外で、○○経営と言われているのは『CSR経営』くらいでしょう。今、山田さんがあげた中では、人権経営とか雇用経営という言葉は聞いたことありません。消費者経営というのは聞きませんが、別の言葉、例えば顧客志向とか消費者第一なんていうのと同じかもしれせん」
山田
「ありがとうございました。ここで結論を出すわけではありませんが、社会的責任はたくさんあるけど、環境経営という言葉が突出しているということを覚えておいてください。
では環境経営として一般に言われているのはどんなことか考えてみましょう。
実は武田先生から依頼されてから、世の中では環境経営ってどんな意味につかわれているか調べました。
大手企業の経営者が環境経営として社外に発言している項目としては、環境配慮製品の拡販、基金事業として途上国支援、環境ビジネスモデル創出、マネジメントシステムの活用、環境リスク回避、低炭素社会実現への貢献、そんな項目が上位でしたね。
(CINIIで経営者が発言したものを抽出し目次を調べた。2013.01.23実施)
もちろんそれを批判するわけではありません。そういうことは重要だと思います。しかしそんなこと、わざわざ環境経営という名のもとに取り掛かるほどのことではないように思います。
現実を振り返ると、社会的責任というのは言い換えれば社会が要求しているわけで、それに応えないと永続できないわけです。だからどの企業も好む好まざるにかかわらず、そういったことをしているわけです。
ここで私は二つ疑問を提示します。
ひとつは社会的責任と言われるものはたくさんあるけど、なぜ環境だけが環境経営という言い方をされるのかということ
もうひとつは環境経営と言われているものは、特別なものではないのではないこと」

山田はホワイトボードに書いた。

環境経営についての疑問
社会的責任と言われるものはたくさんあるが、なぜ環境だけが環境経営という言い方をされるのかということ

環境経営と言われているものは、元からしていることで特別なものではないこと


山田
「私どもの会社のことを例にしてみましょう。
私は環境保護部という部門に所属しています。環境保護部なんてすごい名称ですね。名前を付けた人は環境を保護できると思っていたんでしょうか? 勘違いも甚だしいように思います。
おおっと、今のはオフレコです。
私の部は環境の保護はしていませんが、環境に関していくつかの仕事をしています。
ひとつは、環境改善活動の推進です。製品の環境配慮やリサイクル、製造における環境負荷の低減、省エネや廃棄物削減などですね。もちろん我々がそんなことをできるわけではありません。舵取りというか旗振り役、そしてまとめ役をしているわけです。
ひとつは、遵法や公害防止の指導と監督。万が一、不具合が起きたときはその対処です。
ひとつは、環境に関する広報活動。環境報告書やウェブサイトばかりでなく、展示会などもあります。事故が起きたときはその広報もあります。
ひとつは、鷽八百グループの環境遵法の点検、私たちは環境監査と呼んでいます。
もっとありますね、ロビイ活動というのもあります。新しい法律ができるようなとき、事前に業界の意向などをコメントすることといいましょうか。そういったことを悪いことだとお考えになるかもしれませんが正しい情報を提供してより良い方向を提案することはまっとうなことだと考えています。
まあ、そんなことが私たちの仕事です。
さて、そんなことをしているわけですが、私たちは環境経営という言葉を使いません。当たり前のことをしているだけと考えています」

山田は言葉を切って聴講者を見回した。居眠りしている人はいない。みな山田を見つめている。
山田
「さきほどあげた本や論文で、環境経営のテーマとして取り上げていることは、私たちはすべて行っています。しかしそれを行うことが環境経営だとは考えていません。企業の活動として当たり前のことと認識しているからです」
女子大生
「環境経営なんていうほどのことはないということでしょうか?」
山田
「そのとおり。人権経営という言葉が無くても、人権尊重、差別をしないという企業経営は当然です。環境経営なんてわざわざ言わなくても、環境に配慮した製品の提供、環境に配慮した工場、環境に限らず法規制の遵守は当然じゃないですか。だから私は環境経営というものが存在するとは思えません」
男子学生
「しかし山田さんが行っている環境活動と環境経営と言われているレベルが同じであるかどうかはわかりませんよね?」
山田
「それは現実を見て判断するしかないでしょう。しかしながら私が知るかぎりにおいて、環境経営と称するものが、驚くようなもの、あるいは高いレベルであったことはありません。
先ほどあげた、環境配慮製品の拡販、基金事業として途上国支援、環境ビジネスモデル創出、マネジメントシステムの活用、環境リスク回避、低炭素社会実現への貢献といってもので私どもがしていないものはありません」
男子学生
「つまり山田さんのおっしゃることはどういうことでしょうか?」
山田
「簡単です。法を順守し事故を起こさないように、製品は環境配慮をする、省エネ廃棄物削減に努めるということをしていれば十分であるということです。
環境経営と声高く叫んでいるところが、それ以上の画期的なことをしている事例はないということだけです」
女子大生
「つまり環境経営というものはないということですか?」
山田
「環境経営がないというべきかどうかはなんとも言えません。環境経営というほどのものはないというなら、そうだと考えています」
女子大生
「山田さんのお勤めの鷽八百社はしっかりと環境管理しているかもしれません。でも現実には環境法違反もたくさんありますし、環境管理をしっかりしていない会社は多いのではないですか?」
山田
「おっしゃる通り毎年1万件くらい環境法違反があります。しかしそれは環境経営がしっかりしていないからではなく、単に法律を守っていないからではないでしょうか?
日本には税金を納めている会社が300万くらいあるらしいですが、そのほとんどは環境経営なんて語っていないと思います。そしてその99%以上は環境法を順守しているわけです」
女子大生
「ある教授は、経営から環境を見るのではなく、環境から経営を見るのが環境経営だとおっしゃいましたけど・・」
山田
「うーん、私には経営から環境を見るのと環境から経営を見るのの違いがわかりません。それって言葉のあやでしょうかねえ〜
ところでその言い方を借用すると、経営から人権を見るとか人権から経営をみると言わないのはなぜでしょうか?」
男子学生
「山田さんはぶれない方ですね」
山田
「ぶれる、ぶれないというのもいろいろな意味があるでしょうねえ。良い意味もあるでしょうし、悪い意味もあるでしょう。ただ会社で仕事をしていくからには、何事においてもセオリーというか、方針というか、考えとか価値感がしっかりしていなければ職務を遂行できないでしょう。
私は理論とか学問はわかりません。でも現実の会社で環境管理業務に就いていると常に問題が発生してそれを解決していかなければなりません。そして決断せず、対応できない人は企業では生きていけません。それは現実です。
サポーズ、みなさんはどこかの会社の環境管理部門の人間だとしましょう。みなさんもいつかはそうなるはずですからね。
ハイ、あなたにとって環境経営とは自分の仕事においてどんなことをすることでしょうか?」
女子大生
「うわー、それってすごい質問ですね、ある意味、逃げでしょう?」
山田
「さあ、どうでしょうか?
じゃあ、もっと具体的なことで考えましょう。そこに座っている岡田は広報、つまり環境報告書の編集とかエコプロ展の担当をしています」
山田がそういうとみな羨望のまなざしで岡田 岡田 を見つめた。岡田は固い笑顔で応えた。
山田
「さて、あなたは企業の環境担当部署で環境報告書の編集をしているとします。あなたの立場で環境経営ってどんなことでしょうか?
何をすれば環境経営になって、なにをしないと環境経営でないのでしょうか?」
女子大生
「環境報告書の編集ということ自体、環境経営の一端を担っていると言えるのではないでしょうか?」
山田
「そうですか。すると私は先ほど環境経営なんて考えたこともないと申しましたが、普通に環境の仕事をしていると環境経営をしていることになるのでしょうか?」
女子大生
「でも環境部署の人が環境経営に関わっていることは当然でしょう。環境部署でない人が環境のことを考えているかいないかということが関係するのではないでしょうか?」
山田
「なるほど、そういわれるとそのとおりですね。
じゃあ購買部門、会社によっては資材部門と呼びますが、部品や材料、場合によっては役務を調達する部門を考えてみましょう。
さあ、あなたは購買の課長です。あなたの立場で、何をすれば環境経営になって、なにをしないと環境経営でないのでしょうか?」
女子大生
「私がそういう部門の課長なら、部品を買うとき調達先が環境配慮しているか、環境法を守っているか、事故を起こさないか、部品の輸送にモーダルシフトなど環境配慮しているかをみます。そういったことを満たしているところから購入します。それが環境経営だと思います」
山田
「なるほど、おっしゃることに異議はありません。しかし、今の企業でそういったことをしていない会社はありません。そうしますとすべての会社が環境経営しているということになりますか?」
女子大生
「今私が言ったようなことは当たり前ということですか?」
山田
「当たり前というか、そういうことをしないと企業のお仕事は務まりません。実はそれは環境保護ということではないのです。環境配慮していない会社、例えば公害防止対策をしっかりとしていないところでは、事故が起きたり近隣と騒動が起きるかもしれない。その結果、部品調達に支障が出ることは大いに考えられます。モーダルシフトは費用に直結します。伊達や酔狂とかええかっこしいでできるほど現実の仕事は甘くありません。だから環境のためでなくてもそういうことに配慮しなければならないのです。
もちろん設計開発なら、省エネ、それも製造時、輸送時、お客様の使用時を通じての省エネ実現は当たり前、希少材料を使わないのは環境保護ばかりでなく、費用削減、調達の容易化などこれまた当然です。レアアースを使うと性能が良くなっても、中国の政策が変われば生産できるかできないかというとんでもない事態になります。そういう安全保障のためにもレアアースをなるべく使わないということがあります。もちろんレアアース採掘は環境破壊問題です。
そう言ったことはどんな職種でも同じです。営業でも、お客様に省エネや廃棄物削減提案をしないと、お客様が相手にしてくれません。お客様は良い製品だけでなく、自分たちの事業に役に立つ情報を提供してくれる業者と付き合いたいのはわかるでしょう。
もちろんオフィスのOLであれば、自分の仕事の効率化、質向上が環境配慮そのものでしょうね」
武田教授
「つまりそういったことをしているのが当たり前の会社だから、わざわざ環境経営なんて言葉を使うまでもないということですか?」
山田
「私から見るとそうですね。今まで当たり前にしていることを、わざわざ環境経営と呼ぶ意味がありません。また同時に会社において環境は第一優先ではありません」
武田教授
「え、環境が第一ではないのですか?」
山田
「もちろんです。企業で重要なものはたくさんあります。製品については、品質、価格、納期は昔からQCDと言われて重要なものの代名詞です。しかし今、環境配慮はもちろん大事ですが、途上国の年少者を使うなんてことも問題になります。
そういったネガティブなことばかりでなく、積極的といいますか事業そのものを守るという観点で考えなければならないことは環境ばかりではありません」
武田教授
「といいますと・・・」
山田
「もう〜いろいろな事例がありますが、ミッキーマウス法ってご存知でしょうか?」
武田教授
「はて、ミッキーマウスってディズニーですよね? わかりませんね」
山田
「従来著作者の死後70年間だったものを95年間に延長した法律がアメリカで1998年に作られたので、それを揶揄してミッキーマウス法あるいはミッキーマウス延命法と呼ばれています」
武田教授
「はて、それが・・」
山田
「ディズニーランドにとってはそれは事業継続、持続可能であるためには最重要課題でしょう。環境以上に」
武田教授
「なるほど、山田さんのおっしゃることは、事業経営においては様々な要因があり、環境はワンノブゼムにすぎないということですね」
山田
「その通りです。もし私の話は武田先生が今まで教えていたことと違っていましたらお詫びするしかありません」
岡田が立ち上がった。
岡田
「すみません。私に少し話をさせていただけませんか」
山田が武田を見ると、どうぞというふうに両手を広げた。
岡田
「どうもありがとうございます。
私はこの大学院ではありませんが、大学院でコミュニケーションについて研究したのち、鷽八百社に入社して環境広報を担当しています。環境経営についての私の考えを話しさせていただきます。
環境保護部に配属された最初の日に、山田に環境経営がなっていないと言いました
具体的には、環境配慮が足りないとか、持続可能を目指していないことを問題だと指摘しました。例えば太陽光発電を導入していないとか、ゼロエミを達成していないということでした。
そんな私の意見に山田は懇切丁寧に教えてくれましたが、要するに私の考えている環境経営というものがバーチャルなものだったのです。
例えばゼロエミと聞くと、廃棄物を出さないこととみなさんは思うでしょうけど、現実は大きく違います。今、ゼロエミを実現したと称している会社のほとんど、全部かもしれませんが、廃棄物ゼロではありません。自分たちが定義した条件を満たした場合にゼロエミと言っているだけです。詳細はみなさんが調べてください。
大規模ショッピングセンターで太陽光発電を取り入れたなんて自慢していますが、消費電力の1%くらいを太陽光発電したところで宣伝に使えるだけで現実的な意味はないでしょう。1%省エネするなら、別の方法をとったほうがコストパフォーマンスは良いでしょう。例えば空調の温度管理を見直せば1%以上は軽くいくでしょう。
そして実際の仕事ではみなさんの想像以上の環境配慮が行われています。そして注意しなければならないことは、環境配慮イコール原価低減であるということです。環境配慮するとコストが上がるということは、より広いスパンで考えると環境配慮ではないと言えるでしょう。というのは現実問題として、環境負荷はコストに跳ね返っているからです。
岡田マリ おっと、そんなことを言いだすと費用が外部化されているというご意見があると思います。それは昔のことです。それだけでなくて、今は拡大生産者責任といってライフサイクルを通して廃棄物となった費用まで内部化せざるを得ません。また製造物責任といって製品に欠陥があってもなくても、製品によって発生した事故の被害の保証が製造者の義務となっています。今後なにか問題が起きた場合は企業の責任になる可能性は極めて大きいのです。つまり未知の問題もその処理費用も内部化されるだろうという前提で考えないと企業経営はできません。そういったことが企業に環境配慮させることの原動力です。
それと別の観点で考えてみましょう。そもそも経営とは目的があって設立された組織を、目的実現のために動かしていくことです。しかし勝手気ままに事業を進めるわけにはいきません。そのときに、企業は様々な規制、規制だけでなく、明示的や暗示的、いや暗黙の社会的要請にまで応えなければなりません。それは環境ばかりではないということは山田がお話した通りです。
公害を出さないということは非常に重要なことですが、情報セキュリティも重要ですし、知的財産権も外為法も同様に同時に重要なのです。そこには環境は特別という発想はありえません。もちろん環境も大事ですが大事な項目の一つにすぎません。
そういった現実を踏まえて考えると、いったい環境経営とはなんでしょうか?
私は大学院の時、環境経営は大事だ、これからは環境経営の時代と思っていました。しかし現実に企業のしかも環境部門で働いてみると、環境はとうの昔に当たり前になっていたということ、そして環境は重要だけど、たくさんの重要な項目の一つにすぎないということを思い知らされました。
ここからは私の想像ですが、環境経営という言葉はもう下火になると思います。使われなくなるでしょう。最近はCSR経営なんて語っている人もいますが、これも一時の流行かと思います。
そもそも企業経営において環境やCSRが特別ということはありません。経営があって、そこで配慮しなければならないことは時代と共に変遷する、いや拡大していくということでしかありません。
そういったことは社会や人々に知られてきていると思います。例えば企業において、環境と名がつく部門は減っています。それは環境が大事でなくなったということではなく、環境は特別ではないということ、あるいは誰かが環境配慮の旗を振らなくても誰もが環境配慮しなければならないということを理解してきたからだと思います。
大学でも環境と冠された学部などは減少しています。2000年頃は雨後の竹の子のように環境が付いた学部や大学院の学科が作られましたが、今は減少しています。武田教授は十分にご存じと思います。それも環境が最優先だという時代ではなく、さまざまなことを考慮しなければ経営は成り立たないということが理解されてきたということで、悪いことではないと思います。
話は変わりますが、会社で環境の仕事をするには、環境だけを知っていてもできません。企業文化というと偏ったものとみられますが、世の中の常識というかそういうものを知らないと環境に限らず仕事ができません。山田は元々営業マンで環境に関係していませんでしたが、世の中はどんな構造でどんな論理で動いているかということを理解していたので、あっという間に環境の専門家になりました。
私は大学の環境学部と大学院ではコミュニケーションを学んだのですが、それで環境報告書が作れるかと言えばそんなことはありませんよね。会社の仕組み、会社のルール、世の中の考え方、判断する相場、そういったことを知らないと何もできません。
環境経営に戻りますが、私は環境経営というものはないと思います。企業の経営それはトップ経営者だけではなく、山田のような管理者、私のような担当者に至るまで、環境の重要性を理解して実践しているということが環境経営を実現していると言えるのだと思います。
あるいはそんなことを環境経営なんて言葉を使うまでもないということでしょうか。
私はそう考えています。
ありがとうございました」

拍手が沸き起こった 拍手 拍手

山田
「岡田が個人的と申しましたが、その内容は私も全く同意です。
ご質問ありましたら・・」
男子学生
「ハイ、環境は重要なもののひとつとおっしゃいましたが、様々な決定において迷うようなこと、コンフリクトはないのでしょうか?」
山田
ラーメン 「世の中は常に判断に迷うようなことばかりです。例えば今日学食でラーメンを食べようか、カレーを食べようかと迷ったかもしれません。デートに行くべきか、嫌いな先生の講義を聞くか迷うこともあるでしょう。
そんなときどうするのでしょうか?
まず義務であることが優先されるでしょう。皆さんの場合、絶対の義務というものはないかもしれません。講義をとらなくてもレポートで代用できるかもしれないし、そもそも出欠を取らない先生かもしれない。しかし社会に出ると個人でも会社でも義務ははっきりしています。法律で決まってる、納税、輸出管理、安全などがあります。
法的義務でなく、契約上の義務、例えば納期やコスト、性能といったものがあります。
明記された義務ではないけれど、社会的要請というものもあります。
そういったものは天秤にかけることはできません。全部必達するしかありません。
ご質問の意図は、例えば環境の配慮をすると納期がかかる、あるいはコストが高くなるといった意味合いと想像しますが、そんなとき天秤にかけることはできません。全部やるというのが基本です」
男子学生
「でも不可能なものはあるでしょう」
山田
「もちろんあります。約束を守るというのは二つ方法があります。例えば約束した納期に納めるには徹夜してでも物を作り納める方法もあります。もう一つはお客様と交渉して納期を調整してもらうこともあります。最悪の場合、契約解除してもらうこともあるでしょう。要するに、そういうことも含めて約束を達成しなければなりません。
ということで回答になりましたか」
女子大生
「お二人のお話では環境経営というものは存在しないといことですが、世の中でこれほど環境経営という言葉が使われていること、大学でも教えていることはどうしてですか?」
山田
「うーん、それに私が答える必要はないように思います。それこそみなさんが『なぜ環境経営がもてはやされたのか』というテーマで研究してほしいと思います。
と言ってしまうとまた逃げだと言われそうですね。
そうですねえ〜、そういうことを語っている人は現実の企業における経営、あるいは環境配慮を知らないのではないでしょうか。例えば設計でレアアースを使わないで性能を出そうとか製品を配送するのに車の燃料を減らそうとどのように工夫しているかということを知らないのではないでしょうか。
そしてまた、実際にそのような研究や改善を図っている人は環境配慮とは考えずに、コスト削減や安全保障という観点から考えているのかもしれません。
うまく言えませんが環境経営と語っている人は現実の環境マネジメントを知らないのではないかというのが私の印象です」
女子大生
「実際には、タイトルに環境経営と付いた本はものすごく出版されていますし、論文も多いですよね」
山田
「実はそんなに多くありません。環境経営と冠する本がどれくらいあるのか、その推移を調べてみてください。私が調べたところでは、年平均4冊というところでしょう。CINIIに載っている論文も、ほとんどが企業の広報をまとめたようなものばかりです」
女子大生
「事実を調べずに発言してすみませんでした。以降気をつけます」
男子学生
「私たちが環境経営を学ぶ意味がないということでしょうか?」
山田
「環境経営と言われているものを学ぶことは意味があります。その内容が間違いとか無駄というわけではありません。ただそれが最優先事項とか考えてほしくないです。経営全般をまず把握してその一部分としてそういうものがあると理解してほしいです。
現実の経営において、環境は大事なんです。しかし環境だけでなく、品質も知的財産も談合もその他の不祥事も区別しているわけではないし、区別するわけにもいきません」
女子大生
「山田さんのお話では環境部門もいらないということになりますよね?」
山田
「私はそう思います」
女子大生
山田
「環境管理は必要ですが、環境管理をする部門が必要だという理屈はありません。 社員に業務遂行において環境配慮、環境管理が必須という意識が定着すれば、それを専門にする部門などいらないでしょう。
よくISO事務局をしていると語る人がいますが、真にISOの仕組みが会社に溶け込んでいればそんなものはいりませんよね。ISO事務局があるということは、まだまだレベルが低いと白状しているようなものです。
CSR先進企業にはCSR部門がないという話を聞いたことがあります。私の勤めている会社にもCSR部門はありませんが、CSR先進企業かどうか、私は言えません 笑」
武田教授
「ちょっと山田部長、質問です。
環境マネジメントシステムというものは必須でしょうし、それをハンドリングする部門は必要ではないのでしょうか?」
山田
「環境マネジメントというものが単独で存在するとは思えません。ISO規格の序文にも書いてありますが、企業あるいは組織のマネジメントシステムとは渾然一体のものであり、その中で環境に関わる部分を環境マネジメントシステムと呼んでいるだけです。つまり環境マネジメントシステムというシステムがあるのではなく、それはシステムと呼べる性質かどうかもわかりません。システムの一部であるといえるのではないでしょうか?」
武田教授
「うーん」
山田
「企業でも大学でもなんでも組織というものは目的実現と社会的要求に応えるための活動をしなければなりません。しかし、複数の社会的要求にそれぞれマネジメントシステムがあるはずがなく、ひとつのシステムがすべての要求に対応するものであるはずです。そうでなければ、組織は有機的に機能しないでしょう。ひとつの部品が一つの働きしかしないようではおよそ効率が悪いでしょうしね。
企業において、いや大学だって同じですが、環境配慮だけで決裁とか事業が進むはずがありません。常に諸般の事情を考慮して最善最適なものを追及することが必要です」
女子大生
「山田さんのおっしゃることは半分くらいしか理解できませんが、その意味は分かるような気がします。世の中は簡単、単純じゃありませんから。視野を広くさまざまな要求や条件を考慮することが必要ということですね」
年配の学生が発言した。
社会人大学生
「私は今まで大学で教えることと、会社で考えていることが違うという気がしていました。山田さんのお話を聞いて、まったく同感です。もちろん学問の世界は妥協だけではないと思いますが、現実と遊離していては意味がありません。大変参考になりました」
武田教授
「おやおや、もう3時間も過ぎてしまいました。
山田部長、岡田さん、企業の方の本音を聞かせていただいてありがとうございます。
このお話を参考にさせていただきたいと思います。
みなさん、お二人にもう一度拍手をしましょう」

拍手 拍手 拍手 拍手

うそ800 本日の思い出
私は講演といえるほどのものをしたことはないが、講習会、説明会などは数え切れないほどした。そのとき目標としたことは、参加者を決して眠らせないことであった。その成果はどうかといえば、私ほど居眠りが少なかった講師はいなかったと思う。それは自慢できる。
そのための方法は実は簡単だ。ひとつは自分が言いたいことを話すのではなく、聴講者が聞きたいことを話すことだ。もうひとつは常に質問や話しかけをして相手に居眠りする暇を与えないことだ。人数が多いと一人一人に質問なんてできないと言ってはいけない。私は100人くらいなら全員に質問した。そしてそれくらいの人数なら絶対に居眠りさせない自信がある。

うそ800 本日の生産性
山田と岡田の話は2コマ、3時間かかったことにしたが、書いた時間も3時間であった。
15,000字を3時間か・・・1時間5,000字、1秒の入力文字数が1.4文字か、自慢になんないなあ、普通打つだけなら1秒5文字が最低ラインらしい。

うそ800 本日のため息
いやはや、疲れました。
メモ帳で編集するのは10,000字が限度かなあ、
いよいよホームページビルダーでも買わないとだめかも・・・


ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2013/1/24)
社内外を合わせて講習と講演歴は10回ぐらいしかないですが、私もリスナーを絶対に寝かせないことには自信があります。最も長いのはお昼休みを挟んで8時間のものでしたが、一人も寝かせませんでした。これは、学生自体に培った舞台経験が大きいかもしれません。

メモ帳で編集するのは10,000字が限度かなあ、

秀丸エディターをお勧めします。

たいがぁ様 毎度ありがとうございます。
講演会、講習会にいってつまらない話を聞くことはつらいの一言です。もっとも会社の息抜きに行った時は昼寝ができてよいですね

ところで、調べましたら秀丸は4200円なり
 考え中・・・・



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